第3節 原子力利用における不断の安全性向上と安定的な事業環境の確立
1.原子力利用における不断の安全性向上
(1) 原子力の自主的・継続的な安全性向上に向けた提言
東京電力福島第一原子力発電所事故を経験した我が国は、規制水準さえ満たせば原子力発電所のリスクがないとする「安全神話」と決別し、産業界の自主的かつ継続的な安全性向上により、世界最高水準の安全性を不断に追求していくという新たな高みを目指すことが重要です。このような問題意識の下、原子力小委員会の下に「原子力の自主的安全性向上に関するワーキンググループ」が設置され、大学、研究機関等を中心とする有識者を委員とし、電気事業者、メーカー、産業界団体等からの代表をオブザーバーとして、2013年7月17日から2014年3月25日まで12回にわたり、原子力の自主的かつ継続的な安全性向上についての活発な議論が行われました。2014年5月30日には、原子力の自主的な安全性向上に向けた取組が、政府も含めた原子力産業に関わる者の自主的かつ継続的な行動により具体化され、実践されていくことを期待しつつ、「原子力の自主的・継続的な安全性向上に向けた提言」が示されました。
原子力の自主的・継続的な安全性向上に向けた提言(概要)
(1) 適切なリスクガバナンスの枠組みの下でのリスクマネジメントの実施
(2) 東京電力福島第一原子力発電所事故の教訓を出発点に実践が求められる取組
- ①低頻度の事象を見逃さない網羅的なリスク評価の実施
- ②深層防護の充実を通じた残余のリスクの低減
- ③我が国特有の立地条件に伴う地震・津波等の外的事象に着目したプラント毎の事故シーケンス及びクリフエッジの特定と、既存のシステムでは想定されていない事態への備え及び回復を含むレジリエンスの向上
- ④我が国における軽水炉の更なる安全性向上のための研究の再構築と国内外関係機関との調整の強化
(3) こうした取組を着実に進め、根付かせるために特に求められる姿勢
- ①批判的思考や残余のリスクへの想像力等を備えた組織文化の実現
- ②国内外の最新の知見の迅速な導入と日本の取組の海外発信
- ③外部ステークホルダーの参画
- ④産業界大での人的・知的基盤の充実
- ⑤ロードマップの共有とローリングを通じた全体最適の追求
この提言を受け、各電気事業者より個社としての自主的安全性向上の取組が発表されました。また、原子力のリスクを低減させるには、低頻度でも大きな被害をもたらし得る事象への適切な対策が重要であり、そのためには低頻度事象に起因する事故時の状況進展を的確に予測した対策を立案して、確率論的手法も活用した総合的なリスク評価により対策の有効性を確認することが必要との観点から、原子力産業界全体の取組として、原子力の自主的な安全性向上に必要な確率論的リスク評価(PRA: Probabilistic Risk Assessment)等の研究開発の拠点となるとともに、電気事業者による研究成果の活用等を促す原子力リスク研究センター(NRRC:Nuclear Risk Research Center)が2014年10月に電力中央研究所の下に設立されました。NRRCにおいては、産業界が一体となって研究開発と成果の活用のサイクルを回すべく、電気事業者の経営層を構成員とする原子力経営責任者会議等、各主体が共同で検討を実施する体制が構築されています。また、前米国原子力規制委員会(NRC)委員であるジョージ・アポストラキス博士がセンター所長に、元NRC委員長であるリチャードA・メザーブ博士がセンター顧問に、現在NRCの原子炉安全諮問委員会議長を務めるジョンW・ステットカー氏が技術諮問委員会委員長に就任しており、世界の原子力安全の向上に向けた取組を主導していくことも期待されています。例えば、NRRCは実機プラントの情報を用いた地震PRA等の研究開発を進めており、四国電力が伊方発電所3号機をモデルプラントとして、この研究開発に参加しています。
(2) 「自主的安全性向上・技術・人材ワーキンググループ」の設置
東京電力福島第一原子力発電所事故を踏まえ、エネルギー基本計画においては、原子力事業者を含む産業界による自主的かつ不断に安全を追求する事業体制の確立や安全文化の醸成、過酷事故対策を含めた軽水炉安全性向上に資する技術や信頼性・効率性を高める技術等の開発、東京電力福島第一原子力発電所や今後増える古い原子力発電所の廃炉を安全かつ円滑に進めるための高いレベルの原子力技術・人材の維持・発展、周辺国の原子力安全の向上に貢献できる原子力技術・人材の維持・発展、資源の有効活用や放射性廃棄物の減容化・有害度低減等の観点からの国際協力を含めた高速炉等研究開発、安全性の高度化に貢献する原子力技術の研究開発の推進が必要であるとされました。これらの課題に対応するためには、関係者間の役割分担を明確化するとともに相互に認識し、我が国全体として重畳を廃して最適な取組が進められることが必要となります。
