第2節 複雑なエネルギーチェーンに潜む様々な課題と対応

本節では、以下の事例を取り上げます。

1.生産(調達)

事例1:エクソン・バルディーズ号原油流出事故

事例2:メキシコ湾原油流出事故

事例3:ハリケーンカトリーナ

事例4:生産プラントへのテロ

事例5:スリーマイル島原発事故

事例6:チェルノブイリ原発事故

事例7:第1次・第2次石油危機

事例8:資源ナショナリズム

事例9:資源獲得競争の激化

事例10:生産国の需要増加

事例11:スエズ運河封鎖

事例12:ソマリア沖・アデン湾の海賊対策

事例13:ロシアガス危機

2.流通

事例14:北米北東部大停電

事例15:インド大停電

事例16:東日本大震災

事例17:ドイツ送電系統の輸送能力拡大と安定化

3.消費

事例18:石油価格高騰と乱高下

事例19:天然ガスの調達価格

事例20:ドイツにおける電気料金

事例21:エネルギー消費と環境への負荷

4.技術開発

事例22:燃料電池の開発

事例23:シェールガス採掘技術の開発

事例24:太陽光発電の実用化

事例25:LNGの実用化

1.生産(調達)

ここでは、エネルギーの生産(調達)段階において存在する課題を、

  • 生産活動に係る課題
  • 輸出入に係る課題
  • 輸送に係る課題

という3つのカテゴリーに分けて見てみます。

(1)生産活動に係る課題

エネルギーの生産に当たっては、災害やテロ・事故などの予測が困難な突発的な事態により、円滑な開発・利用に支障が生じる可能性が常に存在します。

大規模海洋汚染

大規模海洋汚染は修復が困難な環境汚染の代表例であり、エネルギー資源の商業利用において大きな課題となっています。

(ア)事例1:エクソン・バルディーズ号原油流出事故(1989)
(ⅰ)事故の概要

1989年3月、エクソン社の原油タンカー、エクソン・バルディーズ号がアラスカ州プリンスウィリアム湾において座礁しました。この事故では積載量のおよそ20%に当たる約4万kl(約24万バレル)の原油が流出し、当時、海上で発生した人為的環境破壊のうち最大級のものとなりました。また、原油除去に化学的分散剤を用いましたが、その後分散剤には原油そのものより悪影響があることも判明しました。

この原油流出により、1万1000人以上のアラスカの住民がエクソン社の従業員とともに汚染地域全域で環境回復のための作業に携わりましたが、防除対応の遅れから大規模な海洋汚染を招き、ラッコなどの哺乳動物、海鳥、魚類に深刻な被害をもたらし、アラスカ先住民の地域経済にも多大な影響を与えました。

(ⅱ)対応 ~ 安全規制の強化、国際協調、環境に配慮した慎重な開発

この事故の後、アメリカは1990年油濁法(OPA 90)を制定し、積荷が海洋に流出しない二重船体構造を2015年までに全タンカーに採用する防止策や、事故時に備えた事前準備、事故対応、油流出対策、被害賠償、環境評価資金等を管理する国立油濁基金センターの設立が定められました。更に、この事件を契機として、海洋汚染事故に対するさらなる国際的な対策の必要性が認識され、油流出事故への対策を強化する条約が締結されました3 4

また、本事件は単に海上運輸の問題にとどまらず、全米の石油・化学・原子力産業の労働組合が、米国議会が包括的な国家エネルギー政策を立法化するまで北極圏野生生物保護区における掘削調査に反対する声明を発表するなど、アメリカの資源開発自体に影響を与えました。

【第112-1-1】 座礁したエクソン・バルディーズ号

【第112-1-1】 座礁したエクソン・バルディーズ号

【第112-1-2】 高圧温水で海岸を洗浄する作業員

【第112-1-2】 高圧温水で海岸を洗浄する作業員

(イ)事例2:メキシコ湾原油流出事故(2010)
(ⅰ)経緯

2010年4月20日にメキシコ湾沖合の石油掘削施設において大規模な事故が発生し、約78万kl5もの原油が海洋に流出しました。この流出量は史上最悪の海洋汚染と言われた1989年のエクソン・バルディーズ号原油流出事故の約4万klをはるかに超えるものでした。

事故が発生したのはメキシコ湾沖合80km、水深1,522mの地点で掘削作業中だった、BP社の石油掘削施設「ディープウォーター・ホライズン」です。技術的不手際により掘削中の海底油田から逆流してきた天然ガスが引火爆発し、海底へ伸びる5,500mの掘削パイプが折れて大量の原油がメキシコ湾へ流出しました。その被害規模は数百億USドルといわれます。

(ⅱ)対応

アメリカでは、この事故後沖合での石油掘削事業を一時的に凍結しました。また、2000年代、石油メジャー各社は規模の拡大ではなく利益の追求を重視し、IRRなど内部投資指標を重視した合理的経営を追及してきました。特に、金融危機以降は採算性を重視した再編を進めていましたが、問題を起こした場合の企業へのインパクトは甚大であることの認識を新たにし、徹底した安全操業と経営効率の両立を重視しています。

【第112-1-3】 炎上する石油掘削施設(ディープウォーター・ホライズン)

【第112-1-3】 炎上する石油掘削施設(ディープウォーター・ホライズン)

自然災害

事例3:ハリケーンカトリーナ(2005)
(ア)経緯

自然災害がエネルギー生産地に被害を与え、それによってエネルギーの供給支障と市場の混乱を招くことがあります。2005年8月にアメリカのメキシコ湾岸地方をおそった大型ハリケーンカトリーナ、そしてその20日後に襲来して被害を拡大させたハリケーンリタはその一例です。

従来も、大型ハリケーンが石油や天然ガスの生産に影響を与えることはありましたが、カトリーナはアメリカの石油・ガスの供給センターである同地域の製油所、天然ガス生産施設に甚大な被害を与えました6

アメリカでは、1976年以降製油所の新設がされておらず、既設の製油所がフル稼動に近い状態だったため、石油製品の潜在的な供給力不足が懸念されていましたが、その懸念が現実のものになりました7

石油・ガスの生産面では、従業員の避難や洋上生産設備の損壊により、石油生産の約9割(140万バレル/日)、天然ガス生産の約8割(80億立方フィート/日)が停止しました。また、湾岸の製油所も浸水に伴う電気系統の故障等直後の被害と停電の影響で全面的又は部分的な操業停止に追い込まれ、8か所の製油所(180万バレル/日)が生産停止に追い込まれました。更に、輸入原油の荷揚げ港(通常100万B/Dを受入)の稼動がほぼ停止し、沖合の原油・天然ガス生産施設と沿岸の製油所やガス処理プラントを結ぶパイプライン及び製品を北東部など需要地へ輸送するパイプラインも、電力不足や土砂災害による被害を受けました。

この結果、アメリカにおけるエネルギー安定供給に対する懸念が高まり、原油、石油製品、天然ガスともに価格が急騰しました。NYMEXのWTI期近物価格は2005年8月30日に69.8ドル/バレルと同年の最高値を記録しました。

(イ)対応

こうしたエネルギーの供給途絶のおそれが生じたことを受け、IEAは2005年9月2日に加盟各国が協調して備蓄を放出することを決定しました(湾岸戦争以来14年ぶり)。具体的には、30日間で200万バレル/日の備蓄原油を放出することを決め、我が国を含む加盟26か国に協力を要請しました。我が国では、IEAの決定を受け、約730万バレルの民間備蓄を市場に放出しました。国内の石油元売り各社は、アメリカ向けに石油製品の輸出を行い、産油国側でも、OPECが10月から3か月の間、供給余力の中から必要な供給を行うなど、市場の安定化のための努力が行われました。

上記のような消費国及び産油国双方の努力により、世界の石油市場の混乱は沈静化に向かいました。

カトリーナとリタの被害を契機に、エネルギー消費国における災害といった特定地域での突発的な事態によっても、国際石油市場を介して世界中に大きな影響を及ぼしうることが明らかになり、市場の安定化への取組みの必要性が認識されることになりました。また、消費国が備蓄の放出を行い、産油国が不足分の供給を賄うなど、消費国と産油国が協調して石油市場の安定化に向けた取組を行うことの重要性も再認識されました。

【第112-1-4】 被災した石油精製プラットフォーム

【第112-1-4】 被災した石油精製プラットフォーム

【第112-1-5】 ハリケーンによる原油・天然ガス生産への影響

【第112-1-5】 ハリケーンによる原油・天然ガス生産への影響

【第112-1-6】 ハリケーンによる製油所操業への影響

【第112-1-6】 ハリケーンによる製油所操業への影響

テロ

エネルギー資源開発は、従来から紛争地域で行われることが多く、テロのリスクは今に始まったことではありません。しかし、2001年のアメリカにおける同時多発テロ事件以来、国際社会はテロとの戦いの様相を呈してきており、エネルギー関連施設へのテロの危険性は益々高まっています。

事例4:生産プラントへのテロ
(ア)概要

エネルギー関連施設に対するテロ攻撃は決して珍しいものではなく、世界的には頻発している厳しい現実が存在します。パイプライン、油田、電力施設などエネルギー関連施設は従来からテロの主要なターゲットとなってきました。特に、近年エネルギー施設に対するテロ事件は増加傾向にあります。テロの定義により発生件数の統計値は異なりますが、アメリカ国家テロ対策センターの報告書8では、石油タンカー、パイプライン、送電網等への世界のテロ発生件数は2010年の299件から2011年には438件と急増しています。

2013年1月16日には、アルジェリア東部のイナメナスにある天然ガス精製プラントが武装勢力より襲撃されました。日本政府はアルジェリア政府に人質の人命を最優先した慎重な対応を求めましたが、翌17日にはアルジェリア軍が軍事行動をもって武装勢力を制圧し、我が国のエンジニアリング会社日揮の社員10名を含む多数の民間人犠牲者を出しました。

(イ)対応

アルジェリアでの事件を受けて、我が国ではテロ事件発生時の政府の対応について検証を行うとともに、テロや騒じょう事件などの緊急事態に関し、在留邦人及び在外日本企業の保護の在り方等に関する政府の基本方針をまとめるため、在アルジェリア邦人に対するテロ事件の対応に関する検証委員会を開催し、2013年2月28日に検証報告書をとりまとめました。ここでは、初動体制や情報収集等に係る16の項目について検証が行われ、警察庁の国際テロリズム緊急展開班のより迅速な派遣を実現させること、各国関係機関との間の一層の信頼関係の醸成及び情報源の開拓に努めること、防衛駐在官の体制の強化・拡充を図ること、官邸に一元的に、情報が集約され、共有が図られる必要があることなどが提言されています。

【第112-1-7】 エネルギー関連施設に関する主なテロ事件

【第112-1-7】 エネルギー関連施設に関する主なテロ事件

(出典)
The Global Terrorism Database (GTD)より作成

原子力事故

2011年3月の東京電力福島第一原発事故後、我が国はエネルギー政策の見直しを行っていますが、この事故は地域に深刻な影響を与え、諸外国のエネルギー政策にも大きな影響を及ぼしました9。過去にも、同様に地域と原子力発電の開発に大きな影響を与えた例としては、1979年のアメリカ・スリーマイル島原発事故と1986年の旧ソ連・チェルノブイリ原発事故が挙げられます。

(ア)事例5:スリーマイル島原発事故(1979)

スリーマイル島原発事故は1979年に発生しました。この事故により、当時のアメリカにおける原子力発電の開発は大きく見直され、アメリカ国内の原子力建設計画が100基以上キャンセルされました。

(ⅰ)経緯

原子力発電は、1950年代から開発が本格化し、アメリカでは1954年に原子力法が改正され、民間事業者による原子炉の所有・運営が認められて以降、原子力発電所の建設が進められました。1970年代には包括的エネルギー政策である「Project independence」の中で原子力発電の推進が盛り込まれ、原子力発電所の建設が進められていました。1970年代は、第1次石油危機以後も石油価格が高値で推移していたため、各国は代替エネルギー源の確保を進めており、原子力発電所の建設ラッシュが世界的にも進んでいました。また、それまでの重大な原子力事故はいずれも開発初期の1950年代に起きたものでした。

このような各国の流れを、スリーマイル島原発事故は変化させる要因となりました。1979年3月28日、アメリカのスリーマイル島原発2号機において、機器の故障や誤操作、誤判断が重なったために炉内構造物の一部溶融に至る事故が発生しました。この事故によって、8km圏内の幼児と妊婦の避難、16km圏内の住民の屋内待機が勧告され、INES(国際原子力・放射線事象評価尺度)でレベル5と評価された事故となりました。

(ⅱ)事故の影響と対応 ~ 原子力開発の停滞、安全対策の強化

この事故により、アメリカでは原子力安全規制の強化による建設認可の厳格化がなされたことや、1986年に原油相場が下落して化石燃料価格の低下による火力コストが安価で推移したこと等から、事故後、現在に至るまでアメリカ国内で原子力発電所の新規建設は行われていません。しかし、新規建設が行われない状況の中でも、事業者の自主的な安全性向上の取組の促進などが行われ、原子力発電所の稼働率の向上や既存原子力発電所の出力向上等により原子力発電量を増大させています。

(イ)事例6:チェルノブイリ原発事故(1986)

