「安全な原子力発電」の追求にこそ必要な、技術継承と新型への挑戦
いま、世界各国は、脱炭素化とエネルギー危機への対応という、2つの重要課題への取り組みを求められています。そこでふたたび世界で注目が集まっているのが、運転中に温室効果ガスを排出せず、かつ準国産エネルギーと見なされている原子力発電です(「エネルギー危機の時代、原子力発電をどうする?」参照)。原子力技術は、安全確保を大前提としながら、2050年カーボンニュートラルとエネルギー安定供給の両立に向け、どのように進化しつつあるのでしょうか。また、世界では新型炉の研究も活発化する中で、日本の原子力産業は今どのような状況にあるのでしょうか。
なぜ、原子力技術を継承する必要があるのか?
原子力発電所(原発)の建設には、建設業者から機器メーカー、安全を維持するメンテナンスを手がける企業まで、さまざまな業種の企業が関わります。中でも原子炉や周辺機器をつくる技術は、ものづくり産業の一大分野を形成しています。
たとえば日本では、おおよそ下の図のように、「プラントメーカー」「一次供給者」「二次供給者」という3層のサプライチェーンが構成されています。
原子力のプラント・機器製造などのサプライチェーン
原発の安定利用を支えてきたのは、こうした関連企業からなるサプライチェーンです。
原発の建設・運用には、多岐にわたる専門的な知見が必要となります。そのため、このサプライチェーンを形成する関連企業には、原子力分野でのものづくりに欠かせない特殊な技術や知識を持つ技術者が、数多く存在しています。
日本は、これら一連のサプライチェーンを国内メーカーだけで網羅している数少ない国のひとつです。1970年以降に日本で営業運転を開始した原発の国産率は90%以上となっていますが、これは、国内企業に技術や知見が蓄積されている証拠といえるでしょう。
主要国の原子力サプライチェーンの状況
しかし、東日本大震災にともなって起こった東京電力福島第一原発の事故以降、日本の原子力プロジェクトは停滞傾向にあります。その影響で、原発の中枢技術を持つ企業が、原子力分野から撤退する事例が出はじめています。
また、事業を続けている企業においても、原子力関連業務に従事する従業員数は減少しています。特に、大型設備の製造時に必要な溶接工や組立工、機械工などの高い技術を持つ技能職の従事者数は大きく減っています。
国内サプライチェーンにおけるメーカーの現状(原子力従事者数の推移)
大学においても、原子力関係の科目は1979年から2019年で約半分になっています。震災後は、とりわけ原子炉工学分野の減少が顕著です。
しかし、これからの原発に関する方針がどうなるにせよ、技術自体の継承は重要なことです。高い技術がなくては適切な安全対策もおこなうことができませんし、長い年数のかかる廃炉作業においては次世代の人材が必要となります。
また、世界では、新しい原子炉の開発も進んでいます。新しい原子炉は、従来のものより多重な安全対策が施されていることはもちろん、さまざまな付加価値が生み出せるものもあります。日本の原子力産業も、こうした発展を追いかけていかなくてはなりません。
このような中で、原子力技術の継承と次世代の育成は、日本の取り組むべき大きな課題となっています。
最新技術で安全を徹底追求する「新しい原子炉」
世界の多くのメーカーで開発が進む新しい炉は「次世代革新炉」と呼ばれ、たとえば以下のような種類があります。
① 革新軽水炉
現在普及している「軽水炉」をベースに、新しい技術を導入した新型炉です。地震や津波などの自然災害へのレジリエンス向上や、テロ対策などの安全性向上が追求されています。また、万が一「メルトダウン」が起こったとしても、放射性物質を発電所敷地内にとどめることができる設計も取り入れられています。
② 高速炉
原子炉の冷却に、水ではなくナトリウムを使用する原子炉です。万が一の際には自然に止まる・炉心を冷やす・溶けた燃料を閉じ込めるといった機能を持ちます。また、従来の原子炉とくらべて廃棄物の量が減り、有害度も低減されます。さらに、ウラン資源を有効活用できるという長所もあります。
③ 高温ガス炉
この原子炉の最大の特長は、発電と同時に950℃もの熱エネルギーを得られること。この熱を活用すれば、「水素」を製造できます。つまり、2種類のクリーンエネルギーを生み出すことができるのです。また、原子炉の冷却にヘリウムを使うので原理的に水素爆発をしない、万が一冷却材を失っても温度が上がりすぎない、きわめて燃料が溶けづらい構造になっているという特長もあります。
