【インタビュー】「未来の社会変革を描いた『自動車新時代戦略会議』」―竹内純子 氏(前編)

竹内 純子氏

経済産業大臣主宰の「自動車新時代戦略会議」(「『xEV(電動車)』の世界展開を核とした2050年の長期ゴール~『自動車新時代戦略会議』中間整理発表」参照)にも識者のひとりとして参加している、NPO法人国際環境経済研究所理事・主席研究員の竹内純子氏。著書『エネルギー産業の2050年 Utility3.0へのゲームチェンジ』(※竹内純子氏編著、共同著者 伊藤剛氏、岡本浩氏、戸田直樹氏)の中でも、未来のエネルギーインフラ構築に向け大胆な提言をしている竹内氏に、エネルギー産業と自動車産業との連携がどのような未来をもたらすのか、その可能性についてうかがいました。前後編の2回に分けてお届けします。

非連続の時代に求められるのは、あるべき未来へ向けて変化を起こす舵取り

―「自動車新時代戦略会議」に、エネルギー分野の専門家として参加しておられましたね。議論に参加された感想をお聞かせください。

竹内 自動車産業の未来を描く会議にエネルギー政策の立場の人間を呼んでいただいたのは、画期的なことだと思っています。自動車とエネルギーでは担当部局が異なり、これまではクロスセクターで集まる機会がほとんどありませんでしたから。しかし、今やエネルギー問題をエネルギー関係者だけで議論しても、らちがあきません。人口が減少していく社会では、生産性向上が必須ですが、そのキーワードはデジタル化とシェアリングだと思っています。産業横断のシェアリングを進めるには、従来の縦割り行政を超える必要があります。

『エネルギー産業の2050年 Utility3.0へのゲームチェンジ』で私たちは、モビリティシステムとエネルギーシステムの融合を描いたのですが、こうした新たな社会システムが時代に求められ、モビリティ側にも課題認識があったからこそ、今回の会議にエネルギーの分野からも招聘いただいたのだろうと理解しています。

今は非連続な変化の時代。エネルギーの需要予測ひとつとってみても、これまではGDPの伸びにほぼ比例する伸びを示していたので、予測が容易でしたが、これからは人口減少によってエネルギー需要が減少するのか、あるいは電動化・電脳化の影響でエネルギー需要全体は減るとしても電力需要は増えるのか。不確実性の高い時代になっています。過去の経験の延長線上には未来を描くことのできない“非連続の時代”には、あるべき未来というビジョンを描いて共有すること、そのビジョンに向けて社会全体で変化を起こしていくことが求められます。

「需要の電化×電源の低炭素化」というかけ算が、 CO2排出量大幅削減を可能にする

―著書や会議で竹内さんが提言された、“モビリティシステムとエネルギーシステムの融合”というのは、具体的にはどのようなことですか?

竹内 純子氏

竹内 エネルギーの未来を考えると、これから大量に再生可能エネルギー、その中でも太陽光・風力発電が導入されることになるでしょう。でも太陽光・風力発電は自然変動電源とも言われ、必要な時に必要な量を発電するということができません。その電気をうまく使いこなす上で、蓄電池を積む電動車を結節点として、モビリティとの連携が考えられないかということです。もう少し詳しく説明しましょう。

2016年に発効した、2020年以降の気候変動問題に関する国際的な枠組み「パリ協定」では長期的な排出削減に向けた戦略を求められています。日本は、「2050年にCO2排出量80%削減」という大きな目標を定めました(「今さら聞けない『パリ協定』~何が決まったのか?私たちは何をすべきか?~」参照)。これほど大幅な削減を実現するには、「需要の電化(電気以外をエネルギー源にしている機器を、電気で稼働するものに変えること)×電源の低炭素化(発電方法をCO2排出量の少ない低炭素なものにしていくこと)」という、かけ算のセオリーが必要になってきます。

つけ加えるなら、水素も、方法によってはCO2を排出せずにつくれるエネルギーです。一足飛びに水素社会をめざすという選択肢もあるにはありますが、電気はすでに電力網という“運ぶインフラ”があるのに対し、水素は未整備です。電化が先行するのは間違いないでしょう。

私たちの試算では、2050年に全国4,000万台の車をすべてEV化する、給湯をヒートポンプ式にすべて置き換えるなどの徹底的な「需要の電化」を進めると、最終エネルギー需要は半分に減り、一方で電力需要は25%増加すると見込んでいます。

「電源の低炭素化」も同時に進めなければ意味がありません。再生可能エネルギー(再エネ)をいま予想される最大量導入したとしても、それで賄える電力量は全体の約55%と予測されます。原子力10%、火力発電35%という構成にすれば、CO2が今よりも72%削減できるという結果になりました。80%削減には届きませんが、何とか近い数字にはなっています。

ただし、太陽光発電や風力発電などの再エネは発電量が天候に左右されてしまうため、再エネが55%となると、電力を安定的に供給するために、蓄電技術を大量かつ安価に普及させる必要があります。しかし、単に電気を貯める役割しかもたない蓄電池を普及させるのは、コスト負担に対してメリットが少ない。そこで、「貯める」だけでなく「移動」の価値も提供できるEVのバッテリーの一部を、電気の貯蔵に活用し、電力ネットワーク側でコントロールするという未来像を描いたのです。

