第5節 原子力政策に対する社会の信頼を高めていくための取組

1.「原子力社会政策」の意義

原子力利用に「絶対安全」はありません。「安全神話」と決別し、世界最高水準の安全性を不断に追求する。これが、東京電力福島第一原子力発電所事故を経験した我が国の原子力政策の出発点です。

東日本大震災後に策定した第四次エネルギー基本計画では、震災前に描いてきたエネルギー戦略を白紙から見直し、原発依存度を可能な限り低減していくこととしました。他方で、我が国を取り巻く厳しいエネルギー環境を踏まえれば、原子力への依存度をゼロにしてしまうのは難しいという現実があります。

原子力の利用に関しては、我が国における原子力利用が始まった当初から、国民各層の間で様々な意見がありました。あれほどの過酷な原発事故を経験した後に、原子力利用に対する懸念の声が高まるのは、無理からぬことです。政府は、そうした懸念の声を真摯に受け止めなければなりません。原子力利用に対する懸念が高まる背景には、「原発を動かせば、また重大な事故が起こってしまうのではないか」といった安全面の懸念や不安があるだけではありません。これまで全国各地で実施しているシンポジウムなどでは、「結果として原発事故を防ぐことができなかった電力会社や政府を信頼できない」といった声や「原子力の利用に伴って生じる課題への政策対応が不十分ではないか」といった声にも接しています。

原子力政策の大前提として、まず何よりも、原子力利用に対して失われてしまった社会の信頼を取り戻していくことから始めなければなりません。そのためには、原子力政策の抱える課題について、決して逃げたり先送りしたりすることなく真正面から向き合い、最終的な成果を得るには数十年単位での長い時間がかかる課題であっても、一歩ずつ着実な取組を進めていくことが重要です。

原子力利用に対する社会的な信頼を高めていくために、政府として着実な取組を進めていかなければならない諸課題に対処する政策群―ここでは、「原子力社会政策」と総称します―についての具体的な取組を次項以降で紹介します。

2.原子力社会政策の具体的な課題と取組

東京電力福島第一原子力発電所事故後における原子力政策の課題は、原子力発電所の稼働に関わる課題のみならず、使用済燃料の処分(いわゆる「バックエンド」)に関わるものも含め、多岐にわたります。そうした課題については、経済産業省/資源エネルギー庁だけではなく、複数の省庁に関係する分野での取組が必要なものも多く、政府全体で方針を確認して総合的に取り組んでいく必要があります。

原発依存度を可能な限り低減させていくとの観点からは、廃炉すべき原発は廃炉すべきであり、廃炉を円滑に進めるための環境を整えることが課題となります。

また、再稼働する原発についても、深刻な過酷事故は起こり得ないという「安全神話」に再び陥ることがないよう、事業者による自主的な安全性向上を促し、万が一の事故が起こる場合にも備えて原子力災害対策を充実させ、事故の際の損害賠償制度の見直しも検討を進めなければなりません。

さらに、使用済燃料について確実な再処理体制の整備や貯蔵対策の強化を進めるとともに、高レベル放射性廃棄物の最終処分について国が前面に立って取り組む必要があります。

そして、最優先に取り組むべき福島の復興、廃炉・汚染水対策を着実に進めます。政府は、電力自由化が進展する中でもこれらの課題に十分な対応ができるよう、原子力関係閣僚会議等の場を積極的に活用して総合的な政策対応を進めていきます。

(1)第三回原子力関係閣僚会議の開催

2015年10月6日、政府は、第三回原子力関係閣僚会議を開催して、原子力社会政策の当面の課題と進捗状況をまとめました。そこでは以下のような具体的な取組について取り上げ、その後も同会議にて進捗を確認しています。

①「安全を大前提として、再稼働すべきものは再稼働する」一方で、「廃炉すべきものは廃炉する」ため、会計制度を措置したところ、実際に複数の廃炉について届出がなされました。

②原発の安全性については、世界最高水準の規制を満たすだけにとどまらず、事業者が不断に自主的な安全性向上に取り組むよう促します。

③原子力災害対策は、国が前面に立って自治体を支援し、実践的な訓練等を通じ、実効性の更なる向上に努めることが必要です。

④事故時の賠償については、既に原賠法と原賠機構法の枠組は整っていますが、更なる制度の見直しの検討が進められています。

⑤使用済燃料については、電力自由化に伴って再処理の制度や体制を検討するとともに、第四回最終処分関係閣僚会議で決定した政府の『アクションプラン』に基づき、事業者において貯蔵対策を強化します。

⑥最終処分についても、自治体の「手挙げ方式」から転換し、国が科学的有望地を提示するなど前面に立って取り組みます。

⑦福島の復興、廃炉・汚染水対策の進展は、原子力政策の大前提となります。『中長期ロードマップ』等これまでに示した方針に基づいて着実に取組を進めます。

【第125-2-1】原子力政策に対する社会の信頼を高めていくための取組の進捗状況(2016年3月11日時点)