アメリカのスリーマイル島原発事故の7年後、1986年に旧ソ連のチェルノブイリ原発事故が発生しました。この事故は、特に欧州の原子力開発に大きな影響を与えました。

(ⅰ)経緯

1986年4月26日、旧ソ連・ウクライナのチェルノブイリ原発第4原子炉が爆発し、大気中に大量の放射性物質が放出されました。放射性物質は主に欧州各国、特にベラルーシ、ロシア、ウクライナの広範な地域に沈着し、我が国においても、5月3日に雨水中から放射性物質が確認されました。この事故は、東京電力福島第一原発事故と同様、国際原子力・放射線事象評価尺度 (INES) においてレベル7(深刻な事故)に分類されるものでした。1986年中にウクライナの約9.5万人の住民が退避し、30km圏内は現在でも許可の無い立入りは禁止されたままです10

事故の周辺住民の健康への影響は、事故後20年目にWHO、IAEAなど8つの国際機関と被害を受けた3共和国が合同で発表し11、事故後25年目には国連科学委員会がまとめを発表しています12。これらの調査結果によれば、原発内で被ばくした者の内、134名の急性放射線障害が確認され、3週間以内に28名が亡くなりました。

(ⅱ)各国の対応~脱原子力、多様な燃料源の模索の再開

チェルノブイリ事故は欧州諸国のエネルギー政策に影響を与えました。スリーマイル島原発事故後のアメリカでは民間企業の原子力開発が見直されたものの、政府の原子力政策そのものが大きく見直されることはありませんでした。しかしチェルノブイリ原発事故後の欧州では、ドイツ、ベルギー、スウェーデンなどで原子力政策が転換され、原子力発電以外の多様なエネルギー源を模索しつつ段階的に原子力発電所を廃止する決定が相次ぎました。

(ウ)2つの事故による原子力開発への影響

スリーマイル島原発事故とチェルノブイリ原発事故は、世界各地で計画された原子力発電の新設の伸長を抑える要因となりました。1970年代には世界の原子力発電設備は年平均で約22%の伸びを示していました。これは、わずか10年で設備量が約6倍に拡大したことを意味します。しかし、1980年代は年平均約9%の伸びに減速し、1990年代は年平均約0.6%の伸びにとどまりました13

これらの例は、突発的な事故により、エネルギー源の商業生産が短期間の内に見直された例と言えるでしょう。

【第112-1-8】 国際原子力・放射線事象評価尺度(INES)から見た過去の原子力事故

【第112-1-8】 国際原子力・放射線事象評価尺度(INES)から見た過去の原子力事故

【第112-1-9】 アメリカの原子力発電量、発電設備容量の推移

【第112-1-9】 アメリカの原子力発電量、発電設備容量の推移

(出典)
IEA統計より作成

【第112-1-10】 欧州の原子力発電量、発電設備容量の推移

【第112-1-10】 欧州の原子力発電量、発電設備容量の推移

(出典)
IEA統計より作成

(2)輸出入に係る課題

事例7:第1次・第2次石油危機(1973・1979)

歴史的に石油は重要な戦略物資として、産油国によって政治的に輸出が制限される事態が頻発してきました。特に二度にわたる石油危機は世界経済全体に極めて深刻な打撃を与えました。現在の各国エネルギー政策の主要な基礎は、石油危機によって創り出されたとさえ言えます。近年は、いわゆる「武器としての石油」という意味での石油危機が再来する可能性が仮に小さいとしても、過去の様に中東情勢が不安定化すれば多大な影響が生じる状況になっています。

(ア)第1次石油危機(1973)

産油国の政治的意図により石油輸出が制限される事例は、度々みられます。特に、数次にわたる中東戦争では、政治的理由によって、アラブ諸国が欧米諸国に対して石油の輸出を制限してきました。1956年の第2次中東戦争ではサウジアラビアは英仏両国への石油輸出停止措置をとりました。また、1967年の第3次中東戦争ではアラブ産油国は英米独に対する原油輸出を停止しました。しかし、これらの輸出制限は、産油国の一部が行ったものであったり、石油が供給過剰状態にあったりしたため、アラブ諸国の政治的意図どおりの影響を石油消費国が被るには至りませんでした。

ところが、その後第4次中東戦争を契機に発生した1973年の石油危機は異なりました。

(ⅰ)第1次石油危機の経緯

石油危機は、エネルギー消費国のエネルギー政策、エネルギーミックスへの取組みに多大な影響を与えた出来事です。過去にも産油国側の政治的要因により世界の石油供給に対する危機感が高まったことはありました。例えば、先述の第2次中東戦争です。しかし、第2次中東戦争が終息するとまもなく、世界の石油の過剰生産が明らかになり始め、石油価格の低下が目立ってきました。

第1次石油危機の直接のきっかけは、1973年10月に勃発した第4次中東戦争でした。これを受けて石油輸出国機構(OPEC)加盟の湾岸産油国6か国が原油価格を引き上げ、さらにアラブ石油輸出国機構(OAPEC)が原油生産の段階的削減とアメリカ、オランダなどイスラエル支持国への原油禁輸を決定しました。アラビアン・ライトはそれまで3ドル/バレル台前後で安定して推移していましたが、その後は10ドル/バレルを超える水準にまで値上がりしました。

石油危機が世界経済に与えた影響は甚大でした。我が国では、過剰流動性による「狂乱物価」の中、高度成長期には二桁台を記録してきた実質経済成長率が1974年度には一気にマイナス成長に落ち込みました。高度成長期にあった我が国ほどではないにせよ、他の主要国も激しい景気後退が生じました。

(ⅱ)第1次石油危機の背景にあった需要増大

石油危機の直接の原因は産油国の生産調整にあったことは間違いありません。典型的な供給要因のショックといわれています。しかし、事態がこれほどまでに深刻化した背景的な要因にも目を向けておかなければなりません。それは、1960年代に進行した世界的な原油の需給構造の変化です。1960年代は、多くの国で主要なエネルギー源が石炭から石油へと移行するいわゆる「エネルギー流体革命」が進行していました。このような中、主要国は安価な中東産石油に極度に依存する体質が急速に生まれました。1973年の主要国の石油依存度はフランスは65%、ドイツは47%、英国は52%、アメリカは47%であり、我が国の石油依存度は76%で他国に比べて最も高いものでした。しかも石油資源に乏しい我が国ではそのほとんどを輸入しており、さらにその78%は中東からの輸入でした。

加えて、当時、最大の石油消費国であり、主要な産油国でもあったアメリカの石油需給が構造的に逼迫しつつありました。アメリカのエネルギー需要の急速な上昇は1967年頃に始まり、このころからエネルギー需要の上昇がGDPより速いペースになっていました。アメリカは石油の豊富な埋蔵量は持っていたものの、中東を中心とした原油価格が低価格であったため、輸入量は急増していました。

現在、世界は原油価格が高止まりしています。その主要因の一つは、中国等の新興国の経済成長に伴う需要増加であるため、需要要因による価格上昇ともいわれます。しかし、典型的な供給要因のショックといわれる1973年の第1次石油危機の背後にもアメリカという大消費国の需要急増がありました。

(ⅲ)第1次石油危機への対応

消費国は第1次石油危機に対応するためのエネルギー制約に直面し、【第112-1-13】に示すような様々な対策がとられました。その多くは石油の消費量を削減することを目的とした、石油価格の引上げ、増税、生産活動の抑制等であり、経済に与える打撃は大きなものとなりました。

(ⅳ)楽観的な見通しの蔓延

もう一つ考えられることは、現時点から第1次石油危機を振り返ると、1970年代には石油は先進国にとって最重要のエネルギー源となっていたにもかかわらず、政情不安定な中東地域に大きく依存することの危険性について、なぜ各国は無防備であったのかという点です。もちろん、石油危機以前にも、中東依存の危険性についての指摘は、我が国だけでなく各国でなされていましたが、第1次石油危機のダメージを免れることはできませんでした。

(イ)第2次石油危機(1979)

第1次石油危機により先進国は大きな打撃を受けましたが、各国が強力な需要抑制策を実施したことで次第に混乱は落ち着いていきました。しかし、1978年のイランにおける大規模ストライキを発端に再び石油危機が世界を襲いました。

(ⅰ)第2次石油危機の経緯

第2次石油危機はイラン革命をきっかけとして発生しました。1978年1月、急速な近代化に反対する勢力による反国王デモが全国に拡大し、主要国営企業や民間大企業のストライキ、イスラム原理主義者による非イスラム教徒・外国人排斥運動につながっていきました。イランは当時、日量約450万バレルの原油を輸出する世界第3位の産油国でしたが、革命は石油生産の現場にも影響を及ぼし、一時的に原油の輸出が停止しました。イランからの原油輸出停止による原油の供給不足に対応して、OPECは同年12月の総会で翌年の原油価格を年平均10%、段階的に引き上げることを決定しました。イランからの原油輸出は、この直後から翌年2月まで全面的に停止した状態が続きました。さらに1980年9月には、イランとイラクの間でイラン・イラク戦争が勃発し、1988年8月の停戦に至るまでの約8年間、イランでは石油生産がほとんど行われませんでした。

この時期、サウジアラビア、イラク、クウェート及び北海海域での原油増産によりイランからの輸出減少分は補われ、第1次石油危機のような原油が量的に不足する事態は回避されましたが、原油価格は再び上昇し、立ち直りをみせていた世界経済に大きな打撃を与えることとなりました。

(ⅱ)第2次石油危機に対する各国の対応 ~ 総合的なエネルギー政策の誕生(エネルギー源別と調達先の地理的な多様化、強力な省エネ政策の展開、国際協調)

各国のエネルギー政策は、安全保障の概念を含む見直しを迫られ、総合的なエネルギー政策へと大転換することとなります。その証左として、総合的なエネルギー政策の立案・実行のためアメリカではエネルギー省(DOE)が1977年に設立され、我が国では1973年に資源エネルギー庁が発足しています。

具体的な対応策は多岐にわたりますが、特に重要なものとして、以下の4つを挙げることができるでしょう。

・石油に代わる多様なエネルギー源の開発

二度にわたる石油危機の経験を通じて、石油消費国は石油依存度を減らすべく、内容は各国の資源状況等により異なるものの、石炭、原子力、太陽光・風力などの代替エネルギー開発に取り組むこととなりました。

西ドイツでは国内資源として豊富な石炭の利用促進及び液化・ガス化に注力し、石油火力発電所の新設を禁止しました。英国は北海油田等国内の石油資源が豊富であったため、資源の温存と有効利用を柱として北海油田の開発速度を調整しました。また、国内資源に乏しいフランスでは原子力に重点を置き、原子力開発に邁進すると同時に、高速増殖炉の研究・開発を推進しました。

アメリカは1978年に公益事業規制政策法(PURPA法)を制定し、風力発電やコジェネなどについて固定価格買取制度によって普及を加速しました。また、原油・天然ガスの価格統制を緩和すると同時に、1980年石油超過利潤税法によって国内生産者の超過利潤の半分強を連邦政府が徴収し、代替エネルギー開発を推進しました。1980年エネルギー安全確保法では、合成燃料公社、太陽エネルギー銀行を創設してそれぞれ合成燃料、太陽エネルギーの開発に当らせることとしました。1981年以後のレーガン政権においても、オイルシェール、オイルサンド、太陽エネルギー等新エネルギー技術に注力すると同時に、石炭の生産・利用を拡大し、原子力開発を推進しました。

我が国では1980年5月に、エネルギーの安定的かつ適切な供給を確保するため、石油代替エネルギーの開発・導入を推進する「石油代替エネルギーの開発及び導入の促進に関する法律(石油代替エネルギー法)」が制定されました。

・一次エネルギーの調達先の分散、資源開発の推進

ドイツでは、海外での石油探査に当たる国策石油探鉱会社であるドイツ石油供給会社への財政補助の増額や、同社の親会社である国内石油会社の統合を通じて海外探鉱に関する迅速な意思決定を促進するほか、イランとの間で関係強化を目的とした製油所建設計画の交渉が進められました。また、天然ガスに関しては、北海を含む国内天然ガス資源探査の強化に加え、ソ連からの天然ガス輸入が実施されました。

英国では、石油・天然ガス資源を国家の管理下に置く目的で、1976年に英国政府の下にBNOC(British National Oil Company)が創設されました。BNOCは、既存の資源を含む全てのライセンスの51%を保有する権利、すなわち生産された原油の51%を購入する権利を有することで、英国国内への石油供給を確保する役割を果たしました。

1970年代を通じて英領北海での石油・天然ガス資源の開発は活発に行われ、大型の石油・ガス田が相次いで開発されたことで、大量の原油及び天然ガスが国内に供給されるようになりました。その結果、原油は1981年に、天然ガスは1997年に純輸出国の状態に転じるまでになりました。

天然ガスの供給能力拡大は、国内供給インフラの拡充を促しました。供給安定性に優れた国産資源であり、かつ安価な天然ガスの利用を進めるために、全土を網羅する幹線パイプライン網が整備されました。十分な供給能力を有するインフラの存在は、1980年以降にガス市場の自由化を円滑に進める要素ともなりました。

・強力なエネルギー効率化政策の展開

第1次石油危機では、【第112-1-13】に示したとおり各国で極めて強力な需要抑制策が採られました。これらの対応の中にはエネルギーの効率的利用を促すものが含まれていますが、その内容はむしろ石油使用量を強制的に削減する性格のものでした。このような対応は、各国の経済に多大なダメージを与える結果となったため、第2次石油危機以後は、各国はエネルギー利用の効率化を構造的に行う省エネ政策に注力していきます。

