第3節 原子力利用における不断の安全性向上と安定的な事業環境の確立
1.原子力利用における不断の安全性向上
東京電力福島第一原子力発電所事故を踏まえ、エネルギー基本計画においては、原子力事業者を含む産業界による自主的かつ不断に安全を追求する事業体制の確立や安全文化の醸成、過酷事故対策を含めた軽水炉安全性向上に資する技術や信頼性・効率性を高める技術等の開発、東京電力福島第一原子力発電所や今後増える古い原子力発電所の廃炉を安全かつ円滑に進めるための高いレベルの原子力技術・人材の維持・発展、周辺国の原子力安全の向上に貢献できる原子力技術・人材の維持・発展、資源の有効活用や放射性廃棄物の減容化・有害度低減等の観点からの国際協力を含めた高速炉等研究開発、安全性の高度化に貢献する原子力技術の研究開発の推進が必要であるとされました。これらの課題に対応するためには、関係者間の役割分担を明確化するとともに相互に認識し、我が国全体として重畳を廃して最適な取組が進められることが必要となります。
このような問題意識の下、原子力小委員会の下に「自主的安全性向上・技術・人材ワーキンググループ」が設置されました。本ワーキンググループにおいては、当面は喫緊の課題への対応として、東京電力福島第一原子力発電所以外の廃炉を含めた軽水炉の安全技術・人材の維持・発展に重点を置き、国、事業者、メーカー、研究機関、学会等関係者間の役割が明確化された「軽水炉安全技術・人材ロードマップ」を作成し、これらを関係者間で共有するとともに、原子力事業者を含めた産業界が行う自主的安全性向上に係る取組を共有及び調整し、改善すべき内容の取りまとめを行うこととされました。大学、研究機関等を中心とする有識者を委員とし、産業界団体、文部科学省、研究機関などからの代表をオブザーバーとして、2014年9月24日から2015年5月27日まで9回にわたり、軽水炉安全技術・人材ロードマップの作成と原子力の自主的安全性向上に係る取組の改善内容案の取りまとめに向けて活発な議論が行われました。その際、海外有識者をプレゼンターとして迎え、国外の知見を積極的に取り込むとともに、電気事業者、メーカー、産業界団体等を招聘し、安全性向上に向けた各主体の具体的な取組を報告いただくことにより、産業界における自主的安全性向上の取組の実態を把握しました。これらを踏まえ、2015年5月27日、「原子力の自主的・継続的な安全性向上に向けた提言」が2014年5月に示されてから約1年の間に、電気事業者、メーカー、産業界団体、学会、政府等により、原子力の自主的安全性向上の取組がどのように進められてきたかを総点検し、横断的な課題や各主体の取組の改善点を示す「原子力の自主的安全性向上の取組の改善に向けた提言」が取りまとめられました。また、2015年6月16日、本ワーキンググループと日本原子力学会のキャッチボールを通じて、「軽水炉安全技術・人材ロードマップ」が取りまとめられました。
〔原子力の自主的安全性向上の取組の改善に向けた提言(概要)
(1) 適切なリスク管理と予期しない事態へのレジリエンス向上によるリスクの低減
①発電所の運転・保守を含む日々のリスク管理へのPRAの活用
②外的事象、多数基立地条件、過酷条件下での人間信頼性等に関するリスク評価手法の高度化
③現場からトップまでのリスク情報伝達の在り方と意思決定の仕組みの改善
④原子力安全推進協会(JANSI)によるプラントの総合評価システム等の早期確立と安全性向上に向けたインセンティブの早期導入
⑤規格統一化された緊急時対応体制の整備、緊急時の意思決定を独立して監視する人材の各発電所への配置
⑥産業界による多数基立地等を考慮した自主的な安全目標の設定
(2) 事故の可能性も想定した外部ステークホルダーとの適切なリスクコミュニケーション(適切な情報発信と外部ステークホルダーからのフィードバックの自らの意思決定への取り込み)の具体化
①事故も想定した原子力リスクの発信と、発信した情報に対するフィードバックを自らの意思決定に取り込む方法の検討
②地方自治体の地域防災計画策定等に貢献するためのリスク情報の活用方法の検討
(3) 東京電力福島第一原子力発電所事故を踏まえた組織安全文化の改善と安全確保のための人材育成の継続
①疑問を提示し、それを議論する風土づくり実施
②意思決定の組織文化等への依存性や第三者意見の重要性等を踏まえた適切なリスクマネジメント体制の構築
③適切な安全文化指標等を用いた安全文化改善の継続的な監視と、世界の良好事例に学ぶ姿勢の強化
④技術以外の知識も活用した安全管理や国際安全基準の策定等において活躍できる人材の育成、社会人教育機能の整備
⑤リスク分析やリスク管理及び事故を想定した外部ステークホルダーとのリスクコミュニケーションを実施できる人材の育成
⑥国際安全基準の策定や新規導入国における原子力安全確保に貢献できる人材の育成に向けた取組の進捗状況の確認
⑦海外や他産業分野の良好事例等を参考にした資格制度や社会人の継続的な教育システムの検討
