第2部 エネルギー動向 

第2部 エネルギー動向

序章 エネルギーと国民生活・経済活動

1.エネルギーと国民生活・経済活動
 エネルギーは、国民生活や経済活動になくてはならないものです。まず、私たちのくらしとエネルギーの関係や我が国のエネルギー政策の変遷などを概観してみましょう。

(1)私たちのくらしを支えるエネルギー
 〔1〕私たちのくらしとエネルギー
 現在の私たちのくらしや社会は、エネルギーの消費によって成り立っています。日常生活に欠かすことのできない電気、ガス、水道はもちろん、現代社会の基礎となっている運輸、通信なども全てエネルギーを利用しています(第201-1-1)。また、私たちの目に見えないところでも、多くのエネルギーが消費されており、農作物、食品、洋服など、あらゆる製品はその生産過程においてエネルギーを利用しており、エネルギーが私たちのくらしを支えています(第201-1-2)。このうち、私たちのくらしや生産の現場で電気、ガス、ガソリン、灯油など直接的に消費されているエネルギー(直接エネルギー)だけでなく、私たちが購入する食料、洋服やさまざまな製品の製造工程に用いられる原材料生産や製造、加工、輸送などに間接的に消費されているエネルギー(間接エネルギー)もあります。

【第201-1-1】エネルギーの供給過程と利用形態
第201-1-1 エネルギーの供給過程と利用形態

【第201-1-2】生活用品の製造にかかる間接エネルギー
第201-1-2 生活用品の製造にかかる間接エネルギー

 〔2〕エネルギー資源の分類
 エネルギー資源は、大きく「化石エネルギー」と、「非化石エネルギー」に分けられます。「化石エネルギー」は、石炭、石油、天然ガス、LPガスなど、古代地質時代の動植物の死骸が化石化し、燃料となったものです。「非化石エネルギー」は、原子力エネルギーや水力発電、地熱発電、更には、新エネルギーなどがあります。
 原子力エネルギーは、ウランなどの核分裂によるエネルギーを利用したものです。新エネルギーは、太陽光発電、風力発電、廃棄物発電などの技術的に実用化段階に達しつつあるが、経済性の面での制約から普及が十分でないものであり、石油代替エネルギーの導入を図るために特に必要なものと定義されています。国際的には、風力、水力、バイオマスなどエネルギー資源が再生可能なものを指す「再生可能エネルギー」という用語が用いられています。

 〔3〕海外に頼る日本のエネルギー
 我が国はエネルギー資源に乏しく、そのほとんどを海外からの輸入に頼っています。利用用途の広い石油・LPガスは中東地域を中心に、天然ガスは東南アジア、豪州、中東等から、石炭は豪州等からほぼ全量を輸入しています。一方、日本国内で産出される「国産エネルギー」は、水力、地熱、風力や若干の天然ガス等(国際エネルギー機関(IEA)による)のみで、我が国が必要とするエネルギーの約4%にすぎません。原子力発電に必要なウランも海外から輸入されていますが、燃料のエネルギー密度が高く備蓄が容易であること、使用済燃料を再処理することで資源燃料として再利用できること等から、資源依存度が低い「準国産エネルギー」と位置付けられています。原子力エネルギーを含めても、エネルギー自給率(エネルギー供給に占める国産エネルギーの割合)は、約2割にすぎません。

