第1部 エネルギーを巡る課題と対応


第1章第2節

2.エネルギー源多様化への取組

 石油ショック以降、省エネルギーと合わせて取り組んできたのがエネルギー源の多様化です。我が国では、官民が一体となって原子力や天然ガス、石炭といった石油代替エネルギーの導入を積極的に進めてきた結果、1973年に77%であった石油依存度は、2005年度には49%まで下がっています。特に、エネルギー源の多様化は、発電分野で著しく、発電電力量で見ると、1973年には、73%であった石油火力の割合は、2004年度には、わずか10%まで低下し、原子力や天然ガス、石炭の割合が大幅に増加しています(第112-2-1)。

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また、都市ガス事業においても、都市ガスの原料をナフサ等の石油系や石炭から天然ガスに転換し、2005年度には石油依存度は6%まで低下しています(第112-2-2)。




(1)原子力発電の推進

〔1〕これまでの政策

 原子力は、エネルギー資源に乏しい我が国にとって、技術で獲得できる事実上の国産エネルギーとして、1954年度予算に原子力予算が計上されて以降、これまで技術開発等の取組が進められてきました、1955年に公布された原子力基本方法には、「自主・民主・公開」という原則が原子力の研究、開発及び利用の基本方針として掲げられ、原子力委員会設置法の制定(1955年)、国際原子力機関(IAEA)憲章の調印(1956年)、核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律(原子炉等規制法)の制定(1957年)等により、その後の我が国における原子力の平和利用を推進するための礎が築かれました。特に、我が国は1970年代に2度の石油ショックを経験する中で、原子力開発の意義が強く認識されて今日まで一貫して原子力推進の取組が進められてきました。
 一方、世界的には、1979年に米国スリーマイル島で発生した原子力発電所事故及び1986年に旧ソ連チェルノブイリで発生した原子力発電所事故を契機として、原子力に長い期間、逆風が吹く厳しい時代となりました。
  これと並行して、世界的にエネルギー資源の需給は緩み、エネルギー安全保障の重要度の認識は後退することとなりました。
 ところが近年、中国をはじめとするアジア諸国の急速な経済成長などを背景として、世界的な資源獲得競争の時代へと情勢は大きく変わりました。さらに、地球温暖化対策への取組に対する要請の高まりも相まって、これまで原子力に対して慎重な立場をとってきた米国、英国、フィンランドをはじめとした先進主要国も原子力への回帰を目指す方針に政策を転換してきています(第112-2-3)。


 我が国の原子力政策については、2005年10月、原子力委員会では、「原子力政策大綱」を策定し、政府は、これを原子力政策の基本方針として尊重する旨の閣議決定を行い、原子力政策大綱において、〔1〕2030年以降も総発電電力量の30%〜40%程度という現在の水準程度かそれ以上の供給割合を原子力発電が担う、〔2〕使用済燃料を再処理し、回収されるプルトニウム等を有効利用する、〔3〕高速増殖炉(FBR)の2050年頃からの商業ベースでの導入を目指す、などの基本的方針が定められました。こうした基本的方針の実現に向けて、経済産業省では、総合資源エネルギー調査会電気事業分科会原子力部会において検討を重ね、2006年8月に「原子力立国計画」を策定し、確固たる政策枠組みと具体的プランを示しました。この「原子力立国計画」は、2007年3月に改訂された「エネルギー基本計画」の一部として位置付けられ、閣議決定されています。
 この「エネルギー基本計画」において、我が国では、原子力発電をエネルギー供給安定性に優れ、かつ、発電過程において二酸化炭素を排出しないクリーンなエネルギー源であり、エネルギー安全保障の確立と地球温暖化問題との一体的な解決を図る上での要と位置付けて、安全の確保を大前提に、核燃料サイクルを含め今後とも着実に推進していくとともに、世界的なエネルギー需給逼迫の緩和や地球温暖化防止に貢献及び我が国原子力産業の技術・人材を維持する観点から、核不拡散と安全の確保を大前提に、原子力産業の国際的展開も推進することとしています。 特に、世界的な原子力回帰の動きの中で、安全な原子力エネルギーの利用拡大と核不拡散の両立を図り、世界のエネルギー安全保障と地球温暖化対策に貢献していくためには、原子力政策の国際的な協調が重要となってきています。


