はじめに
2018年7月に、脱炭素化に向けた技術間競争の始まりや地政学リスクの増大、国家間・企業間の競争の本格化といったエネルギーをめぐる情勢の変化を踏まえ、第5次エネルギー基本計画が策定されました。この中で、安全を最優先にエネルギーの安定供給、経済効率性の向上、環境適合性を同時達成する(3E+S)との原則の下、徹底した省エネルギー、再生可能エネルギーの最大限の導入、火力発電の高効率化、原発依存度の可能な限りの低減といったこれまでの基本的な方針を堅持しつつ、エネルギー源ごとの施策等の深掘り・対応強化により、2030年のエネルギーミックスの確実な実現を目指す一方で、2050年の長期展望については、技術革新等の可能性と不確実性、情勢変化の不透明性によって、蓋然性をもった予測が困難であるため、野心的な目標を掲げつつ、複線的なシナリオによるアプローチをとることとされました。
2018年は、2月の福井県での豪雪、7月の西日本での豪雨、9月の平成30年台風第21号、台風第24号及び北海道胆振東部地震等、大規模な自然災害が多数発生しました。北海道では、地震に伴って、道内全域に及ぶ大規模停電が生じるなど、災害時のエネルギー安定供給の重要性と、これを強化するための政策の必要性が再認識されるに至りました。
こうした背景を踏まえ、2018年秋以降、総合資源エネルギー調査会において、電力インフラのレジリエンスの向上に向けた課題と具体的な方策について検証と検討が行われました。また、内閣府において電力インフラの総点検が行われ、この結果も踏まえた形で、2019年8月に、電力インフラのレジリエンス強化に向けた一定の方向性が示されました。
ところが、2019年9月に発生した令和元年台風第15号、10月に発生した台風第19号により、大規模停電が生じ、送電線等の被害による停電復旧期間の長期化が発生し、電力インフラのレジリエンス向上について多数の新たな課題が浮き彫りになりました。また、世界では、2019年6月にホルムズ海峡周辺で日本関係船舶等が、9月にはサウジアラビア東部の石油施設が攻撃されるなど、中東情勢の緊張が高まることで、原油の88%を中東に依存する日本のエネルギー安全保障を直接脅かす事態が発生するなど、エネルギー安定供給の確保に向けたさらなる政策の強化が必要となりました。
また、中長期的には、パリ協定を契機とした脱炭素化の要請の高まりを背景に、再生可能エネルギーの大量導入と主力電源化を実現することが欠かせません。天候によって発電量が大きく上下する太陽光発電等を電力システムに統合していくには、既存の電力ネットワークでは十分ではありません。また、AI・IoT等のデジタル技術によって分散電源を束ねること等により、現在は発電所から需要家に一方向に流れている電気が、将来は双方向に流れるようになると予想されています。こうした変化を見込んだ電力ネットワークの強靱化・次世代化に向けた制度改革の検討も必要です。
再生可能エネルギーの主力電源化には、規模の大小や電源ごとの特徴が異なることも念頭に置いた上で、きめ細かい導入促進策を講じていく必要があります。また、急速な導入拡大に伴い、地域住民とのトラブルや法令違反、将来的な設備廃棄に向けた費用の積立て不足など、新たな課題も浮き彫りになってきています。さらに、再生可能エネルギーは地域偏在していますが、現在の電力ネットワークの整備・運用はこうしたことを必ずしも十分に織り込んだものになっていません。こうした点を踏まえながら、固定価格買取制度(以下、「FIT制度」という。)による調達期間終了後も、事業継続や再投資が行われ、責任ある長期安定的な事業運営が確保されることで再エネの導入・拡大が一層進むような制度や電力ネットワークの整備が必要です。現行のFIT制度は、再エネ導入初期における普及拡大と、それを通じたコストダウンの実現を目的に、時限的な特別措置として創設されたものですが、国民負担の増大を抑えながらさらに再生可能エネルギーを導入し、主力電源化するには、現行のFIT制度での対応だけでは十分ではなく、新たな制度を検討する必要もあります。
本章では、第1節で、変化する国際資源情勢への対応に向けた政策対応の必要性と方向性について確認します。第2節、第3節では、頻発する大規模自然災害の教訓もふまえながら、エネルギー供給のレジリエンス向上に向け、災害時の迅速な電力復旧や送配電網への投資の促進、再エネの導入拡大等に向けた政策検討の必要性を確認し、複数の審議会で並行して行われた議論の流れと全体像をまとめて概観します。第4節では、エネルギーレジリエンス向上に向けた法案の概要及び資金供給の必要性についても確認していきます。