日本のメーカーにも、こうした「次世代革新炉」の開発に取り組んでいる人々がいます。2022年9月にコンセプトが発表された革新軽水炉「SRZ1200」の開発者である、三菱重工業株式会社原子力セグメント原子力技術部長の神﨑 寛氏と、同部軽水炉プロジェクトグループ上席主任チーム統括の百瀬 祐二氏に、次世代革新炉の特徴と、開発に取り組む理由をうかがいました。
―「SRZ-1200」とはどのような原子炉なのでしょうか。
「SRZ」の名称は、「Supreme Safety(超安全)とSustainability(持続可能性)」「Resilient(しなやかで強靭な)light water Reactor(軽水炉)」「Zero Carbon(CO2 排出ゼロ)で社会に貢献する究極型(Z)」の頭文字から成っています。我々は、これらの要素がこれからの日本の原発に求められる性能であると考え、その名称にふさわしい性能をそなえた次世代の原子炉を目指し開発しています。
―東京電力福島第一原発の事故はとても衝撃的で、あれ以来多くの人が「原発は怖い」と考えていると思います。そんな中で、なぜ革新炉の開発に取り組まれているのでしょうか。
あの事故には、我々原子力技術者も非常に大きなショックを受けました。なぜなら、原子力技術の安全性を信じていたからです。その衝撃と反省は、私たちの心に深く刻まれています。
ただ、エネルギー資源にとぼしい日本の未来のためには、やはり原発は必要だと考えています。さらに言えば、あの事故を経験した日本だからこそ、東京電力福島第一原発事故の教訓をふまえて新たな技術を取り入れ、さらに安全性が高い原発を追求することが求められているのではないかとも考えています。そこで開発したのが、SRZ-1200なのです。
SRZ-1200は、あらゆる災害や事故を想定して設計しているのはいうまでもありません。その上で、不測の事態への対策が何重にも張り巡らされています。さらに、万が一重大事故が起きてしまった時にも、放射性物質が大量に放出されない「世界初の設備」を搭載しています。
―それはどのようなものなのでしょうか。
福島の事故では、シビアアクシデント(設計時の想定を超える事故)への備えがじゅうぶんではなかったことにより、結果として周辺環境に大量の放射性物質が放出されてしまいました。そのような事態を防ぐ設備の一例が「フィルタベントシステム」です。これにより、原子炉の格納容器内の圧力が高まって壊れないよう、内部に溜まったガスを放射性物質を低減しながら外へ逃がし、圧力を下げることができます。
このフィルタベントシステムを通して排出されるガスをさらに安全にするのが、三菱重工業が独自開発した世界初の設備である「放射性物質放出防止システム」です。これを使用することで、フィルタベントシステムでは除去しきれない「放射性希ガス」も除去することができ、放射性物質の放出量をさらに低減することができます。
―安全性を徹底的に高めるための技術を追求しているのですね。
現在は、完成に向けて詰めの作業を行っているところです。福島の事故以降、「原発」という言葉を聞くだけで不安を感じられる方もいらっしゃると思います。ただ、私たちの安全を追求する想いや、そこから生まれた最新の炉や新しい技術も知っていただきたい。これからも、革新炉に関する情報発信を積極的におこなっていきたいと考えています。日本のエネルギー利用や環境問題について、革新炉への理解も深めながら、より多くの人に考えていただけたらと願っています。
海外企業とも協力し、原子力技術の継承と進化を目指す
このように、日本の原子力業界は、原子力の安全性の向上を目指し、高い技術力の維持と、新技術の開発に取り組んでいます。
近年では、次世代革新炉に取り組む世界各国との共同開発なども進められています。たとえば、ビル・ゲイツ氏が会長をつとめる米国のTerraPower社は高速炉の開発を進めていますが、同社は高速炉「もんじゅ」の建設・運転でつちかった日本のノウハウに着目。2022年1月、原子力研究開発機構(JAEA)と三菱重工業株式会社、三菱FBRシステムズとの間で協力に向けた取り決めを結びました。
ほかにも、米国やカナダ、ポーランドとの間で、原子力サプライチェーンの構築や研究開発分野での協力が加速しています。
また、今後は国としても原子力サプライチェーンへの支援体制を強化していく予定です。高専・大学と協力した原子力関係人材の育成や、事業継承支援、海外プロジェクトへの参画支援など、多角的な対策が講じられます。
原子力技術を維持し、新しい技術も取り入れてさらなる安全性を追求できるように、これからもさまざまな取り組みがおこなわれる予定です。
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