〔2〕これまでの具体的取組の流れ

(a)原子力の技術開発

 1956年に初めて制定された「原子力の研究、開発及び利用に関する長期計画」においては、原子炉の建設計画に係る基本方針として、核燃料資源の有効利用への期待から増殖炉型動力炉の国産化を究極の目標とする一方、その実現に向け、各種の研究用原子炉や発電用原子炉などを輸入し、国内の技術水準の向上を図っていく方針が示されました。また、民間での動力炉の国産化に成果を十分活用していくこととされました。
 この方針に基づき、日本原子力研究所において米国からの技術導入により、1957年に我が国初の原子炉となる研究用原子炉「JRR-1」の運転が開始され、1963年には同じく米国から動力試験炉「JPDR」が導入され、我が国初の原子力発電が行われました。続いて、我が国初の商業用の原子力発電プラントとして、1965年に英国から導入されたコールダーホール型原子炉(日本原電株式会社東海第一発電所)の運転が開始されました。その後、1970年代前半にかけて、米国より現在の我が国の主流となっている加圧水型軽水炉(PWR)及び沸騰水型軽水炉(BWR)の導入が行われ、運転経験の蓄積や国内への技術の定着に向けた取組が進められました。

 1970年代後半からは、それまで蓄積された運転経験や基礎・基盤研究などの成果も活かし、PWR、BWRの国産化が進められ、官民協力による研究開発プロジェクトである「軽水炉改良標準化計画」などを通じ、国産技術の蓄積が行われ、プラントにおける信頼性や稼働率の向上及び被ばくの低減などが図られました。1981年から開始された「第3次軽水炉改良標準化計画」においては、それまでのプロジェクトの成果をベースに、国際協力も行いつつ、官民一体で、安全性、経済性、信頼性などのさらなる向上を図った国産の新型軽水炉である改良型沸騰水型軽水炉(ABWR)、改良型加圧水型軽水炉(APWR)の開発が行われました。1996年には、ABWRの初号機(東京電力株式会社柏崎刈羽原子力発電所6、7号機)の運転が開始され、現在、国内で合計4基のABWRが運転中です。
 将来に目を移すと、2030年前後から、国内では初期に建設された既設炉を中心に、大量の代替建設需要が見込まれています。また、世界的な原子力回帰の動きの中で、海外でも今後、大きな既設炉の代替需要や新規の建設需要が予想されています。こうした将来の需要に備え、我が国では、今後、「第3次軽水炉改良標準化計画」以来約20年ぶりとなる国家プロジェクトとしての次世代軽水炉の開発に、官民一体で取組むこととしており、2006年度より、本格開発段階に向けたフィージビリティ調査を進めています。
 また、FBRサイクルの実証・実用化に向けては、研究開発を効果的・効率的に推進するため、経済産業省、文部科学省、電気事業者、メーカー及び独立行政法人日本原子力研究開発機構が一体となって検討を進めており、実証炉の基本設計開始までの研究開発体制について、中核企業1社に責任と権限及びエンジニアリング機能を集中する方針を決定しています。


(b)原子力立地振興

 当時の日本では高度経済成長を続けていたため、電力需要の伸びに対応した電源の確保が課題となっていました。こうした状況の中で1973年に第一次石油ショックが発生し、電力危機への不安は更に増大しました。そこで、政府は、1974年に電源開発促進税法、電源開発促進対策特別会計法および発電用施設周辺地域整備法のいわゆる電源三法を制定し、発電用施設周辺地域の整備や安全対策をはじめとする発電施設の設置円滑化のために必要な交付金や補助金を交付する制度を創設し、電源立地を促進するための基盤を整備しました。原子力発電の導入が本格化したのも、この電源三法の制定後です。1974年までに運転開始した原子力発電プラントは8基でしたが、その後20年間で40基が運転開始しました。1975年には、原子力発電の安全性に関する調査・実証実験等の委託費及び、原子力発電施設の耐震信頼性実証実験や原子力広報研修施設整備費等の補助金が新設されました。
 また、2003年には、電源地域にとって一層使いやすく、効率的、有効性の高い制度となるよう交付金の一本化や福祉サービスの提供などを対象としたソフト事業の拡充など制度改正を行いました。


(c)原子力の安全管理及び保障措置

 原子力の安全管理については、電源三法の制定と時期を同じくして、原子力の安全管理も強化されました。1975年に内閣総理大臣の諮問機関として発足した「原子力行政懇談会」が提言した原子力安全規制行政の改革に沿って、1978年には原子力基本法が改正されたことにより、原子力安全委員会が新設されました。これにより、従来の行政庁による安全規制に加え、同委員会によるダブルチェックが行われることとなりました。その後も国内外の原子力施設の事故などを教訓に原子力発電所の安全管理が強化されています。
 また、機器の信頼性向上、作業員・運転員の人的ミス防止のためのヒューマンファクター研究の進展、発電所の予防診断技術などの開発により、原子力発電所のトラブル件数は減少しており、原子炉の計画外停止回数も国外の発電所と比較しても非常に少なく、我が国の原子力発電所の信頼性と安全性は高い水準にあると言えます。 さらに、国際約束に基づき原子力施設に対する保障措置を着実に実施しています。

