参考資料 東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会 最終報告(概要)

はじめに【Ⅰ、Ⅵ・はじめに】

平成23年3月11日、東京電力株式会社(以下「東京電力」という。)福島第一原子力発電所(以下「福島第一原発」という。) 及び福島第二原子力発電所(以下「福島第二原発」という。)は、東北地方太平洋沖地震とこれに伴う津波によって損傷し、特 に福島第一原発では国際原子力・放射線事象評価尺度(INES)レベル7の極めて深刻なシビアアクシデントが発生した。
 同年5月24日、この事故の原因及びこの事故による被害の原因を調査・検証し、事故による被害の拡大防止及び同種事 故の再発防止等に関する政策提言を行うことを目的に、閣議決定に基づき当委員会が設置された。当委員会は、その後、 福島第一原発及び福島第二原発を始めとする現地の視察、関係地方自治体の首長や住民からの意見聴取、関係者のヒアリ ング(対象者数772名)等の調査・検証活動を行い、同年12月26日に中間報告を取りまとめ、さらに、平成24年7月23 日に最終報告を取りまとめた。
 最終報告は、中間報告と一体となるものであり、主として中間報告後の調査・検証の結果を記述したものである。
 この概要は、最終報告のうち、問題点の考察と提言に当たるⅥ章の記述を中心に簡略化したものである。見出しの後の 【 】内は、「最終報告(本文編)」の主な該当箇所を示す。提言は太字で表記している。

1.基本問題委員会の設置

(1)事故発生後の東京電力等の対処及び損傷状況に関する分析

a 福島第二原発における現場対処と比較した福島第一原発の問題点【Ⅱ 5(8)、Ⅵ 1(1)a】
 福島第一原発における事故対処に関する問題点については、中間報告に記述したとおりであるが、その後の調査で判明 した福島第二原発における現場対処の実際と比較して、以下のような問題点が改めて明らかとなった。

(a)3号機代替注水
 福島第一原発3号機においては、高圧注水系手動停止の際に代替手段をあらかじめ準備しなかったことにより、6時間 以上にわたって原子炉注水が中断した。福島第二原発では、手順の細目について相違があるものの、基本的には、次なる 代替手段が実際に機能するか否かを確認の上で、注水手段の切替えを行うという対応がとられていた。
 福島第二原発では外部電源が使用可能であったことから、作業環境も福島第一原発と比較すると良好であり、事態の対 応に当たったスタッフは心理的にもより余裕があったと思われる。しかし、これらの点を考慮したとしても、福島第一原 発における対応は適切さを欠いたものであった。

(b)2号機S/C 圧力・温度の監視
 福島第一原発2号機では、平成23年3月11日の全電源喪失以降、原子炉隔離時冷却系(RCIC)が作動していたものの、 電源喪失により制御不能であり、いつ停止するかも分からない状況にあった中で、同月12日4時頃以降、RCIC の水源を 復水貯蔵タンクから圧力抑制室(S/C)に切り替えた。しかし、電源喪失によって残留熱除去系による冷却が期待できない 場合に、このような運転方法を長時間継続すると、S/C の圧力及び温度が上昇し、RCIC の冷却機能及び注水機能が低下 するほか、RCIC が機能しなくなった場合の次なる代替注水手段である消防車を用いた消火系注水に必要な主蒸気逃し安 全弁(SR 弁)による減圧操作が困難になるなどのおそれがあった。したがって、S/C の圧力及び温度を継続して監視する とともに、あらかじめ消防車注水ラインを準備し、RCIC 停止を待たずに原子炉減圧操作を行う必要があったと考えられ る。しかし、実際には、同月14日4時30分頃まで前記のような計測が行われず、速やかな代替注水が実施されることも なかった。
 他方、福島第二原発では、RCIC 作動中から、間断なく注水を実施することを視野に入れ、S/C の圧力及び水温を監視 しながら、段階的にSR 弁を開操作して復水補給水系による注水を実施するなどの対応がとられた。
 前記(a)で述べように、福島第一原発と福島第二原発では状況の違いはあるにせよ、福島第一原発における対処は福島第
 二原発におけるそれと比べて、適切さが欠けていたと指摘せざるを得ない。

b 損傷状況の継続した徹底的な解明の必要性【Ⅵ 1(1)b】
 当委員会は、可能な限りの事実の調査・検証を行ってきたが、現地調査における困難性や時間的制約等のため、福島第 一原発の主要施設の損傷が生じた箇所、その程度、時間的経緯を始めとする全体的な損傷状況の詳細、放射性物質の漏出 経緯、原子炉建屋爆発の原因等について、いまだに解明できていない点も存在する。国、電力事業者、原子力発電プラン トメーカー、研究機関、関連学会といったおよそ原子力発電に関わる関係者(関係組織)は、今回の事故の事実解明と検証 を最後まで担うべき立場にあり、こうした未解明の諸事項について、それぞれの立場で包括的かつ徹底した調査・検証を 継続する組織的態勢を組むべきである。

