第3節 原子力利用における安全性向上と信頼確保に向けた取組
1.自主的安全性向上の取組等
東京電力福島第一原子力発電所の事故の教訓を踏まえ、原子力事業者には、規制基準への適合に留まらず、常に安全性の高みを目指した取組を継続していくことが求められます。GX脱炭素電源法により改正された「原子力基本法(昭和30年法律第186号)」においても、原子力事業者は、原子力事故の発生の防止及び核物質の防護のために必要な措置を講じ、その内容を不断に見直し、その他原子力施設の安全性の向上を図るための態勢を充実強化し、関係地方公共団体その他の関係機関と連携しながら、原子力事故に対処するための防災の態勢を充実強化するために必要な措置を講ずる責務を有するとされています。
2018年に設立された「原子力エネルギー協議会」(以下「ATENA」という。)は、原子力産業界が有する知見やリソースを活用しながら、原子力産業界の共通的な技術課題に対する効果的な安全対策を立案し、事業者に対して安全対策の導入を促す活動を行っています。また、共通的な規制課題に関しては、ATENAが原子力産業界を代表して規制当局との対話を行っています。安全な長期運転に向けた経年劣化管理の取組としては、2023年6月に、「設計の経年化評価ガイドライン」について、設計の経年化評価の手順を具体化した改定版を発行し、各原子力事業者に対して、安全対策の実施計画の見直しを求めました。デジタル安全保護系のソフトウェア共通要因故障への対応としては、2020年12月に技術要件書を発行しましたが、ATENAによる事業者の安全対策の実施状況の確認を経て、2023年度から順次導入を開始しています。これらを含め、2024年3月時点で、ATENAは計15本の技術レポートやガイドライン等を発刊しています。さらに、ATENAでは、2024年の元日に発生した能登半島地震を踏まえ、地震・津波、発電所設備の各分野において、専門家からなる体制(原子力事業者・メーカー・研究機関)を構築し、さらなる安全性向上に向けた検討を実施しています。
また、2012年に原子力産業界が自主規制組織として設立した「原子力安全推進協会」(JANSI)は、日本の原子力産業界における世界最高水準の安全性(エクセレンス)の追求をミッションとして掲げており、原子力事業者の自主的・継続的な安全性向上活動を牽引しています。2024年3月末時点で、計32回のピア・レビューを実施しているほか、発電所の安全に取り組む活動等を総合的に評価し、そのランク付けに基づき、事業者に対して自主的な原子力安全向上のインセンティブを与えて改善につなげる活動(発電所総合評価システム)を実施しています。同年3月には、「JANSI-10年戦略」を改定し、ピア・レビューの効果的・効率的な実施や世界原子力発電事業者協会(WANO)との技術連携の深化等、自主規制の深化と発展に向けた取組を進めていくこととしました。
さらに、電力中央研究所の「原子力リスク研究センター」(以下「NRRC」という。)は、リスク評価や外部事象評価に係る安全対策上の土台となる研究を推進するとともに、事業者によるリスク情報の活用を支援しています。2023年度は、運転中保全に関するリスクの評価や管理措置の実施のためのガイドラインを発刊するとともに、実機の導入に向け、ATENAと連携して規制当局との議論を開始しました。また、火山噴火による降灰PRA2に必要な要素技術の1つとして、日本全国を対象に、降灰履歴に基づいた降灰の厚さと発生頻度の関係を示す曲線の作成ツールを開発しました。さらに、こうした取組と並行して、事業者においては、パイロットプラントにおける海外専門家レビュー等を通じて、PRAの高度化を進めています。
その他にも、電気事業連合会では、2022年度に、各社の原子力部門の責任者で構成する「安全マネジメント改革タスクチーム」を新たに設置し、業界全体でマネジメントに関するベストプラクティスの共有と横展開を強化しています。また、電気事業連合会では、能登半島地震の発生を踏まえ、事業者と連携し、現場の状況確認や情報発信のあり方についての検討も実施しています。
文部科学省では、2019年6月に科学技術・学術審議会研究計画・評価分科会原子力科学技術委員会の下に設置された原子力研究開発・基盤・人材作業部会において、原子力分野における研究開発や基盤整備、人材育成に関する課題やあり方等について、議論が進められています。この議論を踏まえ、2020年度からは、経済産業省とも連携・協力の上で、原子力利用の安全性・信頼性・効率性を抜本的に高める新技術の開発を実施しています。
〈具体的な主要施策〉
(1)原子力の安全性向上に資する技術開発事業【2023年度当初:24.8億円】
