企業の脱炭素化をサポートする「トランジション・ファイナンス」とは?(前編)~注目される新しい金融手法

「クライメート・トランジション・ファイナンスに関する基本指針」表紙の画像です。

(出典)「クライメート・トランジション・ファイナンスに関する基本指針」より

今、世界で「脱炭素化」の動きが加速し、日本も「2050年カーボンニュートラル」の達成に向けて、さまざまな取り組みを推進しています。脱炭素化と聞くと、電気を再生可能エネルギー(再エネ)に変えることがすぐに思い浮かびますが、実は重要なのは、工場・事業所(産業分野)の脱炭素化です。とくに、ものづくりの工程で石炭やガスを使うといった温室効果ガス(GHG)を多く排出する産業分野では、長期的な取り組みが必要です。そのためには、取り組みを支える資金も必要となります。今回は、そうした課題に取り組む企業を後押しする新しい金融のしくみ、「トランジション・ファイナンス」についてご紹介しましょう。

長期的な脱炭素化の取り組みを資金面で支える「トランジション・ファイナンス」

「2050年カーボンニュートラル」を達成するには、家庭や運輸などさまざまな分野で脱炭素化をはかることが重要で、産業分野もそのひとつです。しかし、産業によっては、CO2が工程上でどうしても発生してしまうため、省エネや燃料転換などをはじめ、革新的な技術の開発・導入が必要となる場合があります。

鉄鋼業を例に挙げましょう。製鉄場では、鉄鉱石に「コークス(炭素)」という材料を加え、高温で加熱して鉄をつくります。その過程で、鉄鉱石の中の酸素と炭素が結びついて、CO2が発生してしまうのです。しかしこの工程は、鉄鉱石から酸素を取りのぞいて純度の高い鉄を取り出すためには必要不可欠です。また、コークスには熱効率がよいという特徴もあります。脱炭素化を目指すには、コークスの見直しをはじめ、再エネなどの脱炭素電源(電気をつくる方法)を使ったり、発生したCO2を回収して再利用するなど、製鉄の過程を大幅に見直すことが求められます。

現在、水素を使った製鉄方法などさまざまな方法が模索され、技術の開発も進んでいます(「水素を使った革新的技術で鉄鋼業の低炭素化に挑戦」参照)が、そうした取り組みにはどうしても多額の資金と時間が必要となります。

産業部門では、このように工程自体を変える必要があることから、脱炭素化は一足飛びに実現できるわけではなく、長期的な視点で進める必要があるのです。

そこで注目されているのが、「トランジション・ファイナンス」です。これは、着実な低炭素化を実現する「移行(トランジション)」を進めるための金融手法(ファイナンス)のこと。つまり、将来的な脱炭素化を目指すために、長期的な戦略に基づいて着実にGHG削減に取り組む企業に対し、途中で息切れしないよう資金を供給して後押しする、新しい金融手法を指します。

トランジション(移行)概念図
化石燃料を使用している現在から、将来的に目指す脱炭素社会まで、どのような道筋で移行するのかという概念を図で示しています。

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日本は、脱炭素化に向けてのトランジション(移行)の概念を提案し、世界に先がけて具体的な制度整備を進めています。

どんな産業が対象になるの?どんな取り組みが進んでいるの?

トランジション・ファイナンスは、まだ始まって間もない取り組みで、現在、ルール整備が進められています。2021年5月、経済産業省は金融庁・環境省とともに、トランジションへの資金供給・調達の確立を目指し、国内向けの基本指針を策定しました。この基本指針は、「国際資本市場協会(ICMA)」が発表した「クライメート・トランジション・ファイナンス・ハンドブック」という国際原則を踏まえたものです。

また、企業がトランジション・ファイナンスの信頼性・透明性を高めるための取り組みとして、分野別のロードマップを策定しました。各産業における脱炭素技術の実用化や導入の想定時期などをふまえ、「2050年カーボンニュートラル」に向かう道筋を示したものです。このロードマップは、国際的な動向や「パリ協定」とも整合するもので、各企業がトランジション戦略を策定する際の参考となるほか、金融機関が融資をおこなう際に、その企業戦略が適格かどうかを判断する基準ともなります。これまでに、鉄鋼、化学、電力、紙パルプ、セメントなど8分野で策定されました。

日本の産業部門別CO2排出量内訳
日本の産業部門別のCO2排出量を、円グラフで表しています。

(出典)総合エネルギー統計 および 国立環境研究所 インベントリより経済産業省作成

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ロードマップの対象分野
トランジションの適格性を判断するために策定した分野別のロードマップについて、対象となる分野を図で表しています。

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さらに、トランジション・ファイナンスを普及させる足がかりとして、2021年度からモデル事業や補助事業も実施しています。開始から2年間で12件のモデル事例と9件の補助金対象案件が採択されました。これら以外の案件も含めると、トランジション・ファイナンスによる2021年1月から2023年3月までの累計調達額は、1兆円超の水準に拡大しています。

脱炭素などの環境関連投資による資金調達額の推移
トランジション・ファイナンスやグリーンボンドなど、脱炭素などの環境関連投資による資金調達額について、2014年から2022年までの推移を棒グラフで表しています。

(出典)環境省グリーンファイナンスポータル、経済産業省「トランジション・ファイナンス」、その他公表情報をもとに経済産業省作成。
注:トランジション・ファイナンスの数値はヒアリング等により把握している金額非公表のローン調達額を含む。

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こうした取り組みは世界的にも注目され、国際的な議論もおこなわれています。2023年4月におこなわれた「G7札幌 気候・エネルギー環境大臣会合」でも取り上げられ、成果文書にも記載されました。

「ウォッシュ」を防ぎ、信頼性のあるしくみにするために

トランジション・ファイナンスは始まったばかりのしくみであり、課題もあります。

たとえば、トランジション・ファイナンスが「グリーン・ウォッシュ(見せかけの環境配慮)」と見なされる懸念もあります。グリーン・ウォッシュを防ぐためには、企業のトランジション戦略の適格性や信頼性をしっかりと見極め、確保する取り組みが必須です。

また、長期的な戦略であることから、いつまでトランジション(移行)の期間だと見なすのか、この戦略で本当に「2050年カーボンニュートラル」に向かうのか、という点を明確にすることも必要です。そのために、科学的根拠に基づいた道筋を示すことが重要です。

こうした懸念点については、国際的にも整合性のある分野別ロードマップに沿っていることがひとつの判断材料となります。今後、さらにトランジション・ファイナンスの活用を促し、市場を確立するために、議論をおこない、さまざまな取り組みを続けていきます。議論の内容や国際社会の取り組みについての詳細は、後編でご紹介していきます。

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