世界・日本の最新のエネルギー動向を学ぶ特別講義⑥
「エネルギー業界の新しい取組」レポート

2023年12月9日(土)、関西学院大学にて「エネキャリ」第6回の講義「エネルギー業界の新しい取組」が開催されました。講師は、京都大学名誉教授であり公益財団法人深田地質研究所の顧問を務める松岡 俊文氏。気候変動問題に対するエネルギー業界の考えや対応策を学び、CCS技術とその産業化についての理解も深めました。

第6回の講義 風景

地球温暖化は、人間の努力によって回避できるリスク

講義は、地球温暖化の原因を紐解くところから始まりました。

ホッケースティック曲線

「太陽から届くエネルギー量の上昇」(自然現象)なのか、「大気中のCO2の増加」(人間活動)なのか。これまで温暖化はこの2つが原因として議論されてきましたが、2021年にIPCCが「温暖化の原因は、自然現象ではなく人間活動に伴う化石燃料の無秩序な利用によるもの」と結論づけました。すなわちそれは、われわれの行動を変えれば温暖化は回避できるということです。

日本では、2020年に菅首相(当時)が「2050年に温室効果ガスを実質ゼロにする」ことを表明。経済産業省もカーボンニュートラルを環境問題ではなくエネルギー問題、人類がエネルギーをどう使っていくかという問題として位置付けています。

温暖化の対応策には、以下の適応策と緩和策があります。

  • ・適応策:気候変動に適応できる生活環境に変える(治水対策、熱中症予防対策)→ 便益は地域密着型
  • ・緩和策:直接的にCO2の排出を削減する(省エネ、再生可能エネルギー・原子力の利用、化石燃料+CCS)→ 便益は地球全体

CO2削減は、緩和策=工学的な課題設定が可能であり、解決可能な問題。国が緩和政策を実施した場合、コストは国家・国民の負担になりますが、便益は地球全体で共有されるため、国際的な取り決めが必要になります。COPで議論し、互いに協力しながら温暖化を解決しようというのには、こういう背景があるのです。現在は150カ国以上がカーボンニュートラルを表明しています。

ゼロエミッションは2050年までにできる!

ここで、日本におけるGHG(温室効果ガス)排出量の推移を振り返りました。

GHG(温室効果ガス)排出量の推移

GHG排出量が急増したのは、戦後の高度経済成長期。社会生活が大きく変化したことで、私たちは大量のGHGを大気中に放散してきたことがわかります。

今、日本では年間11億トンのCO2を排出しており、これを2050年に再びゼロにできるかということが問われていますが、松岡氏は「できる。」と発言した上で、「ただしそれには、私たちの生活スタイルや考え方を大きく変えていく必要がある。」と付け加えました。さらに松岡氏は、「大量のCO2削減の実現には、CCSの産業化と社会システムの変革が不可避」だと言います。

CCSの仕組みとその技術

CCS(Carbon dioxide Capture and Storage/二酸化炭素回収・貯留)とは、CO2の排出源において、CO2を分離・回収して輸送して圧入する一連の流れのこと。油田は地下の貯留層にありますが、油の代わりにCO2を貯留層にとどめるという発想です。技術要素は石油産業で培われてきたものですが、両者は地下へのアプローチが大きく異なっています。

<CCSにおける技術要素>

分離・回収 → アミン法で発生源からのCO2を回収するのが一般的。

輸送 → 日本では経済産業省が船舶輸送の実証実験を開始。アメリカではパイプラインによる輸送計画も。

圧入 → CO2は温度と圧力に依存してガス、固体、液体、超臨界に相転移。気体的な粘度と流体的な密度を持った超臨界は800m以深では体積が小さくなるため効率的。貯留可能量や圧入効率など貯留メカニズムの理解が必要。

<CCS事業と油田開発>
・CCS事業 → CO2の削減量(圧入量)を決めて事業シナリオをつくり、計画を立てていく。地下を能動的に利用する(人類に必要な地下利用)。

CCS事業と油田開発1

・油田開発 → 油田を発見した後で事業シナリオを作成。地下に対して受動的(自然の恵みを享受する)。

CCS事業と油田開発2

つまり、CCS事業は地質工学的な課題を設定する課題解決型事業なのです。

CCS事業と油田開発3

CCSで圧入したCO2は本当に地下にとどまっているか?