(2)事故発生後の政府等の事故対処に関する分析

a 原子力災害現地対策本部【Ⅲ 5(4)、Ⅵ 1(2)a】
 政府の原子力災害対策マニュアル(以下「原災マニュアル」という。)は、原子力災害現地対策本部(以下「現地対策本部」と いう。)の設置される緊急事態応急対策拠点施設(以下「オフサイトセンター」という。)が機能するということを前提に作成さ れているが、今回の事故の際は、その前提が崩れ、原災マニュアルが予定していたような対応ができなくなるという問題 が生じた。
 そもそも、シビアアクシデントにおいてもオフサイトセンターが機能するような方策をあらかじめ講じておくべきであ ったし、仮にオフサイトセンターが機能しなくなるような事態になったとしても事故に対処できるような方策を併せて講 じておく必要があった。
 また、原子力災害対策本部(以下「原災本部」という。)長から現地対策本部長への権限の委任については、原子力安全・保 安院(以下「保安院」という。)職員が、原災本部長である菅直人内閣総理大臣(以下「菅総理」という。)の了承を求めるタイミ ングを失した上、現地対策本部から再三にわたって委任手続の進捗状況の確認を求められても主体的に動かず、また、内 閣官房及び内閣府の職員も、保安院に対して委任手続を進めるよう注意喚起せず、委任手続が行われないという問題が発 生した。
 そのような状況において、現地対策本部は、経済産業省緊急時対応センター(ERC)に置かれた原災本部事務局とも協議 の上、必要な措置を漏れなく迅速に行うため、権限の委任手続が終了しているものとして避難措置の実施等について種々 の決定を行い、かつ、実施した。

b 原子力災害対策本部【Ⅲ 2(1)、4(2)、Ⅵ 1(2)b】 (a)官邸内の対応  原災マニュアルによれば、原子力災害が発生した際、政府における緊急事態応急対策の中心となる原災本部は官邸に設 置し、また、情報の集約、内閣総理大臣への報告、政府としての総合調整を集中的に行うため、官邸地下にある官邸危機 管理センターに官邸対策室を置くこととされている。また、各省庁の局長級幹部職員は同センターに参集することとされ ており、そのメンバーを「緊急参集チーム」と呼んでいる。同チームには、緊急時において迅速・的確な意思決定がなされ るよう、各省庁が持つ情報を迅速に集約し、それに基づいて機動的に意見調整を行うことが期待されている。
 しかし、今回の事故においては、避難措置等の事故対応についての重要な意思決定の多くは、この官邸危機管理センタ ー(緊急参集チーム)から離れて、官邸地下の中2階の一室又は官邸5階において、関係閣僚、原子力安全委員会(以下「安 全委員会」という。)委員長、保安院幹部、東京電力幹部らにより行われた。一般に、原子力災害が発生した場合、できる限 り情報入手が容易で、現場の動きを把握しやすい、現場に近い場所に対策の拠点が設置される必要がある。政府における 福島第一原発の情報収集拠点であったERC から離れた官邸内において意思決定が行われていたこと、また、官邸内にお いても、その情報集約拠点である官邸危機管理センターとは離れた別の場所(官邸5階等)において意思決定が行われてい たことなどから情報の不足と偏在が生じ、十分な情報がないままに意思決定せざるを得ない場合も生じたという点は、今 回の一つの大きな教訓とすべきである。
 なお、平成23年3月15日に東京電力本店に福島原子力発電所事故対策統合本部が設置されたことは、福島第一原発に ついての情報アクセスの改善という面では積極的に評価をすることも可能であるが、政府の対応に必要な情報は必ずしも 東京電力に係る情報のみではない上、東京に本社本店のない他の電力会社の原子力発電所において同様の事故が発生する 場合もあり得ることから、今回の事例を普遍的な先例とするべきではない。正確な情報を迅速に入手することは、いうま でもなく原子力災害対策の基本である。電力事業者の本社本店に移動することなく、官邸等、政府施設内にいながら、よ り情報に近接することのできる仕組みの構築が検討されるべきである。

