イノベーションを推進し、CO2を「ビヨンド・ゼロ」へ
2020年以降の気候変動問題に関する国際的な枠組み「パリ協定」(「今さら聞けない『パリ協定』~何が決まったのか?私たちは何をすべきか?~」参照)。その温室効果ガス削減目標を達成するためには、これまでにないイノベーションを起こし、それによってさまざまな環境技術のコストを下げることが必要です。いま開発が進められている先端技術と、それを支援する日本の取り組みをご紹介します。
過去のCO2も削減する先端技術への挑戦
パリ協定の目標を達成するには、環境技術へのさまざまな投資が必要となります。公益財団法人地球環境産業技術研究機構(RITE)のモデルを使った試算では、世界で年間7兆ドルの追加費用が必要になるという予測もあるほどです。そこで、イノベーションを起こすことで、社会に実装する(実際に利用される)ことが可能なレベルに環境技術のコストを下げることが求められます。
たとえば、太陽光発電に必要な太陽電池は、日本で進められた1974年の「サンシャイン計画」(「再生可能エネルギーの歴史と未来」参照)を始めとする戦略のもと、30年以上かけて技術開発が進められてきました。その結果イノベーションが起こり、250分の1以下という価格を実現して普及が進んでいます。
最先端の研究を支える「革新的環境イノベーション戦略」
太陽電池の例にみてとれるように、これまでにない技術の開発やイノベーションは、短期的な視野や一部の努力によって成し遂げられるものではありません。
そこで、2020年1月21日に策定されたのが、エネルギー・環境分野の技術開発を押し進める「革新的環境イノベーション戦略」です。この戦略は、世界のカーボンニュートラル、さらには、過去に排出された大気中のCO2削減、つまり「ビヨンド・ゼロ」を可能とするような革新的技術を、2050年までに確立することを目指しています。
「革新的環境イノベーション戦略」は、技術開発目標を示した「イノベーション・アクションプラン」と、それを強力に後押しし、実現を加速するための「アクセラレーションプラン」、および「ゼロエミッション・イニシアティブズ」の3本柱で構成されています。
「イノベーション・アクションプラン」では、5分野16課題、さらに日本の技術力による貢献が可能な39の開発テーマを設定しています。それぞれのテーマでは、社会実装されるための具体的なコスト目標や、実装されれば可能となる世界の温室効果ガス削減量に加えて、技術開発の実施体制やそれに向けたステップを明記しています。
イノベーション・アクションプランで定めた技術は5つの重点領域に整理できます。
太陽光や風力など、CO2を排出しない「非化石エネルギー」(①)によってつくられたエネルギーは、エネルギーネットワーク(②)を通じて事業者や家庭に届けられます。なかでも水素(③)は、エネルギーとして利用できるだけでなく、日用品の生産など産業分野にも活用できます。一方、石油や石炭など「化石燃料」による発電や発電以外の熱利用など、エネルギー製造から利用までの過程や、産業分野から排出されるCO2は、「カーボンリサイクル」(「未来ではCO2が役に立つ?!『カーボンリサイクル』でCO2を資源に」参照)「CCUS」(「知っておきたいエネルギーの基礎用語 ~CO2を集めて埋めて役立てる『CCUS』」参照)によって“回収・利用・貯留”する(④)とともに、生態系を利用した農林水産業(⑤)によって温室効果ガスの排出削減・吸収を目指すことが重要です。
電力供給に加え、水素やカーボンリサイクルを通じ、すべての分野で貢献できる非化石エネルギーの利用を進める
②エネルギーネットワーク
蓄電池など、再生可能エネルギー(再エネ)導入のための電力系統ネットワークの調整、需給バランスの最適化をおこなう
③水素
再エネなどの活用により得られるCO2フリー水素を、運輸や産業・発電などさまざまな分野で利用する
④カーボンリサイクル、CCUS(CO2の回収・利用・貯留)
これらの取り組みを促進することでCO2の大きな削減効果をねらう
⑤ゼロエミ農林水産業
農林水産分野で生態系を利用して大きな削減効果をねらう
ここで、研究が進められている革新的な技術について、いくつか具体例をご紹介しましょう。
どこでも太陽光発電
これまでの太陽光発電は設置する場所に制約がありました。そこで、新たな素材(ペロブスカイトなど)や新たな構造(タンデムや量⼦ドットなど)を使った太陽光発電が注⽬されています。布のように薄く、軽量で柔軟なため、これまで設置が難しかった工場の屋根やビルの壁面、車などの移動体などでも活用することができます。また発電の高効率化も期待できます。
CO2フリー水素を利用した製鉄
現在の製鉄業では、鉄鉱石を還元して鉄を得る際に、炭素(C)を使って鉄鉱石中の酸素(O)と化学反応を起こしています。これが、大量のCO2を排出する原因となっています。そこで、炭素を再エネ由来の水素に置き換えて還元する方法が検討されています。これにより、CO2を排出しない「ゼロカーボン・スチール」の実現が期待できます(「水素を使った革新的技術で鉄鋼業の低炭素化に挑戦」参照)。
CO2をコンクリートの中に固定化
