現代の戦史を振り返っても、エネルギーは過去の戦争の中で決定的な要因となっており、エネルギーをどう確保し続けるかという問題は国家安全保障の中核でもあります。
ウクライナ侵略の裏でも、経済産業省資源エネルギー庁は最前線でエネルギー確保の交渉をしていました。
未来のエネルギー業界を担う大学生・大学院生等を対象に、世界・日本の最新のエネルギー動向を学ぶ特別講義「エネキャリ」。第1回の講義が、2023年10月5日に経済産業省講堂で開催され、内閣官房 内閣参事官の早田 豪氏を講師にお招きしエネルギーと安全保障の強い繋がりについて学びました。
講義ではまず、日本のエネルギー自給率の現状について、以下のような図が示されました。
日本はエネルギー自給率が12%(2019年)しかなく、この数値はOECD(経済協力開発機構)加盟国の中でも下から数えて2番目の低さ。エネルギーの多くを海外に依存している状況です。
また、現在の日本の電源構成は、約7割が石炭、石油、天然ガスといった化石燃料に頼っています。石油にいたっては99.7%、天然ガスは97.6%が輸入、この数値は、一気に自給率を下げた東日本大震災以降も変わりません。
この中で液化天然ガス(LNG)においては、1970年代に2度発生したオイルショック以降、供給不足のリスクを回避するために輸入先の多様化を図ってきました。
またLNGにおける課題としては、
・価格の変動が非常に大きい。ウクライナ侵略を受け、2023年3月には最高価格を更新
・投資から生産開始まで5年以上かかる
・投資金額が大きい
・カーボンニュートラルとの両立
などが挙げられました。
2010年10月、菅総理(当時)は、日本は2050年までに温室効果ガスの排出をゼロにするという「カーボンニュートラル宣言」を発表。2021年1月、米国のジョン・ケリー気候問題担当大統領特使は、遅くとも2050年までに世界で「ネットゼロ(温室効果ガスの排出量を「正味ゼロ」にすること)」の実現、および気温上昇を1.5度以内に抑えるメッセージを「気候適応サミット」で打ち出し、これによって世界は一気に脱炭素に向けて動き出しました。
しかし、欧州では偏西風も吹き風力発電に適していることに加え、太陽光も中東から電源を引いて来れば実現できる可能性がある中、アジアは島々で分かれているため、風力・太陽光といった再生可能エネルギーに100%変えるのは不可能です。そこで日本は、こうしたエネルギー状況の格差を埋めるために、2021年6月に日ASEANエネルギー大臣特別会合を開催し、アジアの実態に合わせたエネルギートランジションをファイナンス・人材・技術の面から支援する「アジア・エネルギー・トランジション・イニシアティブ(AETI)」を示し、共感を得ました。
続いて講義は、昨今のロシアからのエネルギー調達関係の話へ。ウクライナ侵略に対するロシアへの経済制裁として、各国はロシアの最大の収入源である化石燃料などの輸入を制限しました。
ところが日本は、エネルギーのほとんどを輸入に頼っていることから、対ロシアにおいて特にLNGについては制約を設けることができませんでした。そのため、ロシアの国営ガス会社と三井物産と三菱商事が出資し進めていた石油・ガス複合開発事業「サハリン2」は、エネルギーセキュリティの観点から、引き続きプロジェクトを継続することを決定。世界で激しさを増すLNG争奪戦の中で、国民のために安定したエネルギーを確保するための国の選択が、サハリン2の権益維持でした。
問題となったのが、エネルギーを運ぶ船会社が掛けていた戦争保険の突然の解除通知。このときは、政府などによる必死の交渉によって難を逃れましたが、あらゆる物資を海運に頼っている日本は、どの海上であっても何を運ぶ上でも今後起こり得る問題のため、常にそのリスクに晒されていることを痛感した出来事となりました。
このようにエネルギーを巡る国際情勢が混迷を極める状況にあっても、エネルギーを安定供給するために、これから日本はどのような取組を行っていくべきなのか。それに対して早田氏は、国が現在行っていることとして、まず資源外交を挙げました。
「攻めの外交」としては、オマーンのLNG獲得に向けた交渉を例に挙げ、「守りの外交」としては、現在LNGの4割近くを頼っている豪州やマレーシアに対して、これまで以上に密なコミュニケーションや交渉を図っていることに言及しました。
昨今のウクライナ侵略をはじめ、度々外交上の武器として使われてきたエネルギー。先ほども触れたように、もし日本近海で有事が発生すれば、エネルギーを運ぶ船会社に対する戦争保険の付保停止リスクが再燃する恐れもあります。そうなると、エネルギーだけではなく、あらゆる物流を海運に頼っている日本にとっては大打撃になります。
