第1節 1868年~

1.照明から始まったガス利用

日本のガス事業は、1872年10月31日(旧暦9月29日)に、横浜の馬車道にガス灯が点灯したことから始まりました。神奈川県庁付近および大江橋から馬車道・本町通りまでの間にガス灯十数基が点灯され、日本で初めての近代的照明となったガス灯の点灯は、産業近代化を象徴するものでもありました。ガス灯が点灯された当日は、横浜市民だけではなく、東京方面からも多くの見物人が訪れ、祭りのような賑わいになりました。

ガス灯は、当時の合言葉であった「文明開化」の象徴となり、急速に普及していきました。1872年11月に約100基、12月に約240基、点灯の3か月後には、約300基に達しました。また、初めてガス灯が点灯してから2年後の1874年11月には神戸で、12月には東京で相次いでガス事業がスタートしました。

当時1本のガス灯にかかった料金は、1か月に3円55銭5厘で、現在の貨幣価値にして数万円と言われます。ガス料金は、今よりも高価なものでありました。このような理由もあり、ガス事業が始まったものの、ガス灯の利用はもっぱら街灯に限られており、庶民の家庭では、依然、江戸時代と変わらない行灯やろうそくが使用されていました。

【第111-1-1】横浜馬車道のガス灯

出典:
日本ガス協会ホームページ

1890年代に登場したガスマントルによって、ガス事業は大きな飛躍を遂げました。ガスマントルは、オーストリアの化学者・カール・ヴェルスバッハによって開発されたもので、綿糸や人造絹糸(現在のレーヨン)の袋に発光剤のトリウムやセリウムを染み込ませたものを裸火にかぶせることで、これまでのガス灯の約5倍の明るさを得られるようになりました。ガスマントルの登場は日本のガス事業を加速させ、明治末期までに全国各地にガス事業者が誕生することになりました。また、ガスマントルの普及により、それまで街灯でしか使用されていなかったガス灯が、室内照明用としても使われ始めました。

2.電気事業の勃興と戦前の電源開発

日本最初の電力会社である東京電燈は、1883年に設立許可を受け、1886年に開業しました。1887年には、東京電燈は日本で最初の一般供給用発電所である、第二電灯局(石炭火力発電所:25kW)を東京府日本橋区南茅場町(東京都中央区茅場町)に建設しました。

発足当初の東京電燈は、電気の供給事業のみではなく、全国各地で発電機の据え付け工事の請負や、電灯の宣伝を行うなど、電気事業の開拓に指導的役割を果たしました。1900年には全国の電力会社は53社まで増加することとなります。こうした流れの中、1891年には日本初の事業用水力発電所である、蹴上発電所が運転を開始しました。

日本各地で電気事業者が増加する中、電気の需要のうち主に家庭向けの需要である電灯需要が大半を占めており、主に産業向けの需要である電力需要はわずかで、電気の動力としての利用はまだまだ限られていました。また、当時の電気料金は、終夜灯1灯が1か月2~3で、当時の米価3~4斗(45~60㎏)に相当するほど大変高価なものでした。

3.石炭利用の本格化 ~近代炭坑の開始~

(1)日本の石炭の発見から本格的な生産の始まり

日本で石炭が発見されたのは、1469年(文明元年)、九州の三池村稲荷村(とうかむら、現在の大牟田市)の百姓伝治左衛門が近くの稲荷山に薪を取りに行き、枯れ葉を集めて火を点けると、突然地上に露出していた黒い岩が燃え出した、これが”燃える石”つまり石炭の発見であると伝えられています(1859年(安政6年)、橋本屋富五郎発行「石炭由来記」外)。

石炭は17世紀後半には、筑前・長門地区等で、薪の代替として家庭用燃料などの自家消費を主たる目的として利用されていましたが、産業用に使用され始めたのは18世紀初頭になってからです。瀬戸内地方で製塩業者向けに販路を見出すと大きく発展を遂げることになります。

(2)近代的採炭の導入

1765年イギリスでワットが蒸気機関を改良した際、石炭は蒸気機関向けの燃料として注目されるようになり、その後、鉄道や船舶の燃料として大量に使用されることになりました。江戸時代の末期に日本が開国した頃には、日本の石炭は外国商船の燃料用として供給されるようになりました。1857年(安政4年)に、箱館(函館)での石炭供給を目的として、釧路で白糠(しらぬか)炭鉱が開発されました。また、1868年には、佐賀藩が英国人グラバーの指導で、高島炭鉱(長崎県)に立坑(たてこう)、蒸気機関を用いた日本初の洋式採炭が導入され、日本における石炭産業分野の近代化が急速に進みました。1

【第111-3-1】高島炭鉱

出典:
三菱マテリアル株式会社

(3)法の整備と生産量の拡大

日本政府は1872年に「鉱山心得」、1873年に「日本坑法」を制定し、石炭を採掘する資格を日本人に限定し、外国人による共同出資も認めない本国人主義を採用しました。

