石油の安定供給に向けたパートナーシップ ~相互協力でシナジーを目指す「日・サウジ・ビジョン2030」~
世界有数の産油国、サウジアラビア。みなさんもご存じのように、同国では今年に入ってから文化や娯楽の開放が進み、女性の活躍の場が広がるなど、さまざまな変革が起きています。
この背景には、サウジアラビア政府が2016年に公表した成長戦略、「サウジ・ビジョン2030」があります。石油の多くを中東から輸入している日本は、その安定供給のため、中東諸国と友好関係を築くさまざまな取り組みを行っていますが(「日本のエネルギーと中東諸国~安定供給に向けた国際的な取り組み」 参照)、石油の最大輸入先であるサウジアラビアとも、経済協力をおこなっています。そこで今回は、その協力体制のベースとなっている「日・サウジ・ビジョン2030」について解説します。
サウジアラビアの政策転換を後押ししたエネルギー消費の変化
サウジアラビアがさまざまな変革を進めている背景には、国家収入の多くを石油の輸出に頼っているという同国の産業構造と、石油市場の環境変化があります。
数十年前から世界的な課題とされてきた地球温暖化。2017年には、パリ協定によって国際的な温暖化対策の新しい枠組みが締結されるなど(「今さら聞けない『パリ協定』 ~何が決まったのか?私たちは何をすべきか?~」 参照)、先進国を始めとする主要な温室ガス排出国には、CO2を削減するための具体的な行動が求められています。
国際エネルギー機関(IEA)は、今後もっとも増加するエネルギーは、風力、太陽光を中心とする再生可能エネルギー(再エネ)であると予測しており、一次エネルギー消費に占める再エネのシェアは、現在の10.0%から11~16%前後に拡大すると見られています。一方で、石油については、引き続き最大のエネルギー源であり続けるものの、今後の政策動向により、将来の需要と価格水準の見通しは大きく変化するとの見方を示しています。
世界の各年の発電設備導入量、再生可能エネルギーの割合の推移
国際市場における原油価格は、2014年前半には1バレル当たり100ドルを超えていましたが、中国などの景気減速感による需要の伸び悩み、米国のシェールオイル増産、主要産油国の高水準での生産などを背景とした供給過剰感から、2016年1月には一時2003年以来の安値水準(20ドル台後半)まで下落しました。原油価格の下落は中東諸国の財政に大きい影響を与え、国際通貨基金(IMF)の「Regional Economic Outlook」によれば、2014年以降、多くの産油国で財政赤字が続いています。
こうした中、サウジアラビアは石油輸出に依存した体質からの転換を図り、産業の多角化や経済の活性化によって雇用を生み出すことで国の発展を推し進める「サウジ・ビジョン2030」を打ち立てたのです。
石油の供給国・消費国という関係からより戦略的なパートナーシップへ
石油の輸出に頼らず収入を得るためには、多様な産業の育成と、その担い手となる人材の確保が不可欠です。そこでサウジアラビアは、「サウジ・ビジョン2030」で「1. 活気に満ちた社会」「2. 繁栄した経済」「3. 野心的な国家」の3つのテーマを掲げ、各テーマを実現するために、観光や文化の振興、女性の労働参画の推進、行政サービスの向上などといった項目を設け、それぞれに数値目標を立てています。このような産業や人材を育成し、「サウジ・ビジョン2030」の目標を達成するためには、さまざまなノウハウや技術が必要となります。
サウジ・ビジョン2030の構成
日本が持つノウハウや技術でサウジアラビアを支援すれば、サウジアラビアの包括的な発展をサポートすることができます。一方で、日本にも新たなビジネスの市場を開拓できるというメリットが生まれます。もともと日本とサウジアラビアは、1955年の外交関係樹立以来、良好な関係を築いていましたが、2016年9月、「サウジ・ビジョン2030」の策定を指揮したムハンマド副皇太子が訪日したことを機に、従来の石油の供給国と消費国という関係から、より戦略的なパートナーシップを目指すことに合意がなされました。
その際、脱石油依存と雇用の創出のためサウジアラビアが追求する「サウジ・ビジョン2030」と、GDP600兆円の達成に向けて日本が追求する「日本の成長戦略」とのシナジーを目指す戦略として「日・サウジ・ビジョン2030」を策定することとし、その内容を協議するために、2016年9月に「日・サウジ・ビジョン2030共同グループ」の立ち上げが発表されたのです。
「日・サウジ・ビジョン2030」と両国の関係性
