目前に迫る水素社会の実現に向けて~「水素社会推進法」が成立 (前編)サプライチェーンの現状は?
カーボンニュートラルの実現に向けて、カギとなるエネルギーが「水素」です。いま、世界でも水素の需要が拡大しており、各国の水素産業に対する支援も、技術開発から社会実装へと移行しつつあります。日本は世界に先がけて、水素に関する研究開発や実証実験をおこなってきており、2024年5月には、水素の社会実装を強力に推進していくための法律「水素社会推進法」が成立しました。いよいよ身近に迫ってきた水素社会の実現に向けて、水素をめぐる現在の状況や、法律の内容について、2回に分けてご紹介します。
2050年の世界の水素需要量は2022年の約5倍に
水はもちろん、石炭やガスなどさまざまな資源からつくることができる水素は、使用してもCO2を排出しない、環境負荷の低いエネルギーです。加えて、国内の再生可能エネルギー(再エネ)などから作ることができるため、自給率の向上などにもつながることが期待される次世代のエネルギーでもあります。
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世界でも、カーボンニュートラルの実現に向けて水素の需要量が増えるとの国際機関の予測もあり、2050年には2022年の約5倍になると推測されています。
世界の水素等需要量
市場規模の拡大が見込まれるなか、世界各国で国内の水素産業を育成する動きが加速しています。日本は2017年、世界で初めて水素の国家戦略「水素基本戦略」を策定しましたが(「カーボンフリーな水素社会の構築を目指す『水素基本戦略』」参照)、その後EU、ドイツ、オランダなど25カ国以上で、相次いで水素の国家戦略が策定され、水素関連の取り組みが強化されてきました。近年では、水素社会の実現を見据えて、各国の支援策も技術開発から実用化・商用化に向けた制度へとシフトしてきています。
こうした流れの中で、2023年、日本は6年ぶりに「水素基本戦略」を改定しました。これまでは技術の確立を主眼に置いていましたが、商用段階を見据えて、産業戦略と保安戦略が新たに加えられています。
水素を「つくる」「はこぶ(ためる)」「つかう」各分野の進捗状況は?
水素社会を実現するためには、水素の需要が十分にあり、それを満たす供給が確保されることが重要です。つまり、水素を「つくる」「はこぶ(ためる)」「つかう」というサプライチェーンの構築が欠かせません。
水素等の供給源及び需要先
日本でも、これらの各分野において技術開発や実証実験が進んでおり、活用先も広がっています。具体的に各分野での進捗状況を見ていきましょう。
水素等サプライチェーンの拡大と強み
水素を「つくる」
水素をつくる方法としては、化石燃料からつくる方法と、再エネからつくる方法の2つが主流です。化石燃料から水素をつくる場合には、CO2を排出しますが、排出されたCO2を回収・貯留したり(CCS)、回収して利用したり(CCUS)すれば、CO2の排出を実質的に低減することができます。一方、再エネからつくる場合は、水電解装置を通して水を電気分解して水素を取り出すため、CO2を直接的には排出していない水素となります。
主な水素製造手法(例)
現在、再エネを利用した水電解装置による水素製造は世界的にも取り組みが加速しており、サウジアラビアやスウェーデンなどをはじめ、大規模なプロジェクトが多く発表されています。日本でも、水電解装置の安全・安定稼働や、部素材の革新的な技術に強みをもつ企業が開発を進めています。
水素を「はこぶ(ためる)」
水素は常温常圧では気体のため体積が大きく、燃えやすい性質を持っていることなどから、そのままで運ぶことが困難です。そこで、液体や水素化合物などに変換して運搬する方法(水素キャリア)を用いることが必要です。
このうち、水素を液体にする液化水素については、オーストラリアに多く産出する褐炭から水素を製造し、液化基地で液化、それを日本の基地まで輸送する、という大規模海上輸送の実証試験を、2022年に世界で初めて成功させました。
液化水素運搬船「すいそふろんてぃあ」
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また、トルエンと水素の化合物であるメチルシクロヘキサン(MCH)についても、ブルネイで産出する天然ガスから水素を製造し、水素化プラントでMCHに変換、それを日本の脱水素プラントで水素に変換し直す、という世界初の国際輸送実証を、2020年に完了しています。
