話題の「ナッジ手法」も検証!省エネの輪を広げるための情報発信

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みんなが行動を変えることが、私たちのより良い未来のためになると知っていても、ついついこれまでと同じ方を選んでしまった…という場面、皆さんにもあるのではないでしょうか。「行動を変える」のは、とても難しいこと。誰かの行動を変えるのはなおさらです。省エネルギー(省エネ)の取り組みも、そうした“行動の変化(行動変容)”が大きな焦点となる分野です。より多くの人に、省エネ性能にすぐれた製品の方を選ぶ“行動変容”を起こしてもらうためには、どんな方法が効果的なのでしょうか。今回は、家庭での省エネ促進のためにおこなわれているさまざまな施策と、行動科学・行動経済学分野で注目の「ナッジ手法」を使った最新の実験についてご紹介しましょう。

家庭での省エネは家電製品の買い替えがカギ

家庭においてエネルギーが使われている量、つまりエネルギー消費量は、第一次オイルショックがあった1973年度から2017年度までに約2倍に増えており、そのうち半分を電気が占めています。徹底的な省エネを進めていくためには、家庭部門でも省エネの取り組みがおこなわれることが重要です。

有効な手段のひとつが、家電製品を省エネ製品に買い替えることです。近年、家電の省エネ性能は着実に進化してきました。たとえば2008年と2018年を比べると、冷蔵庫は約43%、テレビは約48%、エアコンは約4%。照明器具は約85%もの消費電力が減少しています。

冷蔵庫の省エネ性能の推移(401~450Lの例)
2008年と2018年の冷蔵庫の年間消費電力量を棒グラフであらわしています。

(出典)一般社団法人 日本電機工業会

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この家電製品の省エネ性能の進展は、1998年に、「トップランナー制度」が設けられたことが背景にあります。これはメーカーなどに対し、家電製品や自動車など対象となっている機器について、エネルギー消費効率を向上させる努力義務をさだめた制度です。(「LED照明器具も『省エネ基準』の対象に~先進技術にも対応するトップランナー制度」参照)。

また、最新の省エネ性能を、消費者にわかりやすく伝えるための制度も整備されてきました。2000年には、トップランナー基準の達成率を示す「省エネルギーラベル」を、メーカーが製品本体やカタログに記載することになりました。また2006年には「小売事業者表示制度」が設けられ、家電量販店などが店頭やWebサイトで製品の省エネ情報を表示する取り組みも開始。特に、製品ごとに省エネ性能にバラつきの大きい5種類の家電(冷蔵庫・照明器具・テレビ・エアコン・温水洗浄便座)については、「5段階評価」や「年間電気料金」の目安などを記載し、一目で性能が伝わる工夫もなされています。メーカーや小売店によって表示に差異が出ないよう、いずれのラベルもデザイン様式は統一されています。

大事なことは、こうした省エネ製品を、より多くの人に購入してもらうことです。しかし、省エネ製品は従来品とくらべて購入時にかかる初期費用が高いことが多く、省エネ性能だけを消費者にうったえても必ずしも購入につながらないなど、“行動を変える”ことの難しさがあります。

どうやって買い替えをうながす?~注目される新たな手法「ナッジ」

そこで、さまざまな施策が打たれています。今、着目されているのは、行動科学・行動経済学の知見を活用した「ナッジ手法」です。

ナッジ(Nudge)とは、英語で「そっと後押しする」という意味。ナッジ手法とは「行動科学の知見にもとづく工夫やしくみによって、人々が、人や社会にとってより望ましい行動を自発的に選択するよううながす手法」の総称です。米国・シカゴ大学のリチャード・セイラー教授らが提唱したもので、同氏が2017年にノーベル経済学賞を受賞したことで日本でも話題になりました。

近年、ナッジを公共政策で活用する取り組みが世界的におこなわれ、社会的課題の解決に向けて人々の行動変容が必要な分野において、効果が期待されています。日本ではすでに環境省が、温暖化の原因となるCO2の排出を抑える「低炭素化」に向けて、個人のライフスタイルの変化をうながす実証実験をおこなっています。「第5次エネルギー基本計画」の中でも、ナッジを省エネ対策に用いることが記されています。前述した「統一省エネルギーラベル」も、この手法をふまえて採用されたものです。さらなる省エネ機器買い替えの促進に向け、実証実験がおこなわれました。