 〔4〕国内のエネルギーの流れ
 次に、このようなエネルギーがどのように供給され、どのように消費されているのかの大きな流れを見てみましょう。エネルギーは、生産されてから、実際に私たちエネルギー消費者に使用されるまでの間に様々な段階、経路を経ています。大まかに見ると原油、石炭、天然ガスなどの各種エネルギーが供給され、電気や石油製品などに形をかえる発電・転換部門(発電所、石油精製工場など)を経て、私たちに最終的に消費されるという流れになっています。この際、発電・転換部門で生じるロスまでを含めた我が国が必要とするすべてのエネルギーの量という意味で「一次エネルギー供給」の概念が用いられ、最終的に消費者に使用されるエネルギー量という意味で「最終エネルギー消費」の概念が用いられています。国内に供給されたエネルギーが最終消費者に供給されるまでには、発電ロス、輸送中のロス並びに自家消費が発生し、最終消費者に供給されるエネルギー量は、その分だけ減少することになります。量的には、日本の国内一次エネルギー供給を100とすれば、最終エネルギー消費は69程度(総合エネルギー統計による)になっています。
 具体的には、一次エネルギー供給は、石油、天然ガス、LPガス、石炭、水力、原子力等といったエネルギーの元々の形態であるのに対し、最終エネルギー消費では、我々が最終的に使用する石油製品(ガソリン、灯油、重油等)、都市ガス、電力、熱といった形態のエネルギーになっています。一次エネルギーの種類別にその流れを見ると、原子力、水力、地熱、新エネルギー等は、そのすべてないしほとんどが電力に転換され、消費されています。一方、天然ガスについては、電力への転換のみならず熱量を調整したうえで都市ガスへの転換も大きな割合を占めます。石油については、電力への転換の割合は全体的には小さく、そのほとんどが石油精製の過程を経て、ガソリン、軽油などの輸送用燃料、灯油や重油などの石油製品、石油化学原料用のナフサなどとして消費されています。石炭については、電力への転換及び製鉄に必要なコークス用原料炭への使用が大きな割合を占めています。LPガスについては、そのまま一般家庭等での消費が大きな割合を占めています(第201-1-3)。

【第201-1-3】我が国のエネルギーバランス・フロー概要(2004年度)
第201-1-3 我が国のエネルギーバランス・フロー概要(2004年度)

COLUMN 文明とエネルギー

 私たちのくらしや社会に不可欠なエネルギーと人類や文明との関わりの変遷を、歴史を遡って見てみましょう。

〔1〕「火」の発見
 人類が初めてエネルギーを利用するようになったのは約50万年前の「火」の発見からです。最初はまきを燃やし暖房や料理に使い、やがて土器などの新しい道具づくりに利用するようになりました。火の利用は、人類が文明を発展させる出発点となっています。

〔2〕農業の始まりとエネルギー
 今から約1万年前になると、人間は農耕や牧畜を始めるようになり、牛馬の力を耕作用動力源として利用するようになりました。さらに風力や水力など自然のエネルギーもさまざまな分野で活用する工夫が重ねられました。

〔3〕産業革命を支えた石炭
 16世紀に入ると、それまでの木炭に代わり石炭が熱エネルギー源として利用されるようになりました。その後、ワットが1765年に蒸気機関を発明し、工場での動力源のほか、蒸気機関車、蒸気船などさまざまな分野に応用されるようになりました。この発明により、従来の畜力や自然エネルギーに比べて生産力は大幅に向上し、石炭の消費量も飛躍的に増大することとなりました。また、石炭が豊富だったイギリスを中心に産業革命が起こり、文明も一気に発展することとなりました。

〔4〕石油による流体革命(エネルギー革命)
 1859年にアメリカで新しい石油採掘方式が開発され、石油の大量生産が可能になると、その利用方法も急速に発展しました。さらには1950年代に中東やアフリカに相次いで大油田が発見され、エネルギーの主役は石炭から石油へと移行しました。これを流体革命(エネルギー革命)と呼んでいます。大量に安く供給された石油は、さまざまな交通機関、暖房用、火力発電などの燃料として、また石油化学製品の原料として、その消費量は飛躍的に増えました。

〔5〕石油に代わるエネルギーの出現
 しかし、1970年代の2度の石油ショックは、世界各国でエネルギーが不足するのではないかと懸念されるほど深刻な事態を引き起こし、当時7割を超える石油依存度となっていた日本も石油という単一のエネルギーに頼りすぎることの危険性を思い知らされました。その経験から原子力や天然ガスなど石油代替エネルギーの導入が進みました(第201-1-4)。

