【インタビュー】「日本の環境に適した小水力発電は、地域の活力を生みだすもとになる」―上坂博亨氏(前編)
「水力発電」というと、皆さんはダムのような大きなものを想像するかもしれません。しかし実は、ごくごく小規模な水力発電も存在しています。それは「小水力発電」。用水路など身近なところに設置できる、持続可能な循環型の電源(電気をつくる方法)として導入が広がっています。小水力発電の普及に取り組む全国小水力利用推進協議会代表理事の上坂博亨氏に、その魅力や目指すところをうかがいました。前後編の2回に分けてインタビューをお届けします。
「小水力発電」とはどのような電源なのか
―まず、小水力発電とはどのようなものなのか教えていただけますか?
上坂 どこからどこまでを「小水力」とするか、定義はいろいろありますが、我々が「小水力発電」と呼んでいるものは、最大出力が1000kW未満のものです。2002年に公布された再生可能エネルギー(再エネ)を推進するためにつくられた「電気事業者による新エネルギー等の利用に関する特別措置法(RPS法)」の対象になっていた水力発電が1000kW以下だったので、それを継承しました。
ただ、1kWも1000kWも小水力発電だとするとあまりにも大雑把な区分になるということで、さらに細かく区分して「ミニ水力発電」や「マイクロ水力発電」「ピコ水力発電」という呼称を採用している人もいます。
一方、しくみについての要点は、「大規模なダムを伴わない」ということが共通の認識となっています。多少の調整池を持つものはありますが、「流れ込み式」と呼ばれる、水を流したまま溜めずに発電に利用するというのが主流となっています。
―日本全国で小水力発電はどのくらい導入が進んでいるのでしょうか?
上坂 小規模な発電設備であるために、なかなか正確な総数は把握できていませんが、固定価格買取制度(FIT制度)による導入分としては出力の全国合計が約10万kW程度になっています。これは原子力発電1基の10分の1ほどの出力です。
小水力発電の普及の度合いは地域によって異なります。都道府県別で小水力発電の設置が多い地域を挙げると、富山、静岡、長野、岐阜、鹿児島。ちなみに私が住んでいる富山県では2018年末時点で47か所あり、これは県単位では多い方です。
これらの地域は、2005年に資源エネルギー庁が調査した、「包蔵水力量」の調査でも上位に入っている地域で、包蔵水力の大きい順に岐阜、富山、長野、新潟、北海道となっています。「包蔵水力」とは、いわゆるエネルギーとして利用可能な水のエネルギーのことです。なぜこの地域の包蔵水力が大きいのかといえば、雪が降るためです。雪解け水が得られることから、一定量の水を長期にわたって発電に利用できるというわけです。一方で、一時に大量に降る雨の場合、これをエネルギーとして活用しようとすると、大型ダムが必要となってしまいます。小水力発電に適しているのは、ある程度安定していて、量の制御がしやすい水なのです。
―日本の地形や川の流れは、小水力発電に向いているのでしょうか?
上坂 地理的な条件でいえば、小水力発電は日本に向いています。高い山々があるため川の高低差が大きく、また一方で日本は稲作が主流なので小水力発電に利用しやすい用水路も発達しているからです。
ヨーロッパの川は、山から海まで何日もかけてゆったりと流れます。最初にヨーロッパの川を見た時、「こんな緩やかな川で発電ができるわけない」と思ったものでした。たとえばドイツなどでは、広い川の中に「導流堤」という堤防を斜めに築いたりして川の流れを一か所に集め、そこに水車を設置して粉挽きしていました。そんな粉ひき小屋が今は発電所に作り直されているのです。落差が少ないので流量で稼ぐというわけです。それに比べれば、高低差の大きな川が流れる日本は断然に好条件です。
小水力発電はどのように運営されているのか
―日本の環境は小水力発電にとってよい条件が備わっているわけですね。現在、日本で小水力発電所を運営している主体は、どういうところですか?
