15年目の福島―この街でイノベーションに挑戦するということ

福島ロボットテストフィールドを撮影した写真です

福島ロボットテストフィールド

2011年3月11日、東日本大震災にともなって起こった福島第一原子力発電(福島第一原発)の原発事故。あれから、2026年で15年が経ちます。福島県浜通り地域などでは、「福島イノベーション・コースト構想」が立ち上げられ、復興に向けたさまざまな取り組みが進められてきました。今回は、この街で新しい事業に取り組む企業のトップや、そんな挑戦する企業を支える組織のトップにお話をうかがい、福島の復興の今について、「ビジネスとイノベーション」の側面からご紹介します。

福島の産業復興の進捗は?

福島県は、浜通り、中通り、会津の3地域に大きく区分されます。浜通りはその名の通り、太平洋に面した沿岸地域です。特に、浜通り地域などの15市町村は、東日本大震災と福島第一原子力発電所事故というかつてない複合災害によって、大きな影響を受けました。

「福島イノベーション・コースト構想」は、この複合災害によって失われた地域の産業・雇用を回復するために立ち上げられた、6つの重点分野を中心に新たな産業基盤を構築しようというものであり、産業復興の柱となる構想です。

福島イノベーション・コースト構想に関するこれまでの取り組みの成果をご紹介しましょう。

構想を進めるための拠点のひとつとして、南相馬市および浪江町に整備されたのが、陸海空のフィールドロボットなどの開発実証拠点である「福島ロボットテストフィールド」です。2020年3月に全面開所し、2025年4月には、研究開発・産業化・人材育成に取り組む「福島国際研究教育機構(F-REI)」に統合されました。

浜通り地域などでは、この福島ロボットテストフィールドを産業集積の核として、ロボット・ドローンなど約1800件の実証実験や、約80社のロボット関連企業が進出するなどしてきました。

ほかにも、企業立地補助金を活用した企業が避難指示解除地域などに進出。バイオマス燃料の製造工場やAI・IoTを活用した野菜工場など、重点分野6分野に関する施設も新設されています。

「機械工業」の強み×ベンチャーでロボットや宇宙に挑戦、「プライドある復興」を目指して

ここからは、福島・浜通り地域で、イノベーションや新たな産業の創出に取り組んでいるお二人にお話をうかがいましょう。

相馬市/株式会社アリーナ 代表取締役社長 高山慎也氏

高山慎也さんの写真です。

―アリーナではどのような事業をおこなわれているのでしょうか。
TVやカーナビゲーションシステム、車載用Bluetoothユニットなどに使用されている電子基盤を製造しています。1979年の創業当初はTVのチャンネル切替つまみの部品を製造しており、その後、携帯電話の搭載部品製造へと進出しました。携帯電話が小型化するにつれ部品も小型化が求められ、その開発に取り組んだ結果、当社は現在、世界最小の高精密度電子部品の製造技術を有しています。

この技術は、さまざまな企業と協力して作り上げたものです。開発過程で得られたデータは参画企業が自由に利用できる形にしたことで、今でいうオープンイノベーションの手法で開発することができました。

東日本大震災以降は、「南相馬ロボット産業協議会」の分科会として「南相馬航空宇宙産業研究会(MARS)」を立ち上げ、航空宇宙領域に挑戦しています。「福島イノベーション・コースト構想」が始まり、浜通り地域からイノベーションを創出しようという話が持ち上がった時、我々地元企業も、待ちの姿勢ではなく、新しいビジネスを開拓していこうと考えたのです。現在は、県外から進出してきたスタートアップ企業と地元企業の計16社がメンバーとなっています。

“空飛ぶクルマ”を製造するベンチャー企業のテトラ・アビエーション株式会社からも、福島県における協力企業として当社にお声がけいただきました。その後、テトラ・アビエーションは本社を南相馬に移され、協働しています。また、インターステラテクノロジズ株式会社の宇宙ロケットや、将来宇宙輸送システム株式会社の開発もお手伝いしています。

私がMARSの活動で大切にしているのは、顔を合わせる機会を増やすということ。工場見学や懇親会を開催しているほか、今後はオープンサロンのような場を作ろうと考えています。私の人的ネットワークを使って航空宇宙産業領域に関わる企業や団体の方をサロンにお呼びし、相談してみたいと思った地元企業がふらりと立ち寄ることで、ビジネスマッチングにつながる。そうした気軽な場づくりをしたいと考えています。

