鉄鋼業の脱炭素化に向けた世界の取り組み(前編)~「グリーンスチール」とは何か?

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2023年5月に開催された「G7広島サミット」に先がけて、4月に札幌で「G7気候・エネルギー・環境大臣会合」がおこなわれました(「『G7』で議論された、エネルギーと環境のこれからとは?」参照)。そこで合意された声明文書(コミュニケ)では、世界共通の課題である気候変動対策として、「産業の脱炭素化」、つまり生産など事業プロセスにおいて二酸化炭素(CO2)を排出する産業を脱炭素化することの重要性が強調されました。中でもCO2 を多く排出する鉄鋼分野については、取り組みが注視されています。鉄鋼業の脱炭素化は、日本そして世界でどのように進められているのか、その進捗を2回にわたってご紹介しましょう。

鉄鋼業の脱炭素化は世界の重要課題

世界的な課題である「カーボンニュートラル」の実現に向けては、エネルギーをクリーンにするだけでなく、CO2 の主要な排出源である産業の脱炭素化がひじょうに重要です。たとえば、製造業はCO2 排出量が大きく、日本でも国内の部門別排出量の3分の1を占めています。さらに、日本の製造業のうち、業界別CO2 排出量を見ると、鉄鋼業が3分の1と大きな割合を占めています。

国内部門別CO2排出量※1、※2
国内部門別のCO2総排出量を示した円グラフです。2020年度の総排出量1044百万トンのうち、製造業36%、運輸18%、家庭16%などとなっています。

※1: CO2の部門別排出量【電気・熱配分後】データを使用
※2: 製造業部門は、「エネルギー起源/産業/製造業」と「非エネルギー起源/工業プロセス及び製品の使用」の合算値

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製造業の業界別CO2排出量※3
製造業の業界別CO2排出量を示した円グラフです。2020年度のCO2総排出量371百万トンのうち、鉄鋼35%、化学16%、窯業・セメント16%などとなっています。

※3: 化学部門は、「エネルギー起源/化学(含石油石炭製品)」と「非エネルギー起源/化学産業」の合算値、窯業セメント部門は、「エネルギー起源/窯業・土石製品(セメント焼成等」と「非エネルギー起源/鉱物産業」の合算値
(出典)国立研究開発法人 国立環境研究所 日本の温室効果ガス排出データ(1990~2020年度)確報値を基に経済産業省作成

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これまでも、生産工程で水素を使ってCO2 排出量を削減するプロジェクトなど、日本では世界に先がけて脱炭素化に向けた技術開発がおこなわれてきました。

立ち上がりつつあるグリーンスチール市場

今、日本だけでなく世界的にも、「鉄鋼業は脱炭素化を実現するための大きなカギである」という意識が強まっています。

製造時のCO2排出量を従来の鉄鋼より大幅に削減した、いわゆる「グリーンスチール」のマーケットも拡大すると見込まれており、IEA(国際エネルギー機関)の報告書によれば、2030年までに世界で1億トン、世界粗鋼生産の約5%まで成長する可能性があるとされています。各国の大手鉄鋼メーカーは、そうした、いわゆるグリーンスチールについて、さまざまな形で提供を始めつつあります。

日本でも、日本製鉄、神戸製鋼、JFEスチールなどの鉄鋼メーカーが供給について発表しています。欧米の大手鉄鋼メーカーも同様に対応を進めており、マーケットが立ち上がりつつあります。

日本製鉄 “NSCarbolex Neutral(TM)”
・電炉によるCO2排出量削減効果など、製造プロセスの変革・改善などによって実際に削減したCO2排出量の総量を把握し、任意の製品に振り当てる。
神戸製鋼 “Kobenable Steel”
・鉄鉱石の一部を「HBI(還元鉄を押し固めたもの)」に置き換える事で使用するコークスを減らし、 CO2排出量を削減させ、その削減効果を環境価値として、低CO2鋼材に対して割り当てる。
JFEスチール “JGreeX(TM)”
・CO2排出削減技術により創出した削減量を、「マスバランス方式」を適用して特定の鋼材に割り当てることで、鉄鋼製造プロセスにおけるCO2排出量を大幅に削減。
アルセロール・ミッタル “XCarb(TM)”
・水素を含む排ガスを回収し、高炉に投入することで石炭の使用量を削減する技術や、石炭の代わりとなるバイオコークスを製造する技術などによる削減効果を、「Xカーブグリーンスチール証明書」として発行。
ティッセンクルップ “Bluemint(R)”
・鉄鉱石の一部を「HBI」に置き換える事で使用するコークスを減らし、CO2排出量を削減させ、その削減効果を環境価値として、低CO2鋼材に対して割り当てる。
・2023年より、米フォードへの供給開始も予定か。
SSAB “HYBRIT”
・試験プラントにおいて再生可能エネルギー由来の水素で還元したグリーンスチールを用いて、世界初の車を製造したことを発表。
・2025年にも年産能力130万トンのデモプラントを立ち上げ、2026年には商業生産開始を目指す。
U.S.スチール “verdeX(R)”
・最大90%スクラップ鉄を活用し、従来の4分の1のCO2排出量で、同等の高張力鋼を生産可能。生産は、同社が2021年に買収したスタートアップ「Big River Steel」が行う。
・General Motors(GM)への供給を発表、2023年中の出荷を予定。

