第3節 革新的環境イノベーション戦略の策定・実行
1.革新的環境イノベーション戦略の全体像
(1)背景と目的
2019年6月に閣議決定された長期戦略及び「統合イノベーション戦略2019」に基づき、日本が強みを有するエネルギー・環境分野において革新的なイノベーションを創出し、社会実装可能なコストを実現、これを世界に広めていくために、2020年1月に「革新的環境イノベーション戦略」が策定されました。この戦略は、日本国内のGHGの大幅削減に止まらず、世界全体の排出削減に日本として最大限貢献することを企図しています。
(2)環境と成長の好循環
長期戦略では、最終到達点として「脱炭素社会」を掲げ、今世紀後半のできるだけ早期に実現することを目指すとともに、ビジネス主導の非連続なイノベーションを通じて「環境と成長の好循環」を実現しつつ、気候変動問題の解決に貢献していくという基本的な考え方を示しました。それに向けて、2050年までに80%のGHG排出削減という長期的目標を掲げており、その実現に向けて、大胆に取り組むとしています。「環境と成長の好循環」は、2019年6月のG20大阪サミットで国際的なコンセンサスを得るとともに、2019年10月のグリーンイノベーション・サミットで、産業界、金融界、アカデミアからも広く賛同を得ました。
出典:「革新的環境イノベーション戦略」統合イノベーション戦略推進会議決定より抜粋
(3)革新技術の抜本的コスト低下の必要性
パリ協定の2℃目標に相当する2050年世界全体GHG70%削減のシナリオ17の実現ですら世界で年間7兆ドルの追加費用が必要と試算され、1.5℃の努力目標にはさらなる追加費用が必要となることが見込まれます。18 特に、今後GHG排出量の増大が見込まれる新興国で、パリ協定の目標に向け必要な投資が実行されるための最大の課題は、革新技術のコストをいかに引き下げ、社会実装につなげていくかです。
日本はこれまで、サンシャイン計画等により30年以上かけて太陽電池のイノベーションに取り組み、当初の250分の1に価格を下げました。これは、世界全体で17兆ドルのコスト削減に相当し、途上国も含め世界の太陽光発電導入を加速しました(第133-1-2)。世界のGHG排出削減には、出来るだけ早期に大規模普及が可能な水準までコストを下げることが決定的に重要です。こうした経験を踏まえ、「革新的環境イノベーション戦略」は、①GHG排出削減につながる16の技術課題を選び、具体的なコスト目標等を示した「イノベーション・アクションプラン」、②これらを実現するための研究体制や投資促進策等を示した「アクセラレーションプラン」、③社会実装に向けてグローバルリーダーとともに発信し共創していく「ゼロエミッション・イニシアティブズ」の3部構成とし、可能な限り具体的な道筋と取組を示しています。
【第133-1-2】太陽電池価格と導入量の推移(ppt/pptx形式:105KB)
出典:「革新的環境イノベーション戦略」統合イノベーション戦略推進会議決定より抜粋
【第133-1-3】革新的環境イノベーション戦略の全体像(ppt/pptx形式:50KB)
出典:「革新的環境イノベーション戦略」統合イノベーション戦略推進会議決定より抜粋
(4)ビヨンド・ゼロを実現する技術の必要性
気候変動との戦いを終わらせるには、世界のカーボンニュートラル、さらには過去のストックベースでのCO2削減(ビヨンド・ゼロ)を可能とする革新的技術の実現が必要です。革新的環境イノベーション戦略では、ビヨンド・ゼロを実現する革新的技術を2050年までに確立することを目指しています。
2. 革新的環境イノベーション戦略の構成要素
(1)イノベーション・アクションプランの概要
イノベーション・アクションプランでは、GHGを発生させる活動別に、エネルギー転換(電力等)【Ⅰ】、運輸【Ⅱ】、産業【Ⅲ】、業務・家庭・その他・横断領域【Ⅳ】、農林水産業・吸収源【Ⅴ】の5つの分野で、重要かつ共通となる16の技術課題を分類した上で、GHG削減量が大きく、日本の技術力で大きな貢献が可能な39のテーマを設定しています。
それぞれについて、(ア)イノベーションの目標となる具体的な「コスト」と社会的インパクトを明確にするための世界での「GHG削減量」、(イ)技術開発内容、(ウ)実施体制、(エ)要素技術開発から実用化・実証開発までの具体的な「シナリオとアクション」を示しています。19
技術分野別に見ると、(ア)電力供給に加え、水素やカーボンリサイクルを通じ、全ての分野で貢献する非化石エネルギー、(イ)再エネ導入に不可欠な蓄電池を含むエネルギーネットワーク、(ウ)運輸、産業、発電など様々な分野で活用可能な水素、(エ)CO2の大幅削減に不可欠なCCUS(Carbondioxide Capture, Utilization and Storage)及びカーボンリサイクル、(オ)世界のGHG排出量の4分の1を占める農林水産業、の5つを重点領域として整理しています。
【第133-2-1】イノベーション・アクションプランの5分野・16技術課題(ppt/pptx形式:44KB)
出典:「革新的環境イノベーション戦略」統合イノベーション戦略推進会議決定より経済産業省作成
【第133-2-2】イノベーション・アクションプランにおける5つの重点技術領域
【第133-2-2】イノベーション・アクションプランにおける5つの重点技術領域(ppt/pptx形式:50KB)
出典:「革新的環境イノベーション戦略」統合イノベーション戦略推進会議決定より抜粋
出典:「革新的環境イノベーション戦略」統合イノベーション戦略推進会議決定より経済産業省作成
出典:「革新的環境イノベーション戦略」統合イノベーション戦略推進会議決定より経済産業省作成
出典:「革新的環境イノベーション戦略」統合イノベーション戦略推進会議決定より経済産業省作成