「日・サウジ・ビジョン2030共同グループ」は、閣僚級の会合と事務レベルの作業部会で構成されました。この作業部会では、「貿易・投資機会」「投資・ファイナンス」「エネルギー・産業」「中小企業・能力開発」「文化・スポーツ・教育」の5つの分野に分けて協議が行われ、2017年3月のサルマン国王訪日時に、安倍総理とサルマン国王により「日・サウジ・ビジョン2030」が公表されました。
日・サウジ・ビジョン2030共同グループの構造
双方が持つ資源を活用し、ともに発展を目指す「日・サウジ・ビジョン2030」
「日・サウジ・ビジョン2030」の特徴は、大きく4つあります。
「日・サウジ・ビジョン2030」の構成
① 「包括的アプローチ」 ~日本ならではの総合的な協力~
「日・サウジ・ビジョン2030」において、日本はさまざまな要素を多面的に網羅した、包括的な協力をおこなっています。「多様性」「革新性」「ソフトな価値」を柱に、産業やエネルギー、中小企業、エンターテインメント、医療・ヘルスケアなど、9つの分野にわたって54の協力プロジェクトを進めています。プロジェクトには、日本とサウジアラビアから44の省庁や機関が参画しています。
② 「日本経済界の全面的バックアップ」 ~日本とサウジアラビアの企業間で36の覚書を締結~
「日・サウジ・ビジョン2030」では、官公庁だけでなく民間企業も積極的に参画したプロジェクトが展開されており、両国の企業が36もの覚書を結び、ビジネスプロジェクトを開始しています。ビジネスの推進を目的に、2018年1月にサウジアラビアの首都リヤドで開催された「日・サウジ・ビジョン2030ビジネスフォーラム」には、日本から民間企業67社170名超、サウジアラビアから130社150名超の参加がありました。
③ 「人づくり支援」 ~教育機関の設立や研修により、1万人以上の人材を育成~
人材は、国づくりの重要な基盤となります。日本政府が「人づくり革命」に注力していることもあり、サウジアラビアへの協力においても人材育成を特に重視しています。これまで日本は、自動車や家電の職業訓練学校の設立や、企業による人材研修プログラムの実施などにより、官民合わせて1万人を超える人材の育成をサポートしてきました。今後はさらに、医療専門家、アニメ・クリエーター向け研修などを多数提案し、サウジアラビアの「人づくり」を全力で支援していく予定です。
④ 「ビジネス促進措置」 ~ビジネス環境の改善、地域型経済特区の開発~
ビジネスを促進するため、さまざまな体制や仕組みを整えています。2018年1月には、協力プロジェクトの実施や開拓を支援する「日・サウジ・ビジョンオフィス」を首都リヤドに設置しました。また、ビザ手数料を8000リヤル(約24万円)から190リヤル(約6000円)へと大幅に引き下げて人の行き来をしやすくしたほか、二国間投資協定を発効して投資の拡大をうながしています。
- 詳しく知りたい
- サウジアラビアとの投資協定の署名(外務省)
同時に、日本企業のサウジアラビアへの進出をうながすため、サウジアラビアの経済特区や工業団地に例外的なビジネス促進措置(Enabler)を導入する「地域型の経済特区(Enabler Showcase Zone:ESZ)」の開発も進めています。
9つの分野で進む協力プロジェクト
公表から1年半あまりが経過した「日・サウジ・ビジョン2030」。現在、「農業・食糧安全保障」「エンターテインメント・メディア」「医療・保健」「質の高いインフラ」「投資・ファイナンス」「エネルギー」「競争力のある産業」「中小企業・能力開発」「文化・スポーツ・教育」の9つの分野でさまざまなプロジェクトが進行しています。
エネルギー施策に関連したプロジェクトでは、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)とサウジアラビアの海水淡水化公社により、省エネルギー型海水淡水化システムの実規模での性能実証事業(メガトン実証事業)がスタートしています。また、独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)とサウジアラビアの国営石油会社であるサウジアラムコが実施している共同原油備蓄事業では、3年の期限延長が実現したほか、備蓄容量が100万キロリットルから130万キロリットルへと増強されました。
加えて、日本が誇る最先端の省エネ教育の実施や、電力会社や自動車メーカーなどの協力による電気自動車の導入実証実験など、民間企業による取り組みも活発化しています。
すでに日本企業の進出が進んでいるインフラやエネルギーなどの分野に加え、エンターテインメントや食・農業、ヘルスケアといった分野でも新たな企業の参入が進む予定となっており、ビジネスチャンスの拡大が今後ますます期待されます。
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