続いて、地下のCO2を可視化する必要性が言及されました。「住民に対し、CO2が地表には漏れ出てこないことを説明する意味でも必須。」と松岡氏は言い、2つの事例を紹介しました。

・Sleipner:1996年に北海で開始された世界初の大規模帯水層貯留

Sleipner:1996年に北海で開始された世界初の大規模帯水層貯留

→ 2008年は約1,200万トンという大量のCO2を圧入した状況。CO2は横が1キロメートル、縦が3キロメートルにしか広がっていない。

・苫小牧/経済産業省が実施した苫小牧におけるCCS圧入試験
→ 30万トンのCO2圧入で半径1キロも広がらなかった。

これらの事例から、CO2は想像以上に広がらない。地下にはそれだけ大きなスペースがあり、また、そこを選んで圧入しているということが言えるようです。

世界と日本のCCSへの期待

IEAは、CCSで25億トンのCO2削減をすることを期待しています。100万トンのCO2を圧入する場所が2,500カ所ほど必要ですが、「アメリカのメキシコ湾岸には稼働中の石油生産プラットフォームが約4,000あるので、2,500カ所くらいはできるのでは」と松岡氏は予想。また、世界最大の石油会社であるアメリカのエクソンモービルは、メキシコ湾をCCSの一大拠点にするべく、2040年までに年間1億トンのCO2を圧入する計画を立てているとのことです。

一方、日本の経済産業省は2050年に年間1.2億から2.4億トンのCO2を削減する目標を掲げています。

CCSの導入拡大イメージ CCS事業についての補足データ1

経済産業省が日本の海域の地質調査を行なった結果、専門家はCCSで計120億トンくらいのCO2が削減できそうだとの見解を示しました。2億トンのCO2を60年間貯留できるということです。松岡氏は「60年後はエネルギー構造が大きく変わっている可能性もある。」とし、「将来の化石燃料の役割を考えると、120億トン分あれば保つ。また、このキャパシティは増えることも考えられる。」と述べました。

温暖化対策は外部不経済

しかし、松岡氏は「産業は、それを育てる環境がない限りなかなか生まれてこない。」ということも指摘。CCSの産業化にはまだまだ壁があるのが現状です。

CCS事業についての補足データ2

上記のグラフの通り、CCS事業は2015年から2017年は停滞しました。これは2015年のCOPが、「世界の平均気温の上昇を1.5℃に抑える努力を」というメッセージを出したことが影響しています。これに対し、「環境整備=準備期間が必要だということ」と松岡氏。

準備を必要とするのは、温暖化対策が外部不経済だからです。例えば、CO2問題を考えていなかった電力会社は、そのためのコストも考えていない。経済学者はそのコストを市場価格に組み込むこと(排出されたCO2に価格をつける=カーボンプライシング)、つまり炭素税や排出権取引制度の導入を提案しましたが、そうなると市場単独では外部不経済の内部化は困難に。政府が政策を決めて誘導しない限り、産業化は難しいのです。

CCS産業を成長産業として育てるための政策は、基本的に以下の2つだといいます。

  • ・テクノロジープッシュ政策 → 技術開発・プロジェクトに補助金を出し、CCS産業の技術基盤をつくる
  • ・マーケットプル政策 → 産業が必要なマーケットをつくる