1874年には国内出炭量の正式記録が始まりました。その年の出炭量は約21万トンと記録されています。その後、外国人の地質学者ライマンの地質調査によって北海道地方の炭鉱(夕張や空知)が次々と開拓されたことや、九州の三池炭鉱大浦の開発が再開されたことによって、石炭の本格的な生産・利用が始まり、1883年には国内出炭量は100万トンを記録しました。1889年には、九州地方の炭鉱において最新式の採炭設備の導入、積出港の整備等(炭鉱から港までの専用鉄道の敷設等)が行われた結果、1903年には、1,000万トンを超えました。2

一方で鉱山事故も頻発するようになったため、1890年には鉱業条例が公布され、鉱山保安に関する規定が設けられるようになりました。

【第111-3-2】三池炭鉱における専用鉄道

出典:
日本コークス工業株式会社

4.国内石油開発の開始~石油ランプの輸入による灯油需要の増大~

(1)石油開発の始まり

我が国最古の石油・アスファルトに関する記述は、668(天智7)年に越の国(現在の新潟県)から燃える土、燃える水が宮廷に献上された、とされる「日本書紀」の記述です。江戸時代の見聞録では、自然に地表に表れた石油が、その独特の油気から「くそうず(草水・臭生水)」と呼ばれています。また1812(文化9)年に刊行された「北越奇談」に“越後七ふしぎ”の一つとして越後の火井(天然ガスの炎)の絵図が残されているなど、我が国では古くから石油・天然ガスの採取が行われていました。しかしながら、これらが広く商品として取り扱われるようになったのは、明治時代に入ってからのことになります。3

日本の石油開発産業の始まりは、1859年に米国のペンシルバニア州でエドウィン・ドレークが油井の機械堀りを行ってから遅れること12年、1871年に長野県善光寺の浅川油田で行われた綱式掘削と言われています。この掘削を行ったのが、石坂周造が設立した、日本初の石油会社とされる長野石炭油会社であり、採取された原油は近傍に設置したこちらも日本初の石油精製所で精製・販売されました。この事業は失敗に終わりますが、米国から調達した掘削機を用いるなど、本格的な石油の商業生産の端緒となる出来事といえます。4

こうした動きの背景となっているのが、1859年の開国により西洋から石油ランプが輸入されたことです。文明開化の象徴として街路灯や商業用として一般の目に触れ、次いで家庭や工場にも急速に普及し、石油ランプ用の灯油需要が急増することとなりました。当時、そのほとんどは米国からの輸入によりまかなわれており、1868年に121klであった灯油輸入量は、1894年には1600倍超となる20万klにまで達しています。このような灯油の商品価値の高まりを受け、国内での石油開発推進の機運が高まりを見せました。5

政府においても、米国の地質学者であるライマンを招聘し、我が国最初の本格的な油田地質調査を実施したり、官業掘削を行うなど、油田開発に積極的に取り組みました。

【第111-4-1】灯油輸入量の推移

出典:
日本帝国統計年鑑

(2)石油開発産業の発足

1888年、新潟県において「日本石油会社」が資本金15万円という当時では巨大な資本金で設立され、新潟県出雲崎海岸において尼瀬(あまぜ)油田を発見しました。これは、我が国で初めて機械堀りでの石油掘削の成功であり、以降他の企業の掘削の機械化を促したこと、この掘削が世界初の海洋掘削と言われていること、石油生産量の飛躍的な増加により一般の石油開発への関心を高めたことなど、以後の我が国石油開発に大きな影響を与えたことから、我が国の近代的石油産業の出発点であるといえます。6

1893年には同じく新潟県に「宝田石油会社」が設立され、他の鉱業者の買収・併合を繰り返すことで成長し、日本石油会社と並んで明治時代における我が国の石油開発・精製部門を二分することとなりました。7

なお、1873年に施行された日本坑法において、初めて石油が法令上鉱物として扱われることとなり、1890年の鉱業条例では石油鉱業者に鉱区税・鉱業税の納税義務が課せられました。また、1899年に施行された関税定率法では石油関税が課されるなど、石油開発の発展に合わせ、政府の制度整備も進むこととなります。8

【第111-4-2】最盛期の尼瀬油田

出典:
日本石油(現・JXTGエネルギー) 「日本石油百年史」
1
外部サイトを別ウィンドウで開く(一般財団法人)石炭エネルギーセンターHPを参考に記載。
2
(資源エネルギー庁資源・石炭部石炭課監修 石炭政策史編纂委員会編「石炭政策史」を参考に記載。
3
石油鉱業連盟「石油・天然ガス開発技術のしおり(2012年版)」2013年を参考に記載。
4
日本石油(現・JXTGエネルギー)「日本石油百年史」1988年を参考に記載。
5
日本石油(現・JXTGエネルギー)「日本石油史」1958年を参考に記載。
6
石油鉱業連盟「石油・天然ガス開発技術のしおり(2012年版)」2013年、日本石油(現・JXTGエネルギー)「日本石油百年史」1988年を参考に記載。
7
外部サイトを別ウィンドウで開くJXTGエネルギー「石油便覧」を参考に記載。
8
日本石油(現・JXTGエネルギー)「日本石油百年史」1988年を参考に記載。