
大学生を対象に、カーボンニュートラル実現を目指すエネルギー技術の最先端を学ぶ講義・施設見学を実施
2024.9.11
実施概要
脱炭素社会に向けて様々な取組みが盛んに行われている中国地域にて、大学生等を対象に学部・学年、そして大学の枠を超えた21名が参加。研修会では、2035年にグローバル自社工場のカーボンニュートラルを目指し様々な技術革新を進めるマツダ株式会社、および木質系バイオマス燃料を使用して発電する国内最大級の施設を持つ海田発電所を訪れた。併せて、資源エネルギー庁からエネルギー政策に関する講義を実施。カーボンニュートラルの実現を目指し、挑戦を続ける政府・企業の姿に触れた上で未来のエネルギー政策について考えるきっかけを大学生に提供した。
講義「エネルギー政策を考える~現状と今後の方向性~」
(資源エネルギー庁 須山 照子)
参加者に対して、日本のエネルギー政策に関する講義を実施。今後日本が目指す電源構成や、脱炭素社会を実現するための最先端技術について資源エネルギー庁から説明を行った。
脱炭素電源への転換が、日本のエネルギー危機を救う

エネルギー政策においては、「S+3E」の理念が重要だ。Safety+Energy Security、Economic Efficiency、Environmentの頭文字を取っており、これらの要素をバランスよく実現することが求められている。日本のエネルギー自給率は13.3%(2021年度)にとどまり、OECD加盟国の中で下位2番目という極めて低い水準だ。また、電力料金の上昇も深刻で、東日本大震災直前と比較し2022年度は家庭用電力料金が6割、産業用電力は9割の上昇が見られ、コスト負担が増加している。一方、環境適合性の面では、再生可能エネルギーの導入拡大や、安全性が確認された原子力発電の再稼働により、震災前と比較してCO₂排出量は4%削減されている。しかし、日本のエネルギー事情は依然厳しい状況に置かれているということに変わりはない。現状の日本の電源構成をみると、化石エネルギーが全体の7割を占めており、依存度の高さは明らかだ。特に中国地方では、自家用火力発電の割合が全国平均よりも高いことに加え、GRP(域内総生産)あたりのCO₂排出量も全国平均に比べて高い。このような現状の中、日本は世界的な動向に対応し、2030年度までに化石火力の割合を4割程度まで削減し、再生可能エネルギーや原子力、水素・アンモニアといった脱炭素電源への転換を目指している。
再生可能エネルギーの活用は脱炭素社会実現への突破口

脱炭素社会の実現のためには、エネルギー転換や産業構造の変革を含むGX(グリーントランスフォーメーション)が必須だ。日本は低炭素・脱炭素電源のイノベーションなどにおいて極めて優れた知見を持っている。その強みを活かし、2050年カーボンニュートラル実現に向け、徹底した省エネに加えて、再生可能エネルギーや水素等の脱炭素エネルギーの導入・拡大が必要となる。現在、日本の再生可能エネルギーの導入状況は、世界で第6位と高い水準であり、再生可能エネルギーの先進国といえる。ただ、このところ導入ペースが落ちていることも事実だ。要因の一つとして、日本には太陽光発電パネルや風力発電設置に適した平地が少ないことが挙げられる。そこで注目されているのが、自給率の高いヨウ素を原料とする、軽量で柔軟性のあるペロブスカイト太陽電池や、水深の深いところでも設置が可能な浮体式洋上風力発電などである。ただ、再エネの発電量は気候の影響を受けやすく、安定供給のためには原子力発電をはじめとする脱炭素電源も欠かせない。福島第一原発の重大事故の反省を踏まえ、革新的な安全メカニズムを高めた革新炉の開発も進行中だ。再生可能エネルギーへのシフトに加え、火力発電も安定供給のためには依然として必要であることも考慮しなければならない。そこで、中国・四国地方では、周南、水島や波方等の地を中心に、石炭をアンモニアに置き換えるという方向性が示されている。日本は国際情勢や電力需要などの多くの不確実性を抱えているため、その中で自国の経済成長につながるものが何かを考えなければいけないのだ。
参加者の声
- 経済産業省の方から直接お話を伺い、それぞれのエネルギー資源に関する様々なメリットやデメリットを知ることができました。これからのエネルギー問題を解決するには、あらゆる選択肢を持ち続けて、突き進むことが重要だと感じました。
- 日本を含む世界のエネルギー課題や現状について学び、さらにそれに対して企業がどのように取り組んでいるかを詳しく知ることができ、エネルギー事情への理解が深まったと感じています。
- 全体的に深い学びになった。将来、教員になったらこの学びを活かして、エネルギーに関する授業を作っていきたいと思った。
施設見学 マツダ株式会社