【第133-2-6】アクセラレーションプランの概要(ppt/pptx形式:50KB)
出典:「革新的環境イノベーション戦略」統合イノベーション戦略推進会議決定より抜粋
(2)アクセラレーションプランの概要
非連続なイノベーションの実現には、要素技術のコストを抜本的に引き下げ、社会実装させる必要がありますが、これには長期間を要するため、企業が単独で取り組むリスクは非常に大きくなります。政府は、企業の活動を政府が後押しするため、以下の3つの取組からなるアクセラレーションプランを策定し、実行することとしています。
①司令塔機能の設置
革新的環境イノベーション戦略の実行に政府が一丸となって取り組むため、府省横断の司令塔機能を担う「グリーンイノベーション戦略推進会議」を新設し、関連する研究開発プロジェクトについて、基礎から実装までの長期的視点から、各省の縦割りを排した一気通貫の進捗管理を行います。同会議を司令塔とし、以下で説明する「ゼロエミッション国際共同研究センター」の設置を始め、各施策への助言、最新の知見を踏まえた戦略のアップデート等について、検討を進めます。
②「ゼロエミッション国際共同研究センター」の設置等
アクションプランの実行には、世界の英知を集める必要があります。このため、世界の研究機関の12万人の研究者より知見を集め、革新的イノベーションの中核を担う世界最大の研究拠点として「ゼロエミッション国際共同研究センター20」を設置しました。また、産学による「次世代エネルギー基盤研究拠点」や「カーボンリサイクル実証研究拠点」を新設し、技術開発を加速します。さらに、東京湾岸のイノベーションエリアや地域循環共生圏の取組などにより、地域の特色を活かした研究、実証、社会実装を進めます。加えて、有望な若手研究者への集中支援(ゼロエミクリエイターズ500)や、先導研究、ムーンショット研究開発制度を活用し、革新的な技術シーズの発掘・実現を進めることで、将来の技術革新ポテンシャルを増大させます。
【第133-2-7】ゼロエミッション国際共同研究センターの概要(ppt/pptx形式:230KB)
出典:「革新的環境イノベーション戦略」統合イノベーション戦略推進会議決定より抜粋
【第133-2-8】カーボンリサイクル実証研究拠点の概要(ppt/pptx形式:1,382KB)
出典:「革新的環境イノベーション戦略」統合イノベーション戦略推進会議決定より抜粋
③民間投資の増大を促進
革新的環境技術の研究開発は巨額の資金が必要であり、この分野に優先的に資金が供給されることが重要です。このため、日本は世界に率先して、今後10年で官民合わせて30兆円の研究開発投資を行っていきます21。さらに、TCFD提言に基づく企業の情報開示を通じて、産業界と金融界の対話を促進し、金融機関等による適切な評価を進めることで、民間資金の供給も推進します。
(3)ゼロエミッション・イニシアティブズの概要
①5つの国際会議の定期開催
革新的環境イノベーション技術に関する内外の最新情報の共有や、国際的な共創機会の拡充、グリーン・ファイナンスの推進、成果の普及促進を継続的に進めるため、水素閣僚会議、カーボンリサイクル産学官国際会議、RD20、TCFDサミット、ICEFの5つの国際会議を、定期的に開催します。
②グリーンイノベーション・サミットの開催
さらに、これら5つの国際会議参加者の代表者を集めた「グリーンイノベーション・サミット」の開催によって、日本の具体的な取組を世界に発信するとともに、脱炭素社会の早期実現に向けた国際的な協力体制の強化や取組の具体化を進めていきます。
【第133-2-9】ゼロエミッション・イニシアティブズの概要(ppt/pptx形式:60KB)
出典:「革新的環境イノベーション戦略」統合イノベーション戦略推進会議決定より抜粋
- 17
- 気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の1.5℃特別報告書のSSP2シナリオ。2℃目標達成に関する2050年世界全体GHG削減量40~70%シミュレーションしています。
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- 現状の技術の延長と比較して、世界全体のGHG削減コストが最小となるよう、費用対効果の大きな革新技術から順次導入されると仮定しています。70%削減に比べ100%削減の費用は大幅に増加し、年間十数兆ドルに達すると考えられます。公益財団法人地球環境産業技術研究機構(RITE)のモデルによる試算です。
- 19
- 個別の革新環境技術の社会実装による世界のGHG削減量を試算することは、容易ではありません。各国政府がどのような支援策を講じるのか、環境分野への民間投資やエネルギー需要はどうなるか、導入技術が国や地域によって異なることなどがその理由です。しかしながら、革新的環境イノベーション戦略では、国内外の関係者が革新環境技術の確立に向けて力を結集して取り組むためのイメージの共有を優先し、正確性に限界があるとしても、各国政府や国際機関が公表している戦略や見通し、国際約束を参考に、一定の前提の下で「GHG削減量」のイメージを示しています。この数値は、技術開発の進捗等を踏まえ、必要に応じて見直しながら、活用されるべきものです。
- 20
- 国立研究開発法人産業技術総合研究所に、2020年1月に設立。センター長には、2019年ノーベル化学賞を受賞された吉野 彰博士(旭化成(株)名誉フェロー)が就任しました。
- 21
- 具体的な事業の積み上げではなく、日本政府の研究開発投資目標と整合的な形で、GDPの一定割合をエネルギー・環境分野への研究開発投資に充てることをトップダウンで整理したものです。その実現には、政府予算の拡充は当然として、日本の研究開発投資の大部分を占める民間投資の拡大が極めて重要です。