MCH(メチルシクロヘキサン)の脱水素化
これら2つの水素キャリアについては、2030年までに商用の大規模サプライチェーンの構築を目指しています。液化水素については船舶や貯蔵タンクの大型化を、MCHについては製油所など既存の設備を活用した脱水素技術開発を進めています。このほかにも、アンモニアや合成メタンなど複数の水素キャリアが有望視されており、いずれも開発が進行中です。
水素を「つかう」
水素が活用される分野には、燃料電池自動車(FCV)をはじめとしたモビリティ分野、産業分野、発電所などでの利用が見込まれています。
①モビリティ分野
水素利用の先行している分野がモビリティです。FCVや燃料電池トラック(FCトラック)のほか、将来的には船舶や航空機などでの活用も期待されています。
FCVについては2024年5月末時点で8,408台であり、普及の拡大はこれからです。FCトラックも2022年から走行を始めており、こちらも今後の普及が期待されます。普及を見据えて、水素ステーションについても、人流や物流を考慮して最適な配置をおこなって稼働率を上げつつ、大型化を進めていく必要があります。
また、水素ステーションからパイプラインなどを通じて車両以外の近隣の水素需要に供給する取り組みも一部の企業でおこなわれており、今後は水素ステーションが供給拠点としてマルチ化していく可能性も見込まれています。
②産業熱分野
水素は、鉄鋼や化学などの高温熱利用をはじめ、電化による脱炭素化が難しい分野での活用が期待されています。とくに製造業では、サプライチェーン全体でカーボンニュートラルに取り組むグローバル大企業が出現しており、日本のメーカーでも、工場を早期に脱炭素化することが喫緊の課題となっています。
たとえば、カーエアコンなどの自動車用熱機器製品やガソリンエンジン用燃料供給・噴射装置の製造をおこなうデンソー福島は、トヨタ自動車と共同で、工場内で再エネから水電解装置を使った水素を製造し、製造した水素を工場ガス炉内で活用する実証をおこなっています。2024年3月末には、実際に工場内で製造した水素を使用したラジエーターの製造を開始するなど、取り組みを前進させています。
工場の生産プロセスにおける水素等の導入(イメージ)
また、自社工場で製造した建物部材(プレキャストコンクリート)の販売やその部材を用いた集合住宅の建設などをおこなう大成ユーレックの川越工場では、工場を一つの地域に見立てたエネルギーシステムモデルを開発しています。具体的には、工場内に設置した太陽光発電設備で発電した電力を利用する小型パッケージ型水電解装置システム(P2G:Power to Gas)を運転しており、発生した水素を水素ボイラーで熱に変換し、コンクリートの養生行程に活用しています。
大成ユーレック川越工場のエネルギーマネジメントシステム(イメージ)
③発電分野
火力発電所で使用する燃料を天然ガスから水素に置き換えることで、CO2排出を低減することができます。日本は水素発電の分野で技術的に先行しており、三菱重工では大型タービンで天然ガスより燃えやすい水素を10%(※)混焼する(別々の燃料を一緒に燃やす)燃焼器を開発しました。現在は、10%以上の混焼、さらには天然ガスを水素に完全に置き換える専焼の燃焼器についても開発中です。
※ 熱量ベース。体積ベースでは30%混焼。
水素ガスタービン
また、オランダや米国などでの大型水素発電プロジェクトに日本企業が参画しており、さらなる海外案件への参画も目指しています。
***
このように、水素社会の実現に向けて国内外でサプライチェーンの構築が進められているなかで、2024年5月、水素をエネルギーとして普及させ、活用を後押しする「脱炭素成長型経済構造への円滑な移行のための低炭素水素等の供給及び利用の促進に関する法律」(水素社会推進法)が新たに成立しました。
後編では、この「水素社会推進法」の内容について、詳しくご紹介します。
お問合せ先
記事内容について
省エネルギー・新エネルギー部 水素・アンモニア課
スペシャルコンテンツについて
長官官房 総務課 調査広報室
※掲載内容は公開日時点のものであり、時間経過などにともなって状況が異なっている場合もございます。あらかじめご了承ください。
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