【インタビュー】「未来の地域の自立にそなえて、今から小水力発電に挑戦を」―上坂博亨氏(後編)
全国小水力利用推進協議会の理事を務める上坂博亨氏へのインタビュー。前編「日本の環境に適した小水力発電は、地域の活力を生みだすもとになる」に続いて、後編では小水力発電普及のための取り組みや、将来的な目標をうかがいました。
小水力発電の普及に向けた4つの課題
―前編では小水力発電が地域の活力に成り得るというお話を伺いましたが、そんな小水力発電が普及するためには、どのような課題があるのでしょうか。
上坂 私が理事を務めている全国小水力利用推進協議会は、2005年に活動をスタートしました。当時は「小水力発電」といっても、ほとんど誰も耳をかしてはくれませんでした。そこで私たちは、なぜ小水力発電が広がらないのか、その普及を阻む要因を、2009年から5年ほどかけて分析しました。
そこでわかったのは、法規制、経済性、技術力、そして地域の理解という、4つの分野における課題です。
小水力発電の設置には、さまざまな法規制が関わってきます。まず、発電施設を設置する場所となる河川には、その管理・治水・利用などのルールをさだめた「河川法」があります。発電機の設置や運用には「電気事業法」が関わってきますし、農業用水路(農業水利施設)を利用するには「土地改良法」が関係してきます。また、自然河川においては取水によって河川の水が減ることによる水生生物への影響評価が必要になったり、場所によっては土砂災害を防止するための「砂防法」に抵触しないかといった観点も必要です。
我々は、それらの規制を管轄する各省庁に対して、小水力発電を設置しやすい状況を作ることができるよう、緩和を働きかけました。2008年から2013年頃まで富山県で開催していた、各省庁の地方局担当者や県・市の担当者、土地改良区の担当者、電力会社の担当者を一堂に集めた会議もその一環です。そのような会議を18回ほど催しました。
ただ、2011年の東日本大震災後、エネルギーに関する政策は大きく変わり、その結果、小水力発電に関連する法規制も緩和されることとなりました。この緩和には、我々の活動も少しは影響を与えたのではないかと思っています。
次に、経済性の課題です。これについては、固定価格買取制度(FIT)の導入が大きく貢献してくれることになりました。小水力発電でつくった電気を、自家利用だけでなく、さだめられた価格で販売することもできるようになったためです。買取価格があらかじめさだめられている事はとても重要で、発電事業者側が電力会社と交渉せずにビジネスプランを立てられるようになったということです。
FIT制度開始前にも、再生可能エネルギー(再エネ)を使ってつくられた電気を電力会社が購入する「RPS制度」は存在していました。しかしRPS制度では、買取価格はその都度交渉で決まりますので、交渉段階ではビジネスプランが立てられません。さらにその結果、当然ながら買取価格は電力会社が販売する電力価格より少し安く設定されてしまいます。一方、FIT制度では高い買取価格が設定されていますので、現在はまだまだ高コストの小水力発電でも、どうにか経済性をクリアできます。こうして経済的な課題が解決に向かうことで、「利益が出るなら、やってみるか」と、参入者が増えてきています。
また補助金制度もいろいろあります。たとえば農林水産省がかんがい排水事業のひとつとして、土地改良区における用水路を使った小水力発電の設置増加を狙い、調査・設計の50%を補助する事業をおこなっています(小水力等再生可能エネルギー導入支援事業)。さらに、自治体が残りの費用のうち25%を補助して、土地改良区であれば、初期投資の負担を抑えて小水力発電所を設置することができるようになりました。
―技術的な面での課題はいかがですか?
