はじめに 3-8
カーボンニュートラル時代を見据え、水素は、電化が難しい熱利用の脱炭素化、電源のゼロエミッション化、運輸部門や産業部門の脱炭素化、合成燃料(e-fuel)や合成メタン(e-methane)の製造、再エネの効率的な活用等、多様な貢献が期待できるため、その役割は今後一層拡大することが期待されています。また、水素から製造されたアンモニアについても、既存の肥料や化学品等の原料用途に加えて、電源のゼロエミッション化、船舶を含む輸送燃料、工業炉での熱利用等、新たな用途について検討が進んでいます。
水素が日常生活や産業活動で普遍的に利用される「水素社会」を実現するためには、水素を新たな資源と位置づけ、様々なプレイヤーを巻き込み、社会実装を進めていく必要があります。日本はいち早く水素に着目し、2017年12月に、世界に先駆けて、水素に関する国家戦略である「水素基本戦略」を策定(再生可能エネルギー・水素等関係閣僚会議決定)し、その後、着実に水素社会の実現に向けた取組を実施してきたところです。近年では、多くの国・地域が、水素をカーボンニュートラル達成に不可欠なエネルギー源として位置づけており、戦略の策定やその取組を強化しています。
日本では、2020年12月に発表、2021年6月に具体化された「グリーン成長戦略」において、水素及びアンモニアを、同戦略における14の重要分野の1つとして位置づけました。また、2021年10月に閣議決定された「第6次エネルギー基本計画」においては、2030年度における電源構成の1%程度を、水素・アンモニアで賄うとしており、さらに、2023年2月に閣議決定された「GX実現に向けた基本方針」では、「国家戦略の下で、クリーンな水素・アンモニアへの移行を求める」こととしています。こうした動きも踏まえ、同年6月には、「水素基本戦略」を改定し、水素だけでなく、その化合物であるアンモニア・合成メタン・合成燃料についても対象とするとともに、水素産業戦略及び水素保安戦略も含む包括的な戦略を策定し、2040年の供給量目標や、2030年の国内外の水電解装置の導入量15GWという目標を新たに定めました。
水素社会の実現を通じて、カーボンニュートラルを達成するためには、水素・アンモニアの供給コスト削減と、多様な分野における需要創出を一体的に進める必要があります。水素については、その供給コストを、2030年には30円/N㎥(CIF価格)、2050年には20円/N㎥(CIF価格)以下に低減するとともに、水素等の導入量を、2030年には最大300万トン/年、2040年には1,200万トン/年、さらに、2050年には2,000万トン/年程度へと拡大することを目指しています。また、燃料アンモニアについては、2030年までの石炭火力への20%アンモニア混焼の導入・普及を目標に、実機を活用した混焼・専焼の実証を推進することで、2030年には、国内需要として年間300万トン(水素換算で約50万トン)を想定し、コストについては、水素換算で10円台後半/N㎥(CIF価格)での供給を目指すこととしています。また、2050年には、国内需要として年間3,000万トン(水素換算で約500万トン)を想定しています。
今後は、サプライチェーンの構築・供給インフラの整備に向けた支援制度の整備や、G7で「炭素集約度」に合意したことを受けた低炭素水素等への移行について、取組を進めていきます。水素等のサプライチェーンの構築に向けて、国内の資源を活用した水素等の製造基盤の確立は重要であるものの、国内で製造可能な水素等の供給量以上の需要ポテンシャルが見込まれていることから、海外からの安価な水素等の輸入も行う必要があります。このため、価格差に着目した支援や拠点整備支援等を通じた大規模なサプライチェーンの構築を早期に進めていきます。
また、水素がビジネスとして自立するためには、国際的なマーケットの創出が重要です。そこで、経済産業省及びNEDOは、各国の閣僚レベルが「水素社会の実現」を議論する場である「水素閣僚会議」を、2018年から毎年開催しています。経済産業省及びNEDOは、2023年9月に、「第6回水素閣僚会議」を開催し、23の国・地域・機関が参加しました。各国における水素政策の進捗を共有し、政策連携や国際協力の可能性を議論するとともに、東京宣言及びグローバル・アクション・アジェンダの進展の加速と拡大に向けた議長サマリーをとりまとめ、2030年に向けて、水素需要量を1億5,000万トンとし、そのうち再生可能及び低炭素水素の需要量を9,000万トンとする追加的なグローバル目標等を各国と共有しました。
〈具体的な主要施策〉
1.クリーンエネルギー自動車導入促進補助金
(再掲 第2章第1節参照)
2.クリーンエネルギー自動車の普及促進に向けた充電・充てんインフラ等導入促進補助金
(再掲 第2章第1節参照)
3.商用車の電動化促進事業
(再掲 第2章第1節参照)
4.水素社会実現に向けた革新的燃料電池技術等の活用のための研究開発事業【2023年度当初:79.0億円】
乗用車用や定置用として利用されている燃料電池のさらなる普及拡大に向けて、高出力化、高耐久性、高信頼性、低価格化を実現するために、燃料電池を構成する部素材、モビリティ用水素貯蔵技術、生産技術向上のための研究開発及び評価・解析の標準化の支援を行っています。また、今後燃料電池の活用が見込まれる商用車用途のための革新的な材料開発についても、支援を行っています。2022年度からは、燃料電池の逆反応を利用する水電解技術の研究開発についても支援を行っており、水素の製造、貯蔵、利用の各分野において、日本の技術力のさらなる向上を目指しています。