アメリカでは自動車燃費の改善、住宅断熱の推進等による省エネルギーが推進されました。自動車の燃費については、自動車メーカーに製造する乗用車の平均燃費の向上を義務付けると同時に、燃費改善未達部分への罰金やガソリン消費車への課税等の規制強化が行われました。住宅断熱等については断熱投資、太陽熱利用投資への税額控除、低所得者層への断熱補助金等の対応が採られました。

我が国では、1979年6月に、工場、輸送、建築物及び機械器具についての省エネルギーに関して必要な措置を講じ、総合的に省エネルギーを推進するため、「エネルギーの使用の合理化に関する法律(省エネ法)」が制定されました。

・エネルギー問題に関わる国際連携

1974年2月にアメリカ、英国など13か国が参加して「ワシントン・エネルギー会議」が開催され、同年9月に「国際エネルギー計画に関する協定(IEP協定)」が承認されました(協定は同年11月に我が国を含めた16か国の署名を得て成立)。これには緊急時に相互融通を行うための備蓄の整備、石油需要の抑制、代替エネルギーの開発などが定められており、その推進のために国際エネルギー機関(IEA)が経済協力開発機構(OECD)内に設置されました。

IEAでは、1984年に協調的緊急時対応措置(CERM)が合意され、石油供給の途絶等緊急事態が発生又は発生のおそれがある場合には、加盟国が協調して備蓄の放出を行うことになりました14

【第112-1-11】 原油価格の推移

【第112-1-11】 原油価格の推移

(出典)
BP統計より作成

【第112-1-12】 石油危機時の主要国のGDP成長率

【第112-1-12】 石油危機時の主要国のGDP成長率

(出典)
国連統計より作成

【第112-1-13】 第1次石油危機時の各国の対応

【第112-1-13】 第1次石油危機時の各国の対応

資源ナショナリズム15・資源獲得競争の激化

エネルギー資源国による資源ナショナリズムは、たびたび国際エネルギー市場に大きな影響を与えており、エネルギー消費国が安定した価格で長期の計画的なエネルギー調達を行うにあたって、常に重大な要因となってきました。多くは、資源国が自国においてなされる資源開発について、権益を接収したり、開発事業者に対する重課を課す等によってエネルギー資源を戦略的に用い、自国の利益拡大ないしは外交を優位に進める手段として用いられてきました。

(ア)事例8:資源ナショナリズム
(ⅰ)経緯

1960年代以降の動きとして、1960年にOPECが形成されると、産油国が原油生産や原油価格に関して主導権を握る動きが活発化しました。1970年代はさらに資源ナショナリズムが高揚し、資源権益を外国の石油会社から産油国自身の手に移す動きが強まりました。1980年以降、原油価格の下落により資源ナショナリズムの動きは一旦収束し、1990年代はむしろ資源国自身が外資誘致による資源開発を働き掛けるといった動きが見られました。

2000年以降、新興国の需要増大が顕著になり、原油価格が長期的な上昇局面に入る中、新たな資源ナショナリズムの動きが台頭してきました。資源国自身による接収以外にも、国営企業を用いた買収や資本注入、開発事業者に対する重課、開発許可、資源輸出許可の厳格化等、様々な手段により国家関与を強める動きが出てきています。加えて、資源国は、自国資源の囲い込みのみならず、その豊富な資金力を生かして国営石油企業による海外の権益獲得にも動いています。

(ⅱ)各国の政策的対応

石油危機を契機に石油消費国を中心として創設されたIEAは、世界のエネルギー需給に係る統計や見通し、制度や省エネ取組の共有等、各種情報提供を実施することにより、世界的なエネルギー需給ひっ迫への備えを実施していくとともに、こうした資源ナショナリズムに対する消費国の対応を強化することに寄与しました。

また、非OPEC諸国における資源開発を進めることにより、OPEC諸国へのエネルギー依存度を低減し、結果的に原油価格の低下、原油のコモディティ化が進みました。

2000年代以降の権益接収等の動きに対しては、消費国政府による開発者に対するリスク保障や資源国との外交関係を戦略的に構築する動き(資源外交)が活発化しました。また、地球温暖化対策の観点から非化石エネルギーへの注目が高まり、再生可能エネルギーや原子力の開発が進展しました。

(イ)事例9:資源獲得競争の激化
(ⅰ)経緯

2000 年代初頭以降、中国・インドなどの新興国における経済成長の加速に起因して、新興国を中心に資源需要が爆発的に増加しています。一部の資源国では、前述のいわゆる「資源ナショナリズム」が台頭する一方、消費国ではエネルギー企業自らが資源確保に向けた取組みを重ねています。各国の利害が激しく衝突する中、民間企業のみで海外の資源権益を獲得することは容易ではないと考えられ、中国等の大需要国は海外資源確保への取組みを加速させています。

例えば中国では、大慶・遼河・勝利の三大油田からの原油生産量が伸び悩む中、1990年代半ばから、不足するエネルギー資源を得るため国を挙げた資源獲得政策をとっており、中国石油天然気集団公司(CNPC)、中国石油加工集団(Sinopec)及び中国海洋石油総公司(CNOOC)といった国有石油会社は、イラク、エクアドルの資源開発の他、イラン、スーダン、リビア、また近年では北米等への開発投資を行ない、世界中の資源埋蔵地域に進出しています。そのような動きは、インド等の他の消費国でも見受けられます。

(ⅱ)対応

このように、資源国のみならず、消費国においても、エネルギー源の多様化・多角化のほか、資源外交、国営石油会社等、自国企業の海外進出やリスクマネーの供給等を通じ、資源開発に係る国家的関与を増大させることで対応を図っていると言えます。

【第112-1-14】 1970年以降の資源ナショナリズムに関する動向

【第112-1-14】 1970年以降の資源ナショナリズムに関する動向

【第112-1-15】 新興諸国等による石油・天然ガス資源獲得の例(2012年)

【第112-1-15】 新興諸国等による石油・天然ガス資源獲得の例(2012年)

事例10:生産国の需要増加

政治的な理由による輸出制限の他にも、生産国の需要増加により輸出が困難となる場合もあります。例えば、2004年に起きた中国の対日原油輸出の大幅な減少があります。

(ア)経緯

我が国と中国は1978年に長期貿易取決めを締結し、中国の三大油田の一つである大慶油田から原油を輸入してきました。それ以後、中国の原油輸出の約50%を対日輸出が占めてきましたが、中国の原油生産の約半分を占めていた大慶油田は2000年頃から生産量が減少し、2003年には開発以来続いてきた年5000万トンの生産量を割り込む一方、同時期に中国国内の石油需要が急増し始めました。

そのため、2004年、中国は原油に対する輸出割戻し税を廃止し、大慶油田の対日輸出の原油価格について国際原油価格に割戻税廃止分に相当する6.3ドル/バレルの価格を要求するとともに、輸出下限数量についても我が国側が要求していた185万トンに対し、50万トンにするとの主張を行いました。交渉は難航し、その後、我が国にとって重要な調達ルートの一つであった、中国・大慶原油の対日輸出が終了しました。

(イ)対応

中国からの原油輸入は終了しましたが、我が国は天然ガス輸入が増加したり、ロシアやアフリカ等からの原油輸入拡大を目指すなど、エネルギー源の多様化と調達先の多角化を図ることで資源国の輸出量減少に対応しています。

【第112-1-16】 中国の一次エネルギー供給とエネルギー自給率の推移

【第112-1-16】 中国の一次エネルギー供給とエネルギー自給率の推移

(出典)
IEA統計より作成

(3)輸送に係る課題

海上輸送

我が国は、トン数ベースで貿易量(輸出入合計)の99%を海上輸送に依存しています。このため、海上輸送は我が国の生命線といえます。しかし、海上輸送ルートは、政治情勢、事故、海賊行為等といった大きな不確定要素を常に抱えています。

(ア)事例11:スエズ運河封鎖(1956、1967-1975)

海上輸送では資源や物品の輸送上、どうしても通過せざるを得ない「海峡」「運河」などの要衝がいくつかあり、チョークポイントと呼ばれています。このチョークポイントが、管理国に政治的に利用されたり、戦争、事故・災害などで通過困難となると、世界の物流が遅滞して必要なエネルギー資源の供給が滞るなどの多大な悪影響が生じます。そのような事態が生じた例としては、スエズ運河が挙げられます。

(ⅰ)第2次中東戦争による封鎖(1956年、スエズ動乱)16

スエズ運河の開通は1869年です。本運河により、アジアとヨーロッパを行き来する船舶は、アフリカ大陸を回りこむ必要がなくなりました。1956年まで運河は、エジプトのスエズ運河会社によって保有されていました。同社は英、米、仏、蘭、エジプト人などから構成される理事会によって運営されていましたが、実質的には英国によって取り仕切られていたと言われています。しかし、第2次世界大戦後に活発となった反植民地主義・民族独立の潮流の中で、エジプトはアラブ・ナショナリズムの旗手として西側諸国と対立するようになります。英国とアメリカが、エジプトが計画していたアスワン・ハイ・ダム建設への支援を撤回したことから、1956年7月にエジプトはスエズ運河を国営化し、スエズ運河庁の管理下に置く宣言をします。エジプトのスエズ運河国有化に端を発して、英仏はアラブ諸民族と対立するイスラエルとともに、1956年10月末に軍事行動を起こし、第2次中東戦争(いわゆるスエズ動乱)に至ります。

戦争自体は短期間で終結しました。10月29日のイスラエル軍の侵攻開始後、11月6日にはアメリカ・国連の調停により英仏両国は停戦受諾にいたりました。しかし、この戦争は西ヨーロッパ諸国の石油供給に極めて深刻な懸念をもたらすものでした。1955年当時、中東の石油生産量は約1億6300万tでしたが、その37%はスエズ運河を経由して主にヨーロッパ諸国に輸送され、25%がパイプラインによって東地中海の積出港に送られていました。しかし、戦争勃発直後の1956年11月、エジプトはスエズ運河に艦船を沈めてバリケードを築き、直ちに封鎖しました。また、イラクから地中海へと通じるイラク石油会社(IPC)の石油パイプラインが、戦争の最中にシリア国内で爆破されました。加えて、サウジアラビアは英仏両国への石油輸出停止措置をとるにいたりました。

この時のスエズ運河の通行不能状態は1956年8月から翌年5月まで続きました。これによる深刻なエネルギー危機に対応して、ヨーロッパ諸国とアメリカ、石油メジャー、独立石油会社らは中東緊急委員会(MEEC)を設置し、アメリカ国内及び西半球における石油増産、石油輸送計画を立案、実行しました。また、ヨーロッパ諸国は緊急の石油消費削減(10~30%)に取り組み、英国ではガソリンの配給制度が復活しました。このような対応と例年にない暖冬という幸運に恵まれ、結果的に西ヨーロッパ諸国は危機を乗り越えたのです。このように第2次中東戦争による西ヨーロッパにおける石油の供給危機は約10か月で収束しました。

もっとも、1956年当時の石油消費は、まだヨーロッパの全エネルギー消費の20%でしかありませんでした。また、中東地域の石油生産自体は正常に行われていたため、中東の原油価格自体は高騰したわけではありませんでした。その意味で、第2次中東戦争による危機は主要な輸送ルートの喪失による一時的な供給途絶の危険性が顕在化したものです。この経験により、OEEC(OECDの前身組織)は、1957年5月に理事会勧告として、総消費量の4週間分の特別石油備蓄を行うよう加盟国に勧告しました。

(ⅱ)スエズ運河封鎖後の各国の対応

・石油調達先の多様化・分散化

スエズ運河封鎖を契機として、中東という特定の地域に依存する石油供給体制から脱却しようという試みが始まりました。インドネシアやアフリカ(アルジェリア、ナイジェリア等)など、新興産油国の石油開発が進みました。また、西欧諸国のソ連圏からの原油輸入が大きく増えました(ソ連圏からの推定輸入量は1957年には772万tでしたが、1960年にはその3倍の2270万tへと急増しました)。こうした石油輸入先の地理的な多様化・分散化は石油消費国のエネルギー供給において欠くことのできない方針となっていきました。

・輸送の効率化、石油価格の低落

なお、第2次中東戦争は石油輸送の効率化の契機となったとも言われています。第2次中東戦争が生じるまでは、石油タンカーはスエズ運河を通行できるように設計されていましたが、運河封鎖後、中東から欧州向けの石油輸送はアフリカの喜望峰まわりの航路をとる必要があり、輸送効率化の観点から石油タンカーの大型化の契機となりました。

なお、第2次中東戦争時の緊急対応、その後の石油供給の地理的な分散化において、メジャーとは無関係な独立系石油会社も大きな働きをしました。これによって、メジャーの独占体制は少しずつゆらぎ、産油国はメジャーと独立系石油会社の競争を巧みに利用して、自国の権益を徐々に拡大していきました。また、第2次中東戦争の経験から、メジャー、独立系石油会社、産油国の国営企業が石油開発競争を展開し、供給過剰が生じたため、1960年代の石油価格の長期的な低落をもたらしました。これにより、石油消費国は第2次中東戦争の経験にもかかわらず、安価で豊富な石油に慣れ、石油供給について楽観的な見通しに安住してしまいます。これが、1973年の石油危機の下地となったと考えられます。