(b)情報収集の問題点
 中間報告で詳述したように、ERC の中に、東京電力本店やオフサイトセンターが東京電力のテレビ会議システムを通じ て現場の情報を得ていることを把握している者はほとんどおらず、東京電力のテレビ会議システムをERC にも設置する ということに思いが至らなかった。また、情報収集のために、保安院職員を東京電力本店へ派遣するといった積極的な行 動も起こさなかった。

c 福島県災害対策本部【Ⅳ 3(2)b、Ⅵ 1(2)c】
 福島県は、平成23年3月11日、知事を本部長とする福島県災害対策本部(以下「県災対本部」という。)を設置し、事故対 応に当たったが、県災対本部内外の連携等が十分ではなかったために、避難区域内に取り残された双葉病院の入院患者等 の避難・救出が大きく遅れるなどの問題が発生した。
 被災地からの避難・救出における今回のような事態の再発を防ぐためには、県が設置する災害対策本部の班編成を、平 時の組織を単に縦割り的に寄せ集めたものでなく、対応すべき措置に応じた横断的、機能的なものにするとともに、全体 を統括・調整できる仕組みを設け、かつ、各班相互の意思疎通の強化を図ること、防災計画においても、県の災害対策本 部に詰める職員のみならず、必要に応じ、いつでも他の職員も災害対応に当たる全庁態勢をとること等が必要である。
 また、原子力災害においては、その規模の大きさから、県が前面に出て対応に当たらなければならず、この点を踏まえ た防災計画を策定する必要がある。

d その他の具体的な対応に関する分析【Ⅲ 2(1)、Ⅵ 1(2)d】
(a)原子力緊急事態宣言の発出
 平成23年3月11日17時42分頃、海江田万里経済産業大臣(以下「海江田経産大臣」という。)は、寺坂信昭原子力安全・ 保安院長(以下「寺坂保安院長」という。)らと共に、菅総理に対し、原子力災害対策特別措置法第15条第1項に定める原子 力緊急事態の発生を報告するとともに、原子力緊急事態宣言の発出について了承を求めた。しかし、寺坂保安院長らは、 菅総理から福島第一原発の原子炉の状況や関連法令等について問われ、これに対して十分な説明をすることができないま ま時間が経過し、菅総理は、同日18時12分頃から約5分間、予定されていた与野党党首会談に出席したため、上申手続 は一時中断した。同会談から戻った菅総理は、間もなく原子力緊急事態宣言の発出を了承し、同宣言は、同日19時3分に 発出された。一般的に、原子力災害においては、事態が急速に進展することがあり得るところであり、進行している事態 や関連法令の詳細についての把握より、まず緊急事態宣言の発出を優先すべきであったと思われる。

(b)福島第一原発視察
 菅総理は、平成23年3月12日、福島第一原発事故に関する情報が十分に入っていなかったことなどから、福島第一原 発の視察を実行した。この視察は、事故もなく終了し、結果的には福島第一原発におけるベント実施への影響もなかった と認められる。しかしながら、今回のような大規模災害・事故が発生した場合において、最高指揮官の立場にある内閣総 理大臣が、長時間にわたって官邸を離れ、危険が伴う現地視察を行い、緊急対応に追われていた現地を訪れたことについ ては、他の代わりとなる人物を派遣して状況を確認させるなどの方法によるべきではなかったのかという点で、なお疑問 が残る。

(c)具体的事故対処についての官邸の関与
 菅総理は、平成23年3月12日18時過ぎ頃、海江田経産大臣から、その直前に同大臣が発した福島第一原発1号機原子 炉への海水注入命令について報告を受けた際、炉内に海水を注入すると再臨界の可能性があるのではないかとの疑問を発 し、その場に同席した班目春樹原子力安全委員会委員長(以下「班目委員長」という。)がその可能性を否定しなかったことか ら、更に海水注入の是非を検討させることとした。その場に同席していた東京電力の武黒一郎フェロー(以下「武黒フェロ ー」という。)は、同日19時過ぎ頃、福島第一原発の吉田昌郎所長に電話し、「今官邸で検討中だから、海水注入を待ってほ しい。」と強く要請した。菅総理が再臨界の可能性についての質問を発した際、その場には、班目委員長のほか、平岡英治 原子力安全・保安院次長、武黒フェロー等の原子炉に関する専門的知見を有する関係者が複数いたが、的確な応答をした 者はおらず、誰一人として専門家としての役割を果たしていなかった。また、安易に海水注入を中止させようとした東京 電力幹部の姿勢にも問題があった。このような、すぐれて現場対処に関わる事柄は、まず、現場の状況を最も把握し、専 門的・技術的知識も持ち合わせている事業者がその責任で判断すべきものであり、政府・官邸は、その対応を把握し適否 についても吟味しつつも、事業者として適切な対応をとっているのであれば事業者に任せ、対応が不適切・不十分と認め られる場合に限って必要な措置を講じることを命ずるべきである。当初から政府や官邸が陣頭指揮をとるような形で現場 の対応に介入することは適切ではないと言えよう。