原子力政策に対する社会の信頼を高めていくための取組の進捗状況(2016年3月11日時点)

(2)第四回原子力関係閣僚会議の開催

以上の課題はいずれも重要ですが、中でも、地元住民からは、安全対策やシビアアクシデント対策はもとより、事故時の避難に直結する原子力災害対策の具体化・充実化に対して大きな関心が寄せられています。

政府が、地域の声に耳を傾け、その要請に真摯に向き合い、真正面から取り組むことは、原子力政策に対する社会の信頼を高めるために極めて重要です。その一環として、2016年3月11日の第四回原子力関係閣僚会議において、更なる原子力災害対策の充実へ向けて特に重要と考えられる点について、政府の考え方を明らかにし、原子力災害対策について、政府が今後どう具体的に対応するかを示しました。

これを踏まえ、防災基本計画、原子力災害対策マニュアルを修正又は改訂するとともに、自治体が地域防災計画・避難計画の内容の更なる具体化・充実化へ向けて取組を進めることを、政府を挙げて支援していきます。

また、原子力防災における自治体の役割の重要性に鑑み、原子力防災に関する施策の検討に際しては、事前に、全国知事会等と意見交換をするなど、自治体の意見を十分に踏まえることとします。さらに、原子力災害対策の充実に向けた取組の中で、法改正でなければ対応できない課題が明らかになった場合には、必要な法改正について検討を行います。

同会議では、上記をまとめた「原子力災害対策充実に向けた考え方」を示すに当たり、東京電力福島第一原子力発電所事故の教訓を踏まえたこれまでの政府の具体的な取組として、①いかに過酷事故を未然に防止するか(シビアアクシデントの防止)、②過酷事故が発生した場合にいかに対処するか(シビアアクシデント対策の規制対象化)、そして、③住民被害を最小限に抑えるためにいかに効果的な対策を講じるか(原子力災害対策の充実)についても紹介しました。

①シビアアクシデントの防止

東京電力福島第一原子力発電所事故では、地震や津波により複数の機器・系統が同時に安全機能を喪失し、炉心溶融等のシビアアクシデントが発生してしまいました。

東京電力福島第一原子力発電所事故の教訓を踏まえ、独立した原子力規制委員会は、共通要因による安全機能の複数喪失などによるシビアアクシデントを防止するため、地震、津波など大規模な自然災害への対応強化、火災・内部溢水・停電などへの耐久力向上など、規制要求を大幅に強化した新規制基準を策定しました。

②シビアアクシデント対策の規制対象化

東京電力福島第一原子力発電所事故以前は、設計上の想定を超えるシビアアクシデントが起きても、炉心損傷や格納容器破損を防止する対策は規制対象となっておらず、事業者による自主的な対応に委ねられていました。東京電力福島第一原子力発電所事故では、事業者の自主的な対策が十分に機能せず、シビアアクシデントの進展を止められませんでした。

東京電力福島第一原子力発電所事故の教訓を踏まえ、シビアアクシデント対策について、新たに規制の対象とし、炉心損傷防止、格納容器破損防止等の対策を求めることとしました。また、ハード面の対策に加え、それらの安全対策を実施する際の手順などソフト面の対策についても厳しく審査し、その実効性については、実践的な訓練の中で確認することとしました。

原子力規制委員会が策定した新規制基準においては、格納容器破損防止対策の有効性評価の基準として、セシウム137の放出量が100テラベクレル(東京電力福島第一原子力発電所事故における放出量の約100分の1)を下回ることを求めています。

③原子力災害対策の充実

東京電力福島第一原子力発電所事故以前は、避難計画の策定等の事前対策を講じておくための原子力災害対策重点区域の範囲について、我が国においては原子力発電所から概ね8 ~ 10km圏とされており、大量の放射性物質が広範囲にわたり放出される事態を想定していませんでした。その結果、住民が実際に避難する事態に直面した際、入院患者など要配慮者の避難に対する備えの不足、放射性物質の放出後の避難等の判断のための基準の未設定、安定ヨウ素剤の服用に関する指示の混乱など様々な課題が明らかになりました。

東京電力福島第一原子力発電所事故後、この教訓及びIAEAの国際基準を踏まえ、原子力災害対策については、災害対策基本法に基づく防災基本計画を大幅に修正するとともに、放射線防護の考え方などの専門的事項を示すため、原子力規制委員会が、新たに原子力災害対策特別措置法に基づく原子力災害対策指針を策定しました。同指針では、原子力災害対策重点区域をIAEAの国際基準の最大である30㎞圏(UPZ)に広げ、特に予防的防護措置を準備する区域である5km圏(PAZ)においては、放射性物質の放出前に予防的に避難を実施することにしました。同時に、要配慮者については、避難により健康リスクが高まることも考慮し、一定期間避難せず、放射線防護対策を講じた施設に退避することも選択肢に入れた計画を策定することを求めています。さらに、放射性ヨウ素からの内部被ばくを防ぐ安定ヨウ素剤についても、事前配布や緊急時の配布体制の整備を行うことなどを求めています。こうした指針に基づく対応の実施のため、政府は、各地域に設置した地域原子力防災協議会において、自治体が策定する地域防災計画・避難計画の具体化・充実化に向けた取組を、関係自治体と一体となって進めています。なお、同指針については、原子力規制委員会において継続的な改善が行われていますので、次節において詳細を紹介します。