(2)天然ガスの開発・導入 我が国では天然ガスは、1969年に、東京ガスと東京電力が共同してアラスカから液化天然ガス(LNG)の購入を開始し以来、安定的かつクリーンなエネルギーとしての特性を生かし、環境規制の厳しい都市圏での大気汚染防止対策上、極めて有効なエネルギー源として、主に発電用燃料及び都市ガス原料向けに導入されてきました(第112-2-4)。


特に、1973年の第一次石油ショック以降、石油依存度を低減させることによりエネルギー供給の安定化させるため、石油に替わるエネルギーとして液化天然ガス(LNG)の導入を強力に推進してきました。

 LNGの供給には、生産国における天然ガスの探鉱・開発に加え、液化プラント建設、積出し港湾建設、LNGタンカーの建造、輸入国での受入基地建設といったインフラ整備に巨額の設備投資を必要とします(第112-2-5)。


政府では、政府系金融機関等が実施する長期低利融資や債務保証を通じてインフラ構築を資金面で支援してきました。具体的には探鉱・開発段階から輸送段階まで次のような助成措置が取られてきました。

 ● 可燃性天然ガスの探鉱及び採取に必要な資金に対する石油公団(現石油天然ガス

 ●金属鉱物資源機構)の融資
 
 ●現地のLNG生産施設建設等に対する日本輸出入銀行融資(現国際協力銀行)
 
 ●可燃性天然ガスの探鉱及び採取並びに海外における天然ガス液化に必要な資金に対する石油公団の出資
 
 ●日本輸出入銀行(現国際協力銀行)等の融資に対する石油公団の債務保証
 
 ●LNGタンカー建造に対する日本開発銀行融資(現日本政策投資銀行)
 
 ●LNGの輸入関税の免除

 LNGの導入を促進する上で最も重要な点は、「安定した安価なLNG」を供給できるか否かであり、日本の電力会社やガス会社では、海外からのLNG調達に当たって20〜30年といった長期契約を売主との間で締結してきました。また、原油価格と連動して決まるLNG価格についても、原油価格の乱高下の影響を緩和するために工夫された価格決定方式を採用してきました。最近では、海外での天然ガス開発に資本参加し、LNGの価格変動リスクへの対応を図る電力会社やガス会社も見られます。
 一方、国内での天然ガス利用を進めるため、LNG受入れ基地の建設や都市ガス事業における天然ガスへの切り換えにも、次のような措置を講じてきました。


 ● LNG受入設備に対する日本開発銀行からの融資(現日本政策投資銀行)および北海道東北開発公社からの出融資ならびに中小企業金融公庫の融資
 
 ●産業用LNG導入のための日本開発銀行(現日本政策投資銀行)・中小企業金融公庫の長期低利融資
 
 ●産業用に適したLNG契約制度の導入
 
 ●地方都市ガス事業者に対する天然ガス化導入促進援助

 また、石油ショック後、電気事業分野において、電力需要が堅調に伸びる状況下で、火力発電の中で石油からLNGへシフトしてきた背景には、1979年に国際エネルギー機関(IEA)がベースロード用石油専焼火力発電所の新設・更新の原則禁止を決定したこともあげられます。我が国でもその決定を受け入れ、原則的に石油火力発電所の新たな建設は行わないこととし、電力会社では安定供給及び経済性の観点からLNG火力及び原子力等の導入により電源多様化を推進しました。また、都市ガス原料として天然ガスが導入された背景には、環境面や安全面で優位性のある天然ガスによって都市ガス事業の高度化を図るねらいがありました。
 最近の取組としては、天然ガスの開発、導入及び利用を促進するために、政府系金融機関による貸付、海外投資等損失準備金制度等の施策を実施することで、天然ガスの安定的かつ低廉な供給確保に努めています。例えば、サハリンには、大規模な石油・天然ガスの埋蔵量が確認されており、我が国に地理的に極めて近く、供給源の多角化にも有効です。そのため、国はプロジェクトに参加する我が国の企業に対する支援等を行ってきました。現在、サハリンI、サハリンIIという2つのプロジェクトが我が国企業の参加の下で進められており、生産される石油・天然ガスが経済性のある形で我が国に供給されることになれば、エネルギー安定供給上、大きな意義があります。