テクノロジープッシュ政策で有名なのは、アメリカ連邦政府が採っているCCS税額免除政策「45Q」。CCS事業者に対してCO2削減1トンあたり85ドル税額控除するというものです。「税金を払っていない赤字会社がCCSを始めて得た権利を他の会社に譲渡できるのもおもしろい。」と松岡氏。こういった背景は石油会社以外のCCS参入を促進しています。

日本の経済産業省も各政策でCCSの産業化に力を入れています。

<テクノロジープッシュ政策>
・国内で排出されているCO2に対して、2030年にCCS事業の開始を目指し、7つの調査案件を採択。

7案件で年間1,300万トンのCO2貯留を目指している width=

<マーケットプル政策(検討中)>
経済産業省による排出権取引の検討が始まっている(J-クレジットの市場機能に関する取引実証など)。

CCS産業は広範囲な異業種を含むバリューチェーン

CO2の排出企業がいて、そこからCO2をパイプラインあるいは船で運ぶ業者がいて、それを受け取って石油関連会社などが貯留する―。CCS産業とは、広範囲な異業種を含むバリューチェーン。「CCSの産業化を進めるには、各事業者の課題についてバリューチェーン全体を俯瞰して考え、事業法をつくることが必要」と松岡氏は言います。

CCS産業の全体像とCCS事業法の必要性

さらに、CCSを事業化するには下記の11項目をクリアしなければいけません。これは石油企業がやってきたことを超えるタスク。CCSは全く新しいビジネスなのです。そのビジネスモデルをつくる必要がありますが、まだどこの国でもできていません。

CCSを事業化する11項目

同時にコストを考えることも大切です。現在、CO2の分離・回収コストが1トンあたりおよそ4,000円といわれていますが、経済産業省はそれを1,000円台にまで下げたいと考えています。

次世代のCO2回収技術によるコスト削減

また、CCS事業の最大のリスクであるCO2が途中で入らなくなることも考えなければいけません。自然に由来する石油は枯渇するものですが、CCS事業で、例えば毎年100万トンを30年間圧入する前提で設備投資をしたのに、15年で入らなくなったら困ります。「それを回避するのが技術力だと思っている。」と松岡氏。

変化し、チャレンジし続けるエネルギー業界

2050年にネットゼロが実現されていれば、化石燃料(石炭・石油・天然ガス)はそのまま使われることはないと予想されています。今後、化石燃料から炭素を除いたブルー水素やブルーアンモニアがエネルギー資源になる可能性があり、それは、化石燃料を持っていてもCCSができない国は資源国でなくなるということ。また、エネルギーコスト構造は、化石燃料のコスト+水素製造コスト+CCSコストという構造になると言われています。

CCSをどこでやるかということもコストに直結します。化石燃料を輸入+火力発電+国内CCSか、化石燃料の産地(海外)でCCS+アンモニア輸入+発電か、2つのシナリオがありますが、日本国内でCCSをやるにはまだコストの問題があるようです。

化石燃料+CCSでの発電コスト比較

米国と欧州はテクノロジープッシュ政策とマーケットプル政策を駆使し、CCSを次世代の新しい産業として推進しており、日本でも経済産業省が中心となって努力中です。

前述の通り、CCS事業は異業種がつくり上げる巨大なバリューチェーンです。今までに存在しないビジネスモデルなので、経済学や社会学なども包含した新しい学問分野をつくる必要があります。スタイルを変えて、新しくチャレンジするエネルギー業界を松岡氏は「おもしろい業界」だと評価。さらに、講義の参加者たちに「理系ばかりでなく文系の学生もチャレンジできる場になる。エネルギー業界に入ってきた人たちに将来を任せたい。」というエールを送り、講義を終えました。

講義の後は、出光興産株式会社、コスモエネルギーホールディングス株式会社、ENEOS株式会社の採用担当者が、各社における事業とビジョンを紹介。続いて、「石油精製・流通企業によるカーボンニュートラル実現に向けた挑戦」と題したパネルディスカッションが実施されました。

