【インタビュー】「可搬性・貯蔵性に優れた石油は、エネルギー供給の“最後の砦”」-月岡 隆氏(前編)
効率の良いエネルギー源として、20世紀以降の産業・生活に欠かせなくなった石油。2011年3月に起きた東日本大震災をはじめとする災害でもその利便性はいかんなく発揮され、被災地の窮状を助ける支えとなりました。一方、脱炭素化社会が叫ばれる昨今、石油は燃やすとCO2を排出する“化石燃料”のひとつとして、風当たりが強くなっています。これからの石油の役割をどのようにとらえているのか、石油連盟会長の月岡隆氏にうかがいました。前編・後編の2回に分けてお届けします。
生活・産業に石油が不可欠なのは、分散型で利便性の高いエネルギーだから
—石油が重要な資源だということは衆目の一致するところですが、改めて石油の役割を教えていただけますか?
月岡 石油の用途はとても幅広く、自動車などの燃料としてのガソリンや軽油、暖房用の灯油、工場でボイラー関係の燃料として使われるA重油、機械装置の潤滑油などのほか、石油化学製品の原材料にも利用され、生活・産業を多方面から支える、国民生活に欠かすことのできない資源といえます。発電部門においても、1970年代のオイルショックをきっかけに石油依存率はぐっと下がったものの、いまだに火力発電の重要な燃料であることに変わりありません。
最近は残念ながら、石油などの化石燃料にアゲインストの風が吹いていますが、それでもエネルギー源別消費の割合でいうと、石油は「産業部門」の3~4割を占め、トラック・バス・自動車・船舶・航空などの「運輸部門」ではガソリン・軽油などが9割以上とそのほとんどを占め、「家庭部門」では灯油と石油精製過程などからできるLPG(液化石油ガス)を合わせ25%強と、かなりの比率を占めています。
なぜ、石油がこれほどまでに生活・産業に欠かせないエネルギーになったか。それは、動力源、熱源、原材料と用途が幅広く、可搬性(持ち運びやすさ)や貯蔵性に優れた利便性の高い分散型エネルギーだからです。
緊急時のエネルギー供給では、その特徴をさらに発揮
―そのような石油の持つ可搬性や貯蔵性が、近年の災害時に大変役立ったと聞いています。具体的にどのような役割を果たしたのでしょう?
月岡 電気やガスは系統型のエネルギーであり、送配電線やガス管のどこかに被害が出ると、大きなエリアで供給が断たれてしまいます。これに対して可搬性・貯蔵性に優れた石油は、被災地に運び届けることが可能なエネルギーです。これが、石油が“エネルギー供給の最後の砦”と言われるゆえんです。資源エネルギー庁が策定した「エネルギー基本計画」の中で、「2030年の一次エネルギー供給のあるべき姿」として石油が約30%を占め、「今後とも活用していく重要なエネルギー源」と位置付けられている理由のひとつも、“最後の砦”としての重要な役割があるからだと認識しています。
実際に2011年の東日本大震災では、電気・ガスがストップした地域を中心に、避難所などの暖房用の灯油、病院などの非常用自家発電機用の軽油、救命救急・避難・復旧で利用された自動車用のガソリン、ヘリコプター用のジェット燃料油などさまざまな石油燃料の供給が約1,500件も求められ、石油が被災地の生活を支えました。
―石油連盟としては、災害時のエネルギー供給にどのように対応したのですか?
月岡 東日本大震災の被害は甚大で、災害が起こった当初は、当時被災地に出荷拠点をもっていた5社の石油精製・元売会社のうち、単独で、平常時と同じように石油を被災地に供給できる会社は1社としてありませんでした。そこで、系列の垣根を越えてオールジャパンで供給への責任を果たすため、石油連盟内に「共同オペレーションルーム」を設置。資源エネルギー庁とも連携して、被災地からの要請に応じた緊急供給に取り組むとともに、比較的被害が小さく早期に復旧できた宮城県塩釜(塩竈)市の2社2カ所の油槽所から5社すべてが配送するという体制を整えました。
塩釜の油槽所までは、関東などほかの地域の製油所からタンカーで石油を運ぶのですが、津波で港が破壊された上、漂流物も積み重なり、すぐに港が使える状態ではありませんでした。そこで私たちは、政府に港の掃海(そうかい/海中や海面にある危険物を取りのぞき、安全にすること)・浚渫(しゅんせつ/水底の土砂などを取りのぞくこと)を要請し、優先的に進めていただきました。また、油槽所の細かいルールも短期間で調整しました。このように政府とも連携しつつ、系列の垣根を超え業界が一丸となって「油槽所の共同利用」をスタートできたのは、震災から10日後のことでした。
東日本大震災での教訓を熊本地震に生かした石油連盟の取り組み
月岡 災害に対応する中では、想定していなかった大小さまざまな課題が浮かび上がりました。石油連盟ではそれに急いで対処しながら、抜本的な対策も打ってきました。
先の共同オペレーションや油槽所の共同利用では、配送先や販売先、配送数量を事業者の間で調整するという行為が「独占禁止法(独禁法)」に抵触するのではないかという懸念が議論されました。しかし、「国難への対応」という責任を果たすため、早期に実行に移したところ、数日たって公正取引委員会から「震災対応のための調整は法に抵触しない」との見解が示されるということがありました。震災対応後に、一般社団法人 日本経済団体連合会(経団連)や経済産業省を通じて、公正取引委員会に一般論として災害時の独禁法適用について検討するよう要請しましたが、まだ形になっていません(「災害から学び、強い『石油供給網』をつくる①~東日本大震災などから得られた教訓」参照)。
