目前に迫る水素社会の実現に向けて~「水素社会推進法」が成立 (後編)クリーンな水素の利活用へ
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日本でも事業化へ動き出した「CCS」技術(前編)〜世界中で加速するCCS事業への取り組み
日本地熱協会会長の小椋伸幸氏のインタビュー、前編「世界第3位のポテンシャルを持ち、高い技術を有する日本の地熱開発」に続いて後編をお届けします。地熱発電の課題や、将来に向けて取り組んでいくべき問題についてお話をうかがいます。
—「世界第3位のポテンシャルを持ち、高い技術を有する日本の地熱開発」では、海外ではかなり大型の地熱発電の開発があるとのお話をうかがいました。日本でも、そうした規模のものはつくることができるのでしょうか?小椋 日本ではどうしても小型の発電所が多くなっています。その理由のひとつは、大量の地熱資源に恵まれた場所を開発することができていないためです。前回申し上げたように、日本は世界第3位の地熱資源のポテンシャルを持っているのですが、資源に恵まれた場所は、国立公園の中や、有名な温泉地の付近に存在しています。こうした場所にある地熱資源をどのように開発していくかは、大きな課題だと思います。
地質調査総合センター(2009)全国地熱ポテンシャルマップCD-ROM版をもとに作成・加筆(出典)日本地熱協会
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そのほかの課題としては、前回お話したように、実際に井戸を掘って蒸気を出してみないことにはポテンシャルを確認することができないという、“地下リスク”の問題があります。当然ながら、掘ってみて初めて資源の量や質がわかり、中止となるプロジェクトもあります。石油や天然ガスを発見する可能性に比べればリスクは低いものの、有望な地熱資源が発見できるのはプロジェクトの50%程度。他の再エネと大きく異なるのはこの点です。調査に時間がかかることも課題としてあげられます。地表からの調査や地下構造を把握するといった「初期調査」だけで約5年、実際に井戸を掘って「噴気調査」をおこなうのに約2年もの期間がかかります。これだけ時間をかけて、事業化できるかどうかの判断がやっとつくようになるのです。固定価格買取制度(FIT)開始後の地熱発電の増加率が、ほかの再エネに比べて低い一因は、この調査期間の長さにもあると思います。加えて、国立公園や国有林、保安林などでは調査を開始する手続きにも時間がかかります。この点は迅速化してほしいと思っています。
—地熱資源の開発にあたっては、地元との調整も必要となりますね。
小椋 そうですね。地熱はローカルエネルギーですから、地元の理解なしには開発が成り立ちません。地元との合意の問題は、ニュージーランドの取り組みが参考になるのではないかと思います。ニュージーランドの地熱資源は、先住民のマオリ族が居住している土地に多く存在しています。そこで、事業者はきちんとモニタリングを実施し、マオリ族が代々守ってきた自然環境に配慮した開発をおこなっています。これによって、マオリ族も地熱資源の開発に理解を示し、「我々はニュージーランドの自然の守り人だが、今は地熱に関してのインベスター(投資家)でもある」とも言っています。ニュージーランドでは「地熱法」が整備されているのも大きいですね。法制度によって、開発可能な地域と不可能な地域がはっきりと定められ、公的な仲裁機関も存在しています。仲裁機関は科学的なデータをもとに、開発可不可の判断をします。ニュージーランドの主要産業である牧畜では、水がとても重要です。そこで、地熱資源の開発が地表の水位などに影響しないよう、しっかりとしたモニタリングがおこなわれています。—日本では、地元と協働して地熱資源の開発をおこなっている地域はあるのでしょうか。小椋 もちろん日本でも地熱の開発を進める上では地元の理解が欠かせませんし、環境に配慮した計画が欠かせません。そういった中で地元との協働がうまくいっている例としては秋田県湯沢市があります。ここは地熱開発が盛んなのですが、これは開発事業者がデータをしっかりと示し、地元との合意形成に努めてきた結果です。良い事例がひとつできれば、その後の開発も順調に進む可能性が高くなります。今では、湯沢市の住民は地熱開発を歓迎しています。地熱開発に対しては、地元で温泉を営む事業者などから懸念の声があります。地熱発電が、貴重な温泉資源に影響を与えてしまうのではないかと懸念する気持ちは、我々もじゅうぶんに理解できます。地熱発電で地下2000m以下に存在する地熱資源を汲み上げるにあたっては、地表の温泉などには影響を与えないことが大前提になっています。もし万が一、地熱開発の影響で温泉の水位が下がるようなことがあれば、温泉を経営する事業者にとっては死活問題になってしまいます。そうしたことの起きないよう、事前に調査をおこない、しっかりとした説明で地元の理解を得て、また発電所の稼働後も環境をモニタリングし、地熱発電の安全性を示していくことが大切です。
—日本には、地熱に関する法律やガイドラインなどは存在しないのでしょうか?小椋 ニュージーランドの地熱法のようなものはありません。温泉を保護する「温泉法」や、国立公園などを保護する「自然公園法」、保安林その他森林に関する「森林法」は整備されているのですが、地熱開発に関する法律は存在していません。そのため、地熱開発にともなう権利や義務が明確にさだまっていないという課題があります。今のように、法制度が無く権利関係があいまいのままでは、乱開発にもつながりかねません。たとえば、現状では、私有地であれば自由に井戸を掘ることができることになっています。すると、稼働している発電所の近隣にある私有地で新たに地熱発電用の井戸が掘られたため、既存の発電所で蒸気の圧力が下がり、発電できなくなってしまうといったことも起こりかねません。地熱法が整備されれば、このような乱開発を防ぐことができますし、事業者の権利や果たすべき義務も明確になります。現在は、独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)が地熱資源量調査事業において混乱が起きないように調整していますが、もっと明確な制度の形が望ましいと思います。たとえば、地熱開発をおこないたい事業者は、開発計画とその範囲を国に申請し、国の認可を受け、開発を進めるといった制度のあり方が考えられるでしょう。—今後、地熱発電をより拡大していくためには、何が重要だとお考えですか?
小椋 政府が掲げている2030年の地熱発電の目標約150万kWを達成するためには、とにかく地熱を開発できる地域を広げていくことが必要です。その際にもっとも重要なことは、環境に配慮するのはもちろんのこと、先ほど申し上げたような、地域との共生を図ることだと思っています。我々は、地域にもメリットのある形で地域資源の開発をおこなうことは可能だと思っています。たとえば、地熱発電は分散型の電源で、地産地消を実現することができるエネルギーです。もしも大規模停電が起きて系統電力が停まっても、地熱発電を電源として地域への電気供給を継続できる可能性があります。地熱発電所があるということが、地域のエネルギー・セキュリティを高めることとなるのです。こうした地熱発電の良さをもっと知ってもらうために、松川地熱発電所が運転を開始した10月8日を「地熱発電の日」に制定し、地熱の特別授業をおこなうなどの普及活動に取り組んでいます。地熱発電の持つメリットが世の中で広く認識されるようになることで、地熱開発が促進されていけばと願っています。
長官官房 総務課 調査広報室
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