新たな資源開発としては、メタンハイドレートの開発があります。国が主体となって中長期的視点で技術開発等を推進していくことが重要です(第112-2-6)。このため、現在、2016年度までに商業的産出のための技術を整備することを目標に、資源量評価に関する研究、生産手法開発に関する研究、環境影響評価に関する研究等を実施しています。
 このほか、国内の天然ガス利用拡大に向けては、特に地方都市ガス事業への天然ガス導入促進を進めるため、地方都市ガス事業者が実施するガス種等の変更による天然ガス導入に対して費用負担の軽減、技術的能力の補完、技術・ノウハウの移転等による支援を行っています。(最近の取組について、詳しくは第3部第3章第5節を参照


(3)石炭利用の推進

 石油ショックを契機に、原子力や天然ガスと並び石炭の利用も積極的に推進することになりました。世界的にもIEAが1977年に石炭の利用促進を加盟国に要請し、石炭利用を推進する機運が高まりました。それまでの我が国の石炭政策は国内の炭鉱対策や国内炭の利用推進が中心課題でしたが、第6次石炭政策(1976〜1981年)では、一定量の国内炭利用を確保しつつも海外炭の利用を拡大する方向に舵を切りました。具体的には、海外での炭鉱開発に対する財政支援(海外炭開発調査への補助、海外炭探鉱資金の貸し付け、海外炭開発資金への債務保証)を行うとともに、低利融資や利子補給により海外炭受入基地(コールセンター)の建設を推進してきました。コールセンターは現在全国で9箇所あります(第112-2-7)。

 海外炭の利用推進を始めた1970年代は、鉄鋼業界が原料炭をオーストラリアやカナダから輸入していましたが、燃料用の一般炭を海外から輸入することは経験のないことでした。また、最大の輸入候補国であったオーストラリアは当時石油、石炭、天然ガス、ウランなどエネルギー資源輸出を禁止していましたので、政府と産業界が一体となって、オーストラリアと一般炭の輸入に向けた交渉を行いました。
 一方、国内では電力業界やセメント製造業、製紙業などで石炭火力発電や工業用石炭ボイラーを導入するなど石炭利用を進めてきました。発電部門では1973年度に4.6%だった石炭火力の割合が2005年度には26%まで拡大しました(第112-2-1)。また、先述の通り、セメント製造業では、第二次石油ショックを契機に重油から石炭へほぼ100%シフトしました。
 このほか、石炭の利用拡大に向けては、第二次石油ショック直後の1980年に制定された「石油代替エネルギーの開発及び導入の促進に関する法律(代エネ法)」に基づき、石炭のクリーンかつ効率的な利用を図るため、石炭ガス化・液化技術や石炭灰の有効利用技術など、クリーンな石炭利用技術の研究開発も進めてきました。最近ではこうした成果を石炭依存度の高いアジア諸国に普及させるため、例えば、脱硫設備や高効率燃焼技術の導入に向けた中国への協力や低品位炭改質技術や石炭液化技術の導入に向けたインドネシアとの協力事業なども進めています。また、我が国の優れた炭鉱技術をアジアの産炭国に移転する協力事業も進めるなど、アジア地域の石炭需給の安定化にも取り組んでいます。


(4)新エネルギーの推進

 我が国の新エネルギー政策は、省エネルギー政策とともに石油ショックを契機としてスタートしました。1970年代の2度の石油ショックにより、我が国の経済は大きな影響を受け、石油代替エネルギーとしての新エネルギーの重要性が認識されることとなりました。
 新エネルギー政策は技術開発から始まりました。具体的には、1974年に通商産業省工業技術院(当時:現独立行政法人産業技術総合研究所)において「サンシャイン計画」がスタートし、将来的にエネルギー需要の相当部分をまかない得るクリーンなエネルギーの供給を目的に、太陽、地熱、石炭及び水素エネルギーの4つの新エネルギー技術について重点的に研究開発を進めました。
 第二次石油ショック後の1980年には、エネルギーの安定的かつ適切な供給確保の観点から、石油代替エネルギーの開発・導入の法的枠組みとして「石油代替エネルギーの開発及び導入の促進に関する法律」(代エネ法)を制定しました。代エネ法は、「石油代替エネルギー供給目標」を閣議決定として策定・公表することや当時の新エネルギー総合開発機構(現:独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO))による石油代替エネルギーの開発・導入に関する各種の措置の実施について定めています。新エネルギー総合開発機構においては、石炭液化技術開発、大規模深部地熱開発のための探査・掘削技術開発、太陽光発電技術開発等を重点プロジェクトとして推進しました。
 その後の国内外のエネルギーをめぐる経済的・社会的環境の変化に伴い、石油代替エネルギーのうち、経済性における制約から普及が十分でなく、石油代替エネルギー供給目標の達成のために促進を図ることが特に必要な新エネルギーの普及促進を目的として、1997年に「新エネルギー利用等の促進に関する特別措置法」(新エネルギー法)が制定されました。新エネルギー法は、国や地方公共団体、事業者、国民等の各主体の役割を明確化する基本方針の策定や新エネルギー利用等を行う事業者に対する金融上の支援措置等を定めています。