企業から学ぶ/エネルギーの枠を超えて新しいチャレンジを続ける
出光興産株式会社 人事部採用教育課 内山 美穂子氏

出光興産株式会社 人事部採用教育課 内山美穂子氏

出光興産株式会社(以下出光)は、燃料油、基礎化学品、高機能材、電力・再生可能エネルギー、資源の5つの事業セグメントを有し、開発から販売まで一気通貫の事業体制を構築しています。また、「真に働く」という企業理念に基づき、国・地域社会、そこに暮らす人々のことを思い、考えぬき、働きぬくこと、そして日々自らを顧みて更なる成長をすることを目標に、エネルギーの枠を飛び越えて新しいことにチャレンジし続ける企業です。

カーボンニュートラルに向けては、石油コンビナートをブルーアンモニアなどの新しいエネルギーの製造基地、供給拠点にする「カーボンニュートラルトランスフォーメーションセンター」化の構想があります。また、将来、国内6,000カ所にある出光のサービスステーションは、デジタルでつながり、新しいエネルギーを届ける「スマートよろずや」になっているかもしれません。CCSの取組については、北海道苫小牧市にある製油所で、北海道電力やJAPEXと共同でCCSだけでなくCCUSの実現に向けた検討をしています。

出光で働く魅力は、想像以上に多角的なキャリアを築けることです。それは、石油事業の幅広さと事業を通じて社員の成長を願う出光のキャリア支援に起因しています。「どのような未来が来ても、しなやかに、逞しく、未来を切り拓く人財集団」、また、社員一人ひとりがありたい自分を描ける企業を目指し、キャリアコンサルタントによるカウンセリングやキャリアの定期健診「ライフキャリアドック」なども積極的に行っています。

CCUS:CCSと回収したCO2を原料として再利用する技術CCUの総称

企業から学ぶ/石油と次世代エネルギーの両輪で持続的な発展を遂げる
コスモエネルギーホールディングス株式会社 人事部人事グループ 宮木和也氏

コスモエネルギーホールディングス株式会社人事部人事グループ宮木和也氏"

「私たちは、地球と人間と社会の調和と共生を図り、無限に広がる未来に向けての持続的発展をめざします」。コスモエネルギーグループは、その理念のもと、原油生産、石油精製、石油製品販売、石油化学製品製造、再生可能エネルギーといった事業を展開。持株会社であるコスモエネルギーホールディングスが事業ごとに分かれた会社を率いる形で、地球の限られたリソースを使い、その価値を社会に対して発揮、持続的な発展とともに人々の当たり前の生活を支えています。

国外で掘削した原油を国内で石油製品などに変え、個人向けのガソリンや法人向けのジェット燃料などとして販売する石油サプライチェーンのほか、カーリース事業にも参入。再生可能エネルギー事業としては、主に陸上・洋上風力発電に取り組み 、他社やパートナーと一緒に日本の各地域において展開している状況です。また、日本初の国産SAF量産化にもグループの総力をあげて取り組んでいます。

重要視しているのは、これまでの石油事業に力を入れ、製油所の稼働率を高い水準でキープしながら会社の経営を進めていくことです。もちろん、CCS、CCUを組み合わせることで、CO2の削減に寄与する検討も進めています。

それらの根底にある経営方針は、「Vision 2030」と「Oil&New 〜Next Stage〜」。「Vision 2030」は「グリーン電力サプライチェーン進化」「次世代エネルギー拡大」「石油事業の競争力強化・低炭素化」の3つの軸に沿って事業を推進しています。「Oil&New 〜Next Stage〜」は中期経営計画を表すもので、言葉通りOilにもNewにもそれぞれに力を入れながら収益力を確保し、新規事業にも挑戦していくことです。挑戦だけではなくて会社を支えられるような大きな柱になることを方針としています。

