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「安全・安心を第一に取り組む、福島の“汚染水”対策②『トリチウム』とはいったい何?」では、「トリチウム」がどのようなもので、どのような性質を持っているかについてご紹介しました。では、“放射性物質”の一種であるトリチウムは、人にどのような影響を与えるのでしょうか。今回は、汚染水対策をよく知るシリーズの第3回として、トリチウムが人体に与える影響について、現在の研究で分かっていることをご紹介しましょう。
それを見ていく前に、まずは“放射性物質”と「被ばく」の関係について、あらためて整理しておきましょう。「被ばく」とは、人体が放射性物質の出す「放射線」にさらされることです。「放射線」を示す単位としては、よく2つの言葉が使われます。ベクレル(Bq)と、シーベルト(Sv)です。ベクレルは、放射性物質が放射線を出す“能力”を示す単位であり、ベクレルであらわした数値が大きいということは、「放射性物質からたくさんの放射線が出ている」ことを意味します。しかし、放射線のあり・なしだけで言えば、宇宙から常に地球にふりそそいでいる「宇宙線」にも放射線はふくまれていますし、X線検査などでも放射線を使っています。また、食品や空気中にも微量の放射性物質がふくまれています。私たちは、ふつうに日常生活をおくる上でも、さまざまなものから被ばくしているのです。このような放射線の影響を、どのように捉えればいいのでしょう?そこで、大切な単位がシーベルトです。シーベルトとは、放射性物質が出す放射線によって、人体がどのような影響を受けるかという点に注目して考え出された単位です。シーベルトであらわされた数値が大きいほど、人体が受ける影響が大きいことを意味します。
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シーベルトは、さまざまな放射線による被ばくの影響を、それが同じ影響であれば同じ数値になるように換算し、「人体が受ける被ばく線量」をあらわす数値にしています。ですから、放射性物質の種類によって、たとえば同じ「1ベクレル」の物質でも、人体が受ける被ばく線量、つまりシーベルトの数値は大きく異なってきます(なお、放射線が人工由来か自然由来かによって、体に与える影響に違いが出ることはありません)。ですから、被ばくや放射性物質について考える時は、単なる放射線の「あり・なし」やベクレルの数値だけではなく、シーベルト、つまり人体が受ける被ばく線量について注目し、議論していくことが重要なのです。下の図は、私たちの身近にある放射線をしめしたものです。シーベルトに換算すると、それぞれどのくらいの被ばく線量があるのか、確認してみましょう(mSvとはミリシーベルトのことで、1,000ミリシーベルトは1シーベルトにあたります)。記載されている数字は、回数や年数が明記されているもの以外は、1年間あたりの被ばく線量をしめしています。
(出典)環境省HP「被ばく線量の比較」
現在の研究では、一定のしきい値以下の被ばくであれば、毛が抜けたり白内障になったり胎児が奇形になるなどの「確定的影響」(一定量の被ばくを受けると必ず影響があらわれる現象のこと)は見られないとされています。また、がんや遺伝的な影響が発生するなどの「確率的影響」(放射線を受ける量が多くなるほど影響があらわれる確率が高まる現象のこと)については、受ける放射線量が100ミリシーベルト以下であれば、そのような現象が自然発生する率と、ほとんど差は見られなくなるとされています。
これらのことを念頭に置きながら、トリチウムが人体にもたらす影響を見ていきましょう。トリチウムの出す放射線は、ベータ(β)線という放射線ですが、トリチウムの場合、そのエネルギーはひじょうに弱く、紙一枚でさえぎることができます。ということは、人が体の外にあるトリチウムからβ線を受けたとしても、皮膚で止まってしまうということです(「安全・安心を第一に取り組む、福島の“汚染水”対策②『トリチウム』とはいったい何?」参照)。このため、体の外にある放射性物質から人が影響を受ける「外部被ばく」は、トリチウムではほとんど発生しません。
では、放射性物質が人の体内に入って影響を与える「内部被ばく」についてはどうでしょうか?トリチウムは、前回の記事でご説明したように“水素のなかま”で、酸素と結びつくことで水とほとんど同じ性質の「トリチウム水」として自然界に存在しています。このため、水蒸気などに混じって空気中に存在している気体状のトリチウムを吸い込んだり、水道水などにふくまれている液体状のトリチウム(トリチウム水)を飲み込んだりしています。しかし、前述したように、トリチウムから出る放射線は弱いため、シーベルトで捉えると、その影響は10000ベクレル(※)あたり0.00019ミリシーベルトです(先ほどの、身の回りの放射線の図と比較してみましょう)。また、現在の研究では、たとえトリチウム水を飲み込んでしまった場合でも、通常の水と同じように外へ排出され、特定の臓器などの体内に蓄積されていくことはないと見られています。※WHO飲料水水質ガイドライン第4版におけるガイダンスレベル(10000ベクレル/リットル)の水1リットル分の放射線量 (参考)国立保健医療科学院 訳「飲料水水質ガイドライン第4版」付録6
最後に、最近SNSなどでも話題となっているトリチウムに関する話題について、現在の科学研究ではどのように考えられているか、ご紹介しておきましょう。
「生物濃縮」とは、ある物質が生物の体内に取り込まれたのち排出されずに蓄積され、それが食物連鎖でさらに上位の生物に取り込まれることを繰り返すことで、どんどん濃縮されていくという現象です。水俣病の原因となったメチル水銀では、この現象が起こってしまいました。しかし現在の研究では、水の状態のトリチウムが生物濃縮を起こすことは確認されていません。前述したように、水と同じようにほとんどが生き物の体の外へ排出され、体内に蓄積されることはないためです。
炭素や水素などでつくられた化合物「有機物」において、水素原子がトリチウムと置き換えられる(有機結合)場合があります。このような物質を「有機結合型トリチウム(OBT)」といいます。体内に取り込まれたOBTの多くは40日程度で体外に排出され、一部は排出されるまで1年程度かかります。確かに、OBTの健康影響をトリチウム水と比較すると2~5倍程度となりますが、前述したように、もともとトリチウム水の健康影響は1ベクレルあたり0.000000019で、2~5倍になったとしても、ほかの放射性物質とくらべて特別に健康影響が大きいとはいえません。セシウムから受ける健康影響と比較してみると、約300分の1になります。
体内に入ったトリチウム原子は、前述したように水素のなかまですから、私たちの遺伝子を構成する水素原子と置き換わることがあります。トリチウム原子は「β崩壊」と呼ばれる現象でヘリウム原子に変わりますが、もしこのように遺伝子を構成するトリチウム原子がヘリウム原子に変化すると、それによって原子の結合が切れ、遺伝子が傷つく、だからトリチウムは危険だという議論があります。しかし、実は、遺伝子というものはさまざまな要因でいつも損傷を受けており、「修復酵素」のはたらきによって、日々修復されています。たとえば、太陽からの紫外線などでも損傷しています。年間約2ミリシーベルトの放射線で遺伝子が受ける損傷の頻度は、紫外線などによる損傷の頻度の100万分の1以下です。このため、トリチウム原子がヘリウム原子に変化することで遺伝子にもたらされる影響については、自然界と同程度の放射線による被ばくの場合、測定可能なレベルのものにはならないと考えられます。*****次回は、世界の原子力発電所ではトリチウムがどのように取り扱われているか、また東京電力福島第一原子力発電所ではどの程度のトリチウムが発生しているかなどについてご紹介しましょう。
電力・ガス事業部 原子力発電所事故収束対応室
長官官房 総務課 調査広報室
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