2023年11月18日(土)、新潟県新潟市のNINNO3会議室(ニーノスリー会議室)にて「エネキャリ」第4回の講義「日本の資源外交政策」が開催されました。講師は資源エネルギー庁資源開発課課長補佐の平井 貴大氏。参加者は、国内に石油・天然ガスを安定的に供給するための政策について理解を深めました。
平井氏は、まず、第2回の講義で取り上げられた「従来と現在の気候変動構図の変化のイメージ」に触れました。
貿易保険事業を担うパブリック・ファイナンスである株式会社日本貿易保険(NEXI)において民間企業の海外展開をサポートし、その後、資源エネルギー庁資源開発課(旧石油・天然ガス課)では4回のLNG産消会議※を企画立案してきた平井氏は、この変化をまさに実感していると言います。
これまで、電力や産業におけるCO2削減目標や規制は、政府による“上からの働きかけ”でしたが、現在は産業界側からのボトムアップ方式になっています。これは、金融セクターの影響が大きくなり、お金の流れを変えて、環境対策に力を入れる方向に誘導できる環境になっているということでもあります。金融セクターが化石燃料に投資をしている企業にはお金をつけなくなれば、企業は資金調達できず、事業が成り立たなくなるため、「クリーンなことに取り組む」との発想を持つようになり、結果、コスト面等で政府に対して企業側から支援要請を行う流れになっているのです。
部品や半導体をつくるときに熱や電気を再生可能エネルギー由来のものにしないといけない。
サプライチェーンを全てグリーンにするためのコストを政府に負担してもらうという流れです。つまり、産業界が政府に支援要請し、政府が民間企業の動きに対応しなくてはいけない時代になってきました。
※ LNG産消会議……東日本大震災後の2012年からエネルギー安定供給においてLNGが果たす役割の重要性を鑑み、産ガス国・消費国がWin -Winとなることを目指して毎年実施されている。
続いて、エネルギー安全保障の定義が3つの視点から紹介されました。
1つ目は、元英国海軍大臣ウィンストン・チャーチルの言葉から。「石油における安全性と確実性は、多様性とその多様性にのみにある」。
2つ目は、IEA(International Energy Agency:国際エネルギー機関)の「断絶なく安定的に手頃な価格で供給されること」。
3つ目は、米国の経済アナリストで、作家でもあるダニエル・ヤーギンの著書『探究 エネルギーの世紀(下)』から。彼は、エネルギー安全保障の一般的な定義「手頃な価格で充分な供給を手に入れられること」が持つ3つの側面から定義を再認識しています。
第1は、物的安全保障=モノがちゃんと届く。
第2は、エネルギーへのアクセスが不可欠であること。=ビジネスとして成り立っている、権利義務関係が担保されている。
第3は、エネルギー安全保障がひとつの体系(システム)であるということ。このシステムは、供給の着実な流れの維持に役立つだけでなく、供給途絶、秩序の崩壊、非常事態に協調して対応するために、国際機構や国家政策によって成り立っている。= 政策も大切。
エネルギー安全保障は、充分な供給を確保し、将来的にインフラを適切なタイミングで利用できるようにするための投資と開発を促進するような、政治・ビジネス環境を必要とする、ということなのです。
G20の要請を受けて各国の中央銀行などから構成される金融安定理事会が、2015年12月に米国の実業家であるマイケル・ブルームバーグを議長としてTCFD(Task Force on Climate-related Financial Disclosures:気候関連財務情報開示タスクフォース)を設置しました。これにより、銀行や金融会社の財務諸表に化石燃料の資産とその展望も明記するというルールがつくられたのですが、特筆すべきは、これが民間主導だということです。
官と民が一緒にやっていくのは、世界的な動きになっています。「大きな組織が何かをやっている」のではなく、最初に行動を起こしているのは組織の中にいる個人。志のある人が考え、行動しているのです。「問題を見つけたら、まずは自分が動くことが大事」と平井氏。
現在、日本企業は水素分野で優れた技術や製品を持っています。水素は、直接的に電力分野の脱炭素化に貢献するだけでなく、産業部門(原料利用、熱需要)などの脱炭素化にも貢献し、カーボンニュートラルに必要不可欠なものです。水素から製造されるアンモニアや合成燃料なども、その特性に合わせた活用が見込まれています。
日本企業の技術や製品を国内外の市場で普及させることは、日本の経済成長と雇用維持だけでなく、世界の脱炭素化への貢献につながります。このマーケットをどう創出するかが課題です。
現在、水素製造のコストは高いですが、環境対策として需要をつくるためのサポートをしなくてはいけません。それはやはり政府の役割です。イギリスやドイツでは、基準価格と販売価格の値差を政府が補填しています。政府がお金を出して仕組みをつくり、事業者がお金を回収できるような仕組みづくりに取り組んでいます。
2022年はロシアのウクライナ侵略によって世界のエネルギー安定供給が大きく揺らぎました。アジアでは、LNG市場価格の高騰や欧州の買い漁りによってLNGの購入がままならず、石炭や石油に回帰する現象も発生しました。これは、アジアの脱炭素化を遅らせるだけでなく、貧困からの脱却が遅れるという大きな懸念を生みました。
「エネルギー安全保障が確保されない限り、エネルギー転換は実現しない」とは、ダニエル・ヤーギンの言葉。「エネルギー転換のタイミングや性質の議論では、新興市場や発展途上国というエネルギー安全保障に懸念を抱える国の視点が失われている」と。