さらに、実際に現場で原子力発電の安全を確保するのは、事業者自身であり、社会からの信頼を得るには、政府の取組のみでなく、事業者が、安全対策・災害対策について、「自ら考え」、「自ら取り組み」、「自らの言葉で説明していく」ことが不可欠です。これまでも多大な努力が払われてきましたが、今なお、原子力は、地域社会や国民からの信頼を十分得るに至っていません。改めて、政府及び原子力事業者双方の姿勢が問われています。

C O L U M N

原子力政策に対する社会の信頼を高めていくための更なる取組

原子力災害への備えに「終わり」や「完璧」はありません。「安全神話」と決別し、政府と事業者の双方が、世 界最高水準の安全性を不断に追求することが重要です。そのため、更なる安全性向上の観点から、以下の取 組を進めています。

(1)シビアアクシデントの防止

東京電力福島第一原子力発電所事故の教訓を踏まえ、原子力規制委員会は、シビアアクシデントを防止するため、地震・津波など大規模な自然災害への対応強化、火災・内部溢水・停電などへの耐久力向上など、規制要求を大幅に強化した新規制基準を策定しました。事業者は、この新規制基準に適合するよう安全対策を講じるとともに、更なる安全性の向上を図るため、自主的な取組を進めています。例えば、一昨年に設立された原子力リスク研究センターを中心に、電力業界を挙げて、各発電所の弱点や安全対策の有効性を定量的に把握することができる「確率論的リスク評価」(PRA)の開発を進めています。政府としても、このような事業者による自主的な安全性向上の取組を促しています。(第4章第3節1参照)

【第125-2-2】川内原発における津波対策

川内原発における津波対策

(2)シビアアクシデント対策の規制対象化

東京電力福島第一原子力発電所事故の教訓を踏まえ、新規制基準は、シビアアクシデント対策について、新たに規制の対象とし、ハードとソフトの両面の対策を要求しています。事業者は、この新規制基準に適合するよう安全対策を講じるとともに、万が一原子力事故が生じた場合に、事業者が責任をもって事故収束活動に取り組むよう、装備・資機材の整備や、事業者間で自主的に組成した「原子力レスキューチーム(仮)」の充実に努めています。また、原子力事故が起きて、災害になるような事態が生じた場合、国民の生命、身体や財産を守ることは、政府の重大な責務であり、政府として、実動組織の参加も含めて、責任をもって対処してまいります。

【第125-2-3】原子力緊急事態支援組織原子力レスキューチーム(仮)

原子力緊急事態支援組織原子力レスキューチーム(仮)

(3)原子力災害対策の充実

万が一原子力災害が発生した場合の住民の避難については、原子力発電所から30キロ圏内の各自治体が地域防災計画・避難計画を策定しています。政府は、地域原子力防災協議会を各地域に設置し、当初から政府がきめ細かく関与し、その計画の具体化・充実化を支援しています。その上で、総理を議長とする原子力防災会議において、計画が具体的かつ合理的であることを了承しています。川内地域については2014年9月に、伊方地域については2015年10月に、そして高浜地域は同年12月に、それぞれの計画が具体的かつ合理的であることを原子力防災会議で了承しました。政府としては、他の地域における計画の具体化・充実化を支援するとともに、いったん策定した計画についても、支援と確認を継続して行い、原子力総合防災訓練を始めとする避難訓練の結果等も踏まえ、原子力災害対策のさらなる充実・強化を図ってまいります。

また、事業者は、住民避難等に関し、各地の地域原子力防災協議会での協議を通じて、バスや福祉車両の提供等、地域の実情に応じた協力内容を決定し、支援することとしています。更に、住民避難等に関する支援を含む被災者支援活動について、事業者が平時から「被災者支援活動チーム」を組成し、対象プラントに応じた必要な装備・資機材を整備することとしています。

【第125-2-4】原子力防災会議

原子力防災会議

【第125-2-5】原子力総合防災訓練

【第125-2-5】原子力総合防災訓練

これらの取組を含めた原子力災害対策を充実させるため、2016年3月11日、原子力関係閣僚会議において、全国知事会の要望に応える形で、「原子力災害対策充実に向けた考え方」を決定しました。

確率論的リスク評価(PRA:Probabilistic Risk Assessment)とは、原子力施設で発生し得る事故を網羅的に評価し、その発生 頻度と発生時の影響を定量的に把握する方法です。