第1節 水素社会の実現に向けた取組の加速
水素が日常生活や産業活動で普遍的に利用される「水素社会」を実現するためには、水素を新たな資源と位置づけ、様々なプレイヤーを巻き込んで社会実装を進めていく必要があります。日本はいち早く水素に着目し、世界に先駆けて、2017年12月に、水素に関する国家戦略「水素基本戦略」(再生可能エネルギー・水素等関係閣僚会議決定)を策定し、その後、着実に水素社会の実現に向けた取組を実施してきたところですが、近年では多くの国・地域が、水素をカーボンニュートラル達成に不可欠なエネルギー源として位置づけ、戦略策定やその取組を強化しています。
日本においても、2020年10月には、菅総理より2050年カーボンニュートラルを目指す宣言がなされ、同年12月に策定された「グリーン成長戦略」の中で水素は、発電・運輸・産業等、幅広い分野で活用が期待される、カーボンニュートラルのキーテクノロジーとして位置づけられました。また、2021年10月に閣議決定された「第6次エネルギー基本計画」においては、カーボンニュートラル時代を見据え、水素を新たな資源として位置づけ、社会実装を加速していくこととしています。
水素社会の実現を通じて、カーボンニュートラルを達成するためには、水素の供給コスト削減と、多様な分野における需要創出を一体的に進める必要があります。そのために、現在、一般的な水素ステーションにおいて、100円/N㎥で販売されている水素の供給コストを、2030年に30円/N㎥(CIF価格)、2050年には20円/N㎥(CIF価格)以下に低減し、長期的には化石燃料と同等程度の水準までコストを低減することを目指しています。同時に、現在は約200万トン/年と推計される水素供給量を、2030年に最大300万トン/年、2050年には2,000万トン/年程度に拡大することを目指しています。
安価な水素・アンモニア等を長期的に安定的かつ大量に供給するためには、海外で製造された安価な水素の活用と、国内の資源を活用した水素の製造基盤の確立を同時に進めていくことが重要です。そのため、2030年までに国際水素サプライチェーン及び余剰再エネ等を活用した水電解装置による水素製造の商用化の実現を目指します。また、既存燃料との価格差に着目しつつ、事業の予見性を高める支援や、需要拡大や産業集積を促す拠点整備への支援を含む、規制・支援一体型での包括的な制度の準備を早期に進めます。
国際水素サプライチェーンの構築に向けては、これまで取組の1つとして、2015年度より、豪州の褐炭から製造した水素を液化して日本へ輸送する、世界初の液化水素の大規模海上輸送実証を実施してきました。2021年12月には、液化水素運搬船が神戸を出発し、2022年1月の豪州到着後、褐炭から製造された液化水素を搭載し、同年2月に神戸港に到着しました。さらに、ブルネイの未利用ガスから製造した水素を、メチルシクロヘキサン(MCH)という水素キャリアとして日本へ輸送する実証も実施してきました。2020年5月には、世界初の一気通貫した国際水素サプライチェーンが完成し、ブルネイから川崎まで水素が輸送され、火力発電の燃料として利用されました。現在は、グリーンイノベーション基金も活用して、2030年の国際水素サプライチェーン商用化に向けて、関連機器の大型化に必要な技術開発等の取組を進めています。
また、国内における水素製造についても研究開発を進めています。再エネの導入拡大や電力系統の安定化に資する技術として、太陽光発電といった自然変動電源の出力変動を吸収し、水素に変換・貯蔵するPower-to-gas技術が注目されています。2020年3月に開所した、福島県浪江町の「福島水素エネルギー研究フィールド(FH2R)」において、世界有数となる1万kWのアルカリ型水電解装置による、再エネから大規模に水素を製造する実証プロジェクトが進行中です。この施設から製造される水素は、福島県内の公共施設等で利用されており、さらに、東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会において、聖火や大会車両の燃料電池自動車の燃料の一部等として活用されました。