東京電力福島第一原子力発電所事故で得られた教訓を踏まえ、原子力発電所の包括的なリスク評価手法の高度化等、さらなる安全対策高度化に資する技術開発及び基盤整備を実施しました。
(2)原子力システム研究開発事業【2023年度当初:9.9億円】
原子力の安全性確保・向上に寄与し、多様な社会的要請の高まりを見据えた原子力関連技術のイノベーション創出につながる新たな知見の獲得や課題解決を目指し、日本の原子力技術を支える戦略的な基礎・基盤研究を実施しました。
2.立地地域との共生
2023年2月に閣議決定された「GX基本方針」や同年7月に閣議決定された「GX推進戦略」では、原子力について、「地域の実情を踏まえた自治体等の支援や避難道の整備など防災対策の不断の改善等による立地地域との共生、国民各層とのコミュニケーションの深化・充実等に、国が前面に立って取り組む」とされました。
また、同年6月には原子力基本法が改正され、国の責務として、「原子力施設が立地する地域及び電力の大消費地である都市の住民をはじめとする国民の原子力発電に対する信頼を確保し、その理解と協力を得るために必要な取組並びに地域振興その他の原子力施設が立地する地域の課題の解決に向けた取組を推進する責務を有する」旨が明記されました。
〈具体的な主要施策〉
(1)電源立地地域との共生
電源立地地域対策交付金では、公共用施設の整備に加え、地場産業振興、福祉サービス提供事業、人材育成等のソフト事業等、立地自治体のニーズを踏まえた電源立地対策を実施しています。再稼働や廃炉等、原子力発電所を取り巻く環境変化は様々であり、今後も立地地域の実態に即したきめ細かな取組を進めていきます。
(2)原子力発電施設等立地地域基盤整備支援事業【2023年度当初:100.9億円】
原子力発電施設等を取り巻く環境変化が立地地域に与える影響を緩和するため、地域資源の活用とブランド力の強化を図る産品・サービスの開発、販路拡大、PR活動等、地域における取組に対する専門家派遣を通じた支援や交付金の交付等を実施し、中長期的な視点に立った地域振興に取り組みました。
(3)立地自治体等との信頼関係の構築に向けた取組
自治体主催の説明会への参加等、政府職員が様々な機会を捉えて原子力発電所の立地自治体等を訪問し、国の方針や具体的な取組等に関する説明、情報提供をきめ細かく行うことや、立地地域の「将来像」を描く会議での議論等を通じて、立地自治体等との信頼関係の構築に努めました。
2023年4月には、国と地域が率直に意見交換や政策対話を行う場として、国と全国原子力発電所所在市町村協議会を中心とした原子力に関係する自治体の首長をメンバーとした「原子力政策地域会議」を創設しました。また、立地地域に対するきめ細かい支援をワンストップで行うため、資源エネルギー庁及び地方経済産業局の職員約100名からなる「地域支援チーム」を立ち上げました。
(4)原子力防災体制の充実・強化に向けた取組
原子力防災体制の構築・充実については、道路整備等による避難経路の確保等を含め、政府全体が一体的に取り組み、これを推進することとしています。地域防災計画・避難計画を含む「緊急時対応」については、内閣府が設置する地域原子力防災協議会の枠組みの下、国と自治体が一体となってとりまとめ、とりまとめ後も継続的な改善・充実に取り組んでいます。
また、国、地方公共団体及び原子力事業者における防災体制や、関係機関における協力体制の実効性の確認等を目的に、「原子力総合防災訓練」を実施しており、2023年10月には新潟県柏崎刈羽地域を対象として実施しました。
3.国民各層とのコミュニケーション
2023年2月に閣議決定された「GX基本方針」や同年7月に閣議決定された「GX推進戦略」では、原子力について、「地域の実情を踏まえた自治体等の支援や避難道の整備など防災対策の不断の改善等による立地地域との共生、国民各層とのコミュニケーションの深化・充実等に、国が前面に立って取り組む」とされました。
また、同年6月には原子力基本法が改正され、国の責務として、「原子力施設が立地する地域及び電力の大消費地である都市の住民をはじめとする国民の原子力発電に対する信頼を確保し、その理解と協力を得るために必要な取組並びに地域振興その他の原子力施設が立地する地域の課題の解決に向けた取組を推進する責務を有する」旨が明記されました。
これらに基づき、エネルギー・原子力政策について、立地地域をはじめ、電力の大消費地である東京・大阪等も対象とした理解活動・広報活動を行いました。
〈具体的な主要施策〉
(1)原子力に関する国民理解促進のための広聴・広報事業【2023年度当初:6.0億円】
