序文
2021年度は、エネルギー政策の要諦である「S+3E」、すなわち、安全性(Safety)、安定供給(Energy Security)、経済効率性(Economic Efficiency)、環境適合(Environment)のうち、とりわけエネルギー安定供給にとって死活的な課題が投げかけられた年でした。
第一に、2022年2月24日のロシア軍によるウクライナ侵略です。ロシアを中心とした地政学リスクが、エネルギー市場の安定と世界経済を根底から揺さぶりました。すぐに使える資源が乏しく、自然エネルギーを活用する条件が諸外国と異なる日本にとって、エネルギーの安定供給を確保することは死活的に重要であることは、論を俟ちません。2050年カーボンニュートラルや2030年度の野心的な温室効果ガス削減目標の実現に向け、時間軸を意識して取り組みながらも、常に最悪の事態に備え、エネルギーが途絶しないよう、現実を直視して冷静な判断を下し、政策を実行していく必要性が改めて認識されました。
第二に、世界的なエネルギー需給の逼迫と価格高騰です。ロシア軍によるウクライナ侵略以前にも、世界のエネルギーを巡る需給状況は厳しさを増していました。2014年ごろの原油価格下落や、脱炭素の流れを受けた化石資源投資の低迷により、燃料供給力が世界的に低迷していたこと。新型コロナウイルス感染症によって2020年に大きく停滞した世界経済が2021年に回復に向かう中で、新興国を中心に天然ガスを始めとしたエネルギー需要が大きく増加したこと。2021年夏には天候不順や災害等により、欧州各国で風力発電が期待通りに動かなかったことや、北欧や南米で水不足による水力発電量が低下したこと、及び米国で寒波や熱波による需要増大に供給力が追いつかなかったことに伴い、これを埋めるために、天然ガス等の需要が世界中で大きく伸びたこと。こうしたことが複合的に作用し、2021年には各国でエネルギー需給が逼迫し、電力価格が高騰したり、停電に至る例も見られました。2022年2月のロシア軍によるウクライナ侵略は、こうした厳しい状況に追い打ちをかけ、世界のエネルギーを巡る情勢を更なる混迷に向かわせています。とりわけ、欧州では、再生可能エネルギーによる電力供給を拡大させながら、調整力として低炭素の天然ガスの比率が大きくなる中で、天然ガスを始めとした化石燃料をロシア一国に大きく依存する構造であったことから、需給が著しく逼迫し価格も大きく変動することとなっています。S+3Eの全てを満たす単一なエネルギー源が存在しない中、日本として、エネルギー安全保障の観点から、引き続きあらゆる選択肢を追求していかねばなりません。
第三に、日本における電力需給の逼迫です。3月22日の電力需給ひっ迫を受け、史上初の「需給ひっ迫警報」を発令するに至りました。この背景・要因には、気温が低下して暖房のための電力需要が増えたことや、天候不順で太陽光の発電が少なかったこと、脱炭素の流れも相まって休廃止が進みつつある火力発電が、春期の定期検査により稼働数が減少していた時期に、3月16日の福島県沖の地震により火力発電が被害を受け停止していたこと、などがあります。こうした中、東日本では、原子力発電が稼働していませんでした。今回の事案を通じて、エネルギーを安定供給することの重要性が改めて確認されました。
こうした中でも、脱炭素に向けた世界のうねりは止まることなく、むしろ一層加速しています。2021年末に、期限付のカーボンニュートラルを宣言したのは154ヵ国・1地域にのぼり、世界のCO2排出量の79%、GDPの90%に及びました。気候変動対策は、高い目標を競うだけでなく、いかに目標を達成するかという実行力が問われる時代に入ったと言えます。金融面では、気候変動に関する企業の情報開示のルール化が進み、各国の政策も、脱炭素につながるより具体的なものが増えてきています。ただし、エネルギーを巡る情勢は各国で千差万別であり、具体的な政策を見ると、各国の事情に応じて大きな違いがあります。各国の事情を踏まえた現実的な脱炭素の取組が重要であり、世界全体の実効的な気候変動対策にもつながるのであり、日本においてもこうした考え方の下、2050年カーボンニュートラル、2030年度の野心的な温室効果ガス排出削減目標の実現に向け、取り組んでいきます。