SAF:持続可能な航空燃料。循環型の原料で製造される。

企業から学ぶ/ENEOSといえば水素、と言われる未来へ
ENEOS株式会社 人事部人材開発グループ 相澤 龍之介氏

ENEOS株式会社 人事部人材開発グループ 相澤龍之介氏

ENEOS株式会社(以下ENEOS)は、「エネルギー・素材の安定供給」と新規事業である「カーボンニュートラル社会の実現」の両立に向けて挑戦しています。ENEOSの “いま”を、石油や燃料に関わるところから3つ紹介します。

① カーボンニュートラルに向けた取組
ENEOSに起因したCO2の排出量は年間約2.1億トン。これは日本全体のCO2排出量の約6分の1を占めています。この事実が「カーボンニュートラルを先導しよう」という目標となり、ENEOSでは、エネルギートランジション、サーキュラーエコノミーを推進。CCSのほか、CO2と水素を原料とした合成燃料の製造、SAFの社会実装などを実施しています。

② 水素
ENEOSは「CO2フリー水素」に着目しています。CO2フリー水素とは、製造時にCO2を排出しない水素のこと。化石燃料から製造する際に排出されるCO2を地中貯留することで排出をプラスマイナスゼロにするブルー水素と、現在製造方法を模索しているCO2を全く排出しない再生可能エネルギー由来のグリーン水素があります。これらのCO2フリー水素を幅広い事業に供給し、2050年には「水素といえばENEOS」というイメージを獲得するべく、キャリア変換を伴う国際的なサプライチェーン、水素ステーションの網の構築を進めています。

③ 安定供給
創業以来この使命を果たし続けてきたことが、国内燃料油販売シェア約50%、系列給油所数シェア12,000カ所超、1日あたりの原油処理能力187万バレルという数字に。これは、日本のエネルギーの根幹を担い、人々の暮らしを最も身近で支えているという自負になっています。

ENEOSのビジョンは、「『今日のあたり前』を支え、『明日のあたり前』をリードする。」今日のあたり前はエネルギーの安定供給、明日のあたり前は新規事業。安定供給というENEOS最大のミッションに加えて、ゲームチェンジャーとして事業に携わりたいという人を募集しています。

企業を探究する/パネルディスカッション「石油精製・流通企業によるカーボンニュートラル実現に向けた挑戦」

続くパネルディスカッションには、モデレーターに経済産業省 資源エネルギー庁 資源・燃料部資源開発課 課長補佐の井上 加代子氏、パネリストには、出光興産株式会社 CNX戦略室水素アンモニア事業課の後藤 和也氏、コスモ石油株式会社 企画部次世代事業推進グループ 岸和田 宏一氏、ENEOS株式会社 水素事業推進部 水素事業統括グループ 奥原 香奈氏の3名が登壇しました。

パネルディスカッション風景

SAFの原料を国産にこだわる理由

モデレーター:水素、アンモニア、SAFなど新しい燃料の技術開発、サプライチェーン構築、市場創出など多岐にわたる分野、課題に対して、ファーストムーバーとして挑戦している皆さんの取組を紹介頂ければと思います。まずは、国内で初めてSAFの大規模生産を目指しているコスモ石油の事業概要、現在の取組をお聞かせください。

岸和田氏:SAFについて、3つのポイントに絞ってお話します。まずひと1つ目が、「SAFがなぜ持続可能なのか」。SAFは廃食用油からつくられる燃料ですが、その原料である胡麻やオリーブなどの植物は大気中のCO2を吸収して成長しているので、全体としてはCO2を排出しないという構造になっています。

次に「なぜコスモ石油がやっているのか」。SAFは最終的にはエアラインに販売しています。人の命に関わってくるジェット燃料なので、品質、インフラ、エアラインとのコミュニケーションが取れる体制などが必要ですが、それらを持っているのが石油会社です。

最後は、「国内の廃食用油を使っている」ということです。日本はエネルギーを海外に依存している国で、それが原因で戦争に突入したという説もあるくらいエネルギーは実は安全保障上重要な問題です。今はゴミである廃食用油を資源と捉えてSAFをつくり、国内の資源を循環させる。環境問題であり、エネルギー問題、エネルギー安全保障である。そういったコンセプトでSAFをつくっています。