(ⅲ)第3次中東戦争による封鎖(1967-)

1967年7月には第3次中東戦争が勃発し、再びスエズ運河が封鎖されました(封鎖は1975年6月まで続き長期間にわたりました)。また、1956年と同様に、ペルシャ湾から東地中海にいたるパイプラインが遮断されたため、再び第2次中東戦争のエネルギー危機が再来しました。しかし、第2次中東戦争から10年を経て、北アフリカやラテン・アメリカ、ソ連圏からの石油輸入が拡大し、輸送手段の効率化、石油備蓄も進んでいたため、西ヨーロッパ諸国に与えた影響は以前より大きくはありませんでした。

なお、この第3次中東戦争では、アラブ産油国は英米独に対する原油輸出を禁止する措置もとりました。しかし、この禁輸措置にはイランやベネズエラは参加せず、世界的に石油は供給過剰であったこともあり、石油市場に大きな混乱を与えることはありませんでした。

(ⅳ)チョークポイントとホルムズ海峡封鎖危機

第2次中東戦争は、典型的な意味でのエネルギー資源の輸送上の課題が現実のものとなった歴史的事例でしたが、現在、リスクを内在するチョークポイントは多々あります。

【第112-1-19】に世界の代表的なチョークポイントとそのルートを通過する原油輸送量(百万バレル/日)を示します。この内、ホルムズ海峡、マラッカ海峡、バブ アル・マンデブ海峡、スエズ運河は通過原油量が多いとともに、いずれも実際に輸送上の課題に直面しています。マラッカ海峡は海賊・テロ攻撃による途絶に加えて視界の悪さによる衝突事故も多発しています。バブ アル・マンデブ海峡も、通過するタンカーがしばしばテロ攻撃の標的となってます。

(ⅴ)チョークポイント依存度低下への取組み ~ 一次エネルギーの調達先・資源開発の地理的な分散

【第112-1-20】に原油輸送に関する4つのチョークポイントに対する主要国の依存度の推移を示します。1970年代と比較すると、フランス、ドイツ、英国、アメリカは大きく依存度を低下させています。これは中東依存度低減によりこれらのチョークポイントを通過しない原油の輸送ルートを確保したことによるものです。

一方、日本、韓国、中国といった東アジアの国は、チョークポイント依存度が高いままとなっています。これは、東アジアへの原油輸送がホルムズ海峡、マラッカ海峡といったチョークポイントに依存しており、特に、中東依存度を下げてもアフリカやオセアニア産の原油の大半はマラッカ海峡を通過するためです。

(イ)事例12:ソマリア沖・アデン湾の海賊対策
(ⅰ)経緯

近年、エネルギー資源の海上輸送については、チョークポイント以外の場所でも海賊行為やテロによる危険が高まっています。典型例は、ソマリア沖・アデン湾における海賊による被害です。アデン湾では、紅海、スエズ運河、地中海を経由して世界全体で年間約2万隻の船舶が航行し、そのうち約2,000隻が日本関連船舶です。これに加え、年間約3,400隻の日本関連船舶がペルシャ湾を航行しており、原油タンカーなどが活動範囲を拡大した海賊の脅威を受けています。特に原油タンカーは低速かつ海面からデッキまでが低く、相対的に海賊に狙われやすいとも考えられ、その航行の安全確保は重要な課題となっています。

2011年の全世界の海賊発生件数は439件でしたが、ソマリア・アデン湾の海賊発生件数はその内237件で全世界の件数の54%を占めています。ソマリアは 1991 年以来、「崩壊国家」と呼ばれ、中央政府が治安維持能力を失っていました(なお、2012年11月、1991年以来の正式内閣が発足しました)。こうした無秩序状態が海賊の取締りを困難にしているとも考えられます。

海賊が多発している海域では、船員の生命や船舶が危険に晒されます。また、輸送船舶の保険料が急騰して輸送コスト増につながりますし、海賊の危険を回避するために航路変更する場合は燃料コストも増加します。特に、ソマリア沖・アデン湾の海賊では、海賊の組織化、重武装化が顕著であり、自動小銃やロケットランチャーなどの重銃火器類を所持するなど、我が国のみならず、国際社会にとって脅威となっています。

(ⅱ)対応

そこで、2008年から国連安全保障理事会は、同地域の海上の治安を維持するため、ソマリア沖の公海に軍艦や軍用機の派遣を促すと同時に、ソマリア暫定政府の要請に基づき、海賊の抑止のために各国が一定の条件でソマリア領海内に進入し、必要な措置を用いることを許可する旨の複数の決議を相次いで行いました。NATOやEUを中心に、世界各国は船舶の護衛のために艦船などを派遣しており、我が国も2009年6月に海賊対処法を成立させて、ソマリア沖・アデン湾に海上自衛隊の護衛艦とP-3C哨戒機2機を派遣して船舶の護衛にあたっています。

このような国際的な取組みの結果、2012年には海賊事件は減少傾向となっています(2012年上半期で69件、昨年同期比で約6割減少)。もっとも、【第112-1-22】に示すように海賊事件はインド洋およびアラビア海の全域にまで拡大しています。

海賊行為による船舶航行の危険の増加は、ソマリア沖・アデン湾海域だけではありません。我が国にとって重要な航路が集中するマラッカ・シンガポール海峡を含む東南アジアの海賊発生件数は2011年は80件で,2010年の70件より増加しています。

【第112-1-17】スエズ運河封鎖

【第112-1-17】スエズ運河封鎖

(出典)
The Bureau of International Information Programs (IIP) 「The Suez Crisis」

【第112-1-18】 世界の海上輸送上のチョークポイント

【第112-1-18】 世界の海上輸送上のチョークポイント

(出典)
Enery Information Administration (EIA)
(注)
Panama:パナマ運河、Bosporus:ボスポラス海峡、Suez:スエズ運河、Bab el-Mandeb:バブ アル・マンデブ海峡、Hormuz:ホルムズ海峡、Malacca:マラッカ海峡

【第112-1-19】 石油輸送上のチョークポイント

【第112-1-19】 石油輸送上のチョークポイント

(出典)
Energy Information Administration (EIA) 2012年

【第112-1-20】 主要国のチョークポイント依存度

【第112-1-20】 主要国のチョークポイント依存度

【第112-1-21】 ソマリア沖・アデン湾における 海賊発生状況

【第112-1-21】 ソマリア沖・アデン湾における 海賊発生状況

(出典)
外務省ホームページ。

【第112-1-22】 2011年のアデン湾・ソマリア東方沖における海賊事件発生状況

【第112-1-22】 2011年のアデン湾・ソマリア東方沖における海賊事件発生状況

(出典)
国際海事局、Piracy map 2011
(注)
Actual Attack:襲撃、Attempted Attack:襲撃未遂、Suspicious vessel:容疑船

【第112-1-23】 各国・機関による海賊対策概況

【第112-1-23】 各国・機関による海賊対策概況

(出典)
報道等公開情報

陸上輸送

パイプラインによる輸送は諸外国では石油・ガスの最大の輸送手段となっており、世界的に開発が進んでいます。しかし、その性質上、複数の国の政治情勢や利害が複雑に絡み合い、想定外の事態が起こるケースがあります。

(ア)事例13:ロシアガス危機(2006)
(ⅰ)概要

2006年、2009年の二度にわたって生じた、ウクライナ経由のロシアから欧州へのパイプラインによる天然ガス供給支障は、EU諸国にとって深刻なエネルギー安全保障上の懸念となりました。

欧州諸国では1960年代から天然ガス需要が上昇し、それに伴って天然ガス輸入量が増加しました。一方、西シベリアを中心にロシアの天然ガス開発が当時から始まったこともあり、ロシアからの天然ガス輸出インフラは基本的に欧州向けを中心に構築されました。この結果、ロシアからEUへのガス供給量は増加の一途をたどり、EUは天然ガス需要の約3割をロシアに依存し、その8割はウクライナ経由のパイプライン供給となっていました。

このような中、2006年1月1日、ロシアの政府系天然ガス企業であるガスプロムは、EU向けと同じパイプラインで行われていたウクライナ国内向け天然ガスの供給停止を発表しました。ロシアはパイプラインへの供給量からウクライナ向けの供給量の30%を削減しましたが、ウクライナ側は同パイプラインからの天然ガスの利用を続行したため、EU諸国における同パイプライン内の天然ガスの圧力が低下しました。この結果、ロシアから天然ガスを輸入しているEUにとって、ウクライナへの天然ガス供給停止の問題は深刻なエネルギー安全保障上の懸念となりました。

さらに、3年後の2009年1月1日、ロシアとウクライナとの間で行っていた天然ガス問題をめぐる交渉が決裂しました。これにより、ロシアからウクライナへの天然ガス供給が停止し、1月7日には欧州向けの天然ガス供給も停止されました。この結果、オーストリア、スロバキア、チェコ、ルーマニアへの供給は停止し、一部の国は天然ガス備蓄を取り崩すことになりました。最終的には、ウクライナ側が天然ガス供給価格の値上げに応じ、ロシアとの長期契約締結に合意することでこの問題は収束し、欧州向けの天然ガス供給は再開されました。

(ⅱ)EUの対応 ~ 天然ガス調達先の多様化、国際協調、再生可能エネルギー

これを契機にEUでは、真冬の天然ガス供給確保に対する懸念が広がりました。2009年7月には欧州委員会は「EU内エネルギーセキュリティ向上のための規制案」を発表します。これは、従来の天然ガス供給セキュリティに関する指令に代わる規制案で、EU域外からの天然ガスの輸入量がEU全体で10%以上減るという緊急事態が発生した場合にEU加盟27か国に天然ガスの相互融通を義務付けるものです。また、2014年3月末までに厳冬期の60日分の天然ガスを確保することとされました。

ロシア産天然ガスの依存度低減に向けた動きも活発化しており、アルジェリア等からのLNG輸入を拡大しています。また、イランやアゼルバイジャン等ロシア以外から産出される天然ガスについて、ロシアを経由せず供給するためにNabuccoパイプライン17の建設に2.5億ユーロを拠出しています。そのほか、ポーランド、クロアチア、ブルガリアではLNG導入に向けた計画も進んでいます。

【第112-1-24】 欧州主要国における天然ガス輸入量に占めるロシアの比率

【第112-1-24】 欧州主要国における天然ガス輸入量に占めるロシアの比率

(出典)
IEA, "Natural Gas Information"より作成

【第112-1-25】 欧州における天然ガス輸送インフラの開発計画

【第112-1-25】 欧州における天然ガス輸送インフラの開発計画

2.流通

(1)大規模停電

エネルギーを電力として利用する割合は、【第112-2-1】にあるように世界各国で高まる一方であり、電力系統は国民生活・産業活動の最も重要なインフラの1つです。また、電力の供給途絶は国民の生命を危険にさらすことがあり、文字通りのライフラインとなっています。一方、現代では電力系統は複雑にネットワーク化され、その運用も広域化・高度化しているため、系統事故は広範囲に連鎖する可能性が高まっています。

大規模停電が顕在化した事例は、多数あります。以下では、その中でも特に大規模だったものとして、2003年の北米北東部大停電と2012年のインド大停電の事例を見てみます。

【第112-2-1】 各国の一次エネルギー供給量における発電用燃料消費の推移

【第112-2-1】 各国の一次エネルギー供給量における発電用燃料消費の推移

(出典)
IEA統計より作成
(注)
欧州はOECD加盟国の数値

事例14:北米北東部大停電(2003)

(ア)経緯

2003年8月14日16時過ぎに北米北東部・中西部で送電事業者の管理不備により発生した停電は、関係事業者間の連携不足により拡大して6,180万kWの規模となり、その影響はアメリカの8州(オハイオ州、ミシガン州、ペンシルベニア州、ニューヨーク州、バーモント州、マサチューセッツ州、コネチカット州及びニュージャージー州)とカナダのオンタリオ州の合計約5,000万人に及びました。アメリカでは地域によっては復旧に2日間を要したところもあり、カナダのオンタリオ州では完全復旧に1週間以上を要しました。停電に伴う火災は60件にのぼり、4名(うち火災3名)の死亡者が出ました。

米加両国の合同調査によれば、直接的な原因は以下の4点とされています。

  • ファースト・エナジー社等の不十分な系統理解(事故が起きた場合に系統が安定かどうかの事前チェックが不十分、特に電圧面の問題/電圧運用基準が不適切であった)
  • ファースト・エナジー社の不適切な状況把握(系統監視装置の故障,バックアップの問題,再起動後のチェックの問題)
  • ファースト・エナジー社の不十分な樹木管理(それほどの重潮流(送電線のたるみ)でないのに,樹木接触が生じた)
  • 信頼度コーディネータ18の不適切な状況判断支援(状態把握の遅れ(不完全な状態推定装置),入り組んだ監視体制,コミュニケーションの問題)

また、北米供給信頼度協議会(NERC)の信頼度基準自体も、信頼度基準遵守のための強制力の欠如、信頼度基準の曖昧さ、NERCの電力会社からの独立性の弱さなど、制度的な問題も指摘されました。