5.競争的な水素サプライチェーン構築に向けた技術開発事業【2023年度当初:80.0億円】
安定的で安価な水素の供給基盤を確立するため、水素を製造・貯蔵・輸送・利用するための設備や機器、システム等(タンク、充塡ホース、計量システム等)のさらなる高度化・低廉化・多様化につながる研究開発等を支援するとともに、「規制改革実施計画」等に基づき、一連の水素サプライチェーンにおける規制の整備や合理化、国際標準化のために必要な研究開発等を行いました。
6.産業活動等の抜本的な脱炭素化に向けた水素社会モデル構築実証事業【2023年度当初:60.0億円】
コンビナートや工場、港湾等において、発電、熱利用、運輸、産業プロセス等で大規模に水素を利活用するモデルを構築するための調査・技術実証を行いました。また、国内における水素製造についても、研究開発を進めています。
2023年度は、デンソー福島や住友ゴム等において、電化が困難とされる産業部門の熱需要(バーナー、ボイラ等)に関して、水素を活用した工場の脱炭素化に向けた実証に取り組みました。また、UCCでは、水素を燃料とした珈琲焙煎機の開発に成功しており、「水素閣僚会議」等の様々なイベントで水素焙煎珈琲を提供しました。
7.大規模水素サプライチェーンの構築【グリーンイノベーション基金:国費負担上限3,000.0億円】
2030年における水素供給コスト30円/N㎥(現在の6分の1程度)の達成及び2050年における20円/N㎥(化石燃料と同等程度)への低減を目指し、液化水素運搬船を含む輸送設備の大型化等の技術開発や大規模輸送実証への支援に加え、水素発電における実機での燃焼安定性に関する実証(混焼・専焼)に着手しました。
8.再エネ等由来の電力を活用した水電解による水素製造【グリーンイノベーション基金:国費負担上限708.3億円】
余剰再エネ等を活用した国内での水素製造基盤の確立や、先行する海外市場の獲得を目指すべく、水電解装置の大型化やモジュール化、優れた要素技術の実装といった技術開発等を支援しています。今後も、水電解装置コストの一層の削減(事業開始時である2021年の最大6分の1程度)を目指していきます。
9.地域共創・セクター横断型カーボンニュートラル技術開発・実証事業【2023年度当初:49.8億円の内数】
早期の社会実装を目指したエネルギー起源CO2の排出を抑制する技術の開発及び実証事業として、地域における水素の利活用を推進するための高効率・高耐久な水素SOFCシステムの開発や、地域資源である再エネ余剰電力、副生水素及び未利用CO2を有効活用するためのe-methane製造コストの低減及び環境価値提供システムの開発を行いました。
10.脱炭素社会構築に向けた再エネ等由来水素活用推進事業【2023年度当初:65.8億円の内数】
地域資源である再エネ等を活用し、地産地消型の地域水素サプライチェーンモデルを構築することを目的に、既存のインフラを活用した水素供給の低コスト化に向けたモデル構築の実証事業等を行いました。また、水素の需要拡大につながる設備導入等の支援を行いました。
これまでの取組の1つとして、2022年度から北海道室蘭市において、祝津風力発電を用いて製造した水素を、低圧で配送可能な水素吸蔵合金タンクに貯め、既存のLPガス配送網を活用して需要先で使用する実証に取り組んでいます。
11.未来社会創造事業(大規模プロジェクト型)【2023年度当初:91.6億円の内数】
水素発電、余剰電力の貯蔵、輸送手段等における水素利用の拡大に貢献する高効率・低コスト・小型長寿命な革新的水素液化技術の研究開発を推進しました。
12.革新的GX技術創出事業(GteX)【2022年度補正:496億円】
2050年カーボンニュートラルまでの道筋に貢献し、将来産業の創出が期待される技術開発のうち、日本のアカデミアによる大きな貢献が期待できる、水電解システム、燃料電池システム、水素貯蔵システムについてテーマを設定し、材料等の開発やエンジニアリング、評価・解析等を統合的に行うオールジャパンのチーム型研究開発を推進しました。
13.燃料電池自動車の普及開始・拡大に係る規制見直し
燃料電池自動車の普及拡大の実現に向けて、高圧ガス保安法と道路運送車両法の関係する規制の一元化を図るべく、2022年6月の高圧ガス保安法等の改正において、安全性の確保が可能と判断された自動車の装置内における高圧ガスに関しては、高圧ガス保安法から適用除外とすることとしました。また、圧縮水素スタンドに関する技術基準等については、業界内での検討状況を踏まえつつ、安全性に係る検証に取り組んでいます。
14.化石燃料のゼロ・エミッション化に向けた持続可能な航空燃料(SAF)・燃料アンモニア生産・利用技術開発事業
(再掲 第5章第4節 参照)
15.燃料アンモニアサプライチェーンの構築【グリーンイノベーション基金:国費負担上限688.0億円】
燃料アンモニアの大規模な需要の創出と、安定的で安価な供給の実現に向けて、①既存のアンモニア合成方法である「ハーバー・ボッシュ法」と比べて低温・低圧でより効率的なアンモニア合成技術や、再エネから水素を経由することなくグリーンアンモニアを製造する技術等、アンモニアの供給コストの低減に必要となる技術の開発、②石炭ボイラやガスタービンでのアンモニア高混焼・専焼技術の開発に取り組んでいます。この取組を通じて、アンモニア製造の高効率化・低コスト化から利用拡大までの技術的な課題を解決し、需要と供給が一体となった燃料アンモニアサプライチェーンの構築を目指します。