第10章 戦略的な技術開発の推進
多くの資源を海外に依存せざるを得ないという、我が国が抱えるエネルギー需給構造上の脆弱性に対して、エネルギー政策が現在の技術や供給構造の延長線上にある限り、根本的な解決を見出すことは容易ではありません。2019年6月に閣議決定された「パリ協定に基づく成長戦略としての長期戦略」では、「気候変動問題の解決は、従来の取組の延長では実現することが困難であり、世界全体での取組と非連続なイノベーションが不可欠である。これらを実現するためには、巨大な資金、技術力を有するビジネスの力を最大限活用することが重要となる。」「非連続なイノベーションに挑戦する企業等が世界から資金を集め、成長と更なる対策が可能となる好循環が生まれる。気候変動問題を守りから攻めへと転換し、世界の脱炭素化を牽引しつつ、我が国の成長にもつなげていくため、この環境と成長の好循環をビジネス主導により実現していくような、脱炭素化のための転換を駆動する仕組みが必要である。そのための仕組みとして、本戦略においては、ビジネス主導の環境と成長の好循環を実現するための「イノベーションの推進」、ファイナンスの流れをイノベーションに向けるための「グリーン・ファイナンスの推進」及びイノベーションの成果の国際的な普及の方策としての「ビジネス主導の国際展開、国際協力」の3つを施策の大きな柱とする。」としています。
2020年1月には、パリ協定に基づく成長戦略としての長期戦略に基づき、世界のカーボンニュートラル、さらには過去のストックベースでのCO2削減(ビヨンド・ゼロ)を可能とする革新的技術を2050年までに確立することを目指す「革新的環境イノベーション戦略」を策定しました。「革新的環境イノベーション戦略」は、①16の技術課題について、具体的なコスト目標等を明記した「イノベーション・アクションプラン」、②これらを実現するための、研究体制や投資促進策を示した「アクセラレーションプラン」、③社会実装に向けて、グローバルリーダーとともに発信し共創していく「東京ビヨンド・ゼロ・ウィーク」、から構成されています。「イノベーション・アクションプラン」では、エネルギー供給【I】と、エネルギー需要等(運輸【II】、産業【III】、業務・家庭・その他・横断領域【IV】、農林水産業・吸収源【V】)の全5分野について、重要かつ共通的な16の技術課題に分類し、GHG削減量が大きく、日本の技術力による大きな貢献が可能な39テーマを設定しており、革新的技術を2050年に確立することを目指し、39テーマそれぞれについて、①イノベーションの目標となる具体的コスト、社会的インパクトを明確にするための世界でのGHG削減量、②技術開発内容、③実施体制、④要素技術開発から実用化・実証開発までの具体的なシナリオとアクションを示しました。「アクセラレーションプラン」は、①司令塔を設置し政府一丸となって計画的に推進する、②国内だけでなく世界の叡智を幅広く結集する、③ESG投資の拡大等を踏まえた民間投資の増大を推進するための具体策からなり、「イノベーション・アクションプラン」の充実・実現を強力に後押ししていきます。「東京ビヨンド・ゼロ・ウィーク」は、6つの国際会議からなり、①最新の革新的技術情報の共有、②共創の機会やグリーン・ファイナンスの推進、③成果の普及促進を、継続的に行っていくこととしています。また、2020年7月から開催されたグリーンイノベーション戦略推進会議において、有識者や専門家による意見交換・情報共有を行い、本戦略の着実な履行を推進していきます。
2020年10月、菅総理が所信表明演説において、2050年カーボンニュートラルを目指すことを宣言しました。カーボンニュートラルは簡単なことではなく、日本の総力を挙げての取組が重要です。このため、カーボンニュートラルを目指す上で不可欠な分野について、①年限を明確化した目標、②研究開発・実証、③規制改革や標準化などの制度整備、④国際連携などを盛り込んだグリーン成長戦略の実行計画を策定し、革新的な技術開発に対する継続的な支援を行う基金事業等を活用し、革新的技術の社会実装を推進していきます。
