第4節 原子力損害賠償

1.原子力損害賠償紛争審査会における原子力損害の範囲の判定等に関する中間指針等

政府は、2011年3月11日の東京電力福島第一、第二原子力発電所事故に関して、原子力損害賠償を円滑に進められるよう、原子力損害の範囲等の当事者による自主的な解決に資する一般的な指針の策定等の業務を行うため、「原子力損害の賠償に関する法律(昭和36年法律第147号)」に基づき、同年4月11日に「原子力損害賠償紛争審査会」(以下「審査会」という。)を設置しました。審査会においては、被害者の迅速な救済を図るため、原子力損害に該当する蓋然性の高いものから順次、指針として提示することとしており、同年8月5日には、原子力損害の範囲の全体像を示す「東京電力福島第一、第二原子力発電所事故による原子力損害の範囲の判定等に関する中間指針」(以下「中間指針」という。)を策定しました。

その後、審査会は、同年12月6日に自主的避難等に係る損害についての中間指針第一次追補、2012年3月16日に政府による避難区域等の見直し等に係る損害についての中間指針第二次追補、2013年1月30日に農林漁業・食品産業の風評被害に係る損害についての中間指針第三次追補、同年12月26日に避難指示の長期化等に係る損害についての中間指針第四次追補を策定しました。その後、2022年3月に、7つの集団訴訟において東京電力の損害賠償額に係る部分の高裁判決が確定したことを受け、審査会は、専門委員による確定判決等の詳細な調査・分析を踏まえ、同年12月20日に中間指針第五次追補を策定しました。

これらの中間指針及びその追補(以下「審査会の指針」という。)は、賠償すべき損害として一定の類型化が可能な損害項目や、その範囲等を示したものです。また、審査会の指針が示す損害額の目安が賠償の上限でないことはもとより、審査会の指針で示されなかったものや対象区域として明示されなかった地域が直ちに賠償の対象とならないというものでもなく、個別具体的な事情に応じて、相当因果関係のある損害と認められるものについては、全て賠償の対象となるとしています。さらに、東京電力に対しては、被害者からの賠償請求を真摯に受け止め、審査会の指針が示す損害額はあくまでも目安であり、賠償の上限ではないことに改めて留意するとともに、審査会の指針で賠償の対象と明記されていない損害についても、個別の事例又は類型ごとに、審査会の指針の趣旨等を踏まえ、かつ、当該損害の内容に応じて賠償の対象とする等、合理的かつ柔軟な対応と同時に、被害者の心情にも配慮した誠実な対応を求めています。

2.賠償の実績

東京電力は、審査会の指針等を踏まえて、政府による避難等の指示等によって避難を余儀なくされたことによる精神的損害に対する賠償、財物価値の毀損に対する賠償、営業損害に対する賠償等を実施してきました。2024年3月末時点で、総額約11兆2,560億円の支払が行われています。

今後も、被害を受けた方々の個別の状況を踏まえて、適切かつ迅速な賠償を行っていくよう、国としても東京電力を指導していきます。

3.原子力損害賠償紛争審査会における指針等を踏まえた賠償基準の策定

審査会の指針では、政府による避難等の指示等により避難の対象となった十数万人規模の住民の方々や、事業活動の断念を余儀なくされた多くの事業者等に対して、賠償を行うべき損害項目やその範囲等が示されています。さらに、この審査会の指針等に従って、これまでに順次、東京電力においても損害の種類に応じた賠償の具体的な基準が策定されてきました。2022年12月20日に策定された中間指針第五次追補についても、東京電力が2023年3月27日に具体的な賠償基準を策定し、公表しました。

4.原子力損害賠償紛争解決センターの取組状況

原子力損害賠償紛争解決センター(以下「ADRセンター」という。)は、2011年3月の東京電力福島第一、第二原子力発電所事故により被害を受けた方々の原子力事業者(東京電力)に対する損害賠償請求に関して、円滑、迅速かつ公正に紛争を解決することを目的に、東京都港区と福島県郡山市、福島市、会津若松市、いわき市、南相馬市において業務を行っています。ADRセンターでは、事故の被害を受けた方からの申立てにより、仲介委員が当事者双方から事情を聴き取って損害の調査・検討を行い、双方の意見を調整しながら和解案を提示する、和解の仲介業務を実施しています。