―福島の復興の今について、特にビジネスの側面から、どうお感じになっていますか。
復旧しましたか、復興しましたかという質問はよく投げかけられます。そう問われれば、「復旧」はしていると思います。生活もできるようになりましたしね。一方で「復興」はというと、それが「取り戻す」という意味だとすれば、やっぱり人は明らかに減っていますからね。「復興しました」とは言い切れないところがある。

アリーナの工場の様子を映した写真です。

アリーナの工場の様子を映した写真です。

ただ、震災で社員が減って企業規模が小さくなった、それを「元通りにしたい」とは、この地域の経営者は思っていないんじゃないかと私は考えています。社員が減って企業規模が縮小したのであれば、その環境に合ったビジネスを整え、その上で100%の力を発揮することが重要です。当社も、震災前の従業員数170名程が、今は100名になりました。数だけで見れば、震災前の6~7割の業務量しかできないことになる。でも、その社員たちの力を100%発揮させ、生産性を上げて、以前よりも高い給与を支払えるようにしていく。それは決して会社が弱くなったということではなく、会社の規模は小さくなったけれど強靱になったということです。それこそが「復興」と言えるのではないかと私は考えていますし、それを目指して注力しています。

―今後の福島や浜通り地域について、どのような街になることを期待されていますか。
たとえば、南相馬市は「ロボットのまち」を掲げていますが、そうであれば、ロボットが道を歩いていたり、ドローンが普通に飛んでいたり、空飛ぶ車の航路があるような街になってほしい。「この街は牛丼をドローンで運んでくれるんだよ」というような街にしたいですね。

そのために必要なサポートは何かとよく尋ねられますが、個人的には、補助金の活用にはまだ工夫の余地があるのではないかと感じています。補助金は企業の大きな力になる一方で、「成功」が支給条件となるケースでは、不確実性の高い新しい取り組みに挑戦する企業にとってややハードルが高い場合もあるように思います。また、「ドローン特区」制度も、申請手続きの実務面では大きな変化を感じにくいという声も耳にします。法や制度の変更には難しさがあることは承知しているものの、運用面でのさらなる柔軟さが増していくことを期待します。

先日とある経営者の講演で、会社の目的は利益追求と社会貢献であり、地域を発展させるのは民間企業の役割だという話をうかがいました。私も、私の活動によって、相馬市や浜通り地区に同じ考えの人たちが集まり、地域の発展につながっていけばと思っています。経営者はよく「恩返しがしたい」と言いますが、この地域をより良い街にすることが、私ができる「恩返し」なのかなと思っています。

南相馬市/南相馬市産業創造センター(MIC) 所長 木村浩之氏

―南相馬は「ロボットのまち」とのことですが、どのような経緯でロボット産業に挑戦することになったのでしょうか。

木村浩之さんの写真です。

南相馬は小さな街ですから、「コア・コンピタンス」とは何かを考え、強い産業を支援することで他産業も潤すという考え方を採っていました。その強みが、「機械金属加工産業」です。ただ、自動車産業の第三次・第四次下請けとして部品製造などを請け負う企業が多く、常に海外との価格競争に晒されています。そこで、高精度な工作機械やシステムを地域で揃え、ISOや資格取得の支援などを震災前からおこなっていました。

ところが、2011年に東日本大震災と原発事故が起き、地域外への避難が必要になった。この間、部品製造はストップし、いつ再開できるかわからない状態になってしまいました。事業を再開できたのは、およそ3か月後のこと。その結果、南相馬の企業はサプライチェーンから外されてしまったのです。あれから15年が経った今でも、震災前の状態には戻っていないものもあります。そこで、この地域の人々は、新たな発展の方向性を考える必要性に気付いたのです。

国から、復興のために何が必要かと尋ねられた時、我々はロボット産業へのサポートだと伝えました。機械金属加工産業の基盤があったことはもちろん、原発事故の対応を見ていて、遠隔操作やロボティクス技術は必ず発展すると感じたためです。原発事故最前線の工業の街である南相馬で、ロボット産業による復興を目指そう。地域がその方向で合意しました。