(3)被害の拡大防止策に関する分析

a 原発事故の特異性【Ⅵ 1(3)a】
 原子力発電所の大規模な事故は、施設・設備の壊滅的破壊という事故そのものが重大であるだけでなく、放出された放 射性物質の拡散によって、広範な地域の住民等の健康・生命に影響を与え、市街地・農地・山林・海水を汚染し、経済的 活動を停滞させ、ひいては地域社会を崩壊させるなど、他の分野の事故には見られない深刻な影響をもたらすという点で、 極めて特異である。このような原発事故の調査・検証に当たっては、事故原因とその背景について明らかにするだけでな く、被害の発生・拡大を防止する取組が適切であったのか否か、それが十分なものでなかったとするなら、それはなぜな のか、といった問題についても多角的に調査・分析し、あるべき被害防止への方策を見いださなければならない。

b モニタリングの在り方【Ⅳ 1(2)a、Ⅵ 1(3)b】
 モニタリングに関する問題点等については、既に中間報告で述べたとおりであるが、さらに、オフサイトセンターが機 能しない場合のモニタリングの役割分担について指摘しておきたい。
 今回の事故においては、オフサイトセンターにある現地対策本部を拠点としたモニタリング活動が十分でなかったこと から、平成23年3月16日、関係機関の役割分担が整理され、各機関が実施しているモニタリングのデータの取りまとめ 及び公表は文部科学省が、データの評価は安全委員会が、安全委員会が行った評価に基づく対応は原災本部が、それぞれ 行うことが取り決められた。しかし、急を要する状況の中で、データ評価の範囲等について、関係機関の間で事前に十分 な調整が行われた上で取決めがなされたとは言い難い状況にあった。
 このような応急の状況で役割分担の取決めが必要となったのは、モニタリングデータの集約、評価・公表、評価に基づ く対応という一連の作業を担うこととされていた現地対策本部(オフサイトセンター)が機能しない事態が生ずることを想 定していなかったためと考えられる。今回の事態を教訓に、モニタリング態勢整備の見直しが必要である。

c SPEEDI の活用の在り方【Ⅳ 2(1)、(3)、(4)、Ⅵ 1(3)c】
(a)システム及びその活用主体の問題点
 緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)は、原子力事故発生時、緊急時対策支援システム(ERSS)か ら伝送される放出源情報を前提に、周辺環境における放射線量率等を予測することができる装置であるが、ERSS は事故 発生時には機能しなくなるおそれがあり、その場合のSPEEDI の活用方法についてあらかじめ検討し、その検討結果を事 故対応に当たるべき関係者間で共有しておくべきであった。
 しかしながら、事故対応に当たっていた多くの者は、ERSS が機能しなくなるやSPEEDI を避難に活用する余地はない ものと考えていた。環境放射線モニタリング指針には、放出源情報が得られない場合のSPEEDI の活用方法も記載されて いたが、これを避難に活用できるとのコンセンサスもなかった。また、オフサイトセンターが機能しなくなった場合にお けるSPEEDI の活用主体(運用及び公表の責任を負う機関)についても、明確になっていなかった。

(b)SPEEDI と避難指示
 SPEEDI が有効に活用されなかった大きな原因は、前記(a)のとおり、いずれの関係機関もERSS から放出源情報が得 られない場合にはSPEEDI を避難に活用することはできないという認識の下、これを避難の実施に役立てるという発想を 持ち合わせていなかった点にあったと考えられる。しかし、SPEEDI により単位量放出を仮定した予測結果は得られてお り、仮にその情報が提供されていれば、各地方自治体及び住民は、より適切に避難のタイミングや避難の方向を選択でき た可能性があったと言えよう。ERSS から放出源情報を得られない場合でも、SPEEDI を活用する余地はあったと考えら れる。

d 住民に対する避難指示【Ⅳ 3(1)b、(2)、Ⅵ 1(3)d】
 住民に対する避難指示に関する問題点等については、中間報告で述べたとおりであるが、中間報告後の調査・検証を踏 まえ、更に以下の点を指摘しておく。