「日本のエネルギーの安全保障については、これまで経済産業省と資源エネルギー庁が最前線に立って、途上国等とのバランスを加味しながら、中国、米国、ヨーロッパとの関係でしっかりポジションをとってきました。本日の講義で、私たちが命懸けで守ってきた日本のエネルギーについて少しでも理解を深めていただき、志を持ってエネルギー業界の未来を担う人材が一人でも増えてほしい。」
早田氏は最後にこのようなメッセージを残して、講義は終了しました。
講義後はグループに分かれてグループワークを開催。
「世界をリードするLNG政策を考える」をテーマに、14のグループに分かれて「我が国固有のエネルギー制約と昨今のエネルギーを巡る国際情勢の変遷の中で、エネルギーセキュリティの観点から、日本のLNG調達戦略を考える上で、日本が世界のLNG政策をどのようにリードすべきか」について考えました。
エネルギー安定供給実現のために調整、交渉すべき国・地域・機関等を指定した上で、アジアやヨーロッパにおける具体的な方針や施策として、各グループで立てたプランは、「メタネーションの国内推進に向けて、日本企業の海外展開を政府が支援」、「有事の際には、東シナ海航路を通じた輸出入を回避する」、「日本の先進的なエネルギー技術を欧州に提供することで、液化天然ガス(LNG)への依存を減少させ、EUのLNG脱却を支援」など、具体性の高いものでした。
まず、講座を踏まえて押さえておくべき国際情勢のポイントを各グループに4つあげてもらったところ、半数以上の8グループが「ロシア・ウクライナ情勢」をあげ、それによる東南アジアのLNG確保への懸念が示されました。続いて7グループが、島国である日本特有の「海上輸送のリスク」に着目し、有事の際に流通が保証されないことを重要課題と考えました。他に「LNG価格の高騰」や「カーボンニュートラル宣言」がピックアップされました。
次に、日本のエネルギー安定供給実現のために、調整、交渉すべき国や地域、機関等を指定して、その内容を検討しました。その際、全グループに対して、アジアとヨーロッパは検討すべき必須地域としました。
アジアに対しては半数の7グループが「資金力のなさ」を課題とし、その具体的方策として「日本が途上国に対してリーダーシップをとり、資金や技術を提供することが望まれる。」という意見でした。中には、「アジアでエネルギーを共同調達することが安定的な共同供給につながるのでは。」と考えるグループや、「成長市場であるアジアで連携し、アジア独自のエネルギーマーケットの構築を目指したい。」という声もありました。
続いて、ヨーロッパについては「再生可能エネルギーの有効活用」が課題であり、「環境至上主義のジレンマがありヨーロッパ内での合意形成が必要。」といった意見も出ました。
その他、各グループで特筆すべき国や地域、機関等をそれぞれ指定してもらったところ、オーストラリアが8グループと一番多く、ついでロシアが4グループでした。オーストラリアに対しては、「日本最大のLNG輸入先として新電力の協力開発を求める。」というコメントも挙がっていました。ロシアについては「LNG輸入のための外交努力をし、戦争終結の和平交渉をすることが、LNGを各国へ安定供給することにつながる。」といった意見もありました。
一方、米国について「最大の同盟国として、太平洋航路を開拓し輸送リスクを分散させてはどうか。」といったユニークなアイデアも上がりました。
それに対して早田氏は、「アジアへのロードマップのサポートについては、自国の利益だけではなく、その国の本当の発展を考えながら進めていってほしい。また新しいエネルギーの利用については、コストや日本の現在の環境でどこまでできるのかといった実現可能性を冷静に見て、どの電源を進めるのかを判断してほしい。」とアドバイスしました。
今回の講義のアンケートでは、
「自分がニュースで見ている事象の裏に官僚の方の苦労があったと知り、驚きでした。限られた時間の中で複合的な要因まで概説いただき、大変学びの多い時間でした。」
「LNGとカーボンニュートラルの両立は今後活発に議論されていく重要な課題。安定した価格で供給されるためには、諸外国の動向の把握が必須だと知ったので、今後意識してニュースを見たり記事を探してみようと思った。」
「最前線に立ってエネルギー安全保障を行ってこられた早田参事官のお話を拝聴できたことは、大変貴重な経験でした。世界の大きな流れがあったとしても、利害対立を客観視し、多方面への調整を図っていくことはやりがいにも繋がりそうだと感じました。」
といった回答がありました。
「エネキャリ(ENERGY CAREER ACADEMY)」は、経済産業省 資源エネルギー庁の委託事業です。未来のエネルギー業界を担う大学生・大学院生などを対象に、石油・天然ガスなどのエネルギーを巡る最新動向・政策や、エネルギー業界で働く魅力について幅広く学ぶ機会を提供し、私たちの生活、そして地球の未来を担う次世代のイノベーターの育成を目指して本事業を行っています。