その後、ベンチャーの集積を図り、現在はロボット関連企業を中心に、のべ36の事業者が県外から進出しています。

―「ロボットのまち」を目指し、南相馬市産業創造センター(MIC)ではどのような取り組みをおこなわれていますか。
MICは、南相馬市や市内金融機関などの出資で開設され、ロボット関連企業の誘致や、起業・研究開発の支援、ビジネスマッチングなどをおこなっています。また、さまざまな地域企業が加盟する「南相馬ロボット産業協議会」の事務局も担当しています。

南相馬市産業創造センター(MIC)の写真です。

運営は、私が所属する株式会社ゆめサポート南相馬と、福島県内のIT関連ベンチャーを支援するNPO法人福島県ベンチャー・SOHO・テレワーカー共働機構、首都圏でスタートアップ支援事業をおこなう株式会社ツクリエの3者で構成する「南相馬インキュベートコンソーシアム」が担当しています。

現在、MICの入居企業には、宇宙ロケットを開発する「インターステラテクノロジズ株式会社」(※南相馬市内に工場を新設、MICを2月末で退去)、大型ロボットを開発し高圧電線架け替え工事にも挑戦している「株式会社人機一体」、都市型交通用ロープウェイを開発する「ZIP Infrastructure株式会社」、海上発着可能なドローンを製造する「株式会社ハマ(旧社名:スペースエンターテインメントラボラトリー)」などがあります。

我々が目指すのは、進出してきた企業が、地元住民・企業と一緒に発展することです。最近では、ベンチャー企業と地元企業が協働するケースも現れています。ベンチャー企業と取引する中で、設計能力が培われ、相手の意図を理解し提案する機会も生まれる。元請け企業から図面をもらい部品を製造する従来のビジネススタイルから変化し、共同開発型のビジネスができる企業が育ちつつあります。この地域の企業には若い経営者が多いのですが、新しい取引チャネルを開拓したいと考えた際、こうした新技術の吸収はその手段のひとつに成り得るのだと思います。

また、入居企業同士の親睦の場の企画も我々の仕事です。先日は、入居企業で餅つきをおこないました。さらに、入居企業の社員の生活支援も実施しています。働きやすい環境をつくるためには、たとえば、打ち上げや接待ができる飲食店や地元で評判のクリニックといった情報は重要です。「女性従業員が歯の痛みを訴えており、女性歯科医がいるクリニックを知りたい」という問い合わせに応えたこともあります。

―今後、どのような「復興」を目指したいとお考えですか。
私が重要だと考えているのは、「プライドがある復興をする」こと。東京だって、戦後すぐは焼け野原だったところを、その時代の人々が苦労して復興し、世界有数の都市になった。同じように、原発事故の影響を受けた私たちの地域も、復興した時には、ある種のサクセスストーリーになってほしい。

日本の技術をもってすればこの地域の復興もできるはずだと、地元企業の経営者は皆考えています。ただ、その復興は、誰かに与えてもらったものではなく、自分たちが汗をかいて努力して掴んだものにしたい。その過程で優れた技術も習得し、研磨することで、未来永劫発展する街をつくっていきたい。新しいビジネスへの挑戦を通じて、「生かされている」のではなく「生きている」と感じられるような、そんな復興を目指したいと考えています。

イノベーションに挑戦するなら“浜通り”

2025年6月には、復興庁・経済産業省・福島県の3者が、「福島イノベーション・コースト構想を基軸とした産業発展の青写真」を改定。関係機関や地元自治体とも連携し一体となって、浜通り地域などが、社会課題の解決や新技術の社会実装のためにあらゆるチャレンジが可能な「実証の聖地」となることを目指しています。

「福島イノベーション・コースト構想を基軸とした産業発展の青写真」の詳細を記載した画像です。

浜通り地域などには、研究開発や実証、実装までの段階に応じた、一貫した支援体制が整備されています。また、浜通り地域等などへの進出時だけではなく、進出後も継続的に支えてくれる支援機関や企業などの事業周辺環境もととのいつつあります。

福島でチャレンジする企業を引き続き支えるべく、2026年度(令和8年度)からは、国の支援策も強化されます。産業復興を目指し、さまざまなイノベーションを生み出そうと取り組む企業。これからも、そのチャレンジに注目しましょう。

<主な支援策>
主な支援策の一つである「イノベ実用化補助金」の詳細が記載された画像です。

主な支援策の一つである「自立・立地補助金」の詳細が記載された画像です。

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