また、山梨県甲府市においても固体高分子型水電解装置によるPower-to-gasの実証を実施してきました。今後は、余剰再エネ等を活用した国内水素製造基盤の確立や、先行する海外市場の獲得に向けて、グリーンイノベーション基金も活用して、水電解装置の大型化・モジュール化に係る技術開発等の取組を進めていきます。このほか、未利用となっている国内の地域資源(再エネ、副生水素、使用済みプラスチック、家畜ふん尿等)から製造した水素を地域で利用する、低炭素な水素サプライチェーン構築の実証等も進めています。
水素を利用する代表的なアプリケーションである燃料電池は、燃料の持つ化学エネルギーを、直接、電気エネルギーに変換する発電装置であり、機械的駆動部分がなく運動エネルギーを介さないため、本質的に高いエネルギー効率を追求することができます。モビリティへの応用に加え、家庭用燃料電池(エネファーム)を始めとする定置式としても利用されており、現時点では、一般の人にとって、エネルギーとしての水素の利用を最も身近に感じられる技術となっています。
モビリティでの水素利用については、2013年から、燃料電池自動車の市場投入に向けた水素ステーションの先行整備が開始され、2022年1月末までに164か所の水素ステーションが開所しました。燃料電池自動車については、2014年12月に国内初の市販が開始されたことに続き、2016年3月には2車種目の販売が開始され、2020年12月にも新車種が市場投入される等、着実な市場展開が進んでいます。また、2016年には、燃料電池バス及び燃料電池フォークリフトが市場投入され、さらに、2020年には、2022年の走行実証を目指した大型燃料電池トラックの技術開発が開始しました。国としても、こうした動きを支援するべく、大型モビリティ向けの大容量水素充填技術の開発を支援する等、取組を後押ししています。今後は、燃料電池自動車や水素ステーションの普及に向け、低コスト化に向けた技術開発や、規制の見直し、水素ステーションの戦略的整備を三位一体で進めるとともに、商用車及び燃料電池フォークリフトについても導入拡大を進めていきます。トラック等の大型車両や船舶、鉄道車両等、他のアプリケーションにおける燃料電池の活用に向けた取組も進めていきます。
また、2009年に世界に先駆けて市場投入された家庭用燃料電池(エネファーム)については、技術開発によるコスト低減や性能向上、導入支援による普及初期の市場の確立等を通じて、2022年12月時点で約46万台が普及しました。定置用燃料電池については、災害による停電時においても発電が可能といったレジリエンスの観点や、高い総合エネルギー効率により光熱費削減が可能な点も踏まえた上で、純水素燃料電池も含め、引き続き、普及拡大を目指します。
水素発電は、CO2を排出しないだけでなく、調整力として系統の安定化にも寄与できることから、カーボンニュートラル実現に向けた電源の脱炭素化を進める上で、有力な選択肢の1つです。燃焼速度が速い水素を制御する技術開発を進め、2018年4月には、神戸市の市街地において、水素燃料100%のガスタービン発電(1MW)による街区への熱電供給を、世界で初めて達成しました。また、大型ガスタービンでは、水素混焼のための技術開発を進めて、水素混焼率30vol%を達成しました。現在は、さらなる高効率化に向けた技術や、大型ガスタービンにおける水素専焼技術の開発が進められています。
高温の熱需要を伴う産業分野は、電化のみでは完全な脱炭素化が困難ですが、例えば製鉄プロセスの場合、水素を還元剤や原料として活用することで、CO2の排出を抜本的に抑えることが可能となります。産業用途で水素を利用する場合には、さらに低廉な価格の水素の大量供給が不可欠である等、課題は多いですが、世界に先駆けた水素利用の技術開発を支援していきます。
