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( )内のページ番号は、別途掲載している『日本のエネルギー2009(PDF版)』のページ番号に対応しています。
合わせてご参照下さい。 |
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| 現在の私たちの社会や暮らしは、大量のエネルギー資源に支えられています。日常生活に欠かすことのできない電気、ガス、水道はもちろん、現代社会の基盤となっている交通、運輸、通信など全てエネルギーを利用しています。ふだんの暮らしの場からは見えないところでも、水資源、食品、工業製品など、あらゆる身の回りのモノはその生産過程や廃棄過程において、エネルギーを使用しています。 |
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エネルギーを生み出すための資源は、原油、液化天然ガス、石炭などの化石資源や、原子力発電の燃料としてのウランなどで、日本で供給されるエネルギーの約96%を海外から輸入しています。こうしたエネルギー資源を一次エネルギーといいます。一次エネルギーは石油事業者や電力・ガス事業者などによりガソリンや灯油、電気、都市ガス等といった使い勝手の良い二次エネルギーへと転換されて消費者のもとへ届けられ、使用されています(図-1、表-1)。
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日本に供給される一次エネルギーのうち、約47%は石油が占めており、1973年の77%をピークとしてその割合は低下してきているものの、他のエネルギー資源と比べ依然として最大のシェアを有しています(図-2)。また、運輸部門を中心に石油への依存度がほぼ100%である分野もあります。更に、石油の用途は他のエネルギー資源に比べ広い範囲に浸透しており(図-3)、私たちの暮らしや社会にとって、石油は必要不可欠なエネルギー資源であるといえます。
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日本が輸入する代表的な油種の一つであるアラビアンライトについて、長期的な推移をみると、かつて2〜3ドル程度で推移していた価格は、1973年の第一次石油ショックを期に1バレル当たり12ドルまで高騰し、1979年の第二次石油ショック時には34ドルまで高騰しました。しかしながら、価格高騰による需要の減退や非OPEC諸国の生産量増加等の影響により、1986年には10ドルを下回る水準まで急落し、その後は概ね10ドルから20ドルの間を推移しました。
1999年のアジア経済危機後の世界経済の回復を期に価格は上昇基調に転じ、2008年7月には134.09ドルと史上最高値を更新しましたが、その後は下降基調に転じ、2009年2月には42.86ドルと3分の1以下にまで下落するという史上最高の乱高下を経験しました(図-4)。 |
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日本のエネルギー消費は、3つの部門に分けて考えることができます。私たちが家庭や職場で直接エネルギーを利用する民生部門、ヒトやモノの輸送にエネルギーを利用する運輸部門、モノの生産にエネルギーを利用する産業部門です。
産業部門は石油ショック以降、消費量の伸びは概ね横ばいですが、民生・運輸部門は大幅に増加しました。その割合は、石油ショック時に産業:民生:運輸が4:1:1であったのが、最近(2006年度)では2:1:1に変化しています(図-5)。 |
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第二次世界大戦後、中でも1950〜1970年代の約20年間に、日本は高度経済成長を果たし、エネルギー消費は増大を続けました。
しかし1970年代に日本経済は2度の石油ショックによって大きな打撃を受け、産業界ではその後、省エネルギー対策を徹底的に進めました。その結果、エネルギー消費原単位(※)は小さくなりました(図-6)。このような努力の結果、産業部門ではエネルギー消費を増やさずに経済成長を果たすことが出来ました。 |
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民生部門は、家庭部門と業務部門があります。家庭部門では、第一次石油ショック時に比べて、2倍以上のエネルギーを消費しています。石油ショックの後、省エネルギー型の家電製品やガス器具などの開発が進み、次第に家庭へ普及しましたが、生活の利便性・快適性を追求する国民のライフスタイルの変化、世帯数の増加、高齢者比率上昇等の社会構造変化の影響、家電等の大型化などにより、エネルギー消費は増大しています(図-7)。
業務部門には、企業の事務所・ビル、ホテルや百貨店などのサービス業があり、第一次石油ショック時に比べて、3倍近くエネルギーを消費しています。増加の要因としては、事務所や小売等の延床面積が増加したことと、それに伴う空調・照明設備の増加、オフィスのOA化の進展などがあります。 |