(a)福島第二原発から10km 圏外への避難指示
 平成23年3月12日17時39分、福島第二原発から半径10km 圏外への避難指示が発出された。この避難指示は、同日 15時36分の福島第一原発1号機における爆発を受け、官邸5階において、福島第二原発についても同様の事象が発生す る可能性があるので万一の事態に備える必要があるとの判断に基づいて発出されたものであり、原子炉への注水状況、原 子炉の水位や圧力等の福島第二原発の各号機の具体的状況を踏まえて検討されたものではなかった。
 この避難措置の約1時間後の同日18時25分、福島第一原発から20km 圏外への避難指示が発出されたが、広野町北端 のごく一部の地域のみは、福島第一原発から20km の範囲に含まれないので、福島第二原発から10km 圏外への避難指示 が発出されなければ避難指示区域に含まれることはなかった。福島第二原発から10km 圏外への避難指示については、情 報不足で混乱する中、福島第一原発1号機の原子炉建屋爆発という事態を受けて判断されたが、当時の福島第二原発の状 況は実際には比較的安定しており、その決定過程には問題が残った。

(b)病院患者等の避難
 寝たきりの患者が多く入院していた双葉病院については、入院患者の救出が大きく遅れ、かつ、搬送先が遠方の高等学 校の体育館とされるなど、不適切と言わざるを得ない事態が生じた。こうした事態の再発を防ぐためには、前記(2)c で指 摘したもののほか、避難を担当する自衛隊が、警察無線を有する県警に協力を求めるなどして外部との連絡体制の確保に 留意する必要がある。また、言うまでもなく、人命救助に当たる者は、改めてその責任の重さを自覚し、強い責任感を持 って任務に当たるべきである。

e 被ばくへの対応【Ⅳ 4(3)b(c)、(5)a、b、(6)、5(2)a、Ⅵ 1(3)e】
(a)APD の未装着問題
 事故発生後の福島第一原発の作業員(放射線業務従事者)にとって、各自が警報付きポケット線量計(APD)を装着しその 受けた放射線量を測定することは、線量限度を超える被ばくを避けるため不可欠であった。しかし、福島第一原発におい ては、もともと配備されていたAPD が被水するなどしたため、平成23年3月15日以降の作業において代表者のみがAPD を装着する例外的な運用を始め、これが同月31日まで続いた。
 この問題について調査したところ、実際には事故発生直後に他の発電所等から合計950個のAPD が届けられていたが、 適合する充電器や警報設定器がないなどとして、使用されないまま放置されたこと等が明らかとなった。  その経緯等を見ると、現場作業員の被ばく防止に関する東京電力社員の意識は低かったと言わざるを得ない。これは、 「被ばく線量はできる限り小さくすべきである」という広く受け入れられている国際放射線防護委員会(ICRP)の考え方が十 分に理解されていないことをうかがわせるものであり、東京電力における被ばく回避の放射線教育の在り方に問題があっ たと言わざるを得ない。

(b)国のヨウ素剤服用指示
 現地対策本部医療班は、平成23年3月13日、スクリーニングレベルに関する現地対策本部長指示を発出するための準 備を始めた。その過程において、安全委員会は、ERC に対し、スクリーニングレベルを超えた者に対しては安定ヨウ素剤 を投与すべきとのコメントをFAX 送信し、安全委員会からERC に派遣されていたリエゾンがこれを受け取った。しか し、このコメントは、ERC 医療班内で共有・検討が行われず、現地対策本部にも伝えられなかった。これは、同リエゾン が、安全委員会のコメントを本部長指示に盛り込むことの重要性・必要性を認識していなかったことによるものと考えら れる。
 他方、安全委員会も、前記コメントが前記指示に盛り込まれないであろうことを知りながら、「委員会はあくまでも助言 機関である。助言すべき事項は既に助言した」との理由から、何らそれ以上のアクションを起こさなかった点で、国民の安 全を所管する行政機関としての責任感に欠けていたと言わざるを得ない。

(c)県のヨウ素剤服用指示
 三春町は、平成23年3月14日深夜、住民の被ばくが予想されたことから、安定ヨウ素剤の配布・服用指示を決定し、 同月15日、町民に周知を行い、薬剤師の立会いの下、安定ヨウ素剤の配布を行った。これを知った福島県の職員は、三春 町に対し、国からの指示がないことを理由に配布中止と回収の指示を出したが、三春町はこれに従わなかった。安定ヨウ 素剤の服用についての安全委員会の意見が、前記(b)のような経緯で葬られている点を考慮すると、国からの指示がなか ったからという理由で三春町の判断を不適切であったと言うことはできない。現在、安定ヨウ素剤の服用については、基 本的に国の災害対策本部の判断に委ねる運用となっているが、前記経験を踏まえ、各自治体等が独自の判断で住民に服用 させることができる仕組み、事前に住民に安定ヨウ素剤を配布することの是非等について、見直すことがむしろ必要であ ろう。