また、国内外における温室効果ガスの大幅削減に資する革新的又は非連続な技術の原石を発掘し、シーズの実装や事業化等に結びつけることを目指す先導研究を実施しています。
<具体的な主要施策>
1.生産に関する技術における施策
(1)再生可能エネルギーに関する技術における施策
①洋上風力発電等の導入拡大に向けた研究開発事業
(再掲 第3章第4節 参照)
②地熱発電技術研究開発事業
(再掲 第3章第4節 参照)
③太陽光発電の導入可能量拡大等に向けた技術開発事業
(再掲 第3章第4節 参照)
④再生可能エネルギー余剰電力対策技術高度化事業
(再掲 第3章第4節 参照)
(2)原子力に関する技術における施策
① 廃炉・汚染水対策事業【2019年度補正168.6億円、2020年度補正192.1億円】
「東京電力ホールディングス(株)福島第一原子力発電所の廃止措置等に向けた中長期ロードマップ」(2019年12月27日廃炉・汚染水対策関係閣僚等会議決定)に基づき、廃炉・汚染水対策を進めていく上で、技術的難易度が高く、国が前面に立って取り組む必要のある研究開発を支援するとともに、廃炉作業に必要な実証・研究を実施するため、モックアップ試験施設や放射性物質の分析・研究施設の整備・運用を進めました。
②発電用原子炉等安全対策高度化事業
(再掲 第4章第3節 参照)
③高速増殖炉サイクル技術の研究開発
(再掲 第4章第4節 参照)
④ 高温ガス炉とこれによる熱利用技術の研究開発【2020年度当初:14.0億円】
水素製造を含めた多様な産業利用が見込まれ、固有の安全性を有する高温ガス炉とこれによる熱利用技術の研究開発を推進しています。具体的には、JAEAが所有する高温工学試験研究炉(HTTR)については、2020年6月に原子力規制委員会から新規制基準への適合性審査に係る設置変更許可を受理し、運転再開に向けた準備を進めるとともに、水素製造に関する要素技術開発を推進しています。また、2017年5月にJAEA及びポーランド国立原子力研究センター間で締結された「高温ガス炉技術に関する協力のための覚書」、及び2019年9月に同機関間で締結された「高温ガス炉技術分野における研究開発協力のための実施取決め」に基づき、高温ガス炉の設計、材料、安全評価等に関する協力を推進しています。
⑤ ITER計画、BA活動等の核融合研究開発の推進【2019年度補正:23.8億円、2020年度当初:213.5億円】
核融合エネルギーは、エネルギー問題と環境問題の根本的な解決をもたらす将来のエネルギー源として大いに期待されています。我が国の核融合研究開発は、国際協力を効率的に活用しながら、量子科学技術研究開発機構、核融合科学研究所、大学等が、相互に連携・協力して推進しています。
核融合実験炉ITERの建設と運転を行うITER計画は、核融合エネルギーの科学的及び技術的な実現可能性の確立を目指し、日本、EU(ユーラトム:欧州原子力共同体)、米国、ロシア、中国、韓国、インドの7つの国と組織によって進められています。ITERの建設において、我が国は主要な機器の製作を担当しており、2020年7月にはITER本体の組立てが始まるなど、2020年11月現在、2025年の運転開始まで約72%進捗しています。また国内では、ITER計画を補完・支援するとともに、実験炉の次の段階である原型炉に必要な技術基盤の確立に向けた先進的研究開発を進める、幅広いアプローチ(BA:Broader Approach)活動を日欧協力により実施しています。2020年4月からは「BAフェーズⅡ」と位置付け、2020年3月に本体組立てが完了した核融合実験装置JT-60SAの初プラズマに向けて引き続き研究開発を推進することとしています。