【第201-1-4】人類とエネルギーの関わり
第201-1-4 人類とエネルギーの関わり

(2)これからのエネルギー問題
 〔1〕増え続ける世界のエネルギー消費
 今日の社会や人々の生活は、昔の人からは想像もつかないほど、変革を遂げています。同時に世界のエネルギー消費量は、産業革命以降、工業化に伴うエネルギーの大量消費に応じて急速に増加し続けています。また、18世紀頃までは非常に緩やかなカーブをたどっていた世界人口は、産業革命を契機に増加のテンポが速まりました。中でも20世紀に入ってからの増加は著しく、1830年には10億人だった世界の人口は、1930年に20億人、1980年に44億人、2003年には約62億人と急増しています。これまでの人口増加は確実にエネルギー消費の増加に結びついています。今後も人類全体としてのエネルギー消費量は、人口増加と、文明の進歩に伴う1人当たりのエネルギー消費量の増加との相乗効果によって増大することが見込まれます。特にアジアでの人口の急速な増加が予測されており、21世紀半ばには世界全体で90億人以上に達するといわれています(第201-1-5)。また、現在のところ、発展途上国における1人当たりのエネルギー消費量は先進国に比べ少ないものの、今後、中国をはじめとしたアジア地域などは、その経済成長に伴い、1人当たりのエネルギー消費量が増加していくものと予測されます。

【第201-1-5】世界人口の地域別推移と見通し
第201-1-5 世界人口の地域別推移と見通し

 〔2〕私たちの直面しているエネルギー問題
 これからのエネルギー問題を考える上で忘れてはならない点が3つあります。先ず、現在、世界全体で使っているエネルギーのうち、約9割は石油や石炭、天然ガス、LPガスといった化石エネルギーですが、埋蔵量には限りがあることなどから、常にその安定供給に留意する必要があります。次に、化石エネルギーの燃焼時には地球温暖化の原因となる二酸化炭素(CO2)やそのほかの酸化ガスが排出され、地球環境への影響が指摘されていることから、環境問題に配慮したエネルギーの利用が求められています。最後に、エネルギーは、私たちのくらしや社会に必要不可欠なものであることから、そのコストは、経済の活力や我が国の国際競争力とかかわりがあります。私たちは、このような利用を念頭において、貴重なエネルギー資源をできるだけ効率的に用いていくことが必要です。

2.我が国のエネルギー政策の変遷
 我が国のエネルギー政策は、その時代の様々な要請に従い、変化をしてきました。以下、戦後の我が国のエネルギー政策の変遷を簡単に俯瞰します。

 〔1〕石油ショック以前のエネルギー政策
 1973年に石油ショックが勃発する以前の戦後の我が国のエネルギー政策を概観すると、大きく2つの時期に区分されます。

 (ア)戦後復興期
 第一の時期が戦後復興期(1945年〜1962年)です。先ず、石炭の増産に必要な労働力、資金、資材等を最優先させて確保する「傾斜生産方式」(1946年)により、官民一体の石炭増産体制を確立し、終戦直後の荒廃から経済の復興を目指しました。次に、朝鮮動乱終結後の石炭不況に対応して石炭産業の合理化を進めながら、石炭を中心にエネルギー供給を行う「炭主油従政策」を維持しました。

 (イ)高度成長期
 第二の時期が高度成長期(1962年〜1972年)で、低廉かつ安定的なエネルギーの供給をエネルギー政策の柱にして、エネルギー供給の中心を石炭から石油へ転換した時期です(「油主炭従政策」)。具体的には、構造的不況に陥った石炭産業の合理化を推進する一方、石油製品の安定供給を確保するとの観点から消費地精製※1の原則に立ち、石油精製能力、石油生産計画等を政府の監督下に置くことにより石油産業の健全な発展を図りました。なお、1962年は我が国において、初めて石油が石炭を抜いてエネルギー供給の首位の座についた年でもあり、この前後、エネルギー供給の主体が石油に移る、いわゆる「エネルギー革命」が急速に進展しました。

※1:消費地精製:原油を産油国から原油のまま輸入し、消費地で精製すること。石油製品は連産品であり、また、国際的な石油製品の市場も未発達であったため、国内に精製能力を保有しないと特定の製品の不足に対応できない恐れがあったため、このような方式をとっていた。


