世界・日本の最新のエネルギー動向を学ぶ特別講義③
「エネルギーをめぐる旅」レポート

2023年11月4日(土)、東北学院大学にて「エネキャリ」第3回の講義「エネルギーをめぐる旅」が開催されました。講師は、『エネルギーをめぐる旅 -文明の歴史と私たちの未来』の著者である古舘 恒介氏。現代社会のエネルギー問題を世界の歴史を振り返りながら探究し、課題解決にアプローチしました。

第3回の講義「エネルギーをめぐる旅」

エネルギー問題の本質を理解し、解決していくために必要なこと

講義は「エネルギー問題とは何か」を考えるところから始まりました。古舘氏は、「エネルギー問題を理解するには、下記の総合的な知識が必要」だと言います。

レベル① 資源分配問題

獲物・収穫物の分配 → 社会学・政治学・宗教

レベル② 地域レベル環境問題・資源枯渇・資源偏在

森林資源の消耗・土壌流出 → 農学
化石燃料の利用 → 理学・工学・経済学・地政学
ウラン燃料の利用 → 理学・工学・経済学・政治学

レベル③ 地球レベル気候変動問題

温室効果ガス → 理学
地球温暖化モデル → 理学
規制・インセンティブ → 政治学・経済学

もうひとつ、「エネルギー問題に正義はあるのか」という問いかけがありました。米国の哲学者・マイケル・サンデルの著書『これからの「正義」の話をしよう』には、正義には3つのアプローチがあると書かれています。そこにエネルギー問題が当てはめられました。

幸福の最大化(最大多数の最大幸福が正義)

  • ・エネルギー利用の効用は容易に測れるが、その結果生じる悪影響の測定が難しい
  • ・多数決では、気候変動の影響を受けることになる未来の人類の意見がカウントされない

自由の尊重(個人の自由・権利を尊重することが正義)

  • ・エネルギー密度の低い再エネの普及には、選択の自由の制限が必要
  • ・政治的な介入により、科学の権威を脅威にさらすリスク

美徳の促進(所属する地域社会において善良とされる生活を行うことが正義)

  • ・地球規模の問題に対応する全人類に連帯をもたらす社会が構築できていない

エネルギー問題における正義はあやふやなもので、常に揺らいでいるものだということです。それでも、課題解決のためには、「異なる立ち位置の人への寛容さを失わず、最適化を目指す努力が大切」と古館氏は説きました。

火の利用から人工肥料の開発まで 5つのエネルギー革命とは

『広辞苑』には、エネルギー革命は「経済社会の主たるエネルギー源が急速に交替する現象。日本で1960年前後に石炭から石油への転換が生じたのはその例」とありますが、古舘氏は「エネルギーの新たな獲得手段や利用手段の発明により、人類によるエネルギー使用量を飛躍的に増加させることになった事象」と定義しています。そこで、その定義に基づいた5つのエネルギー革命が「SECI(セキ)モデル」を使って紹介されました。

SECIモデル 知識創造活動に注目したナレッジマネジメントの枠組み 第一次エネルギー革命(火の利用) 外部エネルギーの活用による脳の肥大化

まずは、第一次エネルギー革命=火の利用です。火を獲得し、料理をすることで食物を消化しやすくなった人類は、胃腸でのエネルギー消費を減らした分、脳に使えるようになりました。

第二次エネルギー革命(農耕の開始) 太陽エネルギーの専有による人口増

次は、第二次エネルギー革命=農耕の開始。農耕では、農作物以外の雑草や虫、動物を排除します。つまり、太陽エネルギーを効率的に占有しているのです。農耕を集団で行い、定住するようになると、文明が起こり、人口が増えました。ここで覚えておきたいのは、文明と森林資源の消失はセットで起きるということです。

第三次エネルギー革命(産業革命) 実用的エネルギー変換装置の発明による社会の工業化

森林消失を止めたのが、化石燃料を使うようになった第三次エネルギー革命=産業革命です。ここでは、ジェームズ・ワットがエネルギーの形を熱から運動に変え、機械に馬何頭分の価値があるかというエネルギーの換算の目安(馬力)をつくりました。その結果、機械への投資効果が明確になり、社会の工業化が進んだのです。