これらの原因の調査究明を通じ、米加両国合同調査の最終報告書では以下の4つのカテゴリーに分類し、46項目の勧告が出されました。

  • 信頼度に係わる制度面の問題 - 信頼度基準を強制し罰則を設けること、NERCの独立性確保、系統解析に必要なデータの収集など
  • 2004年2月10日にNERCが採択したアクションプランの支援及び強化 - 事業主体の責任・権限の明確化、電圧制御の強化、緊急時におけるコミュニケーション手続きの強化など
  • 北米電力系統の物理的セキュリティ、サイバーセキュリティ - IT基準の遵守、ITセキュリティの管理、情報システムの健全性の維持と緊急時の措置など
  • カナダにおける原子力発電 - カナダ原子力安全委員会に対する緊急時の対応方法などの勧告
(イ)対応

この事件の後、電力構造改革の影響や設備形成の在り方などを巡って議論がなされ、改めて供給信頼度の確保の重要性を認識させる事件となりました。自由化された電力セクターにおける信頼度規制を巡って規制当局と電力業界で議論が展開され、2005年エネルギー政策法では、連邦エネルギー規制委員会(FERC)の役割が変更されて業界団体であったNERC及び信頼度基準(Reliability Standards)の法的性格も変わることになりました。

【第112-2-2】停電による影響(衛星からの夜景の変化)

【第112-2-2】停電による影響(衛星からの夜景の変化)

(出典)
http://www.noaanews.noaa.gov/stories/s2015.htm
(注)
左:停電前の13日午後9:21の写真、右:停電後の14日午後9:03の写真

【第112-2-3】 アメリカにおける系統信頼度規制の変化

【第112-2-3】 アメリカにおける系統信頼度規制の変化

事例15:インド大停電(2012)

(ア)経緯

2012年7月30日と31日の両日、インドにおいて世界最大規模の大停電が発生しました。30日未明にインド北部のウッタル・プラデシュ州において電力需給逼迫が発生、トラブルが連鎖的に拡大し、北部系統全体に停電が広がりました。その結果、ニューデリー首都圏及び北部6州で停電が発生、同日午後7時にほぼ復旧するまで停電となりました。更に、翌31日は午後1時ごろに再び停電が発生、被害は北部・東部・北東部の系統まで拡大し、インド全29州のうち22州に影響が及びました。

停電の影響を受けたのは、インドの全人口の約半数となる6億人に達したとも言われており、世界最大の停電事故と言えます。大停電によって、鉄道の運休、交通信号の停止等による交通網の混乱、炭鉱における作業エレベーター停止による作業員閉込め事故の発生、冷房停止による市民生活への影響、病院・工場等での非常用電源設備稼働による対応等、社会・経済面に極めて大きな影響が発生しました。

大停電発生の直接の原因については、送電網の老朽化や、増大するインドの電力需要に全体として電力供給能力が追い付いていないことが指摘されています19。インドでは、近年、二桁近い経済成長が続いており、所得水準の上昇による電力消費機器の普及・利用の急速な拡大、工業・農業用の電力利用の大幅拡大が見られています。2016年度までの第12次5か年計画においても、GDP成長率9%を前提として、2016年度の電力需要は1.4兆kWhまで拡大する、との見通しとなっています。

電力需要増大の背景としては、上述の経済成長・所得効果による影響に加え、補助金による安価な電力価格が影響しているとの指摘もあります。特に農業用と家庭用の電力価格は低位に抑えられており、歪んだ価格体系が需要拡大の一因になっているとの指摘も多くなされています。政策的に抑えられた電力価格の下、多くの電力会社、特に各州の配電会社は恒常的な赤字体質に陥っており、電力会社・産業全体として必要な設備投資・更新を行う投資能力の面で問題を抱えています。

(イ)対応

この事件により、インドの電力不足を解消して電気を広く安定的に供給するためには、発電所を建設するなどの様々な課題を解決する必要があることが明らかになりました。インド電力省では、各地域の電力委員会と共に対策を協議し、取組を進めていくとしています20

(2)災害による流通設備損害

大規模災害は常にエネルギー供給において大きな課題です。特に、近年はエネルギー流通設備の高度化・集約化が進んでおり、大規模災害に対する脆弱度が高まっています。

ここでは、最近生じた特に深刻な大規模災害によるエネルギー供給支障の例として、2011年の東日本大震災を取り上げます。

事例16:東日本大震災(2011)

2011年版及び2012年版のエネルギー白書で取り上げたように、2011年3月に発生した東日本大震災は、死者・行方不明者は18,550人21、直接被害として16.9兆円22という未曾有の被害をもたらしましたが、我が国のエネルギー供給インフラの課題も浮き彫りにしました。これらの対応については、2011年版、2012年版のエネルギー白書に加え、本白書の第1部第2章に詳述しています。

【第112-2-4】 東日本大震災発災当日の停電発生状況(3月11日20時)

【第112-2-4】 東日本大震災発災当日の停電発生状況(3月11日20時)

(出典)
中央防災会議、東北地方太平洋沖地震を教訓とした地震・津波対策に関する専門調査会報告、平成23年9月23日

電力

電力供給については、震災直後に東北電力において女川原子力発電所や八戸火力発電所、仙台火力発電所等、約7.3GW(設備容量)の電源が停止し、青森県、岩手県、秋田県、宮城県の全域等、東北地方の広範囲において約466万戸の供給支障が生じました。更に、東北電力管内では4月7日に宮城県沖で発生した余震(M7.1 最大震度6強)により宮城変電所内の設備及び周辺の送電線に被害が生じたため、宮城変電所が停電し、東北地方が北部系統と南部系統に分断されて需要と供給のバランスが崩れて周波数が変動し、東北北部で稼働していた火力発電所(八戸、能代、秋田)も停止したため、再び約401万戸に供給支障が生じました。

東京電力管内においても、地震やこの地震に伴う津波、液状化現象により、東京電力管内の電気設備は甚大な被害を受けました。これに伴い、福島第一原子力発電所、福島第二原子力発電所、鹿島火力発電所、広野火力発電所等、約21GW(設備容量)の電源が停止し、東京電力供給エリアの約405万戸で供給支障が生じました。

また、東京電力福島第一原子力発電所の事故は、原子力の安全性確保、周波数変換所や連系線の容量不足、電力需給逼迫の産業への影響回避等の課題を明らかにしました。

更に、東京電力福島第一原子力発電所の事故や火力発電所の停止等は、東日本の電力供給力を一挙に大きく低下させました。東日本の電力不足に対して、西日本からの余剰電力の融通を十分に行う事等ができなかったため、2011年3月14日以降、東京電力管内で計10日間計画停電が実施されるに至りました。更に、2011年の夏季の電力需給が極めて厳しい状況が予想されたため、7~9月にかけて電気事業法第27条に基づいて大口需要家に対する電力使用制限令が発せられました。計画停電は戦後初、電力使用制限令は1973年の第1次石油危機以来、37年ぶりの実施でした。

【第112-2-5】 東北電力における供給支障の時間推移

【第112-2-5】 東北電力における供給支障の時間推移

(出典)
東北電力株式会社, 総合資源エネルギー調査会原子力安全・保安部会電力安全小委員会電気設備地震対策ワーキンググループ(連絡会) 資料3-1 電気設備の被害状況について(火力・水力発電・流通設備), 2011.8.8.

【第112-2-6】 東京電力における供給支障の時間推移

【第112-2-6】 東京電力における供給支障の時間推移

(出典)
東京電力株式会社, 総合資源エネルギー調査会原子力安全・保安部会電力安全小委員会電気設備地震対策ワーキンググループ(連絡会) 資料3-2 電気設備の被害状況について, 2011.8.8

【第112-2-7】 東京電力管内における計画停電の実施回数

【第112-2-7】 東京電力管内における計画停電の実施回数

都市ガス

都市ガス事業等では、震災による津波や液状化等によりガスの製造設備や供給設備(導管等)が破損しました。供給設備の被害は過去の震災においてもありましたが、今回の東日本大震災では、津波により一部の製造設備が機能停止しました。特に、沿岸部にあった仙台市ガス局のLNG基地は津波で被災し、主要な電気設備が冠水するとともに、護岸の一部が流される等の甚大な被害を被りました。

仮に単独のLNG基地に供給を依存する地域において製造設備が被災し、機能停止に陥った場合、復旧応援があったとしても都市ガスの供給そのものが停止するため、長期間に渡りガス供給が途絶する可能性があることが顕在化しました。

【第112-2-8】 東日本大震災時のガス復旧の推移

【第112-2-8】 東日本大震災時のガス復旧の推移

(出典)
中央防災会議 東北地方太平洋沖地震を教訓とした地震・津波対策に関する専門調査会

石油・LPG

石油・LPGについては、東北地方で唯一の製油所であるJX 日鉱日石エネルギー株式会社仙台製油所をはじめ東北・関東地方にある9製油所のうち、6製油所が被災しました。主要供給拠点である塩釜油槽所の受入港湾にタンカーが着桟できない状況となるとともに、タンクローリーが多数被災する等、被災地における石油製品の安定供給に支障が生じました。

LPガス供給基地は、東北各県及び茨城県の9基地中7 基地が被災し、充填所は被災3 県(岩手、宮城、福島)の160 か所中、28 か所が使用不可能となりました。

更に、石油製品(ガソリン・灯油・軽油等)の流通網については、タンクローリーが津波により多数被災したことに加え、道路・鉄道事情が大幅に悪化し、交通網が分断状況となったこと等により、油槽所からサービスステーション(SS)へのガソリン等の安定的な輸送が困難な状況となりました。

また、津波の影響でサービスステーション(SS)についても給油設備が被害を受けたこと等により、岩手県や宮城県の一部地域において、全てのサービスステーション(SS)が営業不能になった市町村がありました。

石油基地、LPガス出荷基地・充填所等の災害対応能力や物流機能の強化、情報収集・情報提供体制の強化等、災害時にも確実に石油製品を供給できる体制の整備が課題として明らかになりました。

【第112-2-9】 東日本大震災以降の東日本の6製油所の稼動状況

【第112-2-9】 東日本大震災以降の東日本の6製油所の稼動状況

【第112-2-10】 東北地方(被災地)及び関東圏でのガソリン・軽油等の供給確保の為の包括プラン

【第112-2-10】 東北地方(被災地)及び関東圏でのガソリン・軽油等の供給確保の為の包括プラン

COLUMN

ハリケーンサンディ(2012)

アメリカでは、2012年10月末に東海岸に上陸したハリケーンサンディが、ニューヨーク市を含め合計850万軒という過去最大規模の停電を引き起しています。

10月29日からニュージャージー、ニューヨーク、ペンシルバニア、コネチカット、ウェストバージニア、オハイオ、マサチューセッツ、メリーランド、バージニア等の各地で停電が発生し、特に設備被害の大きかったニュージャージー州の停電規模は260万軒(全需要家の65%)、ニューヨーク州は210万軒(同23%)に及びました。また、ニューヨーク市14丁目以南のマンハッタン一帯で停電が生じ、ウォール街のニューヨーク証券取引所も27年ぶりに取引停止となりました。ニューヨークでは計画停電の実施に加え、ほぼ1か月間停電が続いた地域がありました。

(2)電力系統の直面する新たな課題

事例17:ドイツ送電系統の輸送能力拡大と安定化

経緯
ドイツでは、我が国の東京電力福島第一原発事故後再び脱原子力の方針に舵を切り、2022年までに国内の原子力発電所17基を全て停止する決定をしました。これにより2011年には8基が運転停止をしました。ドイツは発電設備の設備予備率に余裕があるため、原子力発電所の停止により直ちに供給支障が生じるおそれは低い状況です。また、長期的には風力発電等の再生可能エネルギーの大幅増加により、供給力を確保23

していく方向です。

同時に、原子力から風力へという電源構成の変化は、ドイツの送電系統に大きな課題を生んでいます。【第112-2-11】に示すように、ドイツの原子力発電所は我が国と異なり、内陸部、特に南部の需要地に近接して立地しているものが多い状況です。一方、風力発電の適地は北部に多く、必然的に北から南への送電量が大幅に増加し、ドイツ国内の電力潮流は大きく変化しています。このため、近年、ドイツ国内の送電系統の増強と安定化が課題となりつつあります。

対応

同国では、エネルギー事業法(EnWG)の改正と系統拡張加速化法(NABEG)により、連邦ネットワーク庁(BNA)が国の政策目的と整合する共同シナリオ枠の作成とそれを基にした系統発展計画の作成に関与しています。エネルギー事業法(EnWG)は、国の政策目的と整合する重要な連系線について指定を行い、系統発展計画の作成に関与することとし、系統拡張加速化法(NABEG)は、これまで州に帰属していた送電線認可権限(環境適合性審査)を、州又は国境を跨る送電線についてBNAが中心となったプロセスへと変更し、認可された送電線路へ土地収用権が付与されることとなりました。

【第112-2-11】 ドイツの原子力停止計画と風力設備の状況

【第112-2-11】 ドイツの原子力停止計画と風力設備の状況

(注)
青の円は各州の風力発電設備容量

ドイツの系統拡張加速化法(NABEG)による取組み

ドイツの系統拡張加速化法(NABEG)による取組み

3.消費

(1)エネルギーの供給価格

エネルギーの供給自体は支障なく行われていても、燃料費や電気料金の高騰は国民生活、産業活動に直接多大な負担となり経済に悪影響をもたらします。

燃料価格

近年、新興国の経済成長を背景に燃料価格が高止まりすると同時に、一次燃料の市場取引が量的にも、質的にも大きく構造的に変化しています。各国はエネルギーのグローバル市場からの調達に依存を深めており、アメリカを除き主要消費国のエネルギー自給率は低下傾向にあります。そのような環境下で、燃料価格の高止まり・乱高下は、一国の経済活動・国民生活に多大な影響を与える要因となっています。