⑧廃炉や除染等に人材を呼びこむための方策の検討
(4) 安全性向上と技術・人材の維持・発展に係る利用と規制の連携強化
(5) 明確な優先順位付けがなされた軽水炉安全技術・人材ロードマップの策定と国内外からの多様な指摘を踏まえたローリングの実施
また、文部科学省では、大学等における原子力人材育成に関する現状と課題を踏まえた今後の原子力人材育成に係る政策の在り方について調査・検討を行うため、2015年4月に科学技術・学術審議会 研究計画・評価分科会 原子力科学技術委員会の下に原子力人材育成作業部会を設置しました。本作業部会では、大学における専門的な人材育成の在り方や原子力人材育成に必要となる研究施設の在り方等について、経済産業省とも連携・協力の上、大学や研究機関等の有識者による議論を進めています。
<具体的な主要施策>
(1)発電用原子炉等安全対策高度化事業【2015年度当初:48.0億円】
東京電力福島第一原子力発電所事故で得られた教訓を踏まえ、原子力発電所の包括的なリスク評価手法の高度化等、更なる安全対策高度化に資する技術開発及び基盤整備を実施しました。
(2)革新的実用原子力技術開発費補助金【2015年度当初:2.5億円】
革新的な技術の導入によりシビアアクシデント対策の高度化を図る技術開発等、革新的な原子力技術であってその実用化を図ることが必要なもので、特に安全性の向上や廃棄物減容・有害度低減に資する技術開発を支援しました。
(3)安全性向上原子力人材育成委託費【2015年度当初:1.5億円】
東京電力福島第一原子力発電所の廃止措置や既存原子力発電所の安全確保等のため、原子力施設のメンテナンス等を行う現場技術者や、産業界等における原子力安全に関する人材等の育成を支援しました。
(4)原子力人材育成等推進事業費補助金【2015年度当初:3.5億円】
原子力の基盤を支えるとともに、より高度な安全性の追求、世界の原子力施設の安全確保への積極的貢献等のためには、幅広い原子力人材を育成することが必要であるという認識の下、産学官の関係機関が機関横断的に連携することにより、効果的・効率的・戦略的に人材育成を行う取組を支援する「国際原子力人材育成イニシアティブ」事業を実施しました。
2.新たな環境下での事業環境の整備
(1)再処理等拠出金法案の提出
我が国は、資源の有効利用、高レベル放射性廃棄物の減容化・有害度低減等の観点から、使用済燃料を再処理し、回収されるプルトニウム等を有効利用する核燃料サイクルの推進を基本的方針としています。
自由化により事業者間の競争が進み、また、原発依存度が低減する新たな環境下での課題への対応策についても議論を行った総合資源エネルギー調査会原子力小委員会の「中間整理」(2014年12月)においては、「事業者が共同実施してきた核燃料サイクル事業について、(略)各事業者からの資金拠出の在り方等を検証し、この検討を踏まえて、必要な措置を講じていくことが重要」との方向性が示されました。
また、第189回通常国会における衆議院経済産業委員会の「電気事業法等の一部を改正する等の法律案」に対する附帯決議においては「核燃料サイクル事業については(中略)実施主体である認可法人に対して拠出金の形で資金が支払われる最終処分の仕組みを参考として遅滞なく検討」を行うこととされました。
こうした議論を踏まえて、2015年6月、原子力小委員会の下に「原子力事業環境整備検討専門ワーキンググループ」を設置し、新たな環境下においても、使用済燃料の再処理等が滞ることのないよう、必要な制度的措置について検討を行い、2016年2月に中間報告を取りまとめました。これを踏まえ、①事業者が発電時に再処理等に必要な資金を拠出することを義務付ける拠出金制度の創設、②再処理等を着実に実施する責任を有する認可法人(「使用済燃料再処理機構」)の設立、③認可法人の意思決定は、第三者(有識者)を含む運営委員会におい行うととしつつ、人事や予算等の認可等を通じて国が一定の関与を行うガバナンス体制の構築の3つを柱とする再処理等拠出金法案を国会に提出しました。
(2)原子力損害賠償制度の見直しについて
我が国の原子力損害賠償制度は、1961年に原子力損害の賠償に関する法律が制定されて以降、必要な見直しが行われてきましたが、今後発生し得る原子力事故に適切に備えるため、エネルギー基本計画を踏まえ、原子力損害賠償制度の見直しについて検討が行われています。「原子力損害賠償制度の見直しに関する副大臣等会議」での検討を踏まえ、原子力委員会の下にある「原子力損害賠償制度専門部会(部会長:濱田純一 東京大学名誉教授)において、専門的かつ総合的な観点からの検討が開始されました。2015年5月21日に第1回が開催されてから、2016年4月までに、9回にわたって議論が行われており、原子力損害賠償制度の基本的枠組み、原子力損害賠償に係る制度の在り方、被害者救済手続の在り方等について検討が行われています。