ADRセンターでは、2023年末までに30,185件の申立てを受理し、29,106件の手続を終えています。終了した案件のうち、約8割に当たる23,124件が和解成立により終了しています。2023年に和解が成立した事案については、仲介委員の指名から概ね8か月程度で和解案の提示が行われ、和解成立に至っています。

また、今後の賠償を円滑に進めていく上での参考とするため、ADRセンターで実施されている和解仲介手続を広く周知し、和解事例を紹介する等、広報活動を実施しています。具体的には、被害者の方々に活用していただくため、パンフレットや地域にあわせた和解事例・解説を盛り込んだチラシ等を被災自治体や関係団体等に配布したほか、被災自治体等が主催するイベントにあわせて、申立方法等の説明会を実施しました。

5.原子力損害賠償補償契約に関する法律に基づく措置

政府は、「原子力損害賠償補償契約に関する法律(昭和36年法律第148号)」に基づき、原子力事業者と原子力損害賠償補償契約を締結しており、地震、噴火等により原子力損害が発生した場合には、この契約に基づく補償金を原子力事業者に対して支払うこととなっています。

東京電力福島第一原子力発電所事故を受け、政府は2011年11月に、原子力損害賠償補償契約に基づき、同発電所分の1,200億円を東京電力へ支払いました。また、東京電力福島第二原子力発電所において発生した原子力事故についても、2015年3月に、同発電所分の約689億円を東京電力へ支払いました。

6.原子力損害賠償・廃炉等支援機構

(1)設立・改組の経緯

2011年3月11日の東日本大震災により、東京電力福島原子力発電所事故による大規模な原子力損害が発生したことを受け、同年6月に、「東京電力福島原子力発電所事故に係る原子力損害の賠償に関する政府の支援の枠組みについて」が閣議決定されました。具体的には、政府として、これまで原子力政策を推進してきたことに伴う社会的な責任を負っていることに鑑み、①被害者への迅速かつ適切な損害賠償のための万全の措置、②東京電力福島原子力発電所の状態の安定化・事故処理に関係する事業者等への悪影響の回避、③電力の安定供給の3つを確保するため、「国民負担の極小化」を図ることを基本として、損害賠償に関する支援を行うための万全の措置を講ずることが確認されました。同年8月には、「原子力損害賠償支援機構法(平成23年法律第94号)」及び関連する政省令が公布・施行され、原子力事業に係る巨額の損害賠償が生じる可能性を踏まえ、原子力事業者による相互扶助の考えに基づき、将来にわたって原子力損害賠償の支払等に対応できる支援組織を中心とした仕組みを構築するため、同年9月に「原子力損害賠償支援機構」が設立されました。

また、東京電力福島第一原子力発電所について、溶融燃料の取り出しや汚染水の処理等の廃炉に向けた取組は、完了までに長い期間を要する極めて困難な事業であり、その推進に当たっては、国内外の英知を結集し、予防的かつ重層的な取組を進める必要があります。そのため、廃炉を適正かつ着実に進められるよう、国が前面に出て、技術的観点からの企画・支援と必要な監視機能を強化する新たな体制の構築に取り組むべく、原子力損害賠償支援機構の業務に、「廃炉関係業務」を追加すること等を定めた「原子力損害賠償支援機構法の一部を改正する法律(平成26年法律第40号)」が2014年5月に成立しました。また、同年8月には、原子力損害賠償支援機構が「原子力損害賠償・廃炉等支援機構」(以下「機構」という。)に改組されました。

さらに、2016年12月に閣議決定された「原子力災害からの福島復興の加速のための基本指針について」において、廃炉・汚染水・処理水対策については、東京電力グループ全体で総力を挙げて責任を果たしていくことが必要であり、国はそれに必要な制度整備等を行うとされました。こうしたこと等を踏まえ、事故炉の廃炉の確実な実施を確保するため、事故炉の廃炉を行う原子力事業者(事故事業者)に対して、廃炉に必要な資金を機構に積み立てさせるべく、機構の業務に「廃炉等積立金管理業務」を追加すること等を定めた「原子力損害賠償・廃炉等支援機構法の一部を改正する法律(平成29年法律第30号)」が2017年5月に成立し、同年10月に施行されました。

