第1節 資源供給国との関係強化と上流進出の促進
1.石油・天然ガスの安定的かつ低廉な確保に向けた取組
石油・天然ガスのほぼ全量を海外からの輸入に頼る日本にとって、石油・天然ガスの安定的かつ低廉な確保は重要な課題です。さらに、東日本大震災以降は、天然ガスをはじめ、火力発電のエネルギー源としての化石燃料の需要は高い水準で推移しており、その確保の重要性は高まっています。また、昨今、中東情勢が緊迫化している中、日本は原油の約9割、天然ガスの1割弱を中東地域から輸入していることを踏まえれば、チョークポイントであるホルムズ海峡を通らない輸入先の確保等、供給源の多角化を進めることや、中東の産油国をはじめとする資源供給国との良好な関係を深化させることが重要です。
資源外交は、これまで主に石油・天然ガスと金属鉱物資源の安定供給の確保を目的に展開してきました。カーボンニュートラルの実現に向け、世界の資源・エネルギー情勢はより複雑化・不透明化しており、すぐに使える資源に乏しい日本は、石油・天然ガスと金属鉱物資源の安定供給の確保のため、引き続き資源外交に最大限取り組む必要があります。また、資源国においても、化石燃料資産の座礁化を防ぐ等の理由で、脱炭素分野への関心が高まっており、従来の石油・天然ガス分野に留まらず、水素等、CCUS/カーボンリサイクルをはじめとする脱炭素分野での協力による関係の深化が不可欠になってきています。こうした点を踏まえ、石油・天然ガスと金属鉱物資源の安定供給の確保、さらには脱炭素燃料・技術の将来的な確保を一体的に推進すべく、「包括的資源外交」を展開しています。
日本で消費される原油の大半を供給している中東の産油国に対しては、国際原油市場の安定化への協力及び石油の安定供給に係る働きかけを引き続き行ってきました。2025年1月には、武藤経済産業大臣がサウジアラビア王国、アラブ首長国連邦(UAE)を直接訪問し、当該働きかけを行うとともに、従来のエネルギー分野のみならず、脱炭素・ヘルスケア・宇宙・ゲーム分野など幅広い分野での協力を加速化することを確認しました。引き続き資源国のニーズに対応する幅広い分野での協力事業の実施や、資源国に対する日本からの投資促進・事業展開を通じて、資源国との戦略的かつ重層的な関係構築を目指します。
また、東南アジア諸国に対しては、「アジア・エネルギー・トランジション・イニシアティブ」(AETI)に基づき、ロードマップ策定支援やトランジション・ファイナンスの推進、人材育成等の取組を通じて、各国のカーボンニュートラル目標の達成に向けた協力を継続しています。2024年8月には、「第2回アジア・ゼロエミッション共同体(AZEC)閣僚会合」において、アジア開発銀行(ADB)及び東アジア・ASEAN1経済研究センター(ERIA)とトランジション・ファイナンスに関する協力覚書に署名し、エネルギー移行を含めたアジアの経済全体の脱炭素移行の加速に向け、協力を推進することとしました。
2.石炭の安定供給確保に向けた取組
石炭は、現時点の技術を前提とすれば、化石燃料の中で最もCO2排出が多いものの、調達に係る地政学的リスクが相対的に低く、熱量当たりの単価も比較的低いことに加え、保管が容易であることから、現時点では安定供給性や経済性に優れた重要なエネルギー源です。しかしながら、近年は、世界の石炭海上貿易における日本の割合は低下しており、中国やインド、東南アジア諸国を中心とした新興国における石炭輸入量が増加しています。こうしたアジアの新興国における石炭需要は、今後も伸びていくことが見込まれていますが、その一方で、脱炭素化に伴う石炭開発投資の減少の影響もあり、石炭調達を巡る国際競争はより一層激しくなっていくことが予想されます。日本が必要としている石炭を、中長期にわたって安定的かつ安価に調達するためには、供給源の多角化を進めることや産炭国との良好な関係を深化させることが重要です。
日本は、石炭資源の大宗を海外からの輸入に頼っており、その中でも、豪州とインドネシアからの輸入は全体の約8割となっています。特に、2022年に発生したロシアによるウクライナ侵略によって、代替調達先の確保が課題となっています。このため、「GXを見据えた資源外交の指針」では、南アフリカやコロンビア等からの調達を増やすことや調達構造の強靱化を図ることを、更なる多角化の例として示しました。