ただし、まだ課題はあります。それは、何をもってそのような鉄鋼と見なすか?という定義の問題です。ここ1~2年、鉄鋼業の脱炭素化を図る国際的なイニシアティブ(構想・計画)があちこちで立ち上がり、世界鉄鋼協会によると、現在、その数は30以上にものぼりますが、いくつかのイニシアティブで議論となっているのが、

リストアイコン ①CO2の測定手法
CO2の排出量をどのように計測するのか
リストアイコン ②CO2排出量が低い鉄鋼(いわゆるグリーンスチール)の定義
何をもってCO2が低い鉄鋼と言うのか

についてです。このほか、CO2排出量の低い鉄鋼の定義づけをした後に、具体的に購入することをコミット(約束)するイニシアティブなどもあります。これらのテーマを話し合うことで、国際的な計測手法の確立を進め、世界の共通の基準に基づき、マーケットの規模を拡大することを意図しています。

こうした動きの中で、G7でも産業の脱炭素化に関するイニシアティブが立ち上がりました。2021年、英国と米国が提案したイニシアティブの「産業脱炭素化アジェンダ(IDA)」が開始されたのです。これは、産業の脱炭素化に関連する規制、基準、投資、調達、共同研究などについて、G7メンバーの協力を強化する目的で立ち上げられたものです。

IEAが提案する「ニア・ゼロ・エミッション鉄鋼」の定義とは?

翌2022年、G7/IDAでは、G7議長国ドイツの要請によって、IEAがCO2排出量の多い鉄鋼分野とセメント分野におけるレポートを作成しました。このレポートでは、鉄鋼分野およびセメント分野について、IEAが考える「ニア・ゼロ・エミッション素材」の定義の案が提案されました。

IEAが「ニア・ゼロ・エミッション素材」の定義の案を提案した目的は、製品が「ニア・ゼロ・エミッション」に整合するものであるかどうかの基準をつくることで、支援策などの政策決定をする際の道筋を立てられるようにするためです。

鉄鋼分野で提案された「ニア・ゼロ・エミッション素材」の定義の案とは、鉄鋼を生産する際に使う原材料に応じて基準となるCO2排出量を決める、というものです。鉄は鉄鉱石を還元して作る鉄と、その鉄をリサイクルして再利用する鉄があり、それぞれの材料の利用比率によって、CO2 排出量の閾値(しきいち。その値の上下で意味や条件、判定などが異なる、境界となる値)を設定します。

IEAが提案した「ニア・ゼロ・エミッションの鉄鋼」定義
IEAによる「ニア・ゼロ・エミッションの鉄鋼」の定義を示した図です。

(出典)IEA 2022, Achieving Net Zero Heavy Industry Sectors in G7 Members

具体的に、グラフを見ながら説明しましょう。上のグラフに示された右下がりの線は閾値を示しています。この閾値より下が、IEAの考える「ニア・ゼロ・エミッション」となります。グラフの縦軸は1トンあたりのCO2の排出量を、横軸はスクラップの使用割合を示しています。一番左側は鉄鉱石100%からつくる鉄のケースで、1トン当たりのCO2排出量が400キログラム以下であれば「ニア・ゼロ・エミッション」と見なされます。一番右側はリサイクル100%でつくる鉄のケースで、1トンあたりのCO2排出量が50キログラム以下なら「ニア・ゼロ・エミッション」と見なす、というものです。

これについては、今後、さらなる議論を重ねる必要があるものの、グリーンスチールの定義づけにおいて、出発点となることは間違いありません。

さらに2023年には、G7の気候エネルギー分野のメッセージとして、各国の置かれた状況に応じて、脱炭素化に向けた適切なやり方を追求しようという提案がなされました。また、鉄鋼分野の「ニア・ゼロ・エミッション素材」の定義の土台となるCO2排出量の測定方法に関する議論と、そのために必要な基礎データの収集についても焦点が当てられました。これらについては、後編で詳しくご紹介していきます。

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