原子力にいま起こっているイノベーション(前編)~次世代の原子炉はどんな姿?
温暖化の原因になるとされる温室効果ガスの排出量を低減する「脱炭素化」に向け、さまざまなエネルギー分野で、イノベーションに向けた技術開発が進められています。原子力も、脱炭素化の選択肢として例外ではありません。安全性の向上はもちろんのこと、再生可能エネルギーとの共存や、水素の製造、熱エネルギーの利用といった多様なニーズにこたえる原子力技術のイノベーションが進められています。米国では、あのビル・ゲイツ氏が会社を立ち上げたり、ベンチャー企業が開発に参入したりと、これまでにない原子力技術への挑戦が繰り広げられています。また、日本でも、原子力イノベーションに向けた取り組みが進められています。革新的な原子力技術とはどんなもの?どんなことを可能にするの?研究の現状は?2回に分けてご紹介しましょう。
求められているのは、これまでにない「使いやすくて安全な原子炉」
「原子力」には、みなさんもご存じの発電だけではなく、医療、工業、農業、科学などさまざまな用途があります。では、これらの用途において求められている「革新的な原子力技術」の姿とはどのようなものなのでしょうか。
代表的なもののひとつが、「小型モジュール炉」です。SMR(Small Modular Reactor)とも呼ばれ、世界各国で開発が進められています。その特徴をキーワードであらわすとすれば、「小型」「モジュール」「多目的」の3つがあげられます。
原子炉を「小型」にすると、大型の原子炉よりも冷えやすくなります。技術的に言えば、小型炉は体積の割に大きな表面積をもっているために起こる現象なのですが、たとえて言うなら、「同じ運動をしても子供や痩せている人のほうが体温を外へ逃がしやすい」というイメージでとらえればいいでしょう。この特性を突きつめていくと、原子炉に水をポンプで入れて冷やさなくても自然に冷えてくれる、といったことも可能になります。実現すれば、安全性が高まるうえに、原子炉全体を簡単な構造にすることができ、メンテナンスもしやすくなります。その結果、コストの削減ができ、経済性も向上する可能性があります。
「モジュール」については、「モジュール建築」、いわゆるプレハブ住宅をイメージして考えてみるとわかりやすいでしょう。プレハブ住宅とは、規格化された部材一式を工場で生産し、さらに組み立てユニットまで作ってしまうもの。現地ではこのユニットを、ブロックを積み立てるように設置します。自然条件に左右される現地でゼロから作るのではなく、ある程度のところまでを工場で生産・管理することで、高い品質管理や短い工期、コスト低減を実現している工法です。
これまで、原子力発電所の建設は、ひとつひとつが1点ものとして現地で建設されており、そのため工期が長くなりがちでした。また、品質保証のために何重もの確認・認可試験を経てつくられてきました。そこで、モジュール建築の手法を最大限取り入れようというアイデアが生まれています。「型式認証」という方法で設計認可を取得しておき、全体を一括で「工場生産+組み立て+輸送+設置」するという手法です。こういった手法が、「小型」の原子炉であれば可能となります。この場合、まず先に、輸送できるサイズ(米国なら鉄道や高速道路、欧州なら内陸運河)まで「小型化」し、それから原子炉の出力を決めるという流れになるでしょう。
「多目的」に関するものとしては、「発電」の用途以外に、「水素の製造」、「熱エネルギーの利用」「遠隔地でのエネルギー源」、「医療」などに特化した原子力技術を開発しようという動きがあげられます。「遠隔地」では、離島や極地、はては宇宙での利用がターゲットに想定されることもあります。一方「医療」では、放射性物質を使ったがん検査や治療に特化した技術開発が進められています。ほかにも、材料改質を目的とした原子力技術の産業利用についても研究が活発化しています。
どんな原子力技術が開発中なの?