第四次エネルギー革命(電気の利用) 場の制約からの解放によるエネルギー消費の爆発的拡大

第四次エネルギー革命=電気の利用では、エネルギーの変換、移送が自由自在になり、トーマス・エジソンが発電所から最終消費までをビジネスにしました。場の制約がなくなったことで、エネルギーの消費が爆発的に拡大しました。

第五次エネルギー革命(人工肥料の開発) 農業の工業化による人口爆発

最後は、第五次エネルギー革命=人工肥料の開発。肥料の原料となるアンモニアを人工的に合成するハーバー・ボッシュ法の開発に加え、短稈(たんかん)品種の普及により、穀物の生産量が劇的に増加。農業の工業化は、人口の爆発的増加をもたらしました。

私たち日本人は100ワットの電球を47個ぶら下げて生きている

産業革命以降の社会では、エネルギー消費量が爆発的に増えました。それは、人口が増えたからだけでなく、一人あたりのエネルギー使用量も増えたからです。電球で換算すると、私たち日本人は現在100ワットの電球を47個ぶら下げているという状態なのです。

「人類社会はエネルギーの浪費や不適切な分配をしているのでは」と古舘氏は指摘。「エネルギー問題の議論をする際には、私たちがエネルギーを大量消費していることを理解し、バランスの良い使い方をするということも考えるべき」と続けました。

産業革命以後の社会は、台風を大きくしているようなもの

エネルギーについて議論する際には、熱力学の第1法則と第2法則を把握しておくことが重要です。

エネルギーの特徴

上記を踏まえると、「産業革命以後の社会は、台風が大きくなっているようなもの」と古舘氏。南の熱エネルギーを海から受けて大きくなり、北上後、最終的にはエネルギーの供給がなくなるという台風の構造は、散逸構造のひとつです。

経済が発展するにしたがって技術進展や社会規模 が大きくなっていけば、環境の負荷を抑える技術が取り込めるようにはなります。ただこれは、エネルギー供給量が増え続けることが前提です。社会は、エネルギー供給量が細ると構造を維持できなくなるのです。

さらに、産業革命前後の社会を比べると、次のような違いが見えてきました。

社会経済とエネルギー

産業革命以前は土地を担保にした太陽光エネルギーベースの社会でしたが、今はマネーが社会を支配しています。古舘氏は、「マネーは信用で成り立っていますが、この信用は本質的にはエネルギー供給によって担保されていると考えています。そのため、エネルギー供給が難しくなった瞬間に信用が崩れ、秩序が失われていくと考えています。」と講義の中で述べています。

5つのエネルギー革命が実現したのは「時間の短縮」

それでは、5つのエネルギー革命を通して、社会はどうなったのか。古舘氏は、「エネルギーを大量投資して、時間を短縮している」と考えています。

早回しにされる時間

「人口増加が続く環境下でいかにエネルギーの総量を抑えるかが重要であり、再生可能エネルギーの導入拡大は、根本的な解決策とは言い難いです。エネルギー消費の在り方に向き合い、どう生きるべきかを併せて考える必要があると考えます。」と古舘氏。

未来に希望を持つ

最後に、産業革命以後の資本主義社会で「資本の神」との付き合い方が3つ提示されました。

・「資本の神」の教義(無限の成長神話)を疑う

資源の有限性を知る(熱力学の第2法則)
技術革新の限界を知る(熱力学の第1・第2法則)

・「資本の神」の制御法を知る

一定のエネルギー流入があれば構造は維持可能
木の成長率である年率2%以内の消費が循環型経済の基本
時間の歩みを緩める

・「資本の神」依存から脱却する

マネーに生活のすべてを依存しない
マネーを介した「変換」を減らす(ギブ&テイク、物々交換を生活に取り入れる)
金銭的価値以外の価値観を持つ(粋・野暮・気障)

圧倒的なエネルギー供給が担保されていた時代を経て、この先60〜70年、核融合ができるまでの難しい過渡期を迎えます。けれど、一定量のエネルギーフローの投入があれば、台風(社会)のサイズは大きくはなりませんが、維持はされます。

