第3節 水素社会の実現に向けた取組の加速

水素は、我が国の一次エネルギー供給構造を多様化させ、大幅な低炭素化を実現するポテンシャルを有する手段です。日本はいち早くその可能性に着目し、世界に先駆けて、2017年12月に、水素に関する国家戦略「水素基本戦略」を、「再生可能エネルギー・水素等関係閣僚会議」において策定いたしました。2019年3月には、必要な要素技術のスペック及びコスト内訳を明確化するとともに、今後実行すべきアクションプランを記載した新たな「水素・燃料電池戦略ロードマップ」を策定しました。これらの戦略に基づき、供給・利用両面の取組を進めています。

さらに2020年10月には、菅総理より2050年カーボンニュートラルを目指す宣言がなされました。同年12月には、カーボンニュートラルに向けた挑戦を「経済と環境の好循環」につなげるための産業政策として「グリーン成長戦略」が策定されました。戦略の中で水素は、発電・運輸・産業など幅広い分野で活用が期待される、カーボンニュートラルのキーテクノロジーとして位置づけられております。水素の役割への期待が高まる中、水素の社会実装に向けた取組の加速が求められています。

水素の本格的な利活用のためには、水素を安価で安定的に大量調達することが必要となります。このため、海外の安価な資源を活用して水素を製造し、国内に輸送する国際水素サプライチェーンの実証を進めています。その一つに、豪州の褐炭から製造した水素を、液化して日本へ輸送する実証を実施しています。2019年12月には神戸市において世界初の液化水素運搬船の進水式が行われました。2021年中には、豪州から日本へ水素を初めて運搬する予定です。もう一つ、ブルネイの未利用ガスから製造した水素を、メチルシクロヘキサン(MCH)という水素キャリアとして日本へ輸送する実証も実施しています。2020年5月には世界初の一気通貫した国際水素サプライチェーンが完成し、ブルネイから川崎まで水素が輸送され、火力発電の燃料として利用されました。今後は、2030年の国際水素サプライチェーン商用化に向けて関連機器の大型化に必要な技術開発等の取組を進めていきます。

また、国内における水素製造についても研究開発を進めています。再生可能エネルギーの導入拡大や電力系統の安定化に資する技術として、太陽光発電といった自然変動電源の出力変動を吸収し、水素に変換・貯蔵するPower-to-gas技術が注目されております。2020年3月に開所した福島県浪江町の「福島水素エネルギー研究フィールド(FH2R)」において、世界最大級となる1万kWのアルカリ形水電解装置による再生可能エネルギーから大規模に水素を製造する実証プロジェクトが進行中です。この施設から製造される水素は、県内の公共施設等で利用されており、さらに今後、東京2020大会において聖火や大会車両のFCVの燃料の一部等として活用される予定となっております。さらに、山梨県甲府市においても固体高分子形水電解装置によるPower-to-gasの実証を進めています。このほか、未利用となっている国内の地域資源(再生可能エネルギー、副生水素、使用済みプラスチック、家畜ふん尿等)から製造した水素を地域で利用する低炭素な水素サプライチェーン構築の実証等も進めています。

水素を利用する代表的なアプリケーションである燃料電池は、燃料の持つ化学エネルギーを、直接、電気エネルギーに変換する発電装置であり、機械的駆動部分がなく運動エネルギーを介さないため、本質的に高いエネルギー効率を追求することができます。モビリティへの応用の他、家庭用燃料電池(エネファーム)を始めとする定置式としても利用され、現時点では、一般の人にとってエネルギーとしての水素の利用を最も身近に感じられる技術となっています。

モビリティでの水素利用については、2013年から燃料電池自動車の市場投入に向けた水素ステーションの先行整備が開始され、2020年12月末までに137箇所の水素ステーションが開所しました。2018年2月には、自動車会社やインフラ事業者、金融投資家など水素関係企業の協力の下、水素ステーションの戦略的整備を進めるための新会社「日本水素ステーションネットワーク合同会社(JHyM)」を設立し、2018年度から2021年度の4年間で80箇所の水素ステーションの整備を目指しています。燃料電池自動車については、2014年12月に国内初の市販が開始されたことに続き、2016年3月には2車種目の販売が開始され、2020年12月には新車種が市場投入されるなど、着実な市場展開が進んでいます。2016年に燃料電池バス及び燃料電池フォークリフトが市場投入され、さらに、2020年には、2022年の走行実証を目指した大型燃料電池トラックの技術開発が開始しました。国としてもこうした動きを支援するべく、大型モビリティ向けの大容量水素充填技術の開発を支援するなど、取組を後押ししています。今後は、燃料電池車や水素ステーションの普及に向け、低コスト化に向けた技術開発や、規制の見直し、水素ステーションの戦略的整備を三位一体で進めるとともに、燃料電池バス及び燃料電池フォークリフトの導入拡大を進めていきます。トラック等の大型車両や船舶、鉄道車両など、他のアプリケーションにおける燃料電池の活用に向けた取組を進めていきます。

