【インタビュー】「異常気象やサイバー攻撃など、新しいリスクへの対応も課題に」―小山堅 氏(後編)
国際的なエネルギー情勢やエネルギー政策の動向、エネルギー安全保障問題のエキスパートである小山堅氏のインタビュー。前編「資源が少ない日本において、エネルギー安全保障の強化は生命線」に続き、後編ではエネルギー資源をめぐる国際間競争と日本の強み、国際協調の重要性、そして今後の課題についてうかがいました。
資源をめぐる国際競争における日本の強みとは
―エネルギー安全保障の観点では、石油以外にレアメタルなど鉱物資源の安定供給も求められていますね。
小山 産出量が少ない、あるいは抽出が難しいといった理由で希少な金属であるレアメタルは、いまや多くの工業製品に欠かせない素材になっています。中でもエネルギー関連で注目されているものの一つが、コバルトです。今後、世界のエネルギーシステムを大きく変えるのではないかと言われているのが、電気自動車や再生可能エネルギーですが、その利用拡大には蓄電システム・バッテリーが極めて重要で、コバルトはそのバッテリーに使われているのです。
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産出の約6割はアフリカのコンゴ民主共和国に集中しているため、コンゴ民主共和国と安定的な関係を結んだり、資源開発に協力したりすることが重要になっています。直接的なエネルギー資源ではなくても、石油と同様に安定供給が求められる資源がある、ということです。
2010年に、レアアースの安定供給が危機に面したことがありました。資源国である中国が輸出規制をおこなったため、価格が最大で約10倍に高騰したのです。オイルショックと同じような状況を引き起こしたこの出来事によって、レアメタルやレアアースの安定供給に向けた努力の必要性が再認識されました。
―限りある石油や鉱物資源をめぐって、世界各国が資源国との関係強化を狙い競い合っています。競争を勝ち抜くため、日本はどのような取り組みをおこなっているのでしょうか?
小山 資源国である中東諸国やアフリカ、ロシアに対して、近年、資源を大量に買い付ける顧客として存在感を高めているのが、中国やインド、ASEAN諸国といった新興国です。一方、かつて資源輸入国だったアメリカはシェールガス・シェールオイルの開発により、資源輸出国に変貌を遂げつつあります。そして20~30年前はアジアの中で突出した経済力を誇っていた日本はというと、相対的に顧客としての優位性が下がっているのが現状です。
資源国と関係強化を図る戦略自体は、国によって大きな差異はありません。基本的な手法は、「資源外交」という形で、国のトップが資源国のトップと直接会って友好関係を構築し、その後、具体的な経済協力、技術協力、人材協力で関係強化を図るというものです。
しかし、中国のように大規模な資金と予算で資源国にアプローチする競争相手と同じ土俵で戦うことは、日本にはできません。ですから、資源国に何らかの協力をする際には、「相手が日本に期待する分野」を見きわめ、そこを中心におこなっていく必要があります。“日本は資源国の中長期的な発展に資する協力ができる、信頼に足るパートナーとしての資質を持っている”という点を打ち出すことが重要です。
資源国の多くは、明治維新から高度成長期まで、欧米列強に肩を並べ、貧しい農業国から一気に先進国の仲間入りをした日本に対してリスペクトを持ち、その経験やノウハウを参考に経済発展を遂げたいという期待を持っています。技術力や人材といったソフトパワーこそが、国際競争の中で日本のポジションを高めるひとつのカギになるはずです。日本が持つ強みと相手が日本に期待する部分とをうまくマッチングさせる。これは政治的に相当高いレベルの取り組みですが、これからの日本はボリュームではなくクオリティの部分で勝負をしなければなりません。
―そのようなマッチングの成功事例はありますでしょうか?
小山 私が興味を持っているのは、サウジアラビアとの包括的な協力関係です。サウジアラビアは日本にとって最も重要な石油供給国であると同時に世界最大の石油輸出国であり、石油市場の安定の要になっている国です。そのサウジアラビアは、脱石油依存と産業の多様化を掲げた大胆な経済構造改革『ビジョン2030』を進めようとしています。当然のことながら各国の協力が必要となってくるわけですが、その中で日本の協力も重視している。国を支える産業を新たにおこし育てるためには、人材の育成がきわめて重要となります。その人材育成面における日本の支援に、大きな期待を寄せているのです(「石油の安定供給に向けたパートナーシップ ~相互協力でシナジーを目指す『日・サウジ・ビジョン2030~』」参照)。
世界市場は一つ。国際間の協力が市場の安定につながる
―資源をめぐっては各国の競争がある一方で、国際間の協力・協調もおこなわれています。その意義を教えてください。
小山 自国のエネルギーの安定供給のために各国がおこなっている個々の取り組みが、全体にとってマイナスに働くことがあります。無理にエネルギーを確保しようとする国が現れると「ゼロサムゲーム」として資源の取り合いになり、市場が混乱するのです。
つまり、エネルギーの世界市場は「一つ」だということです。原油価格がどこかで100ドルに高騰すれば、輸入国であれ自給している国であれ世界中の原油価格が100ドルになってしまい、すべての国に影響が生じる。そうならない仕組みを国際的な協力のもとで構築するために第一次石油危機後の1974年に設立されたのが、IEA(国際エネルギー機関)です。当初は石油市場の安定化が中心でしたが、現在は電力やガスの安定化にも協力の範囲を広げ、市場の安定を図っています。日本は設立当初からIEAに加盟し、協力しています。
また、これからはアジアの中での協力関係も重要になってくることから、APECやASEAN+3(日中韓)、東アジアサミットなどさまざまな枠組みの中でも国際的な協力がおこなわれ、日本もそれに貢献しています。エネルギー市場の安定的な発展と同時に、環境面でも持続可能な発展をめざすことがテーマに加わり、国際間・地域間の協力や連携はもはや不可欠なものになっています。
中東情勢や4D時代のリスクをにらみながら、安全保障の取り組みは続く
―エネルギー安全保障の今後の課題として小山先生が今注視されているのは、どのような点でしょうか?