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| 運輸部門には、乗用車やバス等の旅客部門と陸運や海運、航空貨物等の貨物部門があり、第一次石油ショック当時に比べて、2倍エネルギーを消費しています。増加の主な要因としては、自動車保有台数の増加が挙げられます。旅客部門においては、鉄道、バスの割合が減少し、乗用車の割合が増えており、貨物部門においては、鉄道、海運の割合が減少し、トラックが増加しています。また、乗用車のエネルギー消費原単位は、他の輸送機関に比べ大きくなっています。 |
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| 産業部門は、エネルギー消費全体の約45%を占め、そのうちの約9割を製造業が占めています。製造業のエネルギー消費は、1973年の第一次石油ショック以降、経済規模は2倍以上になったにもかかわらず、省エネルギーの進展と産業構造の変化により微増にとどまっています(5頁・図-5参照)。これは製造業のエネルギー効率(消費原単位)が1980年代までに大幅に改善されたことによるものです。 |
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| 製造業で使われているエネルギー源は、1970年度に石油の消費が約6割を占めていましたが、石油ショックを契機として多様化が進み、2006年には約4割に低下しています(図-8)。 |
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| 製造業のうち、鉄鋼、化学、窯業土石(セメントなど)、紙・パルプの4分野で、引き続き製造業全体のエネルギー消費の7割を占めていますが、その割合はこれら産業の省エネルギー努力もあり、やや減少しています(図-9)。 |
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我が国の高度経済成長をエネルギー面で支えたのは、それ以前の石炭に代わって大量に安価で供給されるようになった石油です。我が国は安価な石油を大量に輸入し、1973年度にはエネルギー供給の77%を石油に頼っていました。
1973年の第一次石油ショックによって、原油価格の高騰と石油供給途絶の脅威を経験した我が国は、省エネルギーを推進するとともにエネルギー供給を安定化させるため、石油依存度を低減させ、原子力や天然ガスなどを導入しました。その後、再び原油価格が大幅に高騰した1979年の第二次石油ショック後は、原子力や新エネルギーの開発・導入も加速させました。
現在の石油依存度は47.1%(LPガスを含む)ですが、第一次石油ショック当時の77%と比べると、かなり低減しています。しかし、天然ガス(15.1%)、石炭(20.5%)の依存度も高くなっており、化石燃料全体の依存度は82.7%と極めて高い水準を維持しています。したがって、非化石エネルギー(太陽光等の再生可能エネルギー、原子力)の更なる導入拡大や、化石燃料の有効利用など、エネルギー供給構造の高度化を図る必要があります(図-10、11)。 |
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石油や石炭などの一次エネルギーは、その半分近くが二次エネルギーである電力に転換されます。一次エネルギー総供給のうち発電に用いられる割合(電力化率)は、1970年度には27.8%であったものが、2006年度では42.7%に達しています。発電の分野では、石油から原子力、石炭及び天然ガスへの代替が大きく進み、2007年度では、原子力が25.6%、石炭が25.3%、天然ガスが27.4%と主力を占めています(図-12、13)。 |
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生活や経済活動に必要な一次エネルギーのうち、自国内で確保できる比率をエネルギー自給率といいます。我が国はかつて国産石炭や水力などの国内天然資源エネルギーの活用により、例えば1960年には約6割の自給率を達成していました。しかし、その後の高度経済成長の下で安価な石油が大量に供給され、石炭から石油への燃料転換が進み、石油が大量に輸入されるとともに、石炭も輸入中心へと移行したこと等から、エネルギー自給率は大幅に低下しました。
更に石油ショック以降に導入された天然ガスや原子力の燃料となるウランについてもほぼ全量が海外から輸入されているため、2006年のエネルギー自給率は水力等わずか4%です(図-14)。これは、低いと言われる日本の食料自給率(カロリーベース)40%と比較しても、大幅に低い水準となっており、また諸外国と比べても低くなっています。
なお、原子力の燃料となるウランは、一度輸入すると長期間使うことができることから、原子力を準国産エネルギーと考えることができます。この考え方によれば、エネルギー自給率は2006年には約19%となっています。 |
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石油のほぼ全量を輸入する日本では、原油の安定的な供給を図るため、自らが油田等の探鉱や開発を行う権利を有する自主開発原油の確保に向けた取組を進めてきました。
この結果、我が国の自主開発原油の比率は、1973年度の約8%から2007年度の約19%と倍増しましたが(図-15)、諸外国に比べると依然として大きく立ち遅れた状況にあります。 |
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