豪州は、日本で主に使われている高品位炭の埋蔵量のほか、輸送距離やインフラ整備状況、政策の動向等、いずれの要素を見ても、引き続き日本にとって最も安定した供給国です。一方で、サイクロンや豪雨等の自然災害、ストライキ、事故といった供給上のリスクのほか、インフレによる採掘コストの増加、炭鉱権益の寡占化の進展、石炭採掘への賦課金(ロイヤルティ)の引き上げといった低廉性に対するリスク、さらには、脱炭素化政策等による化石燃料の供給に対する政策変更リスク等を考えると、日本と豪州は特別な戦略的パートナーであるものの、過度な依存状態ではリスクになる可能性もあります。このような不安を払拭するため、2023年10月の「日豪経済閣僚対話」において日豪両国の閣僚は、石炭についても、相互信頼に基づき、移行期間において安定的なエネルギー供給を確保し、投資環境を更に整備することで合意しました。
また、産炭国における資源ナショナリズムの高まりから、ベトナムやインドネシアでは、近年石炭輸出を制限する動きがあります。
こうした調達環境の変化に伴い、一般炭の自主開発比率は近年低下傾向となっており、石炭の安定的かつ低廉な供給上の課題となっています。この課題に対応するためには、比較的長期の複数年のターム契約を結ぶことが有益です。このため、資源エネルギー庁では、一般炭については、自主開発比率に加え、複数年ターム契約の比率を安定供給のための補完指標として計測し、その確保に向けて取り組んでいます。また、JOGMECを通じて、豪州、コロンビア等での地質構造の調査や、ベトナム、インドネシア等での石炭産業人材の育成や石炭採掘・保安技術の指導を行い、産炭国との関係強化も図っています。
3.レアメタル等の鉱物資源の確保に向けた取組
鉱物資源は、あらゆる工業製品の原材料として必要不可欠な資源です。特に、カーボンニュートラルの実現に向けて普及拡大が見込まれる電動車等に使用されるリチウムイオン電池や電動モーター用ネオジム磁石の製造には、銅、リチウム、コバルト、ニッケル、レアアース等が必要であり、これらの重要性が高まっています。これらの資源は、世界的な脱炭素化の流れの中、今後ますます需要が増加すると予想されています。
こうした鉱物資源の安定供給を確保することは、日本の製造業にとって非常に重要な課題です。このため、日本企業による海外資源開発への投資促進等を通じて、鉱物資源の調達先の多角化や安定供給の確保につなげていく必要があります。さらに、資源国との継続的な関係構築に取り組むことも重要です。
こうした観点から、2023年1月に「重要鉱物に係る安定供給確保を図るための取組方針」を公表し、民間企業が取り組む重要鉱物のサプライチェーンの多様化や強靱化、安定供給確保のための支援を行っており、2024年3月の取組方針の見直しを経て、2025年2月までに5件の供給確保計画を認定しました。
また、特定国に依存しない多角的な鉱物資源サプライチェーンの構築を目的に、日本、米国、カナダ、豪州、EU等の15の有志国・地域が参加する「鉱物資源安全保障パートナーシップ」において、日本もメンバーと連携して、新たなプロジェクトの形成や共同投資の可能性を検討しています。その他のマルチの取組として、2024年9月にアジア太平洋経済協力会議(APEC)議長国であるペルーの呼びかけにより、「APEC鉱業ハイレベル対話」が開催され、エネルギートランジションに向けて、日本企業の鉱業投資支援とESG基準向上を推進していくことを発信しました。2025年2月には、南アフリカ共和国・ケープタウンで開催した世界最大級の鉱業展示会である「マイニング・インダバ2025」に、古賀経済産業副大臣が出席し、基調講演を行う中で、日本とアフリカ諸国等との鉱業分野に関する関係強化を推進していくことを発信しました。
また、二国間の取組として2024年6月に齋藤経済産業大臣がチリを訪問し、ウィリアムス鉱業大臣と協力関係の更なる深化を目的とした協力覚書の改訂に署名しました。また、2025年1月には、武藤経済産業大臣と豪州のキング資源大臣との間で、重要鉱物等の安定供給に関する意見交換を行いました。同年3月には、日仏両政府が連携した重レアアースプロジェクトの着工式に経済産業省も参加し、二国間の関係強化を進めました。