「省エネ関連ナッジプロジェクト」実験で行動変容の可能性を探る

実験の目的は、省エネ製品への買い替えにつなげるための、効果的な情報発信方法を探ることです。発信の手法にはナッジを採用。さらに発信内容については、省エネ性能だけでなく、消費者に対して訴求力のある別の価値(省エネ性能以外の付加価値 NEV : Non Energy Value)にも着目し、発信手法と組み合わせることで、消費者の行動変容をうながすことができるか検証しました。

実験の対象は、蛍光灯のシーリングライト(天井取り付け型)からLEDシーリングライトへの買い替えとしました。下の表のように、10年間使用した場合、ランニングコストも含めれば蛍光灯よりLEDにあきらかな経済的メリットがあります。しかし、照明器具全体でみるとLEDは蛍光灯の約5倍の価格で、取り付け工事費用も必要となるため、消費者の心理的ハードルが高いのではないかと考えられます。

既存蛍光灯照明からLED照明への買換えにおける経済性の比較(イメージ)
LED照明と蛍光灯照明にかかる費用を表で比較しています。項目は初期費用、ランニングコストに分かれており、合計額ではLEDのほうが安くなっています。

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実証実験は、次のような手順で進められました。

① 省エネ以外のLEDの価値を抽出し、LED照明器具の製品・価格を設定
LEDシーリングライトの製品カタログなどから、「快適性」や「利便性」、「長寿命性」、「防犯性」といった、消費者にとって魅力的だと思われる「省エネ性能以外の付加価値(NEV)」を抽出しました。また既存の売上POSデータ(商品の販売時に記録されるデータ)などから、省エネ性能と各NEVについての“支払意思額”、つまり消費者が払ってもよいと考える額を算出。これらを組み合わせて、機能・価格の異なる4タイプのLED照明器具を設定しました。

② 買い替えの阻害要因を分析し、「大きな時間割引率」の回避を検討
LEDシーリングライトへの買い替えが進まない大きな要因のひとつは、LEDは、照明器具ごと買い替えが必要なことが多いという点です。蛍光灯の場合はランプだけ取り換えればいいため、「買い替えはもったいない」という心理が働くのです。目先の利益に比べて将来の利益を過小に評価してしまうことで、将来に手に入るより大きな利益に目が向かなくなってしまう現象を、行動経済学では「時間割引率が大きい」と表現します。そこで、この「大きな時間割引率」の作用を抑えるための情報発信手法を検討することにしました。

③ ナッジを応用したメッセージを作成
この実験では、「大きな時間割引率」の作用を抑えるために有効と考えられる、「デフォルトの変更」と「社会規範」のナッジ手法を用いて、効果を検討することにしました。「デフォルトの変更」とは、選択肢を根底から変えること。つまりここでは、“蛍光灯のままか、LEDに替えるか”という問いの立て方ではなく、あえて“Aという機能のLEDか、Bという機能のLEDか”という選択肢を提示します。一方、「社会規範」とは、人が他者の行動から受ける影響を利用する手法です。ここでは、“一般的な家庭の2軒に1軒がLED照明を使用している”というメッセージを提示することにしました。

また、メッセージにはナッジの「フレーミング効果」理論も取り入れました。「フレーミング効果」とは、同じ内容を表しているにもかかわらず、表現の仕方(フレーム)によって受け止め方が変化することを指します。省エネ性能の場合、「消費電力」で表現するメッセージと「電気代」で表現するメッセージが考えられます。

④ 仮想の購買場面における消費者の購買動向を測定
自宅で蛍光灯シーリングライトを使用している約6,000人の消費者を8グループに分け、「リビングの蛍光灯が切れたため、購入が必要」という設定で、架空の商品群から購入したい商品を選択してもらいました。

7つのグループにはそれぞれ別のメッセージを見てもらい、残りの1グループ(コントロール群)は比較対照できるよう、メッセージを見せずに閲覧してもらいました。

購買場面のイメ―ジ
実証実験で被験者に示した購買画面のイメージです。

(出典)株式会社住環境計画研究所

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実証実験で被験者に示した購買画面のイメージです。各商品の特性とそれぞれの値段が書かれています。