2018年12月には、被害者への賠償を早期に実施するために、国が原子力事業者に対して仮払いのための資金を貸し付ける仮払い資金の貸付制度の創設や、当該貸付制度に関する業務を国から機構に委任することができること等を定めた「原子力損害の賠償に関する法律の一部を改正する法律(平成30年法律第90号)」が成立し、2020年1月に施行されました。

(2)原子力損害賠償・廃炉等支援機構による賠償・廃炉支援の枠組み

①賠償・除染・中間貯蔵施設費用に係る枠組み

賠償・除染・中間貯蔵施設費用については、「原子力損害賠償・廃炉等支援機構法(平成23年法律第94号)」に基づき、政府が機構に対して交付国債を発行し、機構を通じて東京電力に資金援助を行った上で、後年に原子力事業者による負担金や国費等によって回収する仕組みとなっています。費用の見積については、賠償・除染・中間貯蔵施設事業の進捗等を踏まえ、これまで適時見直してきました。

政府から東京電力への資金援助額は、2023年12月時点で13.0兆円となり、交付国債の発行限度額である13.5兆円に近づきつつありました。これは、2022年12月に策定された賠償に係る中間指針第五次追補に伴う追加賠償や、帰還困難区域の一部での除染開始に伴う中間貯蔵施設費用の増加に伴い、前回の見直し時(2016年度)に対して追加の支出が発生していたためです。このため、東京電力の賠償等の取組に万全を期す観点から、機構に対して発行する交付国債について、その発行限度額を1.9兆円追加し、合計で15.4兆円とする政府方針を2023年12月の原子力災害対策本部において決定し、その後、2024年度予算において発行限度額が引き上げられました。

②原子力事業者からの負担金の収納

機構は、機構の業務に要する費用に充てるため、原子力事業者から負担金の収納を行います。機構は、事業年度ごとに、損益計算において利益が生じたときは、原子力損害が発生した場合の損害賠償の支払等に対応するため、損害賠償に備えるための積み立てを行います。

③機構による通常の資金援助

機構に、電気事業、経済、金融、法律、会計に関して専門的な知識と経験を有する者からなる「運営委員会」を設置し、原子力事業者への資金援助に係る議決等、機構の業務運営に関する議決を行います。原子力事業者が損害賠償を実施する上で機構の援助を必要とする場合、機構は、運営委員会の議決を経た上で資金援助(資金の交付、株式の引受、融資、社債の購入等)を行います。

機構は、資金援助に必要な資金を調達するため、政府保証債の発行や金融機関からの借入れをすることができます。

④機構による特別資金援助

(ア)特別事業計画の認定

機構は、原子力事業者に資金援助を行う際に政府の特別な支援が必要な場合、当該原子力事業者と共同して「特別事業計画」を作成し、主務大臣の認定を受けることが必要です。特別事業計画には、原子力損害賠償額の見通し、賠償の迅速かつ適切な実施のための方策、資金援助の内容及び額、経営の合理化の方策、賠償履行に要する資金を確保するための関係者に対する協力の要請、経営責任の明確化のための方策等について記載し、機構は、計画作成に当たって、原子力事業者の資産の厳正かつ客観的な評価及び経営内容の徹底した見直しを行うとともに、原子力事業者による関係者に対する協力の要請が適切かつ十分なものであるかどうかを確認します。その上で、主務大臣は、関係行政機関の長への協議を経て、特別事業計画を認定することとなります。

2021年8月には、引き続き福島への責任の貫徹を掲げつつ、信頼回復の取組を足元の最優先事項として位置づけた「第四次総合特別事業計画」を認定しました。

2023年には、前述の交付国債の発行限度額の引き上げに当たって、第四次総合特別事業計画において掲げた経営改革の進捗と、さらに必要となる対応強化策について、資源エネルギー庁の参画の下、同年9月から機構の運営委員会において検証・評価を行い、同年12月には「東京電力による経営改革の取組等の検証・評価結果」がとりまとめられました。この検証・評価結果の内容については、次期の特別事業計画に反映し、着実に実行に移すことが、機構の運営委員会から東京電力に対して要請されています。