このように、資源国等と日本との継続的な関係を構築することで、中長期的な鉱物資源の安定供給につながる機会の拡大を目指していきます。
4.資源権益獲得に向けたリスクマネー供給
日本は、2025年2月に閣議決定された「第7次エネルギー基本計画」において、石油・天然ガスの自主開発比率を2030年に50%以上、2040年に60%以上に引き上げることを目指すとしています。また、石炭の自主開発比率については2040年に60%を維持し、金属鉱物については、銅等のベースメタルの自給率を2030年に80%以上に引き上げるとともに、2050年までにリサイクルによる資源循環も促進することで、国内需要相当量の確保を目指すとの目標を掲げ、取組を進めています。なお、2023年度の石油・天然ガスの自主開発比率は37.2%、石炭の自主開発比率は43.2%となりました。また、2022年度のベースメタルの自給率は37.7%です。
資源権益の獲得のための投資には、探鉱リスクやカントリーリスク等、様々な事業リスクがあるとともに、巨額の資金を必要としますが、日本企業は資源メジャーと呼ばれる海外企業等と比べ、資金力が大幅に弱い状況にあります。石油・天然ガスについては、中東地域における緊張の高まりや世界のエネルギー供給構造の変化等、国際市場が大きく変化する中、更なる供給源の多角化等が必要となっており、そうした中で、日本企業による資源権益の獲得を推進するべく、資源外交の推進による相手国との関係強化とともに、資金面での支援がより一層必要となっています。2024年度は、2023年度に引き続き、日本企業が参画する各種プロジェクトへのリスクマネー供給を行いました。また、金属鉱物については、2024年度も、日本企業が参画するレアメタル等のプロジェクトへのリスクマネー供給を行いました。今後も、このようなJOGMECのリスクマネー供給強化を通じて、日本企業の権益獲得支援を推進していきます。
<具体的な主要施策>
(1)石油天然ガス田の探鉱・資産買収等事業に対する出資金
【2024年度当初:1,082億円、2024年度産投:798億円】
JOGMECは、日本の資源開発会社等による石油・天然ガスの探鉱・開発や油ガス田の買収等を資金面で支援するため、出資及び債務保証を行っています。2024年度は、引き続き、北カスピ海石油プロジェクトやアブダビ石油プロジェクト、モザンビークLNGプロジェクト、豪州LNGプロジェクト等に対して出資等を行いました。
(2)金属鉱物に係る開発出資・債務保証等
【2024年度産投:50億円】
JOGMECは、日本法人の海外における鉱物資源の開発プロジェクト等を資金面で支援するため、出資及び債務保証等を行いました。
(3)政府系金融機関による資源金融(国際協力銀行(JBIC))
日本企業が、長期引取契約に基づく資源輸入や自ら権利を取得して資源開発を行う場合、さらには、資源開発に携わる日本企業の競争力が強化される場合又は資源確保と不可分一体となったインフラ整備等、日本にとって重要な資源の海外における開発及び取得を促進する場合に、国際協力銀行は、輸入金融や投資金融による支援を行っています。
2024年度は、日本企業によるガス田の権益取得及びLNG調達の実現に向けた融資等を通じ、日本にとって重要な資源の長期・安定供給確保を金融面から支援しました。
(4)貿易保険によるリスクテイク(日本貿易保険(NEXI))
海外における重要な鉱物資源又はエネルギー資源の安定供給に資する案件に関し、日本貿易保険は、通常よりも低い保険料率で幅広いリスクをカバーする資源エネルギー総合保険や、機動的な売買取引を中心に一定の期間内で必要な資金を随時借入れできる極度枠型融資(リボルビング・クレジット・ファシリティ)への保険提供等を通じて、2024年度も日本の事業者が行う権益取得・引取等のための投融資に対して支援しました。
(5)海外投資等損失準備金制度【税制】
海外における資源探鉱・開発に当たり、資源開発事業法人等の株式等の価格の低落による損失に備えるため準備金を積み立てた場合に、その積立額の損金算入ができる制度です。2024年度税制改正において、一定の見直しを行った上で、適用期限が2026年3月31日まで延長されました。