 新エネルギーの開発・導入を推進する法制度の整備と合わせて、研究開発プログラムも見直しが行われました。「サンシャイン計画」は、1993年には1978年発足の「ムーンライト計画(省エネルギーに関する技術開発プログラム)」と統合され「ニューサンシャイン計画」となり、さらには、2001年以降の中央省庁再編に伴い「新エネルギー研究開発プログラム」として実施されています(第112-1-18参照)。こうした新エネルギー関連の研究開発の代表的な成果としては太陽光発電が挙げられます。我が国では1974年以降、1,800億円の研究開発予算を投じて一貫して太陽光発電の高効率化や低コスト化に関する研究開発に取り組んできましたが、この成果は、太陽光発電の発電コストの低下(過去10年間で3分の1に低下)や、生産量が世界一(2004年度の生産量は66万kW、生産額は2,911億円)、累積導入量が世界第2位(2005年度で142万kW)といった我が国の地位に表れています(第2部第1章第3節5.新エネルギー 参照)。

なお、2005年度7月から2006年度10月にかけて開催された総合資源エネルギー調査会新エネルギー部会において、新エネルギーの概念の範囲の見直しが行われました。この結果を踏まえ、「新エネルギー」の概念については、再生可能エネルギーのうち、その普及のために支援を必要とするものとして整理されました。また、再生可能エネルギーの供給、エネルギー効率の飛躍的向上、エネルギー源の多様化に資する新規技術等については、今回、新たに「革新的なエネルギー高度利用技術」として整理されました(第112-2-8)。
 2002年6月、新エネルギーの導入を更に進めるためには、特に発電分野において新たな市場拡大措置が必要であるとの視点から、電気事業者に一定量以上の新エネルギー等から得られる電気の利用を義務付ける「電気事業者による新エネルギー等の利用に関する特別措置法」(RPS法)が制定され、2003年4月に全面施行されました。RPS法は、電力の小売を行う事業者(一般電気事業者、特定電気事業者、特定規模電気事業者)に対し、その販売電力量に応じて、「新エネルギー等電気(新エネルギー等により発電された電気)」を一定割合利用することを義務付けています。各電気事業者の毎年度の利用義務量は、経済産業大臣が4年ごとに8年先まで定める「電気事業者による新エネルギー等電気の利用の目標」をベースに決定され、利用義務量の全国合計値は2005年度で38.3億kWh、2010年度で122億kWh、2014年度で160億kWhです。

  RPS法の対象となり得るエネルギー源は、〔1〕風力、〔2〕太陽光、〔3〕地熱(熱水を著しく減少させないもの)、〔4〕中小水力(水路式で1,000kW以下)、〔5〕バイオマスの5種類であり、電気事業者は、〔1〕自ら「新エネルギー等電気」を発電する、〔2〕他の発電事業者から「新エネルギー等電気」を購入する、〔3〕他の発電事業者等から「新エネルギー等電気相当量※1」を購入する、のうちから最も有利な方法を選択して義務を履行することができます(第112-2-9)。

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 地方公共団体、事業者等に対する導入支援策としては、最近は特に先進性の高い設備の導入や地方公共団体等が中心となって実施する普及啓発効果の高い取組等モデル的な事業に重点を置いて支援を行っています。太陽光発電、太陽熱利用等の導入促進に関しては、初期コストが高い住宅用太陽光発電システム等については、2005年度まで集中的な補助を実施し、その導入を促進しました。現在は、住宅分野に比べ普及が進んでいない公共分野など非住宅分野への導入普及を進めています。

※1: RPS 法の認定を受けた設備から購入する電気を,「新エネルギーの普及促進のための付加価値(環境価値)」と「電気そのものの価値」に分けた際に,「新エネルギーの普及促進のための付加価値」に相当する部分

 第1章エネルギーを巡る課題と対応


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