(d)スクリーニングレベルの引上げ
 福島県は、当初、スクリーニングレベルを40Bq/cm(21万3,000cpm相当)と設定していたが、平成23年3月13日、同 月14日以降の全身除染のスクリーニングレベルを10万cpm に引き上げた。安全委員会は、福島県のスクリーニングレベ ル引上げの意向を知り、ERC に対し、一旦はスクリーニングレベルを1万3,000cpm に据え置くべきであるとの助言を行 ったが、同月19日には10万cpm への引上げを是認する助言を行い、現地対策本部長は、同月20日、スクリーニングレ ベルを10万cpm とする指示を発出した。
 しかし、当時は、全身除染(シャワー)のスクリーニングレベルの引上げではなく、線量等に応じたきめ細かな除染方法 (脱衣、拭き取り等)の策定こそが必要であった。また、安全委員会が発出した10万cpm というスクリーニングレベルを 許容する助言及びこれに基づいて現地対策本部長が発出した指示は、スクリーニングレベルを単純に10万cpm に引き上 げるのみで、検出レベルが1万3,000cpm 以上10万cpm 未満であった者に対しては何らの除染も要求しておらず、その 者に対する除染は不要であるかのように解釈する余地があるものとなっており、かえって問題であった。また、スクリー ニングレベルについては、同月13日に発せられた現地対策本部長指示が県災対本部の担当班に伝わっていないなど国と県 のコミュニケーションに関する問題も発生した。今回のような緊急事態にあっては、重要情報を関係者がしっかりと共有 することの重要性を認識し、関係行政組織間の調整能力に長けた者が緊急事態対応部署(班)のトップを構成し、国や地方 自治体の関係行政機関が一体となって事故対処に当たることが不可欠である。

(e)校舎・校庭等の利用基準
 文部科学省は、平成23年4月19日、学校等の校舎・校庭等の利用判断基準について、3.8μSv/h(年間にするとICRP が 定める「現存被ばく状況」における参考レベルの上限値である20mSv に相当)以上の空間線量率が測定された学校等につい ては、校庭での活動を1日1時間程度に制限し、3.8μSv/h 未満の空間線量率が測定された学校については、平常どおり利 用して差し支えないとする考え方を公表した。これに対しては、あたかも20mSv/年までの被ばくを許容するもので子ど もへの配慮に欠ける、事前に十分な説明や広報がなされなかった、といった批判や懸念が寄せられた。
 確かに、文部科学省の当時の説明は、20mSv/年を利用の基準値にしたと理解されてもやむを得ない面があり、放射線に 対する強い不安を解消するものとは言い難く、リスクコミュニケーションの観点から見ても適切ではなかった。また、一 般に、大人よりも放射線の影響が大きいと言われる子どもが利用する校舎・校庭等について、「現存被ばく状況」の上限値 を用いたことが適当であったかどうかについても、なお議論の余地があろう。
 その後、文部科学省は、より生活実態に合わせた被ばく線量の再試算を行い、1年間で10mSv 以下という数値を示し た。しかし、放射線が子どもに対して与える影響は大人に対するそれよりも大きいとされていること、ICRP 勧告が「現存 被ばく状況」においても参考レベル1~20mSv/年の中でできる限り被ばく線量を低減するよう求めていること(防護の最適 化)などを考慮すると、国としては、10mSv/年という数値に安心することなく、被ばく線量をできる限り低くするような 方策をとるべきであり、3.8μSv/h 未満の学校等についても、校庭等での活動に基準を設けるなどして、被ばく線量をより 低く抑えるよう配慮するのが適当であったと思われる。

(f)緊急被ばく医療機関
 福島第一原発において事故が発生した場合の初期被ばく医療機関として6病院が指定されていたが、そのうち4病院は 避難区域内に立地していたことから、被ばく医療機関としての機能を果たすことができなかった。したがって、今回のよ うなシビアアクシデントが発生した場合においても緊急被ばく医療が提供できるよう、緊急被ばく医療機関を原子力発電 所周辺に集中させず、避難区域に含まれる可能性の低い地域を選定し、そこに相当数の初期被ばく医療機関を指定してお くとともに、緊急被ばく医療機関が都道府県を超えて広域的に連携する態勢を整える必要があると考えられる。