【第112-3-1】 ニューヨーク原油先物市場の推移(WTI原油価格)

【第112-3-1】 ニューヨーク原油先物市場の推移(WTI原油価格)

(出典)
アメリカエネルギー情報局(EIA)、日銀公表統計より作成
(ア)事例18:石油価格高騰と乱高下(2000代後半)
(ⅰ)経緯

原油価格は、1986年に急落して以来、1990年代にかけて石油価格は20ドル/バレルで安定していましたが、2004年以降原油価格は上昇を続け2008年7月には147.27米ドル/バレルという史上最高値をつけました。その後、2008年の金融危機の影響で原油相場は急落をしたものの、1年を経ずして70ドル/バレル台を回復し、その後は80~100ドル/バレルの高値のまま推移しています。

【第112-3-2】に示したように、現在の原油価格水準は実質価格ベースでみると、第2次石油危機時を超える高価格となっています。原油価格の歴史的な高騰により、化石燃料の輸入額は2008年に対GDP比で5.5%と、石油危機以来の水準に達しました。2008年以降、全般的には円高傾向が続いてきたため、我が国では原油価格の高止まりの影響は緩和されてきたものの、各国の産業活動、市民生活において非常に大きな負担となっています。なお、2011年以降の燃料輸入額の増加は、東京電力福島第一原発事故後の原子力発電所の稼働停止を補うためのLNG等の輸入「量」の増加が大きく寄与していますが、同時にLNGの輸入価格は原油価格とリンクしているため、原油の「価格」高止まりも大きな原因となりました。

(ⅱ)近年の原油価格高騰要因 ~ 需要ショックと原油の金融商品化

2004年以降の原油価格の高騰要因については、エネルギー白書2009年版においても詳細な分析をしていますが、【第112-3-3】に示すように様々な要因が影響しています。

今日の原油価格は原油先物価格が指標となって形成されていますが、その価格形成はファンダメンタル要因とプレミアム要因に分けて分析されます。ファンダメンタルとは、需要と供給、在庫の変化、原油の採掘環境といった実体的要因を指しています。プレミアム要因とは、ファンダメンタル以外の要因で、具体的には、地政学的リスクから生じる先行き不安要因や先物市場での投機といった金融要因です。

ファンダメンタル要因では、2004年以降、中国等の新興国の石油需要が急拡大したことが挙げられます。また、経済成長が著しい新興国の石油需要増大は、ファンダメンタル要因だけでなく、市場参加者に将来の構造的な需給逼迫を予想させ、プレミアム要因としても大きな影響を及ぼしています。また、近年は原油が金融商品化しており、プレミアム要因の影響が大きくなっています。原油に限らず、市場における価格は、市場参加者が商品の需給状況などの情報に基づいて各々の見通しにより行う売り買いが、複雑に交錯して形成されます。プレミアム要因は、市場参加者の「認識」に依存するため、価格の乱高下(価格のボラティリティー増大)が生じやすい性質があります24。特に、2000年のITバブル崩壊後、アメリカをはじめとした各国において、実体経済の悪化とデフレを防ぐために金融緩和が進められ、金融市場において過剰流動性相場(金余り相場)が形成されました。これにより、原油商品も投資や投機対象となったことが、価格の乱高下の主な要因の一つと考えられます。

(ⅲ)各国の対応

近年の原油価格の動向は、資源の需給要因以外の金融要因の影響が増大しているものと考えられるため、その対策はエネルギー政策だけでなく、グローバル化した金融市場に対する国際的に協調した対策も求められるようになってきています。

原油価格の高騰によって各国は、国民生活、経済活動を支えるエネルギーの安定的な確保と、エネルギー需要を抑制する需要構造への変革の必要性を改めて認識しました。それまでコスト競争力で劣るとされていた非在来型化石エネルギーや再生可能エネルギーの開発導入を促進するほか、原子力発電の利用を推進する機運も多くの国で高まりました。このような動きは石油危機時に通じるものがあります。また、中国等の消費国では、資源権益を積極的に確保する動きも活発化しています。

我が国では、2007年12月に原油等高騰に関する緊急対策関係閣僚会議を開催し緊急対策を実施(2007年度補正430億円、2008年度予算1720億円)しました。EUは2008年7月に最大3か月分の休漁手当支給を含む総額20億ユーロの緊急漁業支援策を決定しましたし、中国は2008年6月に農業、漁業、林業、都市域内運輸部門に合計198億元、低収入世帯に37.8億元の補助金を供与したほか、大幅な赤字を出していた国有石油会社シノペックに計309億元の補助金を交付しました。また、韓国では2008年7月に原油価格高騰に対して10.49兆ウォンの緊急経済対策を実施したほか、電力ガス価格急騰防止のため、電力会社・ガス会社に合計1.26兆ウォンの補助金を交付しました。

【第112-3-2】 我が国の化石燃料輸入額と対GDP比の推移

【第112-3-2】 我が国の化石燃料輸入額と対GDP比の推移

(出典)
貿易統計、国民経済計算より作成

【第112-3-3】 2004年以降の原油先物価格の高騰・乱高下の要因

【第112-3-3】 2004年以降の原油先物価格の高騰・乱高下の要因

(イ)事例19:天然ガスの調達価格(2000年代後半) 25 26
(ⅰ)経緯

東京電力福島第一原発事故により、我が国における原子力発電量は急減しました。これを埋めるため、特にLNG火力発電所の稼働率が上昇し、我が国の輸入燃料費が大きく増加しています。しかし、現在、我が国のLNG輸入価格は欧米諸国と比較して高く、殊にシェールガス革命で沸くアメリカの卸ガス価格と比較すると、2006年にはほぼ同水準だったものが、2011年にはおよそ3.7倍にまで拡大しました。

その背景には、原油価格の高騰があります。他国と連系した天然ガスパイプラインを持たない我が国は、天然ガスをLNGとして海上輸送により輸入しています。このLNG価格は我が国の原油輸入平均価格(JCC)とリンクした価格フォーミュラとなっているため、原油価格が高騰するにつれて、結果としてLNG価格も大きく上昇しているのです。

このように、我が国のLNG価格の上昇は世界的なガスの需給構造を反映したものではなく、原油価格の上昇によるものと考えられます。一方、原油価格とのリンクは、過去においては一定の合理性があったと考えることもできます。LNG価格は、1969年の輸入開始当初は生産・液化コストを反映した長期固定価格でした。その後、石油危機以降の石油代替燃料としての位置付けが高まったことから、原油価格とリンクした価格体系が採られるようになりました。また、2000年代中頃までは、原油価格と米国の天然ガスの市場価格が長期的に大きく乖離することはなく、天然ガス需給の逼迫によって、米国天然ガスの市場価格の高騰時に比較的低価格でLNGを調達していた時期もあります。このような原油価格等とリンクしてガス価格を設定しているのは我が国だけでなく、欧州の大陸諸国も同様です。

(ⅱ)対応

しかし、現在のように原油価格が継続的に上昇する一方、北米を中心として構造的に天然ガス価格が低下しているような状況下で、欧州では部分的に原油価格リンクを見直す動きが現れています。更に、大手の電力・ガス事業者では自ら上流資源の調達に乗り出す動きが見られます27。我が国では、天然ガスの安定的かつ低廉な調達に向けて、シェールガスの生産拡大で価格が低下している北米からのLNG輸入の実現、日本企業の資源開発(オーストラリア、モザンビーク、ウラジオストク)への参画支援を通じた供給源の多角化、LNG消費国間の連携強化等による買主側のバーゲニングパワーの強化に取り組んでいます。

【第112-3-4】 天然ガス価格の推移

【第112-3-4】 天然ガス価格の推移

(出典)
BP統計、貿易統計より作成

電力価格

事例20:ドイツにおける電気料金

固定価格買取制度(以下FIT制度)は、我が国でも2012年7月から開始され、再生可能エネルギーの普及加速に資するものとして大きな期待が寄せられています。この制度は、再生可能エネルギー発電設備に対して、一定規模の市場を用意することによって、量産効果や商業的な技術開発を促し、従来型の電源と競争できるようにすることが目的です。この制度は国民の負担を伴うものであり、再生可能エネルギーの導入が日本より大幅に進んだドイツではサーチャージの上昇が話題になっています

FIT制度の運用において先行する欧州では、買取対象となる設備が増加するにつれて、以下のような問題が生じています。

(ア)経緯

ドイツでは、2000年からFIT制度が導入され、更に2004年に太陽光発電等の買取価格が引き上げられたことから、2011年には電力の2割を占めるまでに再生可能エネルギーの導入拡大が進みました。しかし、同時に電気料金に付加して徴収されるサーチャージの需要家負担も大きくなっています。ドイツのエネルギー・水管理事業者協会によれば、制度が開始された2000年当時、サーチャージは0.2ユーロセント/kWhだったものが、再生可能エネルギーの導入拡大が進んだ結果、2011年度には3.53ユーロセント/kWhへと増加しています。

(イ)対応

しかしながら、買取制度は太陽光発電のコスト低減効果を上げており(その結果、太陽光発電の買取価格は、2004年の約57ユーロセント/kWhから2013年3月現在約16ユーロセント/kWhまで低減)、再生可能エネルギー推進のために必要な制度であることは変わりないとして、ドイツ政府は買取価格の適宜引下げなどを行いつつ、制度自体は今後も維持する方針です。

我が国でも、再生可能エネルギーの普及を図るため、2012年より固定価格買取制度を導入するなどの対策を行っています。この制度は、再生可能エネルギー(太陽光、風力、水力、地熱、バイオマス)によって発電された電気を、国が定める一定期間、電気事業者が固定価格で調達することを義務付けるものです。この制度により、再生可能エネルギー発電設備を設置する者のコスト回収の見通しが立ちやすくなり、普及が進むとともに、スケールメリットによるコストダウンが進むことが期待されています。

【第112-3-5】 ドイツの再生可能電力量の推移

【第112-3-5】 ドイツの再生可能電力量の推移

(出典)
BMU
(注)
水力:自流式・貯水式発電。揚水式発電は自然流入による発電のみを算入。都市廃棄物(再生可能):都市廃棄物の50%を算入。バイオマス:バイオマス(固形・液体)、バイオガス、汚水・埋立地ガスを含む。

【第112-3-6】 ドイツにおける平均的家庭需要家の電力料金単価の推移

【第112-3-6】 ドイツにおける平均的家庭需要家の電力料金単価の推移

(出典)
エネルギー・水管理事業者協会(BDEW), "Erneuerbare Energien und das EEG: Zahlen, Fakten, Grafiken "(2011)
(注)
平均的家庭需要家の年間需要を3,500kWhと仮定。

【第112-3-7】 ドイツの太陽光発電買取価格の推移

【第112-3-7】 ドイツの太陽光発電買取価格の推移

(出典)
TRENDS IN PHOTOVOLTAIC APPLICATIONS Survey report of selected IEA countries between 1992 and 2010
平成22年度新エネルギー等導入促進基礎調査事業(海外における新エネルギー等導入促進施策に関する調査)

【第112-3-8】 一般家庭の電気料金及び再生可能エネルギー普及にかかわるサーチャージの比較

【第112-3-8】 一般家庭の電気料金及び再生可能エネルギー普及にかかわるサーチャージの比較

(注)
1ユーロ=123円程度(2013年3月現在)

(2)事例21:エネルギー消費と環境への負荷

化石燃料燃焼に伴う大気汚染物質等の環境負荷28 29 30

発電所や工場、自動車等から排出されるガスに含まれる硫黄酸化物(以下SOx)や窒素酸化物(以下NOx)、煤塵は、大気汚染により地域に深刻な健康被害をもたらすとともに、酸性雨などによる広範囲の環境破壊(越境環境汚染)をもたらしました。その主要な発生源の一つとして化石燃料の燃焼排ガスがあるため、エネルギー利用に当たってもそうした大気汚染物質対策が欠かせません。

(ア)経緯

産業革命以降、工業都市を中心にSOxや煤塵による公害に悩まされてきました。その要因の一つとして、石炭燃焼によるSOx排出が挙げられます。20世紀以降も、公害問題はなかなか解決しませんでしたが、1956年の英国議会で大気清浄法が議決されたことを契機に、法的枠組み及び技術革新による大気汚染対策が進み始めました。

一方、1960年代以降、モータリゼーションの進展により自動車排ガスに含まれるNOxによる大気汚染も顕在化してきました。加えて、他国が排出したSOxやNOxに起因する酸性雨が発生し、その結果離れた国の湖沼の酸性化や森林破壊が進むという、越境環境汚染の問題も顕在化してきました。

我が国では、高度経済成長に伴い、工業地帯の周辺地域や幹線道路沿いに深刻な公害が発生し、公害訴訟も提起されました。

(イ)各国の対応

ヨーロッパでは、英国、ドイツ等から北欧諸国への大気汚染物質の越境、酸性雨問題が1960年代から顕在化したこともあり、国際的な越境汚染防止の枠組み構築に向けた動きが進みました。1979年に国連の欧州経済委員会の環境担当相会議において長距離越境大気汚染条約が採択されています。