(イ)特別事業計画に基づく事業者への資金援助

特別事業計画の認定後、政府は、機構による特別事業計画に基づく資金援助(特別援助)を実施するため、機構に対して国債を交付し、必要に応じて、機構は政府に対して国債の償還(現金化)を求め、原子力事業者に対し必要な資金を交付します。また、政府は、国債を交付してもなお損害賠償に充てるための資金が不足するおそれがあると認めるときに限り、予算で定める額の範囲内において、機構に対して必要な資金の交付を行うことができます。2024年3月31日時点では、13兆149億円の資金援助を決定し、11兆945億円の資金を交付しています。

(ウ)機構による国庫納付

原子力事業者は、機構の事業年度ごとに、機構の業務に要する費用に充てるため、機構に対して一般負担金を納付します。さらに、特別事業計画の認定を受けた原子力事業者は、一般負担金に加えて、特別負担金を納付します。機構は、負担金等を原資として、国債の償還額に達するまで国庫納付を行います。

ただし、政府は、電気の安定供給等に支障をきたす又は利用者に著しい負担を及ぼす過大な負担金を定めることとなり、これにより国民生活・国民経済に重大な支障を与えるおそれがある場合、予算で定める額の範囲において、機構に対して必要な資金の交付を行うことができます。

機構は、2023年度末時点で累計約2.8兆円を国庫納付しています。なお、2024年3月には、2024年度に収納する一般負担金として約1,947億円、特別負担金として2,300億円を認可しています。

(エ)損害賠償の円滑化業務

機構は、損害賠償の円滑な実施を支援するため、被害者からの相談に応じて必要な情報の提供及び助言を行うとともに、原子力事業者が保有する資産の買取及び賠償支払の代行(原子力事業者の委託を受けた賠償の支払、国又は都道府県知事の委託を受けた仮払金の支払)を行うことができます。

⑤廃炉等を実施するために必要な技術に関する研究及び開発の企画・推進

機構は、「廃炉等技術委員会」の議決及び主務大臣の認可を経て、「廃炉等を実施するために必要な技術に関する研究及び開発に関する業務を実施するための方針」を定めており、この方針に基づき、廃炉を実施するために必要な技術に関する研究及び開発の企画、調整及び管理に関する業務を実施しています。その一環として、政府が主導する研究開発事業について、これまでに実施された事業の評価を行うとともに、今後実施する事業の企画に参画しています。

⑥廃炉等積立金の管理業務

事故炉の廃炉を行う原子力事業者(事故事業者)は、廃炉等の適正かつ着実な実施を確保するため、事故炉の廃炉に充てるために必要な資金として機構から毎年度通知される金額を、機構に積み立てなければならないとされています。

機構は、当該事業者が積み立てるべき資金の金額について、主務大臣の認可を受けて毎年度その金額を定めるほか、積み立てられた資金に利息を付すべく廃炉等積立金の運用を行い、廃炉等積立金を取戻すに当たって必要な取戻し計画を当該事業者と共同で作成する等の業務を行います。また、必要に応じて、当該事業者の本社や現場等への立入検査を行います。

2023年度は、2024年3月に、廃炉等積立金として約2,600億円を認可しました。

⑦廃炉等の適正かつ着実な実施の確保を図るための助言、指導及び勧告

機構は、法定業務である「廃炉等の適切かつ着実な実施の確保を図るための助言、指導及び勧告」及び「廃炉等を実施するために必要な技術に関する研究及び開発」の一環として、「東京電力ホールディングス(株)福島第一原子力発電所の廃炉のための技術戦略プラン」を策定します。今後の廃炉を安全かつ着実に実施するため、中長期的観点から専門的な検討を行い、特に、燃料デブリの取り出しや廃棄物の対策について、重点的に検討し、戦略を策定します。また、この戦略については、実効性を高めていくために、現場の状況や研究開発の成果を踏まえて、絶えず見直します。また、使用済燃料プールからの燃料取り出しや汚染水の対策等についても、事故収束に向けた技術的な観点から、助言、指導、勧告を行います。