平井氏も、「『先進国はワクチンもエネルギーも自分たちが必要なときに全部取って、僕らにCOP(締約国会議)などで気候変動対策を求めるのは不公平じゃないか。僕らには僕らのペースがある。』という主張を持つ新興国との間の分断を避け、対話して協調していくことが大切」だと説きます。
こういった背景から2022年のLNG産消会議は、世界の分断ではなく協調のきっかけとなり、世界のエネルギー安定供給につながってほしいという願いを込めて、Reorganizing LNG for World Energy Securityがテーマに設定されました。
その成果として、国と国(アジア近隣諸国などとLNG協力を推進)、官と民(パブリック・ファイナンスがLNG調達への支援を目指す)、民と民(日本の株式会社JERAとドイツのUniperのLNGとアンモニア共同調達)といったさまざまな形の協調が生まれたのです。
ダニエル・ヤーギンは、「日本はG7の議長国として、エネルギー安全保障やエネルギー源の多様化をアジェンダとして確保できる。それはつまり、投資の必要性を議論すること。」、「エネルギー戦略、エネルギー源の多様化や技術の支援、他のアジア諸国との協力、これら全てが、世界のエネルギー需要に対応するための日本の明確かつ重要な貢献の一部であると思う。」と話したそうです。
日本はアジアの中心として、(アジアの)いろいろな国からLNG分野における協力を求められています。欧州からも共同調達などの協力・協調に対する期待が、中東からも現実的なエネルギートランジションを進めるべきだという賛同の声が寄せられています。
石油と違いLNGは備蓄がしづらく、IEAはLNG市場を安定化する機能を持っていません。そのための新たな取組を提言したのが、G7の議長国である日本。平井氏は講義の最後に、「提言は日本だけでなく世界のためであるべき。それには、IEAを巻き込んで取り組んでいく必要があるのではないでしょうか。」と提案しました。
グループワークは、「2024年度のLNG産消会議の設計」をテーマに行われました。LNG産消会議とは、2012年から日本のイニシアチブの下で開催されている会議ですが、10年前と現在とでは資源エネルギー情勢が変わってきています。毎年行われるこの会議では、どんな議題で議論し、どのように資源外交を展開すべきか、常に向き合わなければなりません。特に、政府、諸外国、競合企業をいかに巻き込んで、安定供給の確保と将来のカーボンニュートラルをどう両立させていくかについては非常に重要な検討事項です。そこで今回のワークでは、A~Hの8つのグループに分かれて、2024年度のLNG産消会議の設計を目指して議論が行われました。
まず、各グループで、政府と民間企業の2つのどちらかの立場を選び、それぞれのスタンスで解決すべき課題の設定、LNG産消会議を通じて課題にどのように対処するかを考えた上で、どのようなイベントを行うのかについて検討しました。
政府の立場を選んだ7つのグループでは、独占禁止、発展途上国へのLNG供給(欧州独占への抑制)や、資金のある国しか使えない現状など、供給面や資金面での先進国と発展途上国との格差が課題として多く挙げられました。その課題への対処としては、欧州に対して中長期的なLNGの貯蔵を要求する、長期契約の分割化など、LNGを安定的に供給するための取組についての意見などがありました。政府のスタンスとしては、世界にLNGの価値を気づかせる、LNG開発の重要性をアピールし、全世界で理解するといった内容でした。
唯一民間企業の立場を選んだGグループからは、株価からの側面や、生産に伴うCO2に利益がないことが課題として挙げられました。そして、民間として提言することの重要性や、学術界の力も借りて政府に訴えることなどが案として出されました。
各グループの議論を経て最後は、LNG産消会議のイベント設定について、2つのグループ同士で発表し合い、ユニークな意見が交わされていました。
例えばAグループでは、「参加国が考える各国のLNGの重要性の講演」を行うとし、その内容を【第一部】過去の産消会議における自国の取組の総括評価:40分 【第二部】「(仮)日本プラン」を提言(総理大臣):20分 とするなど、時間配分や講演タイトルまで具体的に発表していました。
なかにはEグループのように、イベントコンセプトを「LNG開発!政府もノリノリ会議!!」と設定し、学生・エンジニア参加型で、発信力のあるメディアに入ってもらい、会議のコンテンツ化を図るなど、学生ならではの発想力を活かしたアイデアもありました。
参加した学生たちは、お互いのプランをメモにとり、熱心に聞き入っていました。
今回の講義のアンケートでは、
「技術革新以外でエネルギー政策の活路を見出そうとする、日本からの世界に向けた『呼びかけ』が大きく期待されていることがわかった。しかし、その中で、実用可能な技術を1つでも増やすことの必要性も強く感じた。」
「資源外交政策について、環境問題としてのイデオロギー的な正しさではなく、世界経済との結びつきという側面から新たな視点を得ることができた。」
「世界的にも歴史的にも重要な規模感の中で、一人の力が働き、そしてそれが大きな流れの舵取りにもなることに驚いた。エネルギーや環境問題も他人事ではなく、官と民が一緒にやるだけでなく、もっとミクロに一人一人が意識することが大事だなと改めて感じた。」
といった回答がありました。
「エネキャリ(ENERGY CAREER ACADEMY)」は、経済産業省 資源エネルギー庁の委託事業です。未来のエネルギー業界を担う大学生・大学院生などを対象に、石油・天然ガスなどのエネルギーを巡る最新動向・政策や、エネルギー業界で働く魅力について幅広く学ぶ機会を提供し、私たちの生活、そして地球の未来を担う次世代のイノベーターの育成を目指して本事業を行っています。