また、水素は様々なエネルギーや技術と相性がよく、幅広い分野の脱炭素化を実現するセクターカップリングの鍵となる物質です。水電解装置による調整力の提供は、再エネの大量導入を支えることが可能であり、カーボンリサイクルの原料としても水素は必要不可欠な物質です。また、アンモニアや合成メタンは、直接燃料として利用する以外にも、水素キャリアとして活用する可能性もあります。水素がバリューチェーン全体で脱炭素化に貢献していけるように、こうした水素の特性を十分に踏まえながら他分野とも十分に連携していきます。
水素がビジネスとして自立するためには、国際的なマーケットの創出が重要です。そこで、経済産業省及びNEDOは、各国の閣僚レベルが「水素社会の実現」を議論する場として、「水素閣僚会議」を2018年より毎年開催しています。2022年9月には、第5回水素閣僚会議を対面とオンラインのハイブリッド形式で開催し、ビデオスピーチでの参加を含め、15人の閣僚を含む30の国・地域・国際機関等が参加しました。会議の成果として、東京宣言及びグローバル・アクション・アジェンダの進展の加速と拡大に向けた議長サマリーを取りまとめ、「2030年に向けて再生可能エネルギー由来の水素および低炭素水素を少なくとも9,000万トンとする追加的なグローバル目標」、「エネルギー安全保障および気候変動対応に向けて水素の重要性の高まり」、「水素供給量および需要量を拡大するために新たな国や地域の水素関連取り組みへの参加の促進の必要性」、「水素の利活用促進に向けて各国が適切な支援措置を講じていくことの必要性」、「国際水素サプライチェーン構築の加速の必要性」、「技術協力及び、規制、規格・基準のハーモナイゼーション、標準化の推進の重要性」等を共有しました。
〈具体的な主要施策〉
1.クリーンエネルギー自動車及び充てんインフラの導入促進
(再掲 第2章第1節 参照)
2.水素社会実現に向けた革新的燃料電池技術等の活用のための研究開発事業【2022年度当初:79.1億円】
幅広い分野での水素利用の鍵となる燃料電池技術のさらなる高度化と普及に向けて、2030年以降を見据えた革新的燃料電池技術や移動体用水素貯蔵技術の研究開発、評価解析の標準化、船舶・建機・農機等への燃料電池利用に向けた研究開発等、燃料電池の幅広い普及を志向する多用途展開のための技術開発の支援を行いました。
3.共創的な水素サプライチェーン構築に向けた技術開発事業【2022年度当初:30.8億円】
水素ステーションの整備・運営コストの低減に向けて、規制改革実施計画に基づく規制見直しを推進したほか、シール・ホース材の耐久性の向上等に向けた技術開発等を行いました。また、新たに大型モビリティ向けの大容量水素充填技術の開発支援を行いました。
4.燃料電池自動車の普及促進に向けた水素ステーション整備事業費補助金【2022年度当初:90.0億円】
燃料電池自動車等の普及促進のため、四大都市圏を中心に民間事業者等の水素ステーション整備費用及び水素ステーションを活用した燃料電池自動車等の新たな需要創出等に必要な活動費用の補助を行いました。
5.未利用エネルギーを活用した水素サプライチェーン構築実証事業【2022年度当初:30.5億円】
将来の大規模な水素サプライチェーンの構築に向けて、海外の未利用エネルギーからの水素製造、輸送・貯蔵、利用に至るサプライチェーン構築実証と、水素発電等の開発事業を実施しました。
6.産業活動等の抜本的な脱炭素化に向けた水素社会モデル構築実証事業【2022年度当初:73.1億円】
福島水素エネルギー研究フィールド(FH2R)等を活用し、余剰電力から水素を製造するPower-to-Gas技術の開発・実証を実施しました。また、コンビナートや工場、港湾等において、発電、熱利用、運輸、産業プロセス等で大規模に水素を利活用するモデルを構築するための調査・技術実証を行いました。
7.水素エネルギー製造・貯蔵・利用に関する先進的技術開発事業【2022年度当初:12.6億円】
