目前に迫る水素社会の実現に向けて~「水素社会推進法」が成立 (後編)クリーンな水素の利活用へ
目前に迫る水素社会の実現に向けて~「水素社会推進法」が成立 (前編)サプライチェーンの現状は?
日本でも事業化へ動き出した「CCS」技術(後編)〜「CCS事業法」とは?
日本でも事業化へ動き出した「CCS」技術(前編)〜世界中で加速するCCS事業への取り組み
「アンモニア」といえば、思い浮かぶのは「刺激臭のある有毒物質」というイメージでしょう。昔から畑の肥料として利用されてきたことを思い浮かべる人も多いかもしれません。しかし、実はアンモニアには、肥料にとどまらない、次世代エネルギーとしての大きな可能性が秘められているのです。燃料としての可能性にも注目が集まるアンモニアについて、前・後編に分けてご紹介しましょう。まずは、あまり知られていないアンモニアの基礎知識を見ていきましょう。
アンモニアは常温常圧では無色透明の気体です。みなさんも知っている通り、特有の強い刺激臭があって、毒性があるために「劇物」に指定されています。アンモニアの分子式は「NH3」で、水素(H)と窒素(N)で構成されています。このアンモニア、昔から肥料として利用されてきたことは知っている人も多いかと思います。今も、化学的に合成されたアンモニアの大半が、肥料の原料として使用されています。
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また、アンモニアは、火力発電所が排出する煤(スス)に含まれる、大気汚染物質「窒素酸化物(NOx)」の対策にも利用されています。NOxにアンモニアを結びつけることで化学反応を起こし、窒素(N2)と水(H2O)に還元する「還元剤」として利用するのです。さらに、アンモニアは化学製品の基礎材料としても利用されています。世界全体でのアンモニアの用途は、その約8割が肥料として消費されていますが、残りの2割は工業用で、メラミン樹脂や合成繊維のナイロンなどの原料となります。世界の人口は現在も増え続けているため、食料確保の必要性から考えても、農産物の肥料として利用されるアンモニアの重要性は今後も変わらないだろうと考えられます。
(出典)日本エネルギー経済研究所及びNEXANT(2012年)
こうしたニーズのため、世界各地の化学工場でアンモニアが生産されています。アンモニアを合成するためには水素が必要となりますが、この水素は主に天然ガスを中心とした化石燃料由来のものが使われています。ただ、最近では、太陽光など再生可能エネルギー(再エネ)由来の電気を使い、水を電気分解してつくる水素の検討も始まっています。
このように、アンモニアはすでにさまざまな用途で利用されており、その中で、安全に運搬する技術が確立されました。陸上ではパイプラインやタンクローリーで運ばれ、海上輸送にはタンカーが用いられます。安全性に対するガイドラインも整備されています。アンモニアは、私たちが想像する以上にいろいろなところで生活を支えている物質なのです。
世界全体のアンモニア生産量は、2019年で約2億トンです。生産国は上位から中国、ロシア、米国、インドが並び、この4ヵ国で世界生産の半分以上を占めています。これらは、アンモニア生産に欠かせない化石燃料を資源として持つ国々です。
(出典)2020年12月21日 基本政策分科会資料から抜粋
一方で輸出入に目を移してみると、世界全体のアンモニア輸出入量は2018年で約2000万トンと、生産量の1割ほどしかありません。つまり、生産国でつくられたアンモニアの9割は、輸出されず自国内で消費されているということです。前述したように、アンモニアの主な用途は肥料ですが、生産の上位国はまた多くの人口を持つ農業大国でもありますから、農業用の肥料としてアンモニアを自家消費していると考えられます。輸出第1位はトリニダード・トバゴで、ロシア、サウジアラビアと続きます。この3カ国で、世界の輸出量の約半数を占めています。一方、輸入量で第1位となっているのは米国で、トリニダード・トバゴの最大の輸出先でもあります。第2位はインド、それからモロッコ、韓国、中国と続き、この4カ国で世界の輸入量の約半数を占めています。日本のアンモニア消費量は2019年で約108万トン。このうち約8割を国内生産、約2割をインドネシアとマレーシアからの輸入でまかなっています。
(出典)貿易統計及び経済産業省生産動態統計年報
そんなアンモニアについて新しい用途として注目されているのが、エネルギー分野での活用です。エネルギー分野でアンモニアが注目される理由のひとつは、次世代エネルギーである水素の「キャリア」、つまり輸送媒体として役立つ可能性があるためです。前述した通り、アンモニアは水素分子を含む物質です。そこで、大量輸送が難しい水素を、輸送技術の確立しているアンモニアのかたちに変換して輸送し、利用する場所で水素に戻すという手法が研究されています。加えて、近年では、燃料としての利用も研究されはじめました。アンモニアは燃焼してもCO2を排出しない「カーボンフリー」の物質です。将来的には、アンモニアだけをエネルギー源とした発電を視野に入れた技術開発が進められていますが、石炭火力発電に混ぜて燃やす(混焼)ことでも、CO2の排出量を抑えることが可能です。前述した通り、アンモニアはすでに生産・運搬・貯蔵などの技術が確立しており、安全性への対策やガイドラインが整備されています。さらに、サプライチェーンが確立されていることから、初期投資をあまりかけずにエネルギーに転用することができるとも考えられています。このように、早期の実用化が見込まれることは、次世代エネルギーとして大きな利点です。現在、石炭火力にアンモニアを20%混焼する実証実験が進められています。もし仮に国内の大手電力会社が保有するすべての石炭火力発電所で20%混焼をおこなえば、CO2排出削減量は約4000万トンになります。さらに今後は、混焼率を向上させる技術を確立させていくとともに、アンモニアだけを燃料として使用する「専焼」も将来的に始まる見通しとなっています。もし、こうした石炭火力がすべてアンモニア専焼の発電所にリプレースされれば、CO2排出削減量は約2億トンになると試算されています。燃料アンモニアの導入には、大きなインパクトがあるのです。
発電コストについても、アンモニアの混焼は、水素と比較して大きく下回っています。
こうした火力発電所への燃料アンモニアの利用については、政府だけが動いているわけではありません。国内最大の火力発電事業者であるJERAは、10月に発表した2050年におけるゼロエミッションへの挑戦「JERAゼロエミッション2050」のロードマップの中で、燃料アンモニアの火力発電への混焼、専焼へのリプレースを明記しています。
JERAゼロエミッション2050 日本版ロードマップ
(出典)JERA プレスリリース「2050年におけるゼロエミッションへの挑戦について」資料2
一方で、アンモニアを燃料として活用するには課題もあります。それは、アンモニアの安定的な量の確保です。国内すべての石炭火力で20%混焼をおこなうには、約2000万トンのアンモニアが必要となりますが、これは現在の世界のアンモニア輸出入量とほぼ同じ量です。これから混焼をおこなう石炭火力発電が増えたり、混焼率が高まったり、専焼が始まったりすることによって、発電分野でのアンモニア利用が増えると、現在の世界の生産量では足りなくなることが見込まれます。供給が不足すれば価格が高騰し、肥料の市場にも影響をあたえることになるため、対策が必要となります。後編では、将来に向けて期待される燃料としてのアンモニア利用について、その方法や課題への対策などをお伝えします。
資源・燃料部 政策課
長官官房 総務課 調査広報室
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