核融合分野における二国間協力では、米国、EU(ユーラトム:欧州原子力共同体)、韓国、中国と核融合研究協力の実施取決め等の下、研究交流を実施し、年に1回の会議を開催する等、情報共有・意見交換を行っています。また、多国間協力では、IAEAやIEAにおける各種国際会議へ参画するとともに、IEA実施取決めの下、積極的に研究協力や研究者の交流を実施しています。
(3) 化石燃料・鉱物資源に関する技術における施策
①メタンハイドレート開発促進事業
(再掲 第1章第3節 参照)
②海底熱水鉱床採鉱技術開発等調査事業
(再掲 第1章第3節 参照)
2.流通に関する技術における施策
(1)革新型蓄電池実用化促進基盤技術開発
(再掲 第2章第1節 参照)
(2)大型蓄電システム緊急実証事業費補助金
(再掲 第3章第4節 参照)
3.消費に関する技術における施策
(1)産業部門に関する技術における施策
環境調和型製鉄プロセス技術開発
(再掲 第2章第1節 参照)
(2)運輸部門に関する技術における施策
輸送機器の抜本的な軽量化に資する新構造材料等の技術開発事業
(再掲 第2章第1節 参照)
(3)消費全般に関する技術における施策
① 高効率・高速処理を可能とするAIチップ・次世代コンピューティングの技術開発事業
(再掲 第2章第1節 参照)
② 超低消費電力型光エレクトロニクスの実装に向けた技術開発事業
(再掲 第2章第1節 参照)
③省エネルギー社会の実現に資する次世代半導体研究
開発【 2020年度当初:14.7億円】
大幅な省エネ効果が期待される窒化ガリウム(GaN)等の次世代半導体を用いたパワーデバイス等の2030年の実用化に向け、理論・シミュレーションも活用した材料創製からデバイス・システム応用までの次世代半導体に係る研究開発を一体的に推進しました。
④ 未来のあるべき社会・ライフスタイルを創造する技術イノベーション事業【 2020年度当初:25.0億円】
本事業では、民生・業務部門を中心にライフスタイルに関連の深い多種多様な電気機器(照明、パワコン、サーバー、動力モーター、変圧器、電子レンジ等)に組み込まれている各種デバイスを、高品質窒化ガリウム(GaN)半導体素子を用いることで高効率化し、徹底したエネルギー消費量の削減を実現するための技術開発及び実証を行っています。2020年度には、4インチ高品質GaN基板の作成、GaN技術を電気自動車の各機器に応用した次世代モビリティ「All GaN Vehicle」の走行試験等を行いました。
⑤ セルロースナノファイバー(CNF)等の次世代素材活用推進事業(経済産業省・農林水産省連携事業)【2020年度当初:5.0億円】
本事業では、鋼鉄の5分の1の軽さで5倍以上の強度を有する次世代高機能素材「セルロースナノファイバー(CNF)」を実際の製品へと活用することで、軽量化等の効果によるエネルギー効率の向上を図るための開発・実証等を2015年度から実施しており、2020年度には、原料・製造方法などによって様々な性能を持つCNF及びその複合樹脂とその性能が適合する業界・企業をマッチングする事業、過去のCNF事業で得られた様々な知見を網羅的に取り扱うガイドライン策定事業を行いました。
⑥未来社会創造事業(大規模プロジェクト型)
(再掲 第2章第1節 参照)
4.水素に関する技術における施策
水素利用技術研究開発事業
(再掲 第8章第3節 参照)
5. 革新的な技術開発に対する継続的な支援を行う施策
グリーンイノベーション基金事業
2050年までのカーボンニュートラル目標に向け、我が国の温室効果ガス排出の約85%をエネルギー起源CO2が占めていることを踏まえ、エネルギー転換部門の変革や、製造業等の産業部門の構造転換を図るため、革新的技術の早期確立・社会実装が必要です。このため、2050年までに、新たな革新的技術が普及することを目指し、グリーン成長戦略の「実行計画」を踏まえ、具体的な目標年限とターゲットへのコミットメントを示す企業の野心的な研究開発を、今後10年間、継続して支援します。