必要とされる水素需要に応えるための水電解水素製造技術の高度化のための基盤技術の研究開発や、安価で大量にCO2フリー水素を供給できる次世代低コスト高効率水素等製造技術の開発のほか、高効率かつゼロエミッションが期待される酸素水素燃焼タービン発電の基盤技術の開発、水素キャリアのより安全で低コストな利用を促進するための基盤研究に着手しました。
8.大規模水素サプライチェーン構築【グリーンイノベーション基金:国費負担上限3,000億】
2030年に水素供給コスト30円/N㎥(現在の最大6分の1程度)の達成を目指し、液化水素運搬船を含む輸送設備の大型化や水素発電の実機実証(混焼・専焼)等の研究開発に着手しました。
9.再エネ等由来の電力を活用した水電解による水素製造(グリーンイノベーション基金)【グリーンイノベーション基金:国費負担上限700億】
余剰再エネ等を活用した国内水素製造基盤の確立や、先行する海外市場の獲得を目指すべく、水電解装置の大型化やモジュール化、優れた要素技術の実装といった技術開発等を支援しました。水電解装置コストの一層の削減(現在の最大6分の1程度)を目指します。
10.地域共創・セクター横断型カーボンニュートラル技術開発・実証事業【2022年度当初:50億円の内数】
早期の社会実装を目指したエネルギー起源CO2の排出を抑制する技術の開発及び実証事業として、グリーン水素のサプライチェーンの早期実現のため、高付加価値の副産物を併産する水電解システムの開発や、地熱とバイオマス資源を活用した低コストなグリーン水素製造等の技術開発・実証を行いました。
11.脱炭素社会構築に向けた再エネ等由来水素活用推進事業【2022年度当初:65.8億円の内数】
地方自治体との連携による再エネ、未利用エネルギー(家畜ふん尿、使用済プラスチック、副生水素)等の地域資源を活用した脱炭素につながる水素サプライチェーンの実証等を行いました。さらに、2020年度から既存インフラを活用した水素サプライチェーン低コスト化に係る実証を実施しました。
12.未来社会創造事業(大規模プロジェクト型)【2022年度当初:90.6億円の内数】
水素発電、余剰電力の貯蔵、輸送手段等における水素利用の拡大に貢献する高効率・低コスト・小型長寿命な革新的水素液化技術の研究開発を推進しました。
13.燃料電池自動車の普及開始・拡大に係る規制見直し【規制】
燃料電池自動車及び圧縮水素スタンドの本格的な普及に向け、水素・燃料電池自動車に関連する規制のあるべき姿を幅広く議論し、科学的知見に基づき安全確保を前提とした規制見直しを進めるため、規制当局、推進部局、事業者・業界等の関係者、有識者を交えた公開の検討会である「水素・燃料電池自動車関連規制に関する検討会」を2017年8月より開催し、規制改革実施計画の要望事項の審議を行っています。
燃料電池自動車等を巡る規制については、利用拡大の実現に向けた今後のあるべき制度について広く検討を進めるため、学識者、業界関係者、その他有識者、関係省庁を構成員とする「燃料電池自動車等の規制の在り方検討会」を2021年4月より計5回開催しました。そこで得られた、高圧ガス保安法と道路運送車両法の関係する規制の一元化が望ましい旨の最終報告書を踏まえ、2022年6月に公布された「高圧ガス保安法等の一部を改正する法律(令和4年法律第74号)」において、安全性の確保が可能と判断された自動車の装置内における高圧ガスに関しては、高圧ガス保安法から適用除外とすることとしました。公布から最大1年6か月を期限とする改正法の施行に向けて、政令以下の詳細な制度設計を進めています。
また、規制改革実施計画の要望事項のうち、圧縮水素スタンド関連の技術基準等については、業界での検討状況を踏まえつつ、委託事業を通じて、その安全性に係る審議等検証を行いました。
さらに、燃料電池自動車に関する世界技術基準(GTR13 Phase2)については、2017年10月から日本が共同議長を務める形で関係国間での議論を開始し、2022年10月までに合計15回の会合を行いました。この中で、容器寿命の延長、容器初期破裂圧の適正化や、材料の水素適合性の試験方法等について、関係国間で議論を行ってきました。