古舘氏は次のメッセージで講義を締め括りました。「資源の有限及び技術革新の限界を知る、時間の歩みを緩める、マネーに依存しない(すべてをお金に換算せず、一部無償でギブアンドテイクするという資本主義のルール外で暮らす部分をつくる )。未来には基本的には希望を持つべきで、悲観も楽観もしないことが大事。不安を抱える中で、解決策を考えてきたのが人類社会であり、未来に希望を持つことが重要です。 」

古舘 恒介氏
古舘 恒介氏

2050年に向けて、エネルギーと社会を考えるグループワーク

グループワークでは、これまでの人類が獲得してきたエネルギーとその特性、またエネルギー獲得に伴う社会・経済の変化を踏まえて「2050年に向けて、人類はエネルギーと社会をどのように変えていったらよいか」をテーマに、3つのグループに分かれて議論しました。

グループワーク風景1

まず、講義での学びから「抱えている課題」であると考察されるワードを、グループごとにまとめました。どのグループからも、エネルギーが有限であることによる資源枯渇、気候変動の問題、発言権のない未来世代への思慮、化石燃料への依存度の高さというキーワードがピックアップされました。

エネルギーと社会が変化するためのキーワードとしては、価値観や豊かさといった意識改革の必要性があげられました。

グループワーク風景2

上記を踏まえて、ビジョンのイメージをグループごとに発表しました。

グループワーク風景3

Aグループは、まず個人として2050年にどのような暮らしをしていたいかを考えたうえで、「ひとりひとりが自分の人生にやりがいを持つ」というビジョンを描きました。そして、それを実現するために、共同体として金銭的価値以外の価値観、すなわち講義で得た “粋な美徳”を目指していけるような国家や社会を築くべきであると述べました。

グループワーク風景4

Bグループは、「今の生活レベルを維持する」という前提に立ち、議論を展開していました。ビジョンのイメージを、教育、観光、メディアという3つの切り口で捉え、まず教育は、子どもの頃からしっかりエネルギーの学びに触れることが重要だとしました。次に観光については、エコツーリズムやエネルギーツーリズムを充実させることが、2050年にエネルギーと社会を変化させることにつながるのではないかと考えました。最後にメディアの担う役割として、自分たちの狭い生活範囲だけでの個別最適な世論に誘導してしまわないよう、海外の事例も正確に発信することが求められるとし、それらを受け取る視聴者のリテラシーを高めることも重要である、といった提案がありました。

グループワーク風景5

Cグループは、まずビジョンを「多様な価値の人々と『共生』し、新たな価値観を生み出す」というテーマに設定しました。具体的なフローとして、個々の価値観を尊重して自発的な取組を更に高めることで、今ある「資本主義絶対視」という既存の価値観から脱却し、新しい価値観を生み出していくことができるのではないか、という考えを導き出しました。

今回の講義のアンケートでは、
「人間がどれだけエネルギーを使用しているかを再確認した。原子力や将来的な核融合の重要性や日本でのエネルギーミックスなどへの活用を再検討する機会となった。」

「エネルギー問題の解決には社会全体のコンセンサス形成と寛容さが大切という話が印象的だった。欧州を中心とした環境至上主義や急激に進むEVの促進などに違和感を覚えている私にとって、イメージがしやすいものであった。」

「資本主義がエネルギーの半恒久的な利用を阻害しているという主張に驚くと同時に、文系の自分も将来のエネルギー問題解決の役に立てるかもしれないと考えることができた。」

といった回答がありました。

当日のアーカイブ

●講義内容

2023年11月4日 講義③ エネルギー概論3 現代社会の化石燃料問題を文明史からひも解く

●プログラム概要

2023年11月4日 講義③ エネルギー概論3 現代社会の化石燃料問題を文明史からひも解く プログラム概要動画 ・講義 ・グループワーク

エネキャリについて

「エネキャリ(ENERGY CAREER ACADEMY)」は、経済産業省 資源エネルギー庁の委託事業です。未来のエネルギー業界を担う大学生・大学院生などを対象に、石油・天然ガスなどのエネルギーを巡る最新動向・政策や、エネルギー業界で働く魅力について幅広く学ぶ機会を提供し、私たちの生活、そして地球の未来を担う次世代のイノベーターの育成を目指して本事業を行っています。