世界の原子炉には、大きく分けて、原子炉の冷却に水をつかうものと、水以外の物質をつかったものがあります。それぞれの原子炉で、特徴を活かしたイノベーションが起こりつつあります。代表的なものをご紹介しましょう。
①NuScale SMR
米国NuScale社はSMR開発の先駆者の1つで、これまで米国エネルギー省からの支援を得ながら開発を進めています。初号機の建設はアイダホ国立研究所(INL)の敷地内に計画されており、米国の原子力規制委員会での審査も最終段階にあります。
- 特徴
- 1モジュールの出力は6万kW、通常の「加圧水型」原子炉の1/20程度
- 最大12個のモジュールを大きなプールの中に設置
- 1モジュールは、「圧力容器」「蒸気発生器」「加圧器」「格納容器」をふくむ一体型パッケージで、大型の冷却水ポンプや大口径配管が不要
- 各モジュールは、それぞれ独立したタービン発電機と復水器に接続
- 小型化と一体化を図ることにより、大規模な冷却材喪失事故のリスクを回避
②BWRX-300
日立GEニュークリア・エナジー社と米国GE Hitachi Nuclear Energy社はSMRであるBWRX-300を開発中です。同社は、原子力発電所の設計・製造経験と、さまざまな製品のモジュール製造経験が豊富で、その経験を活かした原子力イノベーションを進めています。米国でBWRX-300初号機の建設をめざして、米国原子力規制委員会にはすでに安全審査項目に関する技術レポートを提出しています。また、カナダでの建設も視野に入れ、カナダ原子力安全委員会でも審査を開始しています。
- 特徴
- 従来の「沸騰水型」よりもさらに構造が単純で、建設コスト、運転コストの低減が可能
- SMRのメリットである低い総建設費、工場完成一体据付、建設工期短縮のメリットを生かして資本リスク、建設リスクの低減が可能
- ガス火力並みの価格競争力を持ち、米国のガス火力発電プラントの建て替え需要も視野に
- 圧力容器と一体になった弁を採用し、大規模な冷却材喪失事故のリスクを実質的に回避
③PRISM
PRISM(Power Reactor Innovative Small Module)も米国GE Hitachi Nuclear Energy社が開発するSMRですが、こちらは原子炉の冷却に水ではなくナトリウムを使った原子炉です。「高速炉」と呼ばれるタイプの原子炉で、従来の原子炉と比べて廃棄物の有害度が低く、量も少ない、ウラン資源を有効活用できるといった特徴があります。米国エネルギー省は、PRISMをベースとした熱出力30万kWの多目的試験炉(VTR)を、アイダホ国立研究所に建設し、2030年までに運転開始する計画を推進しており、これがPRISM型の原子炉の第1号になると見られています。
- 特徴
- 空気の自然循環を利用して熱を冷やす方式を採用し、高い安全性・信頼性をもつ
- 高速炉は大気の圧力(大気圧)と同程度の圧力で運転されることから、冷却材喪失事故やそれにともなう格納容器内の圧力上昇が発生しない
- 出力あたりの原子炉建屋の大きさは、「加圧水型」や「沸騰水型」のSMRよりもさらに小さい
- 高レベル放射性廃棄物の体積を減らすことが効率的にできる
- 炉心温度が高く、軽水炉型にくらべて熱効率を飛躍的に向上できる
脱炭素化にも役立つ原子力イノベーションを支援
革新的な原子力技術を開発する動きは、米国で10年ほど先行して起こっていますが、近年、日本企業の研究開発も活発化しています。経済産業省でも、2019年から、「NEXIP(Nuclear Energy X Innovation Promotion)イニシアチブ」の下で、民間企業などによる革新的な原子力技術開発の支援を始めています。
また、2020年1月21日には、エネルギー・環境分野の革新的技術の確立を目指す「革新的環境イノベーション戦略」が策定されました(「イノベーションを推進し、CO2を『ビヨンド・ゼロ』へ」参照)。原子力は、この戦略の中でも触れられています。
戦略では、「安全性・信頼性・効率性のいっそうの向上」に加えて、「再生可能エネルギーとの共存」、「水素製造や熱利用といった多様な社会的要請の高まり」も見すえて、原子力関連技術のイノベーションを促進することとしています。SMRは、そうしたイノベーションの一例であり、今後の発展が期待されます。
次回は、発電以外の原子力技術の活躍の場についてご紹介しましょう。
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