また、2009年に世界に先駆けて市場投入された家庭用燃料電池(エネファーム)については、技術開発によるコスト低減や性能向上、導入支援による普及初期の市場の確立などを通じて、2020年12月時点で約34万台が普及しました。2019年台風第15号の際には、停電が起きた場合でも電気・熱の供給が可能なエネファームが生活環境の維持に大きく貢献したところであり、レジリエンス向上の観点からも今後の普及が期待されます。2017年に市場投入された業務・産業用燃料電池についても、発電効率向上に向けた機器開発を推進し、普及を進めていきます。

タービンを用いた水素発電は、CO2を排出しないだけでなく、調整力として系統の安定化にも寄与することができるカーボンニュートラル時代の電源のオプションの一つです。燃えやすい水素の燃焼を制御する技術開発を進め、2018年4月には、神戸市の市街地において、水素燃料100%のガスタービン発電(1MW)による熱電供給を世界で初めて達成しました。また、500MW級の大型ガスタービンにおける水素混焼のための技術開発を進めて水素混焼率30%を達成しました。現在は、更なる高効率化に向けた技術や、大型ガスタービンにおける水素専焼技術の開発が進められています。

高温の熱需要を伴う産業分野は、電化のみでは完全な脱炭素化が困難ですが、例えば製鉄プロセスの場合は、水素を還元剤や原料として活用することで、CO2の排出を抜本的に抑えることが可能となります。産業用途で水素を利用する場合には、さらに低廉な価格の水素の大量供給が不可欠と課題は多いですが、世界に先駆けた水素利用の技術開発を支援していきます。

水素の国際サプライチェーンの立ち上げに伴う、水素の本格的な大量導入に向けて、中部圏水素利用協議会や神戸・関西圏水素利活用協議会といった幅広い業界の企業や自治体を巻き込んだ協議会が立ち上がっています。2020年12月には、幅広い分野での水素の社会実装を加速するため、水素利活用等に取り組む自動車、化学、金融等幅広い業種から成る企業126社により、水素バリューチェーン推進協議会が設立されました。今後幅広い分野を巻き込んだ業界団体として、地域の協議会とも連携をしながら、活動を広げていくことが期待されます。需要と供給の立ち上げに向けて、国としても協議会と一体となって取組を推進していきます。

また、水素は様々なエネルギーや技術と相性がよく、幅広い分野の脱炭素化を実現するセクターカップリングの鍵となる物質です。水電解装置による調整力の提供は再エネの大量導入を支えることが可能であり、カーボンリサイクルの原料としても水素は必要不可欠な物質です。また、アンモニアやカーボンリサイクルメタンは直接燃料として利用する以外にも、水素キャリアとして活用する可能性もあります。水素がバリューチェーン全体で脱炭素化に貢献していけるように、こうした水素の特性を十分に踏まえながら他分野とも十分連携していきます。

水素がビジネスとして自立するためには国際的なマーケットの創出が重要です。そこで、経済産業省及び国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)は、各国の閣僚レベルが「水素社会の実現」を議論する場として、水素閣僚会議を毎年開催しています。2020年10月には、水素閣僚会議特別イベントをオンラインで開催し、各国閣僚や、企業のリーダーに、多数参加いただきました。このイベントでは、2019年の第2回会議で議長声明として発表した「グローバル・アクション・アジェンダ」に基づき、各国の水素に関する1年間の具体的な取組をまとめたレポート、「グローバル・アクション・アジェンダ」プログレスレポートを発表しました。水素戦略の策定、モビリティ、サプライチェーン構築などの6つの柱からなっており、参加国・国際機関等の代表的な取組を整理したものとなっています。その中でも、1年間で豪州、ドイツ、フランス、EUなどの12の国・地域で水素戦略、ロードマップが発表されたという事実は、長期的な脱炭素化には水素が不可欠であるということが、世界の共通認識になりつつあることの証左として受け止められました。これによりさらに多くの国において水素の国家戦略策定が進み、民間企業も巻き込んだ技術開発等の取組の推進が期待されます。