(出典)株式会社住環境計画研究所

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最終的に、各グループの被験者のLED照明の選択率と、選択した際の購入価格を測定しました。

今回、7つのグループのうち、コントロール群とくらべて選択率に差が見られた4つのグループ(A~D)についてご紹介します。

どんなメッセージを受け取るかで、省エネ家電の選択率が変化

実証実験で使用したメッセージ画像は、以下のとおりです。

A.従来型のメッセージ
Aのメッセージでは、LEDは消費電力に優れていること(消費電力フレーム)と、省エネ性の説明が書かれています。

省エネ性能(消費電力フレーム)のみ
(出典)株式会社住環境計画研究所

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B.従来型にナッジ手法を加えたメッセージ
Bのメッセージでは、LEDは電気代が約半分であること(電気代フレーム)、一般的な家庭の2軒に1軒がLEDであること(社会規範ナッジ)、電気代が安いこと(金銭的フレーム)が書かれています。

省エネ性能(電気代フレーム)+「社会規範」ナッジ
(出典)株式会社住環境計画研究所

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C.従来型に省エネ以外の付加価値(NEV)を加えたメッセージ
Cのメッセージでは、LEDは消費電力に優れていること(消費電力フレーム)と、長寿命性の説明が書かれています。

省エネ性能(消費電力フレーム)+長寿命性
(出典)株式会社住環境計画研究所

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D. 省エネ以外の付加価値(NEV)とナッジ手法の両方を使ったメッセージ
Dのメッセージでは、LEDの中でどのような機能を求めるか(Bluetooth対応・防犯機能)という問いが示され、さらに省エネ性能が示されています。

省エネ性能(電気代フレーム)+Bluetooth対応・防犯機能+「デフォルトの変更」ナッジ
(出典)株式会社住環境計画研究所

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LED選択率の結果は下のグラフの通りです。AからDのメッセージを見せたグループは、メッセージを何も見せなかった被験者グループと比較して、いずれも選択率が増加しています。この差は「有意なもの」、つまり統計的に意味がある差だと考えられます。また、選択率がもっとも高かったのは、メッセージD、情報内容・発信手法ともに新しい試みを組み合わせたメッセージを見た被験者グループでした。

LEDシーリングライト選択率のメッセージ間での比較
A~Dのグループで、LEDを選択した率の差異を示した棒グラフです。Aが73%、Bが72%、Cが72.3%、Dが74.2%となっています。

図注) *:p< 0.05, **:p< 0.01, ***:p< 0.001
(出典)株式会社住環境計画研究所

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さらに購入価格の平均額を調べると、メッセージDを見た被験者グループは、高額な製品を選択する割合が高かったこともわかりました。

被験者が選択した照明器具の平均金額の比較
A~Dのグループで、選択した照明の平均金額の差異を示した棒グラフです。Dが8,517円と最も高くなっています。

図注) *:p< 0.05, **:p< 0.01, ***:p< 0.001
(出典)株式会社住環境計画研究所

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以上の結果により、消費者に対するメッセージにNEVおよびナッジを活用することで、省エネ製品の買い替えがより促進される可能性が示されました。この実験成果を、今後、店頭やeコマースでの省エネ家電への買い替え促進に生かすべく、小売店などに情報共有していきます。

なお、本実証実験のより詳細な内容は「委託事業報告書」として今後、資源エネルギー庁のホームページ上に公表する予定です。さらなる省エネをうながすために、これからも、最新の知見を活かした最適な情報発信手法を探っていきます。

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記事内容について

省エネルギー・新エネルギー部 省エネルギー課

スペシャルコンテンツについて

長官官房 総務課 調査広報室

2020/07/14に公開した記事の一部に誤りがありました。『「省エネ関連ナッジプロジェクト」実験で行動変容の可能性を探る』の②および③において「現在バイアス」という用語を用いて解説していましたが、正しくは「時間割引率」という用語を用いた解説となります。お詫びして訂正します。
(2020/7/20 17:30)