地産地消を広く捉え、ゼロカーボンシティの実現を目指す

埼玉県秩父市 | 秩父新電力株式会社

地産地消を広く捉え、ゼロカーボンシティの実現を目指す

埼玉県の北西部に位置するちちぶ地域(以下、ちちぶ)。秩父市と4つの町(横瀬町、皆野町、長瀞町、小鹿野町)を含めた地域の総称だ。地域全体の約85%が森林という山と森に囲まれたちちぶは、歴史的にも独立性が高く、産業も盛んで養蚕業や林業、近年ではセメント産業などで繁栄を誇った時代もあった。最近では秩父夜祭など年間約960万人が訪れる観光地としても知られている。

一方で、日本の多くの地方都市が抱える問題と同じく少子高齢化や人口減少が起こり、特に産業の衰退による雇用鈍化、18歳を境にした若年層の流出などの問題も抱えている。そのような様々な問題を解決する役割を果たすことを期待されているのが今回紹介する秩父新電力株式会社(以下、秩父新電力)だ。

環境立市という志

地方都市特有の諸問題に対し、現秩父市長の久喜邦康氏が就任時に打ち出した『環境立市』の方針は、ちちぶエリア全体を巻き込んで大きなうねりを作ろうとしている。環境立市とは、自然環境・エネルギー技術などの地域の強みを経済成長・地域活性化の原動力とすることで持続可能な地域モデルを構築することを目指す戦略をいう。

このような戦略を実行するために生まれた秩父市環境立市推進課長の島田典彦氏から現状を伺った。

環境立市という志1

「秩父市は2050年までに市内の二酸化炭素(CO2)排出量実質ゼロを目指すゼロカーボンシティ(注1)の実現に向けて取り組むことを宣言いたしました。すでに、秩父市役所の隣にある歴史文化伝承館の上には太陽光発電パネルと蓄電池が設置されています。発電した電力は緊急時用に蓄電し、蓄電容量を超える余剰の電気は館内で一部利用しています。

2020年度からは、ゼロカーボンシティ実現に向けた取り組みの第一弾として、本庁舎全体の電気をCO2排出量ゼロの「ゼロカーボン電力」で賄う計画です。「ゼロカーボン電力」とは、秩父新電力が地域内の再生可能エネルギー(秩父クリーンセンターごみ発電・卒FIT太陽光)等を調達して、電力を供給する新たなプランです」。

環境立市という志2

このように秩父新電力はエネルギーの地産地消を推進することで、同市が地球温暖化対策実行計画で掲げる温室効果ガス排出量削減目標(2013年度比で2030年度までに40%削減)の達成に寄与する。だが、期待されているのは、それだけではない。『自治体新電力会社』という事業であるからこそ、求められる役割は多様だ。秩父市環境部環境立市推進課の牛木克輔氏は続ける。

環境立市という志3

「将来的には自然災害の激甚化や少子高齢化をはじめとする地域課題の解決に向けた取り組みを計画しています。そのため、まずは公共施設や市有地を中心に再生可能エネルギー発電施設や蓄電池の設置等を進めて、地産電源の拡大と共に災害時でも電気の止まらない地域づくりを目指していきたいです。その後、例えば秩父新電力が力を入れるIT技術とエネルギーを掛け合わせることで、少子高齢化等への新たな解決策も生み出していきたいと考えています」。

電力小売りだけではなく、地域の課題を解決することを目的に設立された秩父新電力にかかる期待は大きい。

新電力の可能性

秩父新電力は2018年4月の設立以来、主に公共施設への供給で事業を展開してきた。一般家庭向けの供給は2021年を目標に実施していく展望をもって準備を進めていると秩父新電力の滝澤隆志氏は話す。

新電力の可能性1

「一般家庭向けに電力の小売りをする場合、必要な社内体制が一気に大きくなります。例えば、コールセンターを設け、停電が起きた際には迅速にサポートできる環境も整える必要があります。事業を拡大する前に、安定した黒字化が第一優先です。そのためにも、まずは大口顧客で収益率も高い公共施設から営業展開をしています」。

滝澤氏は以前、民間の石炭火力発電事業に携わっていた。東日本大震災を転機にエネルギーに対しての意識が変わり、持続可能な地域づくりには再生可能エネルギーの地産地消が必要だと気づかされたという。その後、地元で市民太陽光発電事業に取り組んだが、作った電気は地域外の電力会社に売らざるを得ず、地域外に流れていく。そのため、地域新電力会社を作るべく、地域主体に働きかけを行なっていた。

そんな折、地域が抱える様々な問題への打開策として自治体新電力構想を描いていた久喜市長と環境立市推進課の新井公夫氏(当時の課長、現在は秩父新電力に出向中)に出会った。気概を持った人が集まったことで、自治体新電力構想は現実のものとなった。

秩父新電力は現在6名の少人数精鋭の会社だが、社内で需給管理業務も行なっている。日々、翌日の電力の需要量と供給量を30分単位で予測し、供給力が不足する場合は、予め日本卸電力取引所(JEPX)等から調達する。中でも卒FIT太陽光の供給量は変動しやすいため、同社では独自に、AI(人工知能)技術を活用して過去の実績値と気象条件(天候や日射量など)をベースに予測精度の向上を図っている。

専門性が高そうな業務だが、新規参入する事業者にとってハードルは高くなかったのだろうか?