このような問題意識の下、原子力小委員会の下に「自主的安全性向上・技術・人材ワーキンググループ」が設置されました。本ワーキンググループにおいては、当面は喫緊の課題への対応として、東京電力福島第一原子力発電所以外の廃炉を含めた軽水炉の安全技術・人材の維持・発展に重点を置き、国、事業者、メーカー、研究機関、学会等関係者間の役割が明確化された「軽水炉安全技術・人材ロードマップ」を作成し、これらを関係者間で共有するとともに、原子力事業者を含めた産業界が行う自主的安全性向上に係る取組を共有及び調整し、改善すべき内容の取りまとめを行うこととされました。大学、研究機関等を中心とする有識者を委員とし、産業界団体、文部科学省、研究機関などからの代表をオブザーバーとして、2014年9月24日から2015年5月27日まで9回にわたり、軽水炉安全技術・人材ロードマップの作成と原子力の自主的安全性向上に係る取組の改善内容案の取りまとめに向けて活発な議論が行われました。その際、海外有識者をプレゼンターとして迎え、国外の知見を積極的に取り込むとともに、電気事業者、メーカー、産業界団体等を招聘し、安全性向上に向けた各主体の具体的な取組を報告いただくことにより、産業界における自主的安全性向上の取組の実態を把握しました。これらを踏まえ、2015年5月27日、「原子力の自主的・継続的な安全性向上に向けた提言」が2014年5月に示されてから約1年の間に、電気事業者、メーカー、産業界団体、学会、政府等により、原子力の自主的安全性向上の取組がどのように進められてきたかを総点検し、横断的な課題や各主体の取組の改善点を示す「原子力の自主的安全性向上の取組の改善に向けた提言」が取りまとめられました。また、同日、本ワーキンググループと日本原子力学会のキャッチボールを通じて作成された「軽水炉安全技術・人材ロードマップ(案)」が提示されました。
原子力の自主的安全性向上の取組の改善に向けた提言(概要)
(1) 適切なリスク管理と予期しない事態へのレジリエンス向上によるリスクの低減
- ①発電所の運転・保守を含む日々のリスク管理へのPRAの活用
- ②外的事象、多数基立地条件、過酷条件下での人間信頼性等に関するリスク評価手法の高度化
- ③現場からトップまでのリスク情報伝達の在り方と意思決定の仕組みの改善
- ④原子力安全推進協会(JANSI)によるプラントの総合評価システム等の早期確立と安全性向上に向けたインセンティブの早期導入
- ⑤規格統一化された緊急時対応体制の整備、緊急時の意思決定を独立して監視する人材の各発電所への配置
- ⑥産業界による多数基立地等を考慮した自主的な安全目標の設定
(2) 事故の可能性も想定した外部ステークホルダーとの適切なリスクコミュニケーション(適切な情報発信と外部ステークホルダーからのフィードバックの自らの意思決定への取り込み)の具体化
- ①事故も想定した原子力リスクの発信と、発信した情報に対するフィードバックを自らの意思決定に取り込む方法の検討
- ②地方自治体の地域防災計画策定等に貢献するためのリスク情報の活用方法の検討
(3) 東京電力福島第一原子力発電所事故を踏まえた組織安全文化の改善と安全確保のための人材育成の継続
- ①疑問を提示し、それを議論する風土づくり実施
- ②意思決定の組織文化等への依存性や第三者意見の重要性等を踏まえた適切なリスクマネジメント体制の構築
- ③適切な安全文化指標等を用いた安全文化改善の継続的な監視と、世界の良好事例に学ぶ姿勢の強化
- ④技術以外の知識も活用した安全管理や国際安全基準の策定等において活躍できる人材の育成、社会人教育機能の整備
- ⑤リスク分析やリスク管理及び事故を想定した外部ステークホルダーとのリスクコミュニケーションを実施できる人材の育成
- ⑥国際安全基準の策定や新規導入国における原子力安全確保に貢献できる人材の育成に向けた取組の進捗状況の確認
- ⑦海外や他産業分野の良好事例等を参考にした資格制度や社会人の継続的な教育システムの検討
- ⑧廃炉や除染等に人材を呼びこむための方策の検討
(4) 安全性向上と技術・人材の維持・発展に係る利用と規制の連携強化
(5) 明確な優先順位付けがなされた軽水炉安全技術・人材ロードマップの策定と国内外からの多様な指摘を踏まえたローリングの実施
<具体的な主要施策>
① 発電用原子炉等安全対策高度化事業【2014年度当初:49.0億円】
東京電力福島第一原子力発電所事故で得られた教訓を踏まえ、原子力発電所の包括的なリスク評価手法の高度化等、更なる安全対策高度化に資する技術開発及び基盤整備を実施しました。
② 革新的実用原子力技術開発費補助金【2014年度当初:2.5億円】
東京電力福島第一原子力発電所事故の教訓として、シビアアクシデント対策の強化の必要性が指摘されていることを踏まえ、革新的な技術の導入によりシビアアクシデント対策の高度化を図る技術開発を行いました。
③ 安全性向上原子力人材育成委託費【2014年度当初:1.2億円】
東京電力福島第一原子力発電所の廃止措置や既存原子力発電所の安全確保等のため、原子力施設のメンテナンス等を行う現場技術者や、産業界等における原子力安全に関する人材等の育成を支援しました。
④ 原子力人材育成等推進事業費補助金【2014年度当初:3.5億円】