小山 石油や天然ガスなどの一次エネルギーももちろん重要ですが、これからは暮らしや産業のエネルギーとして電力への依存がますます高まっていきます。「電力化」の時代に国内インフラをどのように整備すべきか。この点が非常に重要になるという認識を、北海道胆振東部地震でのブラックアウトの例をみて、改めて強めました。
電力の分野では、「電力自由化=Deregulation」「デジタル化=Digitalization」「分散化=Decentralization」「低炭素化=Decarbonization」という「4D」が進んでいます。この4Dへの対策も課題になるでしょう。
「電力自由化」は規制緩和が実施され今後ますます競争が激しくなります。激しい競争環境の下で、必要な投資を確保し、ベストミックスを達成し、どう安定供給を守るかが今後の課題です。「デジタル化」で心配される新たなリスクとしてはサイバー攻撃への対応が迫られています。また、近年多く発生している自然災害や異常気象に対しては、これまでの集中型の電力供給システムの強靭性を高めつつ、適切な「分散化」をすることがリスク軽減につながります。従来の安全保障の対策にプラスαの対応は必須で、どの部分にどの程度投資をしていくかについてはこれから先、日本が考えていかなければいけないチャレンジです。
そして最も難しいのが「低炭素化」に向けてどのような電源構成が望ましいのか、という問題です。どのエネルギーにも一長一短があり、現時点で完璧なエネルギーソリューションはないからです。期待が非常に高い再生可能エネルギーとて、例外ではありません。しかも、この先の技術の進歩も読みにくい。日本のようにエネルギー供給の面でもろさを抱えている国では、それぞれのエネルギーの固有の弱点を克服しながら、使えるオプションのすべてを活用していくことが、国益を守ることにつながるだろうと私は考えています。
4月にまとめられたエネルギー情勢懇談会の提言では、2050年のエネルギーの将来像を描くにあたり『複線シナリオ』が採用されていました(「2050年のエネルギーの姿はどうなる?~エネルギー情勢懇談会が示す方向性」参照)。複数のシナリオをレビューしていくのは、日本の政策史上でもまれな試みです。私もこれが現状でできるベストのアプローチではないかと思います。
中長期の展望とは別に、目の前の課題として懸念しているのは、中東情勢です。長年、中東情勢を分析している私からみても、現在の中東の地政学リスクは従来になく複雑化し、非常に不安定な状況です。背景には、中東情勢を安定させてきたアメリカのガバナンス力の低下があります。アメリカはこれまで、中東のみならず国際秩序の維持・安定を国益かつ世界益であるとみなし、グローバルガバナンスの責任を担ってきました。しかしトランプ政権の動向を見てみると、グローバルガバナンスにかかるコスト負担を回避、あるいは軽減しようとし、結果としてその影響力が低下しているように見えます。そこで生まれつつある「力の真空」をついて、中国やロシアなどが影響力を強めようとしています。私は、その『力の真空』の中で、イランやサウジアラビアの対立、イラン情勢の緊張、中東内外での紛争・内戦・体制の安定を巡る問題などが発生しているとみています。この問題は簡単には解決しそうになく、各国の動向を注意深く見守る必要があります。
―最後の質問です。エネルギーの安全保障に対して現在、日本は国民のコンセンサスを得られているのかどうか、この点はどうみていらっしゃいますか?
小山 エネルギーは必要不可欠なものですが、石油危機以降長い間、あまりに身近で、「空気や水」のように存在するのが当たり前のものになっていて、「大事なものだ」という本質が忘れ去られていました。しかし、このところの震災や大規模停電などをきっかけに、電力がなければ暮らしが成り立たないという現実を国民は突きつけられ、エネルギー安全保障の本質を見直すきっかけになったと感じています。実際に起きた出来事の訴求力、影響力は強いものです。
大きな災害は起きない方が望ましい。しかし起きてしまったからには、その被害と経験を教訓として未来に生かさなければなりません。国民の間でも議論が活発になり、コンセンサスが深まることを願っています。
―いろいろな角度からお話をうかがい、冒頭に先生がおっしゃられた「必要十分な量を」「合理的な値段で」「いつでも」手に入れるためのエネルギー安全保障が、きわめて複雑な状況の中で成り立っているとの理解を深めました。ありがとうございました。
一般財団法人日本エネルギー経済研究所 常務理事 首席研究員。1986年、早稲田大学大学院経済学修士修了。同年一般財団法人日本エネルギー経済研究所入所。2011年より現職。2013年東京大学公共政策大学院客員教授。2017年東京工業大学科学技術創成研究院特任教授。2006年から経済産業省総合資源エネルギー調査会などをはじめとする各種委員会委員を務める。専門は、国際石油・エネルギー情勢の分析、アジア・太平洋地域のエネルギー市場・政策動向の分析、エネルギー安全保障問題。
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