新電力の可能性2

「我々も新電力構想当初、需給管理は地域外企業に委託することを考えていました。しかし、滝澤さんがチームに加わり、構想を固めていく中で内製化の手応えを持った。決定的な要因になったのが一般社団法人ローカルグッド創生支援機構(以下ローカルグッド)です。ローカルグッドさんは地域に根ざした魅力あるビジネスの構築を目指す自治体や事業会社が集まった連合のような存在。そのローカルグッドさんにOJT研修をしていただくことで需給管理のノウハウを取得でき、自分たちで運用できる仕組みを構築することができました」。と牛木氏は当時を振り返る。

需給管理を内製化することは、地域外に流失するお金を抑えながらノウハウやビッグデータを蓄積できるためメリットが大きい。例えば蓄積したビッグデータは、AIの予測精度を向上させるために不可欠なもの。予測精度が上がる分、インバランス料金(計画と実績の誤差による供給電力の過不足に対して支払わなければならない料金)を削減できるため、より利益率向上が望める。

さらに内製化は、雇用の面でも結果を生んでいる。秩父新電力でインターンとして働いている都内大学の学生スタッフは需給管理を学びたいと秩父市に引っ越してきた。今後、事業が拡大していく中で、新電力事業経営やIT技術活用に興味・関心をもった人材が集まれば自社の雇用だけではなく、地域への人口流入にも寄与するなどの広がりをみせるのではないか。

地産地消を広く捉える

秩父新電力の構想の範囲は、地元地域から県内外までと幅広いのが特徴だ。つまり、ちちぶに関連した地域であれば、電力の地産地消になるのだと解釈を広げた。

地産地消を広く捉える

「秩父新電力は秩父広域市町村圏組合(ちちぶ1市4町の一部事務組合)と地域新電力事業に関する協定を締結し、日本で初めて定住自立圏の枠組みでの自治体新電力を実現しました。また、秩父市は東京都荒川区と荒川の上下流で結ばれる自治体として姉妹都市協定を結んでいます。2020年度からその荒川区の幼稚園等にちちぶの再生可能エネルギーで生んだ電力を供給する予定です。荒川区の低炭素化に貢献し、かつ荒川区の子どもたちにちちぶで環境学習をしていただく等の人的交流を促進しながら、電力収益でちちぶの地域経済を活性化することを目的としています。低炭素電力へのニーズが高まる中、今まではごみ発電が主力電源でしたが、今後はちちぶの卒FIT太陽光発電や水力発電の調達にも力を入れて、再エネ比率・地産地消率をより高めていきたいと考えています」と滝澤氏。

秩父新電力では、卒FIT対象者に向けて太陽光発電の『余剰電力買取サービス』を2019年11月から開始している。対象エリアは、埼玉県と東京都。現在は契約申し込み件数に上限を設け試験的かつ計画的にサービスを提供している。また、山間部の高低差をいかした小水力発電所などからも買電を行う予定だ。

秩父新電力の『エネルギーの地産地消』は、隣接地域や姉妹都市などの繋がりをいかして近隣エリアにも具体的に広がりを見せている。そしてその広がりは、環境資源が少ない地域でも、広域自治体連携が生むヒト・モノ・サービスなどの循環によって、環境をいかしたまちづくりを推進できるということを示している。これは政府が進める地域循環共生圏のコンセプトとも合致する。ちちぶ地域は、同じ課題を抱える多くの地域の価値観を変化させる重要な役割を担っていくかもしれない。より多くの関連地域や人を巻き込みながら環境立市の実現に向けて広がりはさらに加速していく。

注1:ゼロカーボンシティとは温室効果ガスの排出量または二酸化炭素を2050年までに実質ゼロにすることを目指すと公表した自治体を指す。

環境負荷の少ない電力の調達を拡大

環境負荷の少ない電力の調達を拡大

東京都荒川区は、区施設で使用する電力を秩父新電力から一括で調達し、二酸化炭素排出量が少なく環境負荷の低い電力使用を推進するとともにコスト削除を図る取り組みを発表した。

秩父市 環境部 環境立市推進課
島田 典彦 (しまだ のりひこ)

秩父市 環境部 環境立市推進課
牛木 克輔 (うしき かつすけ)

秩父新電力株式会社
滝澤 隆志 (たきざわ たかし)