原子力の基盤を支えるとともに、より高度な安全性の追求、世界の原子力施設の安全確保への積極的貢献等のためには、幅広い原子力人材を育成することが必要であるという認識の下、産学官の関係機関が機関横断的に連携することにより、効果的・効率的・戦略的に人材育成を行う取組を支援する「国際原子力人材育成イニシアティブ」事業を実施しました。
2.安定的な事業環境の確立
(1)廃炉に係る料金・会計制度の改正
エネルギー基本計画において、原子力依存度を可能な限り低減させていくとの方針が示され、また、電力システム改革によって競争が進展した環境下においても、原子力事業者が円滑な廃炉や安全対策、安定供給などの課題に対応できるよう、事業環境の在り方について検討を行うこととされました。
これを踏まえ、原子力小委員会において、具体的な措置の在り方について検討が進められ、2014年12月に示された中間整理において、「原発依存度を可能な限り低減させていく政府方針の下、財務会計上の理由から廃炉の判断が影響を受けることを回避し、事業者による廃炉の判断が適切かつ円滑に行われるよう、特に高経年炉7基の運転期間延長の申請期間が来年4~7月に設定されていることも踏まえ、検討を進める。」とされたことも受け、必要な制度措置について、「廃炉に係る会計制度検証ワーキンググループ」において、技術的な検討を行い、その結果を2015年1月に取りまとめました。
具体的には、従前の制度では、財務・会計上の理由から事業者が廃炉判断の先送りや運転を継続する判断を行うなど、事業者の合理的判断を歪めることにより、廃炉が円滑に進展しない可能性や廃炉判断を行った場合であっても、会計上の一括費用計上が生じることにより、事業の継続が困難となり、廃炉の着実な遂行や電力の安定供給に支障をきたす可能性がありました。
このため、電力システム改革が進展していく中で、民間事業者が、適切かつ円滑な廃炉判断を行うとともに、安全・確実に廃止措置を進めることができるよう、以下のような政策措置を講じることとしました。
- ①資産の残存簿価、核燃料の解体費用等、廃炉に伴って発生する費用を一括して計上するのではなく、資産計上した上で、一定期間をかけて償却・費用化することを認める会計制度
- ②会計制度のために必要な料金面の手当て(これらの費用は現行の制度下でも除却費等として規制料金の原価に算入して回収することができますが、その場合、費用の総額に変更は生じないものの、短期的には料金水準が上昇します。このため、一定期間をかけて償却・費用化する会計制度に合わせた料金制度とすることで、現行制度下で除却費等として費用を回収する場合と比較して、需要家の負担を平準化します。)
これに伴い、2015年3月13日に、改正省令を施行しました。こうした環境整備を受けて、高経年炉5基(日本原子力発電敦賀発電所1号機、関西電力美浜発電所1・2号機、中国電力島根原子力発電所1号機、九州電力玄海原子力発電所1号機)について、各事業者が廃炉の判断を行い、それぞれ2015年4月に運転を終了しました。
(2) 原子力損害の補完的な補償に関する条約(CSC)の受諾
原子力損害の補完的な補償に関する条約(CSC:Convention on Supplementary Compensation for Nuclear Damage)は、越境損害を含めた原子力損害に対する賠償に関する国際ルールを定める条約で、パリ条約・ウィーン条約に並ぶ3系統の条約の一つです。1997年9月にIAEAにおいて開催された外交会議において、我が国を含む賛成多数で採択され、同月に開催された第41回IAEA総会において署名のために開放されました。
本条約の主な内容としては、①越境損害時に裁判を事故発生国においてのみ行う(事故発生国の裁判管轄権の集中)、②原子力事業者のみが過失の有無を問わず賠償責任を負う(原子力事業者の無過失責任・責任集中)、③損害が一定額を超える場合に締約国が一定のルールで賠償金を補填する、というものです。
日本の締結前までは、締約国は米国、モロッコ、ルーマニア、アルゼンチン、アラブ首長国連邦の5か国であり、日本が締結すれば、発効要件が満たされるという状況でした。
日本にとって、本条約を締結することは、①原子力損害に関する国際的な賠償制度の構築への貢献ができる、②裁判管轄権の集中、原子力事業者の無過失責任・責任集中、自国被害者に対する外国事業者からの公平な賠償の確保、締約国の拠出金により事故発生国における賠償を補完する制度等により、原子力事故時の賠償の充実と被害者の迅速かつ公平な救済が図られる、③国際ルールの適用により法的予見性が向上する、④福島事故における廃炉・汚染水対策において海外の叡智を結集するための環境が整備される、といった観点から重要です。
このため、本条約の締結及び、これを国内で実施するに当たり必要な事項(拠出金制度の運用方法等)を定める国内関連法の整備について、「原子力損害賠償制度の見直しに関する副大臣等会議」等を通じて検討を進め、2014年11月、第187回臨時国会において本条約が承認されるとともに国内関連法が成立しました。これを受けて、我が国は2015年1月に同条約の受諾書をIAEA事務局長に寄託しました。日本の締結により、同年4月15日に条約の発効が実現しました。