(g)放射線に関する国民の理解
 今回の事故を契機として、改めて放射線防護に万全を期する必要があることが再確認されたが、他方で、放射線を「正し く恐れる」必要性についても認識させられた。今後も不必要な被ばくをできる限り避けるため最大限の努力が払われるべき ことは当然であるが、それと同時に、個々の国民が放射線のリスクについて正確な情報に基づいて判断できるよう、すな わち、情報がないためにいたずらに不安を感じたり、逆にリスクを軽視したりすることがないよう、できる限り国民が放 射線に関する知識や理解を深める機会が多く設けられる必要がある。

f 国民への情報提供に関する分析【Ⅳ 8(2)、(4)、(5)、(8)、(9)、Ⅵ 1(3)f】
(a)官邸の事前了解
 平成23年3月12日、福島第一原発1号機の「炉心溶融」の可能性が保安院の中村幸一郎審議官によって広報された。官 邸に詰めていた関係者は、それまで「炉心溶融」の可能性について報告を受けていなかったため、保安院が官邸の把握して いない事実を事前告知することなく広報したとして問題視し、広報内容について官邸への事前連絡を求めた。このことが 契機となって、寺坂保安院長の判断で、保安院においては、プレス発表に先立って、内容について官邸の事前了解を得る こととした。また、東京電力も、同月13日以降、プレス発表に先立って、官邸の了解を得た上で広報することとし、これ らが原因でプレス発表が遅れることがあった。
 政府の意思決定及び広報の中心となるべき官邸としては、迅速な情報提供を求めるのは当然のことであるが、プレス発 表の際に事前了解を得た上で行うこととすると、緊急性を有する情報が直ちに広報できない状況が生ずるおそれがある。 緊急性の高い情報については、各広報機関が独自の判断で広報することが必要となる場面もあり、情報の全てについて官 邸の事前了解を求めることは必ずしも適切ではない。

(b)炉心溶融を積極的に否定した保安院の広報
 前記(a)のとおり、保安院は、プレス発表前に官邸の了解を得ることとしたが、その後、保安院広報官の一部には、「炉 心溶融」に言及するのを避けるため、かなり無理のある広報をした形跡が認められる。すなわち、平成23年3月14日の保 安院のプレス発表において、西山英彦保安院付が炉心溶融の可能性を肯定し、又は、炉心溶融の可能性を否定しない発言 を行った際、同席した保安院職員が、同発言を取り消すかのように、「まだ溶融とかそういう段階ではないと思っておりま す。」などと炉心溶融の可能性を積極的に否定する趣旨の発言を行った。
 前記の保安院職員の発言は、その主観的認識がどうであったかはともかく、炉心溶融の可能性という否定し難い事実を 積極的に否定する内容となっており、中央及び現地の災害対策関係者や地域住民の切羽詰まった情報ニーズを誤った方向 へ導く極めて不適切なものであった。

(c)放射線の影響に関する広報
 福島第一原発事故による一般住民等の被ばく又は被ばくのおそれについての広報の際、政府は、しばしば、「直ちに(人 体に影響を及ぼすものでない。)」との表現を用いた。しかしながら、「直ちに人体に影響を及ぼすものではない。」との表現 については、「人体への影響を心配する必要はない。」という意味と、反対に「直ちに人体に影響を及ぼすことはないが、長 期的には人体への影響がある。」という意味があり、いずれの意味で用いているのか必ずしも明らかではなかった。このよ うなどちらの意味にも受け取れる表現は、緊急時における広報の在り方として避けるべきであり、リスクコミュニケーシ ョンの観点からも今後の重要な検討課題である。

(d)「不測事態シナリオの素描」の不公表問題
 平成23年3月22日、菅総理は、原子力委員会委員長である近藤駿介氏に対し、福島第一原発事故の最悪事態の想定と その場合の対策を検討するよう依頼した。この依頼を受けて、同氏は、「福島第一原子力発電所の不測事態シナリオの素 描」(以下「素描」という。)を作成し、同月25日、細野豪志内閣総理大臣補佐官(以下「細野補佐官」という。)へ提出した。細 野補佐官は、素描が示す対策についての検討を進めたが、素描を公表することはしなかった。素描は、その内容が現実に 発生する可能性の低い仮定的事実に基づいたシミュレーションであったことから、素描を公表しなかったことが不適切で あったとまでは言えない。ただし、一般論として言えば、仮定の事実に基づくシミュレーション結果であっても、公表の 必要性、シミュレーション結果に対する対策の有無、公表のタイミングを考慮し、前提条件を丁寧に説明した上で、公表 するという選択肢もあり得ると考えられる。