エネルギー政策を検討・実行する際に常に立ち返るべき原点であり、また大前提は、東日本大震災及び東京電力福島第一原子力発電所事故の経験、反省と教訓であり、これを肝に銘じることです。依然として、2022年3月時点で2.2万人の被災者が事故の影響により避難対象となっています。被災された方々の心の痛みにしっかりと向き合い、寄り添い、最後まで福島の復興・再生に全力で取り組むことは、これまで原子力を活用してきたエネルギー政策を進めてきた政府の責務です。
東京電力福島第一原子力発電所の廃止措置及び福島の復興は、一歩一歩進展していますが、残された課題に国が前面に立って取り組んでいかねばなりません。2021年度は、ALPS処理水の放出に関する取組を特に粘り強く続けています。2021年4月には「東京電力ホールディングス株式会社福島第一原子力発電所における多核種除去設備等処理水の処分に関する基本方針」を決定し、同年8月には「東京電力ホールディングス株式会社福島第一原子力発電所におけるALPS処理水の処分に伴う当面の対策」を取りまとめました。これらの対策を順次実施し、さらに加速させるため、同年12月に「ALPS処理水の処分に関する基本方針の着実な実行に向けた行動計画」を策定しました。また、2022年2月には国際原子力機関(IAEA)から処理水安全性レビューミッションが来日し、継続的な評価を受けており、同年4月には報告書が公表されています。他にも、2022年2月には、燃料デブリの取出しのための水中ロボットによる格納容器内部調査が開始される、試験的取出しに用いるロボットアームの試験を開始される等、着実に廃炉に向けた取組が進んでいます。また、復興については、2021年11月から特定復興再生拠点での準備宿泊を順次開始して、2022年春以降の避難指示解除を目指しています。さらに、なりわいの再建、企業立地が徐々に拡大し、2022年3月時点で15市町村の企業立地が397件、雇用創出が4,490人となるほか、新産業の集積の核となる拠点も順次開所しています。加えて、福島イノベーション・コースト構想の一層具体化のために、2022年3月に福島国際研究教育機構の基本構想を決定し、2023年4月の発足を目指して立地選定を進めています。引き続き、着実な廃炉・復興に向けて、取り組んでいきます。
こうした認識に立ち、令和3年度エネルギーに関する年次報告では、2021年度の状況や施策の進捗を整理し、記載しています。
第1部「エネルギーを巡る状況と主な対策」では、第1章「福島復興の進捗」で、東京電力福島第一原子力発電所事故への取組として、廃炉、汚染水・処理水対策等の現状や方針や、復興の取組等について説明しています。第2章「カーボンニュートラル実現に向けた課題と対応」では、COP26を踏まえた各国の脱炭素に向けた取組を紹介します。また、Web検索のデータを用いてエネルギーに関する国民の関心の推移や、2021年12月から議論が続いている「クリーンエネルギー戦略」の前提となるエネルギーの需要や、エネルギーコストについて分析をしています。第3章「エネルギーを巡る不確実性への対応」では、新型コロナウイルス感染症が国内外のエネルギー需給等に与えた影響について分析しています。また、ロシアのウクライナ侵略以前からの足下の資源高について背景や各国への影響を分析しています。
第2部「エネルギー動向」では、国内外のエネルギー需給の状況を定点観測的に、定量的なデータを中心にまとめています。第3部「2021(令和3)年度においてエネルギー需給に関して講じた施策の状況」では、国が取り組んでいるエネルギー政策の背景や具体的取組について説明しています。