「第6次エネルギー基本計画」に基づき、日本のエネルギー・原子力政策や、東京電力福島第一原子力発電所の廃炉・汚染水・処理水対策の現状、事故への対応及び経緯等に関する情報発信に加え、広聴・広報活動を通じた理解促進のための取組を行いました。具体的には、「次世代層へのエネルギー・原子力政策に関する知識の普及等を目的に、地域イベントへの参加による広報活動や、大学生等を対象とした説明会・ワークショップ等の開催」、「NPO等が取り組む理解促進活動への支援及び各立地地域のステークホルダーを対象とした勉強会や意見交換会等の開催」、「民間団体や自治体の講演会等への専門家の派遣」、「オンラインメディア、交通広告、新聞等の複数のメディアを活用した情報発信」を行いました。
また、原子力災害に関する情報発信等に関しては、「東日本大震災・原子力災害伝承館」において、原子力災害に関する資料等の収集・保存や、原子力災害への対応の経緯等に関する情報の提供を行うとともに、原子力災害の経験・教訓を学習する機会の提供等の研修事業を実施しました。
さらに、核燃料サイクルに対する理解促進を図るため、原子力を含むエネルギー政策、核燃料サイクルの意義や仕組み等に関する情報発信を行いました。
加えて、高レベル放射性廃棄物等の最終処分の実現に向けて、女性や次世代層を含む幅広い層の国民との対話や、全国の自治体への緊密な情報提供を行うために、シンポジウムや交流会、説明会を実施しました。
その他にも、エネルギー・原子力政策について、立地地域のみならず、電力消費地域をはじめとした国民の理解を一層進めるため、エネルギー・原子力政策に関する説明を全国各地で実施しました。
(2)地域担当官事務所等による広聴・広報
東京電力福島第一原子力発電所事故を発端に、国民の間で原子力に対する不信・不安が高まり、エネルギーに関わる行政・事業者に対する信頼も低下しました。立地地域との信頼関係を再構築するためにも、原子力に関する丁寧な広聴・広報が必要であることから、予算を活用した事業に加えて、地域担当官事務所等も活用し、地域のニーズに応じた双方向のコミュニケーションに関する取組を実施しました。
(3)原子力教育に関する取組
原子力について、エネルギーや環境、科学技術や放射線等、幅広い観点から総合的に捉え、適切な形で学習を進めるため、全国の都道府県が主体的に実施する原子力を含めたエネルギーに関する教育の取組(教材の整備、教員の研修、施設見学、講師派遣等)に必要な経費を交付する「原子力・エネルギー教育支援事業交付金」を運用しました(2023年度交付件数:24都道府県)。
4.原子力規制における取組
※原子力規制委員会「原子力規制委員会の取組(対象期間:令和5年4月1日〜令和6年2月29日)」を基に作成(2024年3月11日公表)。
(1)能登半島地震による施設の影響と緊急時対応
能登半島地震では、2024年1月1日及び6日に、原子力事業所の所在市町村である石川県羽咋郡志賀町において震度6弱以上が観測され、警戒事態に至ったことから、原子力規制委員会・内閣府原子力事故合同警戒本部を設置し、北陸電力志賀原子力発電所、東京電力柏崎刈羽原子力発電所等を対象に、情報収集や関係機関への情報共有、原子力規制委員会ホームページや原子力規制庁臨時ブリーフィング、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)を通じて、発災直後から対外的な情報発信等の対応を行いました。
志賀原子力発電所(停止中)においては、1月1日の地震時に、使用済燃料プールのスロッシングによる溢水、一部の変圧器故障による油漏れ等が発生しましたが、使用済燃料の冷却や電源等、必要とされる安全機能は確保されていることを確認しました。また、周辺の一部モニタリングポストにおいて測定が確認できない状況が生じましたが、敷地内の排気筒モニタ、敷地内及び敷地近傍のモニタリングポスト指示値に異常は認められておらず、放射性物質の漏えい等、発電所の安全確保に影響のある問題が生じていないことを確認しました。
(2)高経年化した原子炉施設に関する安全規制等の規制基準の継続的改善
高経年化した発電用原子炉に関する安全規制の検討については、2022年度に、運転開始後40年目を迎えるまでに20年を超えない期間で1回に限り延長することを認めるかの審査を行う「運転期間延長認可制度」と、運転開始後30年とそれ以降の10年ごとに長期の施設管理方針を審査する「高経年化技術評価制度」を、「長期施設管理計画認可制度」に統合・強化した「核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律(昭和30年法律第186号)」(以下「原子炉等規制法」という。)の一部改正法案について了承しました。この改正法案は、GX脱炭素電源法案に盛り込まれ、2023年6月7日に公布されました。