そこで、その教訓を踏まえた2012年11月の「石油の備蓄の確保等に関する法律(石油備蓄法)」の改正を受けて、2013年1月に石油業界として「災害時石油供給連携計画」をまとめ、経済産業大臣に提出しました(「災害から学び、強い「石油供給網」をつくる②~災害時にもスムーズに供給するために」参照)。災害時に大臣から発動の勧告があれば、独禁法に抵触せずに、すみやかに業界全体が共同で被災地への燃料供給ができるよう、ルールを整えたのです。これによって、東日本大震災の時は10日かかった「油槽所の共同利用」なども、もっと迅速にできるようになりました。
この連携計画では、実践的な訓練をおこなうことも規定しました。毎年、石油精製・元売各社のみならず陸上自衛隊、都道府県などが参加した演習や、各地の重要施設に実際にタンクローリーを派遣する訓練を実施しています。訓練で得られた課題をもとにPDCAサイクルをまわして、実行力の精度を高めていたところ、2016年4月に熊本地震が起き、実際にこの連携計画が発動されました。被災地の停電エリアに全国から集まった電力会社の電源車両に対して、石油業界が連携してスムーズな軽油の供給をおこない、地域が必要とする電力供給を支えることができたのは、訓練の成果です。東日本大震災の教訓を少しでも次に生かすことができ、取り組んだ意義があったと感じています。
また、東日本大震災時の緊急の石油燃料供給においては、被災地現地との連絡が十分にできず、油種(ガソリンなどの種類)を間違うなどの事態もありました。これを踏まえ、石油連盟は、油種の間違いなどを避けてスムーズに供給するために、病院や消防をはじめとする重要な施設の石油タンクなどの情報を、47都道府県や政府機関、インフラ事業者などと共有する体制を確立しています。
さらに、東日本大震災の経験により、災害対応のためには、これまでのオイルショック対策のための「原油」の備蓄よりも、そのまま使えるガソリンや灯油など「石油製品」のかたちでの備蓄が重要であることがわかり、政府も製品備蓄を増強しました。一方、実証試験により、石油製品の場合は長く備蓄すると品質が劣化して、最悪の場合には非常用自家発電機の燃料フィルターが目づまりするなど、作動不良を起こす恐れがあることがわかったため、石油連盟として、非常用自家発電機をもち石油製品を備蓄している病院や行政などに対して、備蓄保管する場合の注意点や、品質確認の呼びかけをおこなっています。
その後も、2018年の福井豪雪や西日本豪雨、台風の際の被害地域への緊急的な燃料供給にこれらの経験を活かし、またそれぞれ新たな教訓を得ることができました。中でも2018年9月の北海道胆振東部地震とその後に起きたブラックアウトでは、ベースロード(季節などを問わず最低限必要となる発電量)の発電所が停止して広域的な停電が続いた場合の電力供給への備えを、根本から考えなおさなければならない問題に突き当たりました。まだ答えは出ていません。あの地震のブラックアウトに対しては、北海道電力が、経済性などを理由に稼働を止めていた道内の石油火力発電所を再稼働させたことにより、なんとか事態は収まりました。
しかし、あれはたまたま道内に石油のサプライチェーンが残っていたから、幸運にも対応できたということでもあるのです。これまで石油元売会社は、石油火力発電所の稼働を停止することが決まって需要がなくなったのに合わせて、サプライチェーンを縮小していました。近くの製油所からの輸送に必要なタンカーや関係設備も廃止していました。いつ稼働するかわからない発電所のために、過剰な設備を持ち続けておく余裕はないからです。通常時の経済性からみると、きわめて合理的な判断ですが、ブラックアウトといったエネルギー供給の緊急事態を見せつけられると、今後どう備えていくべきなのか、考えざるを得ません。災害のような万が一の事態が起こることを見越した石油火力発電の存続と通常時の一定の利用、これによる石油サプライチェーンの存続に対して、政府や国民の理解を得ることが必要だと感じています。
—万が一を想定した安定供給をどこまで担保すべきか、むずかしい問題ですね。後編では、石油をめぐる世界の動向と、「低炭素化社会」に向けた石油連盟の考えについてうかがいます。
石油連盟 会長。1951年生まれ。1975年出光興産株式会社に入社。執行役員需給部長、取締役需給部長、常務取締役(兼)常務執行役員経営企画部長を経て、2012年取締役副社長。2013年代表取締役社長。社長時代に昭和シェル石油との経営統合など改革を進める。2018年、同社代表取締役会長、石油連盟会長に就任。
お問合せ先
長官官房 総務課 調査広報室
※掲載内容は公開日時点のものであり、時間経過などにともなって状況が異なっている場合もございます。あらかじめご了承ください。
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