第6章 緊急時対応の充実・強化

1.我が国の備蓄システム

1973年に発生した第一次オイルショックに対応し、国は緊急石油対策推進本部(後に、国民生活安定緊急対策本部に改組)を設けるとともに「石油緊急対策要綱」を閣議決定し、全国民的な消費節約運動の展開、石油・電力の使用節減に関する行政指導等を行い、事態の収拾に努めました。更に、これと並行して緊急時における石油の安定供給等に関する立法作業が進められ、同年12月には、いわゆる「緊急時石油二法」と呼ばれる「石油需給適正化法」と「国民生活安定緊急措置法」が制定されました。

また、国際的には、1974年にアメリカの呼びかけにより我が国を含む主要石油消費国の間で「エネルギー調整グループ(ECG)」が結成されました。同年、同グループにより「国際エネルギー計画(IEP)」協定が採択され、「国際エネルギー機関(IEA)」が経済協力開発機構(OECD)の下部機関として設置されました。

IEPは、加盟国の緊急時におけるエネルギーの自給力確立のため、前暦年の平均純輸入量の90日分の備蓄義務と、消費削減措置付きの緊急時石油融通制度を規定しています。この規定に基づき、1970年代の二度のオイルショックに対応して、IEA加盟国を中心に石油備蓄の増強が図られました。特に、国家備蓄(日本他)、協会備蓄(ドイツ、フランス他)等公的な石油備蓄の増強が1980年代に図られました。これらにより、IEA加盟国では、2010年2月現在で、加盟国(純輸入国に限る)平均146日の石油備蓄を保有しています。

2.石油備蓄の拡大整備と利用システムの充実

前述のように、IEPは、加盟国の緊急時におけるエネルギーの自給力確立のため、前暦年の純輸入量の90日分の備蓄を義務付けています。我が国においても、1975年に「石油備蓄法(現:「石油の備蓄の確保等に関する法律」、以下備蓄法)」を制定し、民間石油会社に石油の備蓄を義務付けるとともに「90日備蓄増強計画」を策定し、1981年度末には石油会社は90日分の備蓄目標を達成しました。更に1978年には国家備蓄も法制化し、1978年9月からタンカーによる国家石油備蓄を開始しました。

1979年の第二次オイルショックの際には、既に我が国は、「1980年3月末90日分」の石油備蓄目標に向かって、1975年から民間備蓄の増強を開始していました。

1990年8月、イラク軍がクウェートに侵攻することに端を発した湾岸危機の際も、我が国を含む消費国は、二度のオイルショックを経験していたため冷静な対応をとることができ、大きな混乱はありませんでした。我が国もこの頃には、民間備蓄・国家備蓄を合わせて約140日分(石油備蓄法ベース)の石油備蓄を持つに至っており、国家備蓄目標である5,000万klも1998年に達成しました(第361-2-1)。この過程で、国家備蓄の増強と同時に、民間備蓄の軽減を進め、1989年度から民間備蓄義務日数を90日分から毎年4日分軽減し、1993年度からは備蓄義務日数70日体制となりました。

2005年8月末にハリケーン「カトリーナ」によるアメリカにおける石油施設等の被害が発生し、アメリカにおける原油や石油製品不足、並びにこれに起因する世界及び我が国の石油市場への悪影響が懸念されましたが、これらを未然に防止する観点から、IEA加盟国と協調し、2005年9月7日から備蓄法に基づく民間備蓄義務日数を70日から67日に3日分引き下げ、民間備蓄石油の放出を行いました。この結果、10月8日の段階で我が国の放出分担量(約116万kl)を達成し、石油市場の安定化に貢献しました。なお、2005年12月26日にIEAが協調放出の終了を公表したことから、我が国においても2006年1月5日から基準備蓄量を元の70日に戻しました。

なお、現在、国家備蓄石油と国家備蓄基地施設を保有する国が、それらの管理をJOGMECに委託し、JOGMECが操業サービス会社に基地操業等を委託し、統合管理しています。

【第361-2-1】日本の石油備蓄の整備拡大と石油備蓄日数の推移

【第361-2-1】日本の石油備蓄の整備拡大と石油備蓄日数の推移

【第361-2-1】日本の石油備蓄の整備拡大と石油備蓄日数の推移(xls/xlsx形式:30KB)