我が国でも1968年に大気汚染防止法が制定されるとともに、排煙脱硫、排煙脱硝技術の開発及び化石燃料(特に石炭)の低NOx燃焼のための技術開発が進展しました。特に、1973年の第1次石油危機以降、石油代替エネルギーとしての石炭利用の必要性が高まっていたこともあり、石炭利用に主眼を置いたNOx低減、SOx低減技術の開発、実用化が進められました。その結果、石炭のクリーン利用に先鞭をつけるとともに、大気環境改善、エネルギー多様化の推進といった国家的課題の解決に貢献しています。以下、石炭火力発電所において1 kWh発電したときに排出されるSOxNOxの量について国際比較を行った例を示します。【第112-3-9】のとおり、我が国は他国よりも圧倒的に排出量が少なく、石炭のクリーン利用が世界トップクラスであることが分かります。

自動車由来のSOx、NOxについては、我が国でも自動車排ガス規制の整備が進み、1978年のガソリン乗用車に対する排出規制(日本版マスキー法)に始まり、現在は自動車NOxPM法においてその基準も極めて厳しいものとなっています。

【第112-3-9】 石炭火力発電所からの電力1kWhあたりのSOxNOx排出量の国際比較

【第112-3-9】 石炭火力発電所からの電力1kWhあたりのSOxNOx排出量の国際比較

(出典)
ゼロエミッション石炭火力発電ワークショップ(平成23年2月23日)JPOWER発表資料

化石燃料燃焼に伴う温室効果ガス排出による環境負荷

(ア)経緯

1990年以降、気候変動防止の観点から温室効果ガスの排出抑制の要請が世界的に高まってきました。大気中に含まれる二酸化炭素等の「温室効果ガス」の濃度が増加し、地球の大気圏から放射される熱の量が減少すると地球上に熱が留まり、気温が上昇します。近年、雪氷や凍土、陸域生態系などが、地域的な気候変動、とりわけ気温上昇の影響を受けつつあることが、観測によって示されています。

(イ)各国の対応

我が国では、省エネルギーによる需要低減の取組とともに、非化石エネルギーやより低炭素な化石燃料へのシフトを行いつつ、石炭のさらなる高効率利用技術(クリーンコールテクノロジー)の開発、実用化を推進してきました。また、気候変動政策に関する国際交渉が各国間で行われています。

4.技術開発

技術開発は、生産(調達)、流通、消費の各段階全てに必要となる横断的要素です。多くの技術開発がそうであるように、エネルギー技術もまた実際に商業利用に至るまでには長い時間と莫大な開発費用が必要となります。このため、エネルギー関係の技術開発は一朝一夕には成し得ず、数十年単位で継続的に研究開発投資を行って初めて実用化に至るものが多くあります。

このそれぞれの段階において、必要とされる費用・人材を投入し、実用化に向けた課題を試行錯誤しながら解決していくことで、ようやく商業利用可能なエネルギー技術の獲得が可能となります。それだけに、一度開発に成功した技術は、長い年月と多額の資金が投じられた大切な知的財産、技術ストックとして、戦略的に保有・活用されるべきものと言えます。

【第112-4-4】に代表的なエネルギー技術の開発の歴史を示します。原子力発電は、原理発見から比較的短期間で商用技術化していますが、現在、大規模に利用されているエネルギー技術の多くは古くから利用されてきたものです。商業的発展段階に近づきつつある再生可能エネルギー技術なども、石油危機以降、1970年代に開発が本格化して既に30年以上を経ています。

この間、主要国は多額の研究開発費を投じてきました。OECDの統計によれば1974年以後、OECD加盟国がエネルギー分野の研究開発に支出した金額は4,645億ドル(実質ベース)にのぼります。

(1)事例22:燃料電池の開発

燃料電池は、化学エネルギーから電気エネルギーへの変換途上で熱エネルギーや運動エネルギーという形態を経ないため発電効率が高く、騒音・振動も少ない発電装置であることから、今後の発展・普及に期待が持たれている技術です。これまで、燃料電池の技術開発には長い時間と多額の研究開発費が投入されています。公的な研究開発では過去10年でおよそ5,000~6,000億円(OECD加盟国計)が投入されており、電力会社などの公益事業者、自動車会社などの民間企業の研究開発費を含めると、さらに多額の研究開発費が費やされてきました。

燃料電池は、原理としては200年前に発見されていましたが、実際に利用可能な装置として開発されたのは、アメリカのGE社がイオン交換膜を電解質として用いた燃料電池を開発した1950年代です。しかし、高コストな装置であったため、その用途は1960年代まで宇宙開発分野に限られていました。

民生用の燃料電池開発が本格的に始まったのは、1970年代以降です。石油危機以降、各国におけるエネルギー源多様化の流れの中、燃料電池利用などの水素エネルギー社会構築に向けた取組みが、我が国や北米で始まりました。我が国では、1981年のムーンライト計画(国家予算総額約1,300億円)により開発の必要性が位置付けられ、自動車動力源、定置用としての研究開発が進められ、固体高分子型(PEFC)、りん酸型(PAFC)、溶融炭酸塩型(MCFC)、固体酸化物型(SOFC)といった様々な形式の燃料電池の可能性が追求されました。

1990年代以降、研究開発が進むにつれて難易度の高い開発課題が明らかになってきました。具体的には貴金属、りん等希少資源利用による高コスト、耐久性保持、荷追従性確保、水素供給システムの実現(水素の製造元、配送インフラ、安全性確保)などです。

また、他の技術との競合環境も開発に大きな影響を与えます。高効率発電システムという観点では、燃焼タービン等既存の大規模火力発電技術の高効率化が、自動車の動力源という観点では、引き続き内燃機関の高効率化が進むとともに、ハイブリッド車や電気自動車の実用化などが燃料電池技術の開発環境に影響を与えていると考えられます。

しかしながら、温暖化問題など環境性制約の影響も有り、燃料電池技術は開発が続けられています。世界的な燃料電池車の開発競争は引き続き活発であり、2009年からは我が国で定置用燃料電池を用いた家庭用燃料電池「エネファーム」が発売されるなど、商業的な実用化段階に至っています。

【第112-4-1】 IEA加盟国のエネルギー関連R&D予算と原油価格の推移

【第112-4-1】 IEA加盟国のエネルギー関連R&D予算と原油価格の推移

(出典)
IEA Energy RD&D Budget/Expenditure Statistics、BP統計より作成
(注)
研究開発費は2011年基準の購買力平価換算値、原油価格は2011年基準の実質価格

【第112-4-2】 IEA加盟国のエネルギー関連R&D予算の技術別シェア

【第112-4-2】 IEA加盟国のエネルギー関連R&D予算の技術別シェア

(出典)
IEA Energy RD&D Budget/Expenditure Statisticsより作成

(2)事例23:シェールガス採掘技術の開発

シェールガスの生産は、アメリカで2000年代に入ってから一気に拡大していますが、その存在(頁岩層の天然ガス)は古くからわかっていました。アメリカでは1980年に適用された超過利潤税法にある非在来型天然ガス開発に対する税優遇措置をはじめとして、シェールガス等の非在来型資源の開発を政策的に推進してきました。この法律は1992年に廃止となりましたが、タイトガスなど非在来型ガス(下記囲み参照)の開発を支えるものでした。

<非在来型ガス>

  • タイトサンドガス:液体が通りにくい高密度の砂岩に含まれるガス。
  • CBM(炭層ガス):石炭ができる過程で生まれ地下の石炭層にたまっているガス。
  • シェールガス:固い頁岩(けつがん)に含まれるガス。

非在来型ガス

シェールガスに関しては、頁岩層の天然ガスを商業的に見合う採算レベルで採取することは税制優遇があっても非常に難しい課題でした。アメリカでは複数の民間企業が掘削技術開発に取り組んでいましたが、そのほとんどは成果を挙げることなく撤退しています。

その後、1998年にテキサス州バーネット頁岩層において水圧破砕技術を用いたシェールガスの掘削にミッチェル・エナジーが成功し、2000年代に入って水平坑井掘削技術との組み合わせにより商業生産が可能なレベルまで開発が進みました。

シェールガスを商業生産レベルで採掘することを可能にしたのは、主に3つの技術革新(水平坑井掘削、水圧破砕、マイクロサイスミック)です。水平坑井掘削とは、天然ガスが閉じ込められた岩石の層に沿って掘削する技術です。これによって、岩石との接触体積をより大きくすることが可能となり、一坑当りの生産量が大幅に増加しました。水圧破砕とは、天然ガスが存在する地層に水圧をかけて人工的な割れ目(フラクチャー)を作り、天然ガスを流れやすくする技術、マイクロサイスミックはフラクチャー形成の際に発生する地震波を観測・解析し、フラクチャーの広がりを評価する技術です。こうした技術のうち、水平坑井掘削及び水圧破砕の歴史は古く、それぞれ1980年代、1940年代に登場しています。シェールガスの掘削では、それら要素技術の進展とともに組み合わせて用いることがシェールガス採掘の実用化ブレイクスルーを呼んだと言えます。

技術開発による生産性の向上と同時に、2000年代後半からシェールガス開発が一気に拡大した要因は、天然ガス価格の上昇にもあります。アメリカの天然ガス価格は、2000年代は2008年の金融危機まで上昇基調にありました。そのため、新しい採掘技術であった水平掘削への投資も円滑に進み、開発が進むと同時にコストダウンや生産性向上も進むという好循環が生まれました。2000年代初めには全体の掘削リグの内、水平掘削はわずかに5%程度でしたが、2009年には従来の垂直・傾斜掘削リグとシェアが逆転しました。その後、天然ガス生産量の拡大が進み、アメリカの卸天然ガス価格が下落したため、2012年に入ってリグ数は大きく減少していますが、その一方でシェールガス開発技術は、この数年の生産拡大の中で商業的技術として確立され、アメリカは市場環境に応じて天然ガス生産を適切に拡大できる手段を手に入れたと言えます。

アメリカ国内の天然ガス生産量のうちシェールガスが占める割合は、2000年に1%であったものが2011年には25%を占めるに至っており、今後も生産量拡大が期待されています。

このように、シェールガスは技術革新による技術的な準備と外部的な市場環境が整うことによって、商業的な生産技術として定着しました。

【第112-4-3】 アメリカの天然ガス掘削リグ数と卸天然ガス価格の推移

【第112-4-3】 アメリカの天然ガス掘削リグ数と卸天然ガス価格の推移

(出典)
Smith Bit統計、アメリカエネルギー情報局データより作成
(注)
卸天然ガス価格はヘンリーハブスポット価格(4週移動平均値)

【第112-4-4】 アメリカにおける種別天然ガス生産量見通し

【第112-4-4】 アメリカにおける種別天然ガス生産量見通し

(出典)
米エネルギー情報局(EIA)資料
(注)
単位:1兆立方フィート

(3)事例24:太陽光発電の実用化

太陽電池の原理自体は1839年に発見されていましたが、実際に太陽電池が発明されたのは約110年後の1954年でした。当初は主に衛星用として使用されていましたが、石油危機を機に我が国では1974年にサンシャイン計画を開始し(予算総額約5,000億円。うち、太陽電池向け約1,000億円)、それ以降太陽エネルギー利用のための技術開発は主要なテーマの一つとなってきました。

サンシャイン計画では、複数の太陽電池製造技術を競争開発させると共に、太陽光発電システム全体のコスト低減のためのシステム研究が行われました。その結果、1983年には年産500kWの太陽電池生産能力を持つ実験プラントの運転ができるまでになりました。また、1982年には、個人住宅用の太陽光発電システムが開発され、その後順次集合住宅用システム、工場用システム、学校用システムの開発へとつながっていきました。しかし、太陽電池の価格は1983年の時点で1,800円/Wと依然として高く、目標としていた100~200円/Wにはほど遠い状況でした。そのため、原料であるシリコンの製造コストダウン、太陽電池製造のコストダウン等が課題とされました31

1993年にはニューサンシャイン計画が開始し(予算総額約3,500億円。うち、太陽電池向け約700億円)、太陽光発電の技術開発にも力が注がれました。この計画では、太陽電池製造コストの目標を短期的には140円/W、中長期的には100円/Wと設定しました。太陽電池製造技術開発において複数企業に競争させるなどの努力の結果、2000年の太陽電池製造コストは各太陽電池で若干の違いはあっても140円/Wをほぼ達成しました32。その後も技術開発の努力を続けたことで、今日、一般家庭でも太陽光発電設備を設置できるほどに実用化されています。

【第112-4-5】 世界の再生可能エネルギーへの投資金額の推移

【第112-4-5】 世界の再生可能エネルギーへの投資金額の推移

(出典)
国連環境計画(UNEP), "GLOBAL TRENDS IN RENEWABLE ENERGY INVESTMENT 2012"より作成
(注)
図中の数字は総額。

(4)事例25:LNGの実用化

天然ガス液化の歴史は、1820年代にマイケル・ファラデーにより気体の液化技術が実証され、1873年にカール・フォン・リンデにより冷凍機を用いた空気液化分離サイクルの研究が行われたことに始まります。しかし、技術開発を進めて天然ガス液化プラントが運転を開始できるようになるまで、それから40年以上かかりました。