 〔2〕第一次石油ショック後のエネルギー政策
 (ア)第一次石油ショックと緊急時対策
 第四次中東戦争を契機に1973年に発生した第一次石油ショック(原油価格の高騰と供給削減)は、当時石油依存度が7割を超えていた我が国にとって国民生活及び経済に対し大きな衝撃を与えるものでした。政府は危機発生に対処するため、国民生活安定緊急対策本部を設けるとともに「石油緊急対策要綱」を閣議決定し、消費節約運動の展開、石油・電力の使用節減等の行政指導を行い、事態の収拾に努めました。これと並行して石油の安定供給等に関する立法作業が進められ、同年12月には、「石油需給適正化法」と「国民生活安定緊急措置法」が制定されています。また、国際的には、1974年に米国の呼びかけにより我が国を含む主要石油消費国の間で「エネルギー調整グループ」が結成され、同年、同グループにより「国際エネルギー計画」(IEP)協定が採択され、「国際エネルギー機関」(IEA)がOECDの下部機関として設置されました。この国際協定であるIEPは、緊急時自給力確立のため、前年の平均純輸入量の90日分の石油備蓄義務と、消費削減措置付きの緊急時石油融通制度を規定しています。これを受けて我が国では、1975年に石油備蓄法の制定を行い、90日備蓄増強計画を策定、1981年度末には石油精製元売会社等の民間備蓄義務者は90日分の備蓄目標を達成しました。

 (イ)エネルギーの安定供給確保を重視へ
 第一次石油ショックによって石油供給不足の脅威を経験した我が国は、エネルギーの安定的な供給を確保することを国の将来を左右する最重要課題と位置付け、極めて脆弱な我が国のエネルギー供給構造を改善するため所要の施策を行いました。具体的には、〔1〕石油依存度の低減と非石油エネルギーによるエネルギー源の多様化、〔2〕石油の安定供給の確保、〔3〕省エネルギーの推進、〔4〕新エネルギーの研究開発、の4点を掲げ、そのうち、中長期的課題である新エネルギーの研究開発については、1974年に、2000年を目途として、数十年後における我が国のエネルギー需要の相当部分をまかなう新しいクリーンエネルギーを供給するための技術の開発を目指した「サンシャイン計画」が発足しました。

 (ウ)電源開発と電源三法
 電力需要は、高度経済成長期には年平均10%を超える旺盛な増加を続け、第一次石油ショック後も、1974年度を除けば、第二次石油ショック(1979年)まで対前年度に比べ4〜8%増加しました。このように増大し続ける電力需要に対応するため、電源開発の促進が重要課題でした。一方、安全性や公害に対する不安から、発電所等の建設が地元住民の反対にあって難航することが多くなってきました。このため、地元住民の不安を取り除く努力を続けるとともに、発電所等の立地を受け入れる地域の福祉向上を図ることが重要となりました。そこで、1974年に「発電用施設周辺地域整備法」、「電源開発促進税法」、「電源開発促進対策特別会計法」のいわゆる電源三法が成立し、これらに基づく電源立地促進対策交付金等により、種々の施策が講じられるようになりました。これにより、原子力発電所の立地が大きく進展することとなり、我が国の石油依存度引き下げに大きく寄与しました。

 〔3〕第二次石油ショック後のエネルギー政策
 (ア)第二次石油ショックと石油代替エネルギーの導入対策
 第一次石油ショック以降、エネルギー安定供給の確保や省エネルギーへの取組を進めていた我が国は、第二次石油ショックを経て、更にその取組を推進していきました。こうした状況のなか、一方で石油代替エネルギーの開発及び導入をすることで石油依存度の低下を図り、エネルギー供給構造を改善する必要から、1980年に「石油代替エネルギーの開発及び導入の促進に関する法律」(代エネ法)が制定されました。これに基づき政府は、同年「石油代替エネルギーの供給目標」を閣議決定しました。
 また、大型の石油代替エネルギー技術開発を総合的に推進するために、同年に独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)を設立しました。

 (イ)省エネルギーの推進
 石油ショックにより省エネルギーの重要性が認識されるとともに、法制度の整備、各種施策などの省エネルギー政策を推進することとなりました。法整備については、1979年に「エネルギーの使用の合理化に関する法律」(省エネ法)を制定・施行し、工場、建築物及び機械器具に関する省エネルギーを総合的に進めるために、各分野において事業者が取り組むべき内容等を定めました。なお、技術開発については、1978年に「ムーンライト計画」がスタートし、エネルギー転換効率の向上、未利用エネルギーの回収・利用技術の開発などが進められました。また、民間における省エネルギー技術の研究開発への助成等が推進され、我が国産業は世界でも最高水準のエネルギー使用効率を達成することとなりました。