コンクリートの主要材料であるセメントは、廃棄物を多量に使うため資源の循環に貢献する一方で、原料となる石灰石を燃焼する際に、石灰石からの放出などで、多くのCO2を排出します。このCO2を分離・回収して廃コンクリートなどに吸収させることにより、セメントの原材料として再資源化します。また、CO2を製造工程でコンクリートに吸収させて固定化することもできます。すでに一部では実用化に向けた取り組みが進んでいます。将来的には学校や病院などもこのコンクリートで建設されるかもしれません。
人工光合成
太陽エネルギーを使ってCO2と水から有機物(でんぷん)と酸素を生み出すという植物の「光合成」を人工的に模したもので、CO2と水を原材料に、太陽エネルギーを活用して化学品を合成する技術です。この人工光合成技術の実現に向けて、「光触媒」「分離膜」「合成触媒」に関する研究開発が行なわれています(「CO2を“化学品”に変える脱炭素化技術『人工光合成』」参照)。実現すれば、CO2を使ってプラスチック製品や合成繊維を作ることができるようになります。
空気中から直接CO2を回収
大気中から直接CO2を取り除いてしまおうという技術で、「DAC(Direct Air Capture)」と呼ばれています。特殊な吸収液やフィルターで、空気中の低濃度CO2を分離・回収します。実用化のためには、新たな分離膜や化学吸収剤、回収したCO2の利用・固定化技術などの開発が必要です。
CO2を原料にしたバイオジェット燃料
非常に小さな藻にCO2を吸収させて培養し、飛行機などのジェット燃料等を製造する技術です。現在は大量・安定的に藻を培養するための実証実験などが行われています。2030年にバイオジェット燃料による商用レベルのフライトを実現することを⽬標としています。未来の世界では、ゼロエミッション・ジェットで旅⾏に⾏くことができる可能性があります。
農林水産業もゼロエミッションに
農林水産分野では、農地や森林、海の生態系を利用してCO2を減らす技術の研究が進んでいます。バイオテクノロジー技術の応用による“成長の早い木”といった新品種や、バイオマス素材の工業製品への活用などが研究されています。また、海の生態系にCO2の炭素を貯留する「ブルーカーボン」の実現に向けた、海藻類の高度な養殖技術も開発されています。さらに、CO2よりも温室効果の高いメタンガスの発生が少ない稲や家畜の育種も開発されています。
技術革新を後押しする、さらなる動き
これらのイノベーション・アクションプランを“絵に描いた餅”にしないためには、誰がどう研究するのか、市場できちんと評価されるメカニズムをどのように作るのかといった点を考えることが必要です。以下の3本の柱から構成される「アクセラレーションプラン」は、イノベーション・アクションプランをより強力に後押しするために掲げられたものです。
①司令塔による計画的推進
戦略を着実に実施するために、有識者からなる「グリーンイノベーション戦略推進会議」を新設。関係府省が連携し、過去のプロジェクトの検証や、新しい革新的な技術について検討しています。また、担い手となる企業も参加して、政策支援や社会実装に向けた課題を議論することで、戦略の効果を最大化することを狙います。
②国内外の叡智の結集
2020年1月に設置された「産総研ゼロエミッション国際共同研究センター」をはじめ、国内外の叡智を集めて研究開発を進めます。また、「ゼロエミクリエイターズ500」と題した若手研究者の支援や、より革新的な技術の支援を強化します。
③民間投資の増大
革新的な技術を社会実装させるためには、民間からの投資をうながすことが重要です。日本が掲げている「環境と成長の好循環」をうながすために、「気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD; Task Force on Climate-related Financial Disclosures)」(「企業の環境活動を金融を通じてうながす新たな取り組み『TCFD』とは?」参照)の提言に基づく、企業の情報開示などを通じた「グリーン・ファイナンス」を推進します。また、気候変動対策に関する取り組みを評価するしくみの整備や、ベンチャー支援なども通じて、民間投資の増大を推進します。
さらに、「ゼロエミッション・イニシアティブズ」として、こうした取り組みについて、日本での国際会議の開催を通じて発信し、革新的技術に関する最新情報の共有や、国際的な共創の機会を広げていくことが考えられています。「グリーンイノベーション・サミット」(「CO2排出量削減に必要なのは『イノベーション』と『ファイナンス』」参照)、「水素閣僚会議」(「水素社会の実現に向けて、世界で目標を共有した『第2回水素閣僚会議』」参照)や「カーボンリサイクル産学官国際会議」(「日本発の革新的なCO2削減対策を世界へ~『カーボンリサイクル産学官国際会議』」参照)などが、今後も開催されていく予定です。
日本が持つ技術力でイノベーションを起こし、可能な限り早期に社会に実装することで、世界的な温室効果ガス削減への貢献を目指します。
お問合せ先
記事内容について
経済産業省 産業技術環境局 エネルギー・環境イノベーション戦略室
スペシャルコンテンツについて
長官官房 総務課 調査広報室
(2020/4/20 17:00)
※掲載内容は公開日時点のものであり、時間経過などにともなって状況が異なっている場合もございます。あらかじめご了承ください。
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