上坂 さまざまですが、事業主体として一番多いのは、農家などがつくる組織「土地改良区」です。近年では「水土里(みどり)ネット」とも呼ばれていますが、この組織は土地改良事業の一環として用水路の管理をおこなっており、水を利用しやすい立場にあります。土地改良区が主体となって小水力発電をおこなっている例が我が国には数多くあります。
用水路が小水力発電に適しているのは、一定の流量の水が決められた期間に確実に流れてくるからです。土地改良区による用水路を使った小水力発電の事例はたくさんありますが、栃木県の那須野ケ原が小水力発電の先駆者として有名ですね。
小水力発電の事業主体としては、県や市といった行政もあります。県には「企業局」という組織があり、公営事業をおこなうことが許可されていますので、つくった電気を販売して利益を得ることも可能です。市町村が所有する小水力発電所もたくさんあり、黒部ダムで知られる富山県黒部市は、市営の小水力発電所を3か所持っています。また、電力会社が事業主体となって発電をおこなう場合もあります。
このように、小水力発電に取り組む事業主体はさまざまで、だんだんと数が増えているのは、うれしいところです。そんな中で特に私たちが推進したいのは、民間や地域住民主体による小水力発電です。小水力発電によって地域に主体性が発揮され、地域が元気になることが最も重要なことだと思っています。小水力発電は規模が小さく、原理も非常にシンプル。発電量を決めるのは、水の高さと水が流れるときの流量です。非常に簡単な原理であるため、誰でも作ることができる。これは小水力発電の魅力のひとつだと思います。
電力と利益を生むことで、小水力発電は地域活性化にも役立つ
―普及にあたっては、どのような課題がありますか。
上坂 実は、小水力を利用する水車は新しいものではなく、かつては日本でも活用されてきました。たとえば、富山県は用水路が非常に発達していることもあって、1930年代、まだ用水路がコンクリートで建設されていない頃に、溝の中に螺旋型の「螺旋水車」を設置していました。溝に水が流れれば、螺旋が回転するしくみです。
その頃は発電のためではなく、農業用の動力として脱穀や籾摺りに使われていたのです。しかし、こうした小型の水車は、時代とともにだんだんと姿を消していったのです。
その背景には、1950年代半ば頃から、農山漁村の電化を進めて生産力の増大と生活文化の向上を図ろうとする政府の施策がありました。またその頃から進み始めた用水路のコンクリート化も手伝って、小型水車の設置がしにくくなりました。小型水車によって農家が得ていた自前の小規模な動力は、電力会社から供給される電気で動くモーターに取って代わられるようになったのです。一方で、1960年代、政府は活発に発電事業を推進しました。黒部ダムができたのもこの頃です。こうした発電事業によって電力が大量に作られるようになり、農山村の電化も進みました。発電事業の大規模化と農村の電化が進むにつれて、用水路を利用した水車の存在は急激に影をひそめてしまいました。
このころ一部の地域では小水力発電も活発化していたのですが、国策による発電会社の統合政策によって発電事業が大規模化し、電力マネジメントを庶民がおこなうことはやがてなくなりました。現在にも続くこの状態を、我々は「電力の刺身化」と呼んでいます。パックに入って売られている刺身からは、魚の元の姿が想像しづらい。それと同じように、電力も、どのようにつくられているのかを我々が見ることはできません。やがて、「電力は買うものだ」という認識が広がり、誰も「自分で電気をつくろう」とは考えなくなっていったのです。
―「電力の刺身化」とはショッキングな言葉ですね。それに比べると、ヨーロッパでは現代でも水車がよく見られ、技術が連綿と続いていると感じさせます。
上坂 ヨーロッパでは、50年以上に渡って培ってきた水車や小水力発電の技術が継承されています。日本で現在使われている水車も、ドイツ製やチェコ製やイタリア製が多いのです。
ドイツでは日本の事情とは異なり、規模の小さな電力会社が日本のように大手電力会社に統合されることがなく、今でもそれぞれの地域で自前の電力をつくり、活用しています。その間に多くの技術革新があり、また発電機器の製造や販売の市場が作り上げられてきたと言われています。小水力発電所もたくさんあり、2010年頃の調査では、100年動き続けている水車さえあることが確認できました。
小水力発電の活用が途絶え、技術の継承がなされていない日本では、いくら小水力発電がシンプルなしくみとは言えど、今になって再びイチから技術と市場を作り上げていくことは難しいでしょう。そんな背景があるため、国産の技術だけで小水力発電所を作ろうとすると、どうしてもコストがかかるものになってしまっているのです。
小水力発電は、国家レベルの電力を担うほどの量を発電することはできません。しかし、地域の中では決して小さな存在ではありません。たとえば、私が関係した富山県南砺市の小水力発電所の最大出力160kW。年間3000万円以上の売電利益を生んでいます。それが地域に積み立てられることを想像してみてください。
また160kWの出力というと、200軒以上の電気をまかなう電力が得られます。集落が自前で電力をまかなうことができ、さらに地域に一定の利益を還元することができるわけですから、いろいろな意味で地域に活力を与えてくれるのではないでしょうか。
後編では、小水力発電の普及のための取り組みと、将来の展望をうかがいます。
全国小水力利用推進協議会代表理事、富山国際大学現代社会学部教授。1957年福井県生まれ。1980年、筑波大学第二学群生物学類卒、1987年、筑波大学理学博士。富士通株式会社勤務を経て、2000年、富山国際大学地域学部助教授、2003年、フランス・欧亜ビジネス管理学院客員教授、2004年、富山国際大学地域学部教授、2013年より富山国際大学現代社会学部教授。2005年より全国小水力利用推進協議会理事。2017年より同協議会代表理事。
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長官官房 総務課 調査広報室
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