 〔4〕プラザ合意以降のエネルギー政策
 (ア)効率化の要請への対応
 我が国は2度の石油ショックを経験することにより、〔1〕石油の安定供給の確保、〔2〕石油代替エネルギーの開発導入の促進、〔3〕省エネルギーの推進を3つの柱とする総合エネルギー政策の体系を確立してきました。我が国における省エネルギーと石油代替エネルギーの導入の進展がみられる中で、国際的には原油価格の低下という新しい事態の到来と、エネルギー供給の「セキュリティとコストの最適バランスの確保」が新しい課題となりました。特に、プラザ合意(1985年)以降、円高が進み、我が国産業の国際競争力強化の観点からエネルギーコストの低減が求められました。こうした中で、石油産業については、1987年から石油精製設備の増設などについての許可を運用弾力化するなど規制緩和が始まりました。電力分野についても、自家発電やコージェネレーションシステムの電力系統への連系容易化や(1986年)、自家発電などの余剰電力の小売を可能とする対象範囲の拡大(1989年)などの規制緩和が進められました。

 (イ)ゆとりと豊かさのもとでのエネルギー需要の増大
 1980年代後半から1990年代にかけて、国民のゆとりと豊かさの追求により、特に民生部門及び運輸部門においてエネルギー消費が大きく伸びました。すなわち民生部門においては、冷暖房需要の増加、大型家電機器の普及、社会活動の24時間化、OA化等の情報化の一層の進展により、また運輸部門においては、自動車保有台数の増加、乗用車の大型化、物流需要の増加等によりエネルギー消費は増大しています。このようなエネルギー需要の増大は、エネルギーの安定供給確保と省エネルギーの重要性を再確認させるものです。

 〔5〕地球温暖化問題への対応
 近年、エネルギー政策の新たな課題として、エネルギー起源の二酸化炭素の排出等に起因する地球温暖化問題への対応の必要性が生じてきました。国際的には、1997年に、先進国の温室効果ガスの排出削減を約束した京都議定書が採択され、2005年2月に発効しました。この中では、我が国については、温室効果ガスの排出量を2008年から2012年までの第一約束期間に基準年排出量と比べて6%削減することが定められています。我が国でも、京都議定書の採択を受けて、地球温暖化問題に対する具体策をまとめた地球温暖化対策推進大綱が1998年に策定されました。更に、2005年4月には、京都議定書の発効を受けて、我が国の6%削減約束を確実に達成するために必要な措置を定める京都議定書目標達成計画が閣議決定されました。しかし、エネルギー起源二酸化炭素は、2003年度には90年度の排出量に比べて13.3%増加しており、目標達成のためには更に多くの努力が必要です。

 〔6〕強靱でしなやかなエネルギー・システムの構築に向けて
 1973年は、第一次石油ショックの発生というエネルギー政策史において特筆すべき年とされてきましたが、2005年で30年以上が経過しました。この間、我が国は、幾多の困難に直面し難局を乗り越えてきました。エネルギーの安定供給に加えて、地球規模での環境問題への配慮、更には自由化、効率の向上も求められています。2002年6月には、このようなエネルギーをとりまく情勢を踏まえ、「安定供給の確保」、「環境への適合」、及びこれらを十分考慮した上での「市場原理の活用」の3つを基本方針とするエネルギー政策基本法が制定されるとともに、2003年10月には、同法に基づき、エネルギーの需給に関する施策の長期的、総合的かつ計画的な推進を図るため、エネルギーの需給に関する基本的な計画としてエネルギー基本計画が閣議決定・国会報告されました。エネルギー政策は、世界のエネルギー情勢、我が国の経済構造や国民のライフスタイルの変化等を踏まえながら遂行することが重要であり、更には環境政策、科学技術政策とも密接な関連性をもつものです。国の将来を見据えた確固とした戦略を持つと同時に、様々な環境変化が起こった場合に適時適切かつ柔軟に検討を加え、必要があると認めるときには変更するしなやかさを兼ね備えたエネルギー・システムの構築が求められます。政府は、エネルギー基本計画に基づき、このような要請に応じるためのエネルギー政策を推進しています。

 序章 エネルギーと国民生活・経済活動


前の項目に戻る     次の項目に進む 目次に戻る


利用規約法的事項プライバシーポリシー