第一の目的地として向かったのが1920年に広島で産声をあげ、来年2025年で創立105年を迎えようとしている自動車メーカー:マツダ株式会社だ。地元広島に根付き、チャレンジャーとして常に挑戦を続けてきたマツダ。2050年のサプライチェーン全体でのカーボンニュートラルに向け、地域の様々なプレイヤーと手を組んで新たな挑戦に乗り出す自動車メーカーの現場を見学した。自動車業界のカーボンニュートラルというと、「車を『つかう』ことで排出されるCO2を如何に削減するか」に意識がいきがちだが、マツダの挑戦はそれだけに留まらない。車を「つくる・はこぶ・つかう・もどす」それぞれの過程で排出されるCO2の削減にも取り組んでいるのだ。全社一丸となるだけではなく、地域も巻き込んでカーボンニュートラルの実現へと邁進するその現場の空気を、参加した大学生たちは直に感じていた。
「車のライフサイクル」全体でカーボンニュートラルを実現する

見学にあたり、最初に「地域経済・事業成長とカーボンニュートラルの両立」というマツダの掲げるコンセプトについてご説明いただいた。チャレンジャーとして常に「挑戦」を続けてきたマツダにとって、喫緊の課題の一つがカーボンニュートラルへの挑戦なのだ、と2023年4月に新設された経営戦略本部カーボンニュートラル・資源循環戦略部の木下氏(所属は見学会時点)は語る。
自動車に関連するCO2は車を「つくる・はこぶ・つかう・もどす」それぞれの過程で排出される。マツダがターゲットにするのは、この全て。すなわち「車のライフサイクル全体でのカーボンニュートラル実現」を目指しているのだ。2050年にライフサイクル全体でのカーボンニュートラルを実現するため、第一段階として2035年にはグローバル自社工場で排出されるCO2をゼロにすべく様々な改革に取り組んでいるという。その改革の3本の柱が「省エネの取り組み」、「再エネ導入」、「カーボンニュートラル燃料の導入」等だ。省エネの取り組みで例として挙げられたのが、車体の塗装における技術革新だ。電力や熱を多く消費する従来の塗装工程に対し、低温塗装化や塗装の一部をフィルムに置換する塗装レスの技術が紹介された。電力消費量が減るためCO2排出量が削減できるのはもちろんのこと、エネルギーコストを下げることもできるため一石二鳥だという。
「再エネ導入」では、単に「再エネを購入」するだけでなく、「再エネを増やす」取り組みにも力を入れている。マツダは、工場敷地内に大規模な火力発電所を有する日本唯一の自動車会社で、この発電施設で使用する燃料を石炭からアンモニアへ切り替え、再エネを増やす予定だ。他企業と協力して愛媛にアンモニアターミナルの設置を計画するなど、中国地方で大きな広がりを見せている。また、中国地域の人口当たりCO2排出量は全国平均に比べて高い。そのためマツダを含めた製造業などが地域一丸となって再エネの課題に取り組むことが重要であると考え、「中国地域カーボンニュートラル推進協議会」に参画して協議を進めている。
そして3つ目の「カーボンニュートラル燃料の導入」では、ガソリンや軽油と完全に互換性のある新たな燃料に切り替えることで物流分野でのカーボンニュートラルの実現を目指すという。従来のガソリン等に適応した設備をそのまま使える燃料とすることで、導入コストを下げることが狙いだ。
カーボンニュートラルにも多様性を