<具体的な主要施策>

1. クリーンエネルギー自動車導入事業費補助金

(再掲 第2章第1節 参照)

2. 燃料電池の利用拡大に向けたエネファーム等導入支援事業費補助金【2020年度当初:40.0億円】

省エネルギー及びCO2削減効果が高い家庭用燃料電池(エネファーム)、業務・産業用燃料電池のさらなる普及の促進を図るため、設置者に対し導入費用の補助を行いました。その際、エネファームの早期の自立的市場の確立を目指すべく、事業者に機器価格の低減を促す補助スキームを導入しています。

3. 水素社会実現に向けた革新的燃料電池技術等の活用のための研究開発事業【2020年度当初:52.5億円】

幅広い分野での水素利用の鍵となる燃料電池技術の更なる高度化と普及に向けて、2030年以降を見据えた革新的燃料電池技術、移動体用水素貯蔵技術の研究開発、評価解析の標準化や、船舶における燃料電池利用に向けた研究開発等、燃料電池の幅広い普及を志向する多用途展開のための技術開発の支援を行いました。

4. 超高圧水素技術等を活用した低コスト  水素供給インフラ構築に向けた研究開発事業【 2020年度当初:30.0億円】

水素ステーションの整備・運営コストの低減に向けて、規制改革実施計画に基づく規制見直しを推進したほか、シール・ホース材の耐久性の向上等に向けた技術開発等を行いました。また、新たに大型モビリティ向けの大容量水素充填技術の開発支援を行いました。

5. 燃料電池自動車の普及促進に向けた水素ステーション整備事業費補助金【2020年度当初:120.0億円】

燃料電池自動車の普及促進のため、四大都市圏を中心に民間事業者等の水素ステーション整備費用及び水素ステーションを活用した燃料電池自動車の新たな需要創出等に必要な活動費用の補助を行いました。

6. 未利用エネルギーを活用した水素サプライチェーン構築実証事業【2020年度当初:141.2億円】

水素サプライチェーンの構築に向けて、海外の未利用エネルギーを活用して水素を製造し、当該水素を安価で安定的に供給する輸送手段の実証を行うとともに、将来の水素利用形態である水素発電に係る技術実証や再生可能エネルギーの導入拡大や電力系統の安定化に資する技術として、太陽光発電等の自然変動電源の出力変動を吸収し、水素に変換・貯蔵するPower-to-gas技術の実証を実施しました。

7. 水素エネルギー製造・貯蔵・利用に関する先進的技術開発事業【2020年度当初:15.0億円】

水電解水素製造技術高度化のための基盤技術研究開発や、安価で大量にCO2フリー水素を供給できる次世代低コスト高効率水素等製造技術の開発を行い、また酸素水素燃焼タービン発電の基盤技術開発に着手しました。

8. 再エネ等を活用した水素社会推進事業【 2020年度当初:35.8億円】

地方自治体との連携による再生可能エネルギー、未利用エネルギー(家畜ふん尿、使用済プラスチック、副生水素)等の地域資源を活用した低炭素な水素サプライチェーンの実証等を行いました。さらに、2020年度から既存インフラを活用した水素サプライチェーン低コスト化にかかる実証を実施しました。

9. CO2排出削減対策強化誘導型技術開発・実証事業 【2020年度当初:65.0億円の内数】

早期の社会実装を目指したエネルギー起源CO2の排出を抑制する技術の開発及び実証事業として、業務・事業用に適したMW級までの拡張可能な低コスト純水素燃料電池システム、燃料電池式可搬型発電装置と電源車、水素/空気二次電池(HAB)、高密度・高出力の燃料電池を搭載した産業車両などの技術開発・実証を行いました。

10. 未来社会創造事業(大規模プロジェクト型) 【2020年度当初:77.3億円の内数】

水素発電、余剰電力の貯蔵、輸送手段等における水素利用の拡大に貢献する高効率・低コスト・小型長寿命な革新的水素液化技術の研究開発を推進しました。