その後も周辺要素の技術開発が続けられ、さらに40年以上経った1959年にアメリカと英国がLNGの長距離輸送共同実験に成功し、ようやくLNGを商品として広域で流通させる目途がたつと、1964年には大型LNG輸出プラント第一号であるArzewプラントがアルジェリアで英国市場向けにLNG生産を開始し、現在の世界規模でのLNG供給チェーンの先駆けとなりました。

我が国は、1969年に初めてLNGをアラスカから輸入し、現在では世界最大のLNG輸入国となっています。

【第112-4-6】 エネルギー関連技術開発の歴史

【第112-4-6】 エネルギー関連技術開発の歴史

(5)必要な対応

これらの歴史からは、いくつかの示唆が得られます。まず、新しいエネルギー技術はスムーズに技術開発に成功する保証はなく、技術的・社会的障壁を乗り越えながら、時にはターゲットを柔軟に変えつつ長期的な取組みを継続することが必要です。そのためには、複数の技術開発を同時並行的に進めることも重要です。また、技術開発要因以外にも、様々な社会情勢により当初想定するエネルギーシステムや用途への適用が困難となることや、逆に、外部環境変化により利用可能性が広がることもあります。今後も、技術開発目的に鑑み、複数の技術ポートフォリオの中でリスク分散や、別種類の技術への切替といった柔軟な姿勢をとりつつ、辛抱強く研究開発を行うことが求められると言えます。

【第112-4-7】 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)における技術開発の歴史

【第112-4-7】 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)における技術開発の歴史

(出典)
新エネルギー・産業技術開発機構「NEDO20年史」「NEDO30年史」より作成

COLUMN

現在も続けられるエネルギー関連技術開発

これまで長い年月をかけて進められてきたエネルギーの技術開発ですが、現在においても様々な取組が行われています。

■風力

風力発電については、洋上風力発電の技術開発が行われています。着床式洋上風力発電については、我が国特有の気象・海象条件に適した技術の確立を目指し、千葉県銚子沖と福岡県北九州沖において、洋上風況観測システムや洋上風力発電システムの実証、超大型風力発電システムの開発などが行われています。

【第112-4-8】風力発電開発(千葉県銚子沖)

【第112-4-8】風力発電開発(千葉県銚子沖)

(出典)
独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構

【第112-4-8】風力発電開発(千葉県銚子沖)

(出典)
独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構

また、福島県の沖合において、浮体式洋上風力発電ウィンドファームの実証研究事業が行われています。これは、我が国特有の気象・海象条件に適した、安全性・信頼性・経済性の高い浮体式洋上風力発電システムを確立するとともに、漁業との共生策を見出し、世界初の浮体式洋上ウィンドファームの実現を目指すものです。具体的には、気象・海象の観測技術の開発、浮体動揺の予測技術の確立、浮体式洋上風力発電技術の確立、浮体式送変電技術の確立、高性能鋼材の開発、漁業との共生策の検討などが行われています。

【第112-4-9】 福島県沖での浮体式洋上風力発電実証研究事業

【第112-4-9】 福島県沖での浮体式洋上風力発電実証研究事業

(出典)
福島洋上風力コンソーシアム

長崎県五島市においても、浮体式洋上風力発電の実証事業を実施しており、平成24年度に設置・運転を行った我が国初となるパイロットスケール(100kW)の小規模試験機に続き、平成25年度には商用スケール(2MW)の実証機を設置・運転する予定です。浮体式洋上風力の早期実用化に向けた必要な知見を得るとともに、台風への耐性、漁業者との調整、環境アセスメント手法の確立等を行っています。

これらの技術開発、実証研究により、洋上風力発電の導入促進、国内風力発電産業の育成及び国際競争力の確保が期待されています。

■バイオマス

バイオマスエネルギーの利用促進のための技術開発としては、地球温暖化防止への貢献だけではなく、国内エネルギー資源の拡大というエネルギー安全保障の強化の観点から、未利用の枝や葉、製紙用原料として利用できない残材、短期伐採した早生樹といった木質バイオマスからバイオエタノールを効率的に生産する技術の開発を進めています。

広島県呉市にある王子ホールディングス(株)のパイロットプラントでは、2011年12月からこの技術の実証試験を開始しました。1 日あたり最大処理量1トンの木質バイオマスを使用して、バイオエタノールを250~300リットル生産することが可能で、試験用パイロットプラントとしては国内最大級の規模となります。

【第112-4-10】 バイオエタノール製造に関するパイロットプラント(王子ホールディングス(株))

【第112-4-10】 バイオエタノール製造に関するパイロットプラント(王子ホールディングス(株))

(出典)
独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構

また、食料生産と競合しない原料として、藻類からのバイオ燃料製造も注目されています。不良環境下でも栽培が可能な藻類は、単位面積当たりの生産性が非常に高く、さらに二酸化炭素固定への寄与率が高いことから、将来的には工業的に生産されることが期待されます。

このように、藻類はバイオ燃料の原材料として高いポテンシャルを秘めていると言えますが、現状製造原価が極めて高いことから、藻類由来のバイオ燃料は実用化されていません。

さらなる製造コスト低減に向け、現在、油分生産性の高い藻類の探索や、低コストで効率的な培養および油分抽出技術の研究が行われています。特に、藻類の場合は含水率が高く高濃度な糖類や油脂類を得ることが困難なため、油脂類の回収に係る工程や水分を除去する工程の低コスト化が課題であり、今後もこうした課題解決に向けた技術開発を進めていきます。

【第112-4-11】 藻の培養特性試験(左)と種藻培養設備(右)

【第112-4-11】 藻の培養特性試験(左)と種藻培養設備(右)

(出典)
株式会社IHI

石油メジャーの海洋資源開発

BP社のメキシコ湾の大規模原油流出(事例2)からは、原油高が続く中で石油メジャーの収益力は衰えていないものの、石油メジャーの世界シェアは縮小しており、資源を求め、技術的難易度の高い開発を行っている現状の一端を見ることが出来ます。国営石油会社(NOC)の台頭により在来型の上流資源の権益に関する相対的な地位は大幅に低下し、現在、メジャーがアクセスできる上流資源は、石油については7%にとどまっています。上流部門の利益率は高いものの、既存資源の開発技術は技術サービス会社33にも蓄積されており、在来型資源開発はNOCとの競合が厳しく、産油・ガス国への資源アクセスの制約も強い状況です。そのため、石油メジャーはより技術的難易度の高い分野、例えば、深海資源、LNG、非在来型資源(オイルサンド、シェールガス、CBM)など)の開発へとシフトしてきました。

【第112-4-12】 世界の石油埋蔵量における国際石油会社の地位

【第112-4-12】 世界の石油埋蔵量における国際石油会社の地位

(出典)
PFC Upstream Competition Service

また、IEAの推計によれば、深海・大深海の油田の生産コストは30ドル台後半から60ドル台ですが、2000年代後半から原油価格は上昇を続けているため、より深い水深での原油採掘も採算面で成立することとなり、大深度の海底油田開発が推進されています。

【第112-4-13】 海底油田開発の大深度化の状況

【第112-4-13】 海底油田開発の大深度化の状況

(出典)
"2012 DEEPWATER SOLUTIONS & RECORDS FOR CONCEPT SELECTION"より作成

【第112-4-13】に示すように、1980年代の海底油田は水深500m以下のものでしたが、1990年代には水深500~1000mへと深度化が進み、2000年代になると1000~2500mが石油メジャーの海底油田開発の主戦場となってきました。一方、原油価格の上昇と掘削活動の世界的な高まりによって、ベテラン技術者の不足、資機材価格の上昇、掘削リグのコストアップなどが顕在化しており、開発コストは上昇トレンドにあります。2008年の価格高騰期にも、一方では探鉱開発コストが急騰し開発事業を圧迫しましたが、安全対策コストは上流資源開発のさらなる追加コストとなりつつあります。当然、大深度化がすすむほど、技術的難易度は高まります。ディープウォーター・ホライズンの採掘深度は1,522mで、今回の大事故によって、海底油田開発の事故対策はより強く進められるものと想定されます。

3
http://www.pcs.gr.jp/doc/jsymposium/2001/2001_harlan_henderson_j.pdf
4
1990年の油による汚染に係る準備、対応及び協力に関する国際条約(OPRC 条約)、「1973 年の船舶による汚染の防止のための国際条約に関する1978 年の議定書(MARPOLマルポール73/78 条約)の改正」
5
BP社発表
6
アメリカの原油生産の約3割、天然ガス生産の約2割、石油精製能力の約5割が集中し、また原油の輸入拠点でもあります。
7
1976年以降、製油所の新設がされておらず、既設の製油所がフル稼動に近い状態だったアメリカでは、石油製品の潜在的な供給力不足が懸念されていました。2005年のハリケーン被害によりそれが現実のものとなったことを契機に、アメリカ政府は議会に精製施設建設の規制緩和を求め、同年10月7日には製油所の新増設に関する支援措置を盛り込んだ法案が下院で可決しました
8
Country Reports on Terrorism 2011
9
アメリカは、エネルギー省高官が原子力政策の維持を表明。ドイツは、2011年6月に2022年末までに全原子力発電所の段階的停止を決定しています。
10
http://www.shugiin.go.jp/itdb_annai.nsf/html/statics/shiryo/201110cherno.htm
11
Health effect of the Chernobyl accident : an overview Fact sheet303 April 2006 (2006年公表)
12
United Nations Scientific Committee on the Effects of Atomic Radiation, SOURCES AND EFFECTS OF IONIZING RADIATION UNSCEAR 2008 Report: Sources, Report to the General Assembly Scientific Annexes VOLUMEⅡ Scientific Annex D HEALTH EFFECTS DUE TO RADIATION FROM THE CHERNOBYL ACCIDENT Ⅶ. GENERAL CONCLUSIONS
(2008年原題/2011年公表)
13
もっとも、アメリカやフランスでは、出力向上や稼働率の向上により、1990 年代以降も発電電力量は増加しています。
14
CERMは1991年の湾岸戦争及び2005年にアメリカにハリケーン・カトリーナが襲来し被害を与えた時の2回行われ、各国が協調して備蓄を放出。2003年のイラク戦争の時はイラクからの供給途絶に備えて、産油国とIEAが連携して備蓄を放出できる体制を固めたが、結果的に備蓄の放出は行われなかった。
15
「資源ナショナリズム」は、伝統的には、権益の国有化を典型的な形態とし、その対価としては金銭的収益が焦点にありました。しかし、最近では、輸出規制や税・ロイヤリティの引上げの他、人材育成、インフラ整備、産業振興といった資源国の長期的な発展に資するコミットメントが資源供給の対価として求められることが多くなってきています。
16
「石油危機の政治経済学」、石垣(1992)等を参照
17
カスピ海周辺ガスをトルコ、ブルガリア、ハンガリーを経由してオーストリアへ供給する総延長3,300kmパイプラインプロジェクト
18
信頼度コーディネータとは、広範囲にわたる系統の信頼度監視者。同期系統内の事故時等に隣接する系統運用者の協力をサポートし緊急時には広域的な視点から対応を行う主体として、NERC(北米供給信頼度協議会)から指定を受けた団体です。
19
特に、今回の停電に関しては、インドで発電電力の12%を占める水力が今年の渇水で通常より2割程度低いこと、逆に渇水のため農業用の灌慨ポンプによる電力需要が増大していること(インドの農業用ポンプによる電力需要は電力全体の約2割)、最初にトラブルが発生したウッタル・プラデシュ州などにおいて中央政府から割り当てられた電力供給を上回る需要が発生しアンバランスが生まれたこと、送電系統のトラブルから問題が連鎖的に全国大に拡大したこと、等が指摘されている。
20
http://www.jepic.or.jp/data/ele/ele_08.html
21
http://www.npa.go.jp/archive/keibi/biki/higaijokyo.pdf
22
http://www.bousai.go.jp/oshirase/h23/110624-1kisya.pdf
23
ドイツ政府は2012年1月1日付けで施行された再生可能エネルギー法(EEG)第2条第2項において、2050年に電力供給量の80%を、再生可能エネルギーで占めるとの目標を掲げている。
24
原油は消費財(フロー財)としての性質と投資・投機対象となる資産(ストック財)としての性質を持っています。株式や不動産等のストック財は資産バブルが生じる可能性があることが知られていますが、2008年までの歴史的な価格上昇は資産バブル的な要素が含まれているとの指摘があります。
25
http://eneken.ieej.or.jp/data/3359.pdf
26
http://www.meti.go.jp/committee/sougouenergy/sougou/denkiryokin/pdf/012_09_00.pdf
27
http://oilgas-info.jogmec.go.jp/pdf/4/4776/1210_out_h_eu_gas_price_renegotiations.pdf
28
電中研レビューNo.43 第1章 酸性雨問題の変遷と当研究所の取り組み(電力中央研究所)
29
自動車公害の歴史認識と環境政策に関する研究(坂井宏光,九州国際大学教養研究第16巻第2号(2009/12))
30
大気クリーン化のための化学工学
(定方正毅編著、培風館)
31
通商産業省工業技術院サンシャイン計画推進本部
「サンシャイン計画10年の歩み」
32
「ニューサンシャイン計画「太陽光発電技術開発」プレ最終評価報告書」
33
例えば、Halliburton Energy Servicesなど