木下氏が講演の最後に語った「カーボンニュートラルにも多様性を」という言葉。見学者は工場内を見学し、その「多様性」を目の当たりにしていた。その一つがバイオマスから作られたコークスだ。鉄を溶かすために使用するコークスを化石燃料由来のものから、バイオマス由来のものに切り替える苦闘が技術者から語られた。コーヒーの搾りかすや広島ならではの「牡蠣いかだ」の再利用など、工夫の重ねられた研究の話に大学生たちは熱心に聞き入っていた。また、最新の取り組みである「微細藻類培養施設」も見学。太陽光とCO2を藻に供給して光合成を促進し、藻を増やす。その藻から油を取り出し、バイオディーゼル燃料として活用するという技術だ。藻に与えるCO2や栄養成分は自社工場から廃棄される排ガスや排水を利用するなどの工夫に参加者の興味は尽きず、たくさんの質問が飛び出していた。複数の過程で取り組まれるマツダの多様なカーボンニュートラルの取り組みに、参加者たちは自動車産業のカーボンニュートラルの未来を見たようだ。
参加者の声
- どの施設も非常に興味深かったですが、特にキュポラ/バイオマス燃料研究開発ラボが印象に残っています。研究開発において試行錯誤し、新たに開発されたものを実際に使用する一連の流れを企業の現場で見るのは初めてだったため、とても勉強になりました。
- 微細藻類によるバイオ燃料製造において、排水の利用が可能であることや、バイオ燃料を作るだけでなく経済性の確保も期待できる点に大きな可能性を感じました。
- 廃棄物をコークスのように活用している施設がありました。地域の企業と協力し、エネルギーの地産地消を実現している点や、カーボンニュートラルの達成に向けて未来に挑戦する姿勢が非常に印象的でした。
施設見学
海田バイオマスパワー株式会社(海田発電所)
次に訪れたのは、広島市の中心部から車で20分程の海田町にある海田発電所だ。広島ガス株式会社と中国電力株式会社の共同出資により設立された、海田バイオマスパワー株式会社が運用するこの発電所。2021年4月に営業運転をスタートし、その発電量は11万2千kWと現在稼働するバイオマス発電の中でも全国トップクラスだ。地域に根差した再生可能エネルギーの普及・拡大を目指し、木質系バイオマス燃料を活用した発電に取り組んでいる。参加者は実際の発電施設を間近に見ながら、バイオマス発電について様々な知識を学んだ。

木質系バイオマスによる発電でCO2排出量を削減

発電所所長からのご挨拶に引き続き、最初に学んだのは「バイオマス発電とは何なのか?」というテーマだ。生物を意味する「bio」と量を意味する「mass」から成る言葉で、植物や生物から得られた有機物を活用する再生可能エネルギー、バイオマス。その中でも海田発電所の主力となっているのが木質系バイオマスだ。林地残材や製材工場端材など、木を素材とするものを燃料として使用している。樹木は大気中のCO2を吸収して成長し、燃やされるとCO2を発生させる。すなわち、吸収したCO2と排出するCO2の総量が同じになるため、木質系バイオマスはカーボンニュートラルな燃料として注目を集めている。海田発電所では木質チップ、端材を固めて作られたホワイトペレット、そして油やしの実からパーム油を採取した後に残る椰子殻を燃料にしたPKSが使用されていることが説明された。中でも木質チップは主に広島県内産のものを使用しており、参加者は「地域に根差す」という海田発電所のポリシーを感じていた。
また、環境を意識した発電設備以外の各設備についても説明があった。その一つが、工業用水を利用した循環冷却方式の冷却塔だ。蒸気タービンで発電した後の蒸気を復水器という機械によって冷却することで水に戻し、再びボイラに循環させる。海田発電所では、この冷却過程で工業用水を使用している。海水の取水や多量の温排水を排出しない設備とし、海の環境保全にも配慮していることが語られた。他にも自動荷揚げ装置を実装し、半密閉・自動化することで粉塵の飛散を防止する海栄丸という船についても説明があり、参加者たちは興味津々な様子で耳を傾けていた。
木質系バイオマスを使って発電する国内最大級の施設
説明の後は最新の発電施設を間近に見ながら、バイオマス発電を支える最新の設備の説明を受けた。11万2千kWの発電出力を誇るタービン発電機施設に始まり、発電設備の運転・監視を行う中央制御室、そして発電所内で最も高さのあるボイラなどを見学。年間で約8億kWhの発電を目指すという今後の予定も聞くことができた。これらの説明に刺激を受けた参加者からは、多くの質問があった。木質系バイオマスで最も高い発電効率のある原料や、木質系バイオマスを原料として選定した理由など深い質問が多く聞かれた。前者については、ホワイトペレットの発電効率の高さに関する説明があり、後者については燃料の集めやすさ等が理由になっているという回答があった。再生可能エネルギーを生み出す最新の設備を自身の目で見て、疑問に対する答えを得て参加者は満足していたようだ。
参加者の声
- 広島県産の木質チップを燃料として使用している点に感銘を受けました。持続可能な社会を目指す地産地消のエネルギー生産に貢献していることを実感できました。
- 3種類のバイオ燃料を混合して運転できるだけでなく、NOxやSOxの予防もしやすい循環流動層ボイラを初めて知りました。スケールメリットによって熱効率を向上させると同時に、サーマルNOxの課題を解決できる点に感動しました。また、状況に応じて安価なバイオ燃料に切り替えることが可能な仕組みも魅力的です。
- 発電所の規模の大きさが最も印象に残りました。海田発電所のような好事例を機に、国が予算をかけて新しい時代の発電所を建てられる仕組み(コスト面や運用面も含めて)が構築されれば、日本のエネルギー関連事業はさらに躍進するだろうと思いました。