高経年化した発電用原子炉に関する安全規制の詳細を検討するために、高経年化した発電用原子炉の安全規制に関する検討チームを設けることを、2022年度に了承しました。この検討チームでの検討結果を踏まえ、長期施設管理計画の記載事項、審査の際の確認事項等を定める関係法令及び審査基準について、意見公募を実施した上で、2023年8月30日に決定するとともに、新制度の本格施行の日を2025年6月6日、新制度移行への準備のための手続の施行の日を2023年10月1日としました。これにより、同年10月1日以降の準備行為期間において、長期施設管理計画認可申請に係る審査を進めています。
(3)東京電力福島第一原子力発電所のALPS処理水の海洋放出に係る取組
2022年7月に認可したALPS処理水の海洋放出に係る設備の設置等に関する実施計画変更に続いて、ALPS処理水の海洋放出時の運用等に関する実施計画変更認可申請についても、公開の会合で規制基準や政府の方針に従ったものであるか厳格に審査・確認を行い、科学的・技術的意見の募集を経て、2023年5月10日に認可しました。さらに、ALPS処理水の海洋放出設備について、認可した実施計画に従ったものであるか厳格に使用前検査を行い、同年7月7日に終了証を交付しました。その審査・検査結果については、要望のあった地元自治体等を訪問して、説明・質疑対応を行いました。
これらの取組について、2021年度から2023年度にかけて、ALPS処理水の海洋放出に関する国際原子力機関(以下「IAEA」という。)の規制レビューを受け、その内容及び結果については、IAEAが包括報告書として2023年7月4日に公表しました。この包括報告書の中では、原子力規制委員会による関連する活動は、関連する国際安全基準に合致していると結論づけられました。同年8月24日にALPS処理水の海洋放出が開始されましたが、原子力規制委員会は、海洋放出が認可した実施計画に沿って適切に行われていることを、検査により継続して確認しています。
また、強化・拡充された「総合モニタリング計画」に基づき、東京電力福島第一原子力発電所の周辺海域及び東京湾のモニタリング等を実施し、人や環境への影響がないことを確認して原子力規制委員会ホームページで公表するとともに、IAEAレビューの一環としてモニタリング結果の相互比較を行うことにより、モニタリングの透明性・信頼性の維持に努めています。
(4)東京電力柏崎刈羽原子力発電所に対する検査の厳正かつ適切な実施等
2020年度に発覚したIDカード不正使用事案及び核物質防護設備の機能の一部喪失事案を踏まえた東京電力柏崎刈羽原子力発電所に対する追加検査では、原子力規制委員会で了承した3つの確認方針(強固な核物質防護の実現、自律的に改善する仕組みの定着、改善措置を一過性のものとしない仕組みの構築)により、東京電力の改善措置活動を確認しました。2023年5月17日に検査結果を了承し、4つの検査気付き事項をさらなる追加検査において確認する方針についても了承しました。検査の状況については随時報告を受け、同年12月には、山中原子力規制委員会委員長及び伴原子力規制委員会委員による現地調査及び東京電力社長と原子力規制委員会との間での意見交換を実施しました。同年12月27日に、検査結果をとりまとめた「東京電力ホールディングス株式会社柏崎刈羽原子力発電所原子力規制検査報告書」を了承し、追加検査を終了しました。また、柏崎刈羽原子力発電所に対する原子力規制検査の対応区分を、第4区分(各監視領域における活動目的は満足しているが、事業者が行う安全活動に長期間にわたる又は重大な劣化がある状態)から第1区分(各監視領域における活動目的は満足しており、事業者の自律的な改善が見込める状態)に変更しました。追加検査終了後も、東京電力に対しては、現在の改善された状態を維持し、さらに向上させるための取組を求め、荒天時の監視、PPCAP(改善措置活動)及び核物質防護モニタリング室の取組を基本検査において重点的に監視していくことを決定しました。
このほか、追加検査と並行して、2017年当時の柏崎刈羽原子力発電所の設置変更許可の際にとりまとめた、東京電力の原子炉設置者としての適格性判断について、改めて確認しました。柏崎刈羽原子力発電所に対する原子力規制検査における指摘事項、柏崎刈羽原子力発電所の保安規定に定める「原子力事業者としての基本姿勢」の遵守状況等を確認した結果、当時の判断を変更する理由はないと判断しました。
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- PRA:Probabilistic Risk Assessmentの略で、確率論的リスク評価手法のこと。