g 国外への情報提供や諸外国等との連携の在り方【Ⅳ 9、10(2)、Ⅵ 1(3)g】
(a)諸外国との情報共有
 事故発生後、我が国は、必ずしも、諸外国が満足するような事故関連情報の提供を行っていなかった。諸外国、とりわ け日本国内に多数の市民が在住する国や近隣国に対する情報提供は、我が国の国民に対するそれと同様に極めて重要であ り、迅速かつ正確な情報提供ができるよう、言語の違いにも配慮した上、積極的かつ丁寧な対応が求められる。

(b)諸外国からの支援の受入れ
 我が国は、諸外国からの支援物資を受け入れる態勢に不備があったほか、受入物資を保管する場所がなかったことから、 当初、支援物資の提供を直ちに受け入れることができなかった。原子力災害発生時に諸外国から支援物資の提供があった 場合は、できる限り早くこれを受け入れることが、国際礼譲の点からも、国内における支援物資の必要性を迅速に満たす という点からも必要である。今後は、今回のような初期段階での混乱と不適切な対応が生じないよう、支援物資の受入態 勢について、担当官庁のマニュアルや原子力事業者防災業務計画等において対応方法を定めておく必要がある。

(4)事故の未然防止策や事前の防災対策に関する分析

a 総合的リスク評価とシビアアクシデント対策の必要性【Ⅴ 3(1)、(2)、Ⅵ 1(4)a】
(a)外的事象を対象としたアクシデントマネジメント導入に至らなかった経緯
 我が国においては、アクシデントマネジメントとして整備されたのは内的事象に起因する対策のみで、地震・津波等の 外的事象は具体的な検討対象とはならなかった。
 このような事情の背景としては、シビアアクシデント対策を検討するのに有用な手法とされる確率論的安全評価(PSA) については、福島原発事故発生以前に確立されていた外的事象PSA は地震PSA のみで手法として限定的であったこと、 定期安全レビューが外的事象PSA についての技術的水準の進歩を勘案してシビアアクシデント対策の改善を促す機会と はならなかったこと、外的事象PSA を実施して合理的追加対策があれば行うことを奨励すべきとの指摘があったものの、 耐震バックチェックの作業等の事情から早急に導入を検討するには至らなかったことなどが挙げられる。
 その結果として、地震PSA による評価や津波に対する安全評価を始めとして、事故の起因となる可能性がある火災、火 山、斜面崩落等の外部事象を含めた総合的なリスク評価は行われていなかった。

(b)総合的リスク評価の必要性
 施設の置かれた自然環境は様々であり、発生頻度は高くない場合ではあっても、地震・地震随伴事象以外の溢水・火山・ 火災等の外的事象及び従前から評価の対象としてきた内的事象をも考慮に入れて、施設の置かれた自然環境特性に応じて 総合的なリスク評価を事業者が行い、規制当局等が確認を行うことが必要である。その際には、必ずしもPSA の標準化 が完了していない外的事象についても、事業者は現段階で可能な手法を積極的に用いるとともに、国においてもその研究 が促進されるよう支援することが必要である。

(c)総合的リスク評価を踏まえたシビアアクシデント対策の策定
 原子力発電施設の安全を今後とも確保していくためには、外的事象をも考慮に入れた総合的安全評価を実施し、様々な 種類の内的事象や外的事象の各特性に対する施設の脆弱性を見いだし、それらの脆弱性に対し、設計基準事象を大幅に超 え、炉心が重大な損傷を受けるような場合を想定して有効なシビアアクシデント対策を検討し準備しておく必要がある。 また、それらの対策の有効性について、PSA 等の手法により評価する必要がある。
 その場合、PSA 手法の未成熟等によりリスク評価方法に制約があるとしても、その特徴と限界を理解の上、事業者は自 らの施設の安全性確保のためのシビアアクシデント対策の検討・評価を行うべきであり、その検討に当たっては、諸外国 の状況等についても十分参照する必要がある。規制当局等も、緊急性のあるシビアアクシデント対策の実施については、 自然災害等の際に果たして有効かどうか、リスク評価手法等を用いて確認・検討すべきである。

b 原子力防災対策の見直し【Ⅴ 4(2)、(3)、Ⅵ 1(4)b】
 原子力防災体制の整備については、国際原子力機関