(6)探鉱準備金・海外探鉱準備金制度及び新鉱床探鉱費・海外新鉱床探鉱費の特別控除制度(減耗控除制度、海外減耗控除制度)【税制】
鉱業を営んでいる者が、一定の鉱物に係る新鉱床探鉱費又は海外新鉱床探鉱費の支出に備えるため準備金を積み立てた場合にその積立額の損金算入ができる制度及びその準備金を取り崩して新鉱床探鉱費又は海外新鉱床探鉱費を支出した場合等には一定額の特別控除ができる制度です。2025年度税制改正において、適用要件の拡充及び一定の見直しを行った上で、適用期限が2028年3月31日まで延長されました。
(7)石油・天然ガス等の権益確保に向けた海外の地質構造調査や情報収集等事業
【2024年度当初:38億円】
事業リスクが高く、日本企業が探鉱に踏み切れていない海外のフロンティア地域等において、JOGMECが地質構造調査等を行い、優先交渉権の獲得等を目指しています。また、産油・産ガス国等における資源開発に係る諸情勢をはじめ、専門性の高い情報の調査・分析等を行い、日本企業へ情報提供することによって、日本企業による有望な石油・天然ガス等の権益獲得等を支援しています。2024年度は、引き続き、アゼルバイジャン等における地質構造調査等を実施しました。
(8)資源権益・安定供給の確保に向けた資源国との関係強化支援事業
【2024年度当初:51億円】
資源国のニーズに対応して、幅広い分野での協力事業を日本企業等の強みをいかし実施するとともに、資源国に対する日本からの投資促進・事業展開等について支援を行い、資源国との戦略的かつ重層的な関係を構築することにより、日本企業による石油・天然ガスをはじめとする資源の権益の確保や安定供給の確保を実現していきます。
2024年度は、引き続き、サウジアラビアやUAE等との間で、産学の連携強化を行うとともに、教育・先端技術等の広範な分野での協力事業を実施し、二国間関係の更なる強化を図りました。加えて、豪州等において、水素やアンモニア、バイオ燃料等の新たな資源のバリューチェーン形成に資する新規協力事業を実施し、新たな市場の創出や供給源の多角化に向けた取組を行いました。
(9)経済環境変化に応じた重要物資サプライチェーン強靱化支援事業(LNG)
【2024年度補正:150億円】
有事に備えたLNG確保の仕組みである戦略的余剰LNG(SBL:Strategic Buffer LNG)の確保・運用を行う事業者に対して支援を実施しました。
(10)産炭国に対する石炭採掘・保安に関する技術移転等事業
【2024年度当初:14億円】
日本の優れた炭鉱技術を、採掘条件の悪化が予想される海外産炭国へ移転するため、海外研修生の受入研修事業、日本の炭鉱技術者による海外炭鉱研修事業等を実施しました。
(11)鉱物資源開発推進探査等事業
【2024年度当初:20億円】
カーボンニュートラルの実現に資する省エネ機器等の製造に必要な銅、レアメタル等の鉱物資源の安定供給を確保するため、初期段階からの資源探査等を実施しました。
(12)経済環境変化に応じた重要物資サプライチェーン強靱化支援事業(重要鉱物)
【2022年度補正:1,058億円】
重要鉱物サプライチェーンの多様化・強靱化を実現するため、探鉱・実現可能性調査(FS)、鉱山開発、分離・製錬及び技術開発に係る民間企業の取組に対する支援事業を実施しました。
(13)大型船の受入機能の確保・強化
国土交通省では、国際バルク戦略港湾政策として、大型船が入港できる港湾を拠点的に整備し、企業間連携による大型船を活用した共同輸送を促進する等、資源・エネルギー等の安定的かつ効率的な海上輸送網の形成に向けた取組を推進しました。
(14)鉱物サプライチェーン多角化・安定化事業
【2024年度補正:政府保証付借入含め1,597億円 ※補正予算額 922億円】
GX・DXの進展に伴い、需要増加が見込まれ各国で権益確保競争が激化する銅や、日本の産業活動に不可欠であるものの、供給国に偏りがあるレアメタルについて、早期の新規供給源の確保を含めサプライチェーンの多角化と供給安定化に向けた取組を推進しました。
- 1
- ASEAN:東南アジア諸国連合の略。