低炭素化に舵を切る日本の強い意気込みを示す中間整理

―おっしゃるように、2018年8月にまとめられた会議の中間整理の中では、2050年に向けた長期ゴールとして、「自動車1台あたりの温室効果ガスを2010年と比べて8割程度削減する(実現すれば「xEV率が100%」に達するほどのレベル)」といった内容や、「車の使い方のイノベーション」といった文言が盛り込まれました(「『xEV(電動車)』の世界展開を核とした2050年の長期ゴール~『自動車新時代戦略会議』中間整理発表」参照)。この中間整理をどのように受けとめておられますか?

竹内 かなり踏み込んだ内容だと思います。低炭素社会に向けて日本がどう貢献するかを明確に示したのではないでしょうか。実は2018年12月に行われた国連気候変動枠組み条約締約国会合(COP24)のサイドイベントに登壇する機会があり、そこでわが国の自動車新時代戦略についても紹介したところ、聴衆から大きな関心が寄せられました。

COP24のサイドイベントに登壇した竹内純子氏の写真です。

COP24のサイドイベントに登壇した竹内氏

私が評価したい戦略のポイントは、以下の3点です。

まず、電動化率100%という明確な数字を打ち出したこと。自動車メーカーは各社それぞれに事業戦略をもっておられますが、そのトップが参加した会議でこのような方向のとりまとめとなったことには正直驚きました。EV化ではなくxEV化ですから、ハイブリッド、プラグイン・ハイブリッド、燃料電池などさまざまな選択肢が残されていますが、「100%電動化」という目標を掲げたことは、世界に対してもインパクトがあったのではないでしょうか。

二点目が、「世界で供給する日本車」すべてを対象にした点です。日本国内で排出されているCO2は世界全体の3%にすぎず、国内の排出削減をいくら進めても、残念ながら地球全体の温暖化を止めることはできません。しかし、世界のシェアの3割を占める日本車がすべて電動化されれば、その影響は非常に大きい。政府は以前から、日本の技術で世界の削減に貢献することを謳っていますが、日本の基幹産業である自動車メーカーが、電動化を通じて世界の低炭素化に貢献する、というコンセプトはそれをより具体的にしたものだと言えるでしょう。

三点目が、「Well-to-Wheel(燃料を採取する井戸から車輪まで) Zero Emissionにチャレンジする」としたことです。これまで、各国の目標は、「Tank-to-Wheel(自動車の燃料タンクから車輪まで)」、つまり走行時のみのCO2排出削減にとどまっていました。自動車政策でコントロールできるのは「どんな車を作るか」までで、その車を走らせる電気の電源構成まで責任を持てないのは当然です。しかし、究極の目標が「低炭素社会の実現」であるなら、先にお話ししたかけ算のもうひとつの要素である「電源の低炭素化」にも目を向けなければいけません。環境負荷が高い石炭火力発電でつくった電気を使ったEV車では、意味がないのです。

本当に日本が他国の電源の低炭素化に貢献できるのかと、批判的にとらえる向きもありますし、それも当然でしょう。それでも挑戦すると明言したわけですから、これからしっかりと取り組んでいただきたいと思います。

竹内 純子氏

―逆に課題と感じた点はありますか?

竹内 会議の場でも申し上げたのですが、まだつくり手側の理論にとどまっていて、消費者の視点に立てていないと思いました。

低炭素化という価値でモノを買う消費者はごく一部でしょう。消費者が便利・安い・快適・といったメリットを感じて、はじめてxEV車が選ばれるのです。市場で普及させるためには、充電時間が長い、航続距離が短い、価格が高いなど、いま消費者が感じているデメリットを改善することが最も重要だと思います。

その際、技術だけでなく、MaaS(モビリティ・アズ・ア・サ―ビス。あらゆる交通手段のリアルタイムデータをデータプラットフォーム上で共有し、そのデータを活用するアプリによって、最適な移動手段を提供するサービス)のようなサービスを進化させることも肝要だと思っています。そのためのデータの共有などにおいて、政府の積極的なかじ取りを期待するところです。

―後編では、運輸部門の低炭素化の世界的な潮流について解説いただくとともに、竹内氏が描く2050年のエネルギー産業やモビリティ産業の未来像について詳しくうかがいます。

プロフィール
竹内純子 (たけうち すみこ)
NPO法人国際環境経済研究所 理事・主席研究員、筑波大学客員教授。1994年慶応義塾大学法学部法律学科卒業後、東京電力株式会社(当時)入社。尾瀬の自然保護や地球温暖化など、主に環境部門を経験。2012年より現職。政府の審議会・研究会などで多くの委員をつとめ、エネルギー・環境政策に幅広く提言活動をおこなう。主な著書に『エネルギー産業の2050年 Utility 3.0へのゲームチェンジ』(日本経済新聞出版社)『誤解だらけの電力問題』(ウェッジ)『原発は“安全”か― たった一人の福島事故報告書』(小学館)。

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