モデレーター:(新たな燃料の中でも)SAFの製造の事業化に先行的に取り組んでいる背景や強みも教えてください。

岸和田氏:5年先ぐらいの中期経営計画を立てたときに、石油会社は新しいことをやっていかないと、という課題があったんですが、われわれが持っているテクニックの中でできることがSAFだったんです。やると決めたときに、大阪がカーボンニュートラル2050をやるという話が出て、エネルギー庁とも足並みが揃ったことで、先んじてキックオフできた。運に恵まれていましたね。2025年の大阪万博に向けて、政府専用機にSAFを入れる計画もあります。

アンモニア100万トンの製造とエネルギーコストカットへ

モデレーター:出光のカーボン・ニュートラル・トランスフォーメーション(CNX)についてお伺いしたいと思います。次世代エネルギーのうち、アンモニア供給のインフラやサプライチェーン構築に関する取組について、また、最もチャレンジングなことも教えてください。

後藤氏:出光は、山口県周南市に徳山事業所を構えていまして、そこで石油化学関連事業を展開しています。周囲には大規模な自家発電設備を有する会社がいくつかあり、多CO2排出産業が集積しています。CO2の排出量を人口で割ると、山口県はトップクラス。

こういった危機感を踏まえ、周南市が2022年1月に周南コンビナート脱炭素推進協議会を設立し、コンビナートのカーボンニュートラルを進めるにはどうしたらいいかの議論を加速させています。そこで出てきたのが石炭代替として注目されているアンモニアです。

出光では、アンモニアと液化温度が近いLPG(プロパン)の基地を運営していて、機器の転用ができます。LPGのタンクにアンモニアを入れて、パイプラインでアンモニアを運ぶ。つまり、コストが抑えられ、最終的な製品の価格転嫁も抑えられる。年間100万トンを供給しようとしていますが、それは現在の国内の需要量と同等量でもあります。それを周南市だけでやろうとしているのはすごくチャレンジングなことだと思います。

モデレーター:第3回のエネキャリの講義で、アンモニアの製造方法であるハーバー・ボッシュ法は、世界の2〜3%のエネルギーを消費しているという話がありました。アンモニアの製造におけるエネルギー制御の技術開発などについてもお伺いできればと思います。

後藤氏:アンモニアをつくるには、まずは水素をつくらなければいけません。ここにもメスを入れていこうと、出光の研究所で開発を進めています。また、東京大学が開発しているアンモニアの合成技術は、水から電極上で水素を取り出して一発で空気中の窒素とアンモニアを合成するというシンプルなプロセス。水素をつくるプロセスがないので、個人的な見解ではありますが、エネルギーコストは半分に抑えられ、当然CO2の排出も半分になります。エネルギー面でも効率よくつくることがユーザーのコスト負担軽減、カーボンニュートラル化につながるので、しっかりやっています。

CO2フリー水素のサプライチェーン構築

モデレーター:ENEOSは、2030年までに水素を10万トン、2040年までに数百万トン規模で供給するという目標を掲げていらっしゃいます。水素製造のサプライチェーン構築に向けた取組をお聞かせください。

奥原氏:日々模索しながらやっています。ENEOSでは、CO2を排出しない水素のサプライチェーンを構築したいと考えています。それには、再生エネルギー電力を使う必要があるのですが、日本では、日照条件や風力など自然条件が整った地域がないんです。ですので、海外の条件が整ったところでCO2フリーのグリーン水素を製造し、船で持って来ること検討しています。日本全国の製油所を拠点にして、製鉄所や火力発電所など水素を大規模に必要としているところへ供給するプラットフォームの構築を目指しています。