上坂 こちらはまだ問題が残っています。小水力発電は、構造的に見ると、3つの要素があります。まずは水車、次に発電機や制御系といった電気系統、それに土木の部分です。そのうち最もコストがかかるのは土木の部分で、発電所建設の半分以上が土木と言っても過言ではありません。また、日本でコストがかかるのは水車の部分です。お話したように、日本では水車をつくる人がいなくなり、つくるノウハウも継承されてこなかった。現状、ドイツやチェコなど海外製品の輸入に頼らざるを得ません。
メンテナンスのノウハウ技術も蓄積していく必要があります。日本では一般的にどの設備も1年に一度は停止して総点検をおこないます。また5年に一度くらいは水車のメンテナンスとして回転を支える「ベアリング」系や羽(ブレード)の摩耗や損傷がないか分解点検がおこなわれます。ブレードに金属を盛り足して、バランスをとりつつ磨き上げたりすることもあります。さらに、10年に一度程度は水車や発電機などの回転部分の交換や、電気制御盤の交換なども必要になる場合があります。こういう点検作業もメーカー任せの部分がありますので、まだまだコスト高になっています。
ただ小水力発電は、水車のつくりにもよりますが、きちんとメンテナンスしていれば100年間維持できます。構造が単純で、なおかつ制御された水を利用する小水力発電は長持ちしますから、「しっかり作って、大切に長く使う」という資源保護の精神にふさわしいと言えます。
地域の理解を得るために必要なこと
―先ほど、東日本大震災後に法規制が大きく変わったというお話がありましたが、震災以降、消費者も変わりました。電源の種類、特に再エネでつくられた電気かどうかにこだわるユーザーは少なくありませんね。
上坂 震災の経験によって、世の中の価値観は大きく変わったと感じています。防災に対する意識ももちろんですが、電力についても、行政や企業に任せていたものを、自分たちの問題として多くの人が考えるようになったと思います。
サービスが行き届いている日本では、地域の「自治力」が、長い間眠っていたと考えています。電力についても、お金を出せばいい。あるいはスイッチだけ押せばいいという感覚があったように思います。その感覚が東日本大震災で大きく変わった。
小水力発電に対するとらえ方も、震災前までは単なる物好きなものと見られていたのが、震災後はエネルギー自給のみならず、地域活性化などの視点で急にメインストリームに押し出されたと感じました。
―自治的な意識が市民の間でだんだん育っていく中で、小水力発電は、その文脈にちょうどはまったということですね。
上坂 そうです。そのような時流があることで、課題の4番目として挙げた「地域の理解」という点についても、以前よりは話がしやすい状況になっています。ですが、まだまだ途上です。用水路の発電利用はもっとも普及が進んでいる場所ですが、発電のために流量を変えたりする場合や、不測の事態への備えなど、関係者間の調整が必要な場面は多々あります。自然河川を利用する場合には、地元の漁業権者を始めとするさまざまな利害関係者との調整が必要になります。許可手続きなどは粛々と進めることができますが、ルールの無い調整事項は本当に難しいのです。
地域の理解を得る、言い換えれば、地域のやる気を引き出すためには、発電自体を目的にするのではなく、小水力発電で地域がどう変わっていくのかを考えることが重要です。それが明確化された時、初めて地域に理解や発電に挑戦する気持ちが生まれるのだと思います。「地域の理解を得る」という表現は、地域との対立構造を前提にしていると感じます。そうではなく、地域と利害を共有し、一体となって進めることで、地域住民の「自治力」に結びつくのだと思います。
グリッドパリティに向けてリテラシーを高めておく
―太陽光発電では、今後、いかにFITから自立して持続的に稼動するかという議論が出始めています。小水力発電も、将来的には経済性を高め、自立的な電源を目指していくのでしょうか?
上坂 FITに頼らずに経済性を確保できるかということなら、当然そうなっていくでしょう。太陽光発電は発電コストがかなり下がりました。このまま進めば、将来、再エネを使った発電コストが、電力会社の系統電力の価格と同じになるか、それより安くなる可能性もあります。この状態を「グリッドパリティ」と呼びますが、ヨーロッパでは太陽光発電や風力発電がグリッドパリティを迎えつつあります。
小水力発電は、太陽光や風力に比較して設備寿命が数倍長いので、設備生涯の発電コストはとても安くなります。仮に発電設備が50年間稼働するとすれば、確実にグリッドパリティ以下になります。200kW以下程度の小規模な小水力発電の建設コストがもう少し安くなれば、グリッドパリティが実感できるようになると思います。
そうなれば、電力会社から電気を購入するよりも自分で電気をつくったほうが安いということになり、自分で発電し始める人が増えるようになるのではないでしょうか。当然ながら自立電源も増えていくと思います。その時に必要なのは、自分で電気を作るということに対するリテラシーだと思います。電気はどうやって作るのか、どうやって安定させるのか、やってはいけないことはなにか、そのような技術力が地域に蓄積されることが重要だと思います。今から発電のしくみを身をもって知り、リテラシーを高めておくには、小水力発電はうってつけの教材ともいえるでしょう。
全国小水力利用推進協議会代表理事、富山国際大学現代社会学部教授。1957年福井県生まれ。1980年、筑波大学第二学群生物学類卒、1987年、筑波大学理学博士。富士通株式会社勤務を経て、2000年、富山国際大学地域学部助教授、2003年、フランス・欧亜ビジネス管理学院客員教授、2004年、富山国際大学地域学部教授、2013年より富山国際大学現代社会学部教授。2005年より全国小水力利用推進協議会理事。2017年より同協議会代表理事。
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長官官房 総務課 調査広報室
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