(注)
1:石油備蓄量、備蓄日数は年度末実績。
2:石油備蓄量は民間備蓄、国家備蓄とも製品換算後ベース。
3:備蓄日数は石油備蓄法ベース。
(資料)
資源エネルギー庁調べ

3.LPガスの備蓄

LPガスは、我が国の最終エネルギー消費の約5%を占める国民生活に密着した重要なエネルギーですが、供給面では、供給の約75%を輸入に依存し、輸入の約86%を中東に依存するという供給構造となっているため、安定供給の確保が課題となっています。

1970年代後半、サウジアラビアのアブカイクのプラント事故による2ヶ月にわたる輸入量の激減、第二次オイルショックへの対応等を経て、LPガスの輸入が一定の期間でも途絶または大幅に減少した場合、国民生活及び国民経済に与える影響が大きいとの認識が深まりました。

このため、国は1981年度に石油備蓄法を改正し、LPガス輸入会社に年間輸入量の50日分に相当する備蓄を義務付け、1988年度末に目標の50日備蓄を達成しました。

平成20年度末現在、我が国では約63日分の民間備蓄LPガスを保有しています。また、民間備蓄に加え、国家備蓄についても150万トンを達成することを目標として、全国5ヶ所で備蓄基地の整備を進めており、このうちの地上3基地(七尾、福島、神栖)については2005年度中に完成し、2008年度には備蓄が終了しました。平成20年度末現在約19日分の国家備蓄LPガスを保有しています(第361-3-1)。

【第361-3-1】LPガスの国家備蓄と民間備蓄日数の推移

【第361-3-1】LPガスの国家備蓄と民間備蓄日数の推移

【第361-3-1】LPガスの国家備蓄と民間備蓄日数の推移 (xls/xlsx形式:30KB)

(出所)
資源エネルギー庁調べ

4.2009(平成21)年度において緊急時対応の充実・強化に関して講じた施策

(1)国家備蓄の維持管理

国家石油備蓄(103,998百万円)

約5,100万kℓにおよぶ国家備蓄石油及び国内十カ所の国家備蓄基地について、国から委託を受けたJOGMECが一元的に管理を行い、緊急時における国家備蓄石油の機動的な活用が可能な体制を維持すべく、緊急放出訓練等の事業を行いました。

また、緊急時対応能力強化のため、原油に比べ迅速に放出が可能であるなどの性質を有する観点から、石油製品のうち生活物資として備蓄の必要性が高い灯油について需要量1日分(13万kl)の国家石油製品備蓄を開始しました。さらに、アブダビ首長国の原油を我が国に貯蔵し、緊急時に当該原油の優先供給を受けることができる事業(アブダビ首長国との共同備蓄プロジェクト)を開始しました。

国家石油ガス備蓄(22,921百万円)

石油ガスの安定供給確保の観点から150万トンの国家備蓄を達成すべく、国家備蓄基地の建設等を行いました。国家備蓄基地は、茨城県神栖市、石川県七尾市、岡山県倉敷市、愛媛県今治市、長崎県松浦市の国内五カ所において整備を進めており、このうちの地上三基地が2005年中に完成しました。残る二基地の着実な工事の進展を図るとともに、完成後の基地の管理業務委託を行いました。

なお、基地建設については、国家備蓄事業の実施体制の変更に伴い、基地建設に係る権利義務を従来の石油ガス国家備蓄会社から石油公団へ承継した後、JOGMECに承継するとともに、国からの委託事業として実施しています。

(2)民間備蓄の維持推進

備蓄石油・石油ガス購入資金に係る利子補給(9,068百万円)

石油の備蓄の確保等に関する法律に基づき、石油精製業者、石油販売会社、石油輸入業者、石油ガス輸入業者に対して備蓄義務(石油:70日、石油ガス:50日)を課していますが、当該備蓄業務はこれらの民間企業に対して膨大なコスト負担を強いるものであることから、JOGMECが備蓄石油・石油ガス購入資金の低利融資を行っており、所要の貸付規模を維持するとともに、借入金にかかる利子負担の軽減を図るべく、貸付を受けた企業に対して国が利子補給を行いました。