モデレーター: 水素の大量輸送のためのキャリアを直接製造することでコスト削減をされているということですが、その技術開発状況や、キャリアとなる化学物質の選定背景についても教えてください。

奥原氏:水素とトルエンを混ぜてメチルシクロヘキサン(MCH)にすると、体積が500分の1くらいになって効率的に輸送できるんです。その中でENEOSが注力しているのが、ダイレクトMCHというもので、特殊な電解体を使って直接MCHを製造するんです。そうすると、水素のタンクやプラントなどの設備が必要なくなり、コスト削減につながります。まだ実証実験の段階ですが、この商用化に向けてやはりコストは一番の課題ですので、こういった技術を活用しながらクリアしていきたいです。

各社が求める人材像

モデレーター:市場がまだできておらず、技術開発もこれから取り組んでいかないといけない中で、各社が望んでいる人材像を教えてください。

後藤氏:チームとして前向きに改善策を考えていこうとする、前向きな姿勢のある人ですね。

岸和田氏:コスモ石油はいろんな部署を経験する業務スタイルです。浅く広く、と見えがちですが、実はこれが仕事を極めていくことにつながっていると思っています。ですので、いろんなことに興味が持てる人を歓迎します。また、エネルギー業界は責任の重さと難易度の高さがあるので、それに対して「やってやる!」という気持ちになれる人がいいですね。

奥原氏:これまでエネルギー業界って安定がキーワードとして求められてきたように思うんですが、今は真逆で、挑戦や変革が求められています。仕事に主体的に取り組み、いろんなアイデアを出してくれる人が活躍できると思いますし、そうした人を求めています。石油と聞くと、斜陽産業と思われがちですが、今はいろんなビジネスにチャレンジしている魅力的な業界なので、少しでも興味を持っていただけたら嬉しいです。

今回の講義のアンケートには、
「CCSには、技術と同じくらい社会科学が重要だと感じた。技術開発が進んだとしても、利益にならなければその技術が使われることはなくなってしまう。ビジネスモデルが確立しても、それを支える法律がなければ安心して取引できないかもしれない。CCSを取り巻く環境を整備していくためには、理系だけでなく文系の知識も必要不可欠であると感じた。」

「石油鉱業を生業としていた会社が、脱炭素社会においてそのノウハウを具体的にどこに活かせるのかについての疑問が大きく解消されました。CCSはその意味では、海外にエネルギー資源をまだまだ依存している日本が発達していかなければいけない産業だと感じました。」

「エネルギー業界はこれからの時代安定しないのではないか?と言われることが多々あったが、過渡期だからこそ、人々は困難を抱え、その困難こそがビジネスのヒントになると考えていた。今回のエネキャリを通して、自身が進むべき方向性が見えたと同時に、なにが正解かわからないこの時代に、自身がこの業界に来て正解だったと感じられるように、選んだ道を成功に変える努力が必要だと感じた。」

「企業から学ぶ の部門では、エネルギー3社はライバルではなく仲間として見ていると認識した。競合会社でありながら、油を融通しあったり、日本のエネルギー安定供給を行うための各社のプロ意識を学んだ。」

といった回答がありました。

講義当日レポート

●講義内容アーカイブ

2023年12月9日 講義⑥ エネルギー業界の新しい取組 CCS・CCUSが導くカーボンニュートラル

●プログラム概要

2023年12月9日 講義⑥ エネルギー業界の新しい取組 CCS・CCUSが導くカーボンニュートラル プログラム概要動画 ・講義 ・企業交流

エネキャリについて

「エネキャリ(ENERGY CAREER ACADEMY)」は、経済産業省 資源エネルギー庁の委託事業です。未来のエネルギー業界を担う大学生・大学院生などを対象に、石油・天然ガスなどのエネルギーを巡る最新動向・政策や、エネルギー業界で働く魅力について幅広く学ぶ機会を提供し、私たちの生活、そして地球の未来を担う次世代のイノベーターの育成を目指して本事業を行っています。