企業の脱炭素化をサポートする「トランジション・ファイナンス」とは?(後編)~世界の動向と日本の取り組み

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「2050年カーボンニュートラル」という目標を達成するための重要なカギをにぎる、産業分野の脱炭素化。なかでも、温室効果ガス(GHG)を多く排出する産業分野を中心に、脱炭素社会の実現に向けて長期的な戦略に則り、着実な低炭素化を実現し、脱炭素化への移行をサポートする新しい金融のしくみが「トランジション・ファイナンス」です。今回は、トランジション・ファイナンスについて、国際的にどのような議論がなされているのか、また日本の取り組み状況などについてご紹介しましょう。

グリーン・ファイナンスとトランジション・ファイナンス、何が違うの?

「トランジション・ファイナンス」とは、脱炭素化を実現するために、長期的な戦略に基づいて着実にGHG削減に取り組む企業に対し、資金を供給する新しい金融手法のことです。

企業などが脱炭素化のために資金を調達する手段としては、これまでも「グリーン・ファイナンス」などがありましたが(「CO2排出量削減に必要なのは『イノベーション』と『ファイナンス』」参照)、トランジション・ファイナンスとは何が違うのでしょうか。

グリーン・ファイナンスは、温室効果ガス(GHG)の排出がない、または少ない「グリーン」な企業やプロジェクトに対しての資金提供を指します。しかし、鉄鋼やセメントなどGHG排出量の多い産業は、製造のプロセスそのものを革新的な脱炭素技術を使ったものへ変えていく必要があるため、一足飛びに脱炭素化を達成するのが困難です。そこで、現時点ではGHG排出が多くても、将来的にグリーンに移行するために資金を提供するのがトランジション・ファイナンスです。

世界が注目、ルール作りが進むトランジション・ファイナンス

世界でも、トランジション・ファイナンスを推進する動きは加速しています。たとえば、OECD(経済協力開発機構)では、2022年10月にトランジション・ファイナンスに関するガイダンスを公表しました。グリーンボンド(環境問題解決を目指す事業に資金を集めるための債権)発行に関する自主的ガイドラインである「グリーンボンド原則」などを公表している「国際資本市場協会(ICMA)」では、2020年12月に「クライメート・トランジション・ファイナンス・ハンドブック」を公表しています(2023年改訂)。

トランジション・ファイナンスに関する国際動向
トランジション・ファイナンスに関する2019年から2022年までの国際動向を、図で示しています。

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トランジション・ファイナンスに関する国際動向 政府・民間での議論状況
トランジション・ファイナンスに関する国際動向について、政府間レベルと民間主導それぞれの議論の状況を表で示しています。

(出典)GFANZHPNZAOAHP:など各イニシアティブHPより経済産業省作成(いずれも2022年6月29日時点)

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またEUでは、環境に配慮した、グリーンな経済活動であるかを認定する基準として「EUタクソノミー」(タクソノミー=分類)を定めていますが、グリーンかどうかの基準だけでは移行(トランジション)のための取り組みが評価できず、またGHG多排出産業の経済活動を分類できないため、それらを含めた分類区分拡張の必要性が提案されています。

2023年4月に開催された「G7札幌 気候・エネルギー環境大臣会合」でも、トランジション・ファイナンスが成果文書において取り上げられました。

日本でも、GX実行のための「新たな金融手法の活用」に関する具体的な検討をおこなうために、「産業のGXに向けた資金供給の在り方に関する研究会(GXファイナンス研究会)」を発足させました。2050年カーボンニュートラルに向けて、民間金融による資金供給を促進するために、2023年12月までに、具体的な政策の方向性をとりまとめる予定です。

トランジション・ファイナンスの課題は「信頼性」や「実効性」

このように、国内外で、また政府間協議や民間においても、トランジション・ファイナンスの理解促進が進められつつあります。しかし、まだ始まって間もない取り組みであることから、今後の検討課題もあります。

信頼性を向上させる

まず、国際社会でトランジション・ファイナンスの信頼性を向上させていくことが課題です。トランジション・ファイナンスは“移行中”の企業に対する投融資となるため、投融資時点では、対象企業は化石燃料を利用した経済活動をおこなっています。しかし化石燃料や関連資産は、社会や市場の急な変化によって価値が大幅に減少する「座礁資産」となる恐れをはらんでいるため、トランジション・ファイナンスも、化石燃料利用企業への投融資として価値減少を不安視される可能性があります。また、移行を主張しても実態がともなわない「グリーンウォッシュ(見せかけの環境配慮)」と見なされる懸念もあります。それらを防ぐために、信頼性や適格性をしっかり確保していく取り組みが欠かせません。

トランジションに投融資をおこなう金融機関のルールづくりも必要

また、資金を提供する金融機関や投資家側の課題もあります。そもそも金融機関は、GHGを排出する企業を投融資先に選んだ場合、その割合に応じて「GHGを間接的に排出した」とみなされます。そのため、投融資先にGHG排出の削減を働きかけ、投融資先のGHG排出量(ファイナンスド・エミッション)を削減することが求められます。

しかし、トランジション・ファイナンスによって、低炭素への移行期にあるGHG多排出産業に投融資すれば、“GHG排出量が多い金融機関”とみなされてしまうおそれがあります。とはいえ、金融機関には排出削減を進める企業のトランジションを支援する役割も期待されています。この矛盾を解消するために、ファイナンスド・エミッションに関する国際的なルールにおいて、ネットゼロに向けた投融資を積極的に評価するしくみを検討する必要があります。

企業のトランジション戦略の適格性を判断するしくみ

もうひとつ、資金提供側の課題として、資金提供後の企業のトランジション戦略が進捗しているかどうかの判断が難しく、実効性を保証できないのではという懸念があります。そこで、2023年6月に金融機関や投資家向けに「トランジション・ファイナンスにかかるフォローアップガイダンス~資金調達者とのより良い対話に向けて~」を策定しました。これにより、資金提供者が投融資先の企業との対話を通じて、戦略の着実な実行を支援し、促進することを目指しています。

トランジション・ファイナンスの課題と今後の方向性について
トランジション・ファイナンスの今後の方向性を3つの側面にまとめ、表で示しています。

(出典)「第3回産業のGXに向けた資金供給の在り方に関する研究会」資料

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トランジション・ファイナンスは、まだ草創期にありますが、産業の脱炭素化を推進していくうえで不可欠な手法です。日本としても、今後も具体的に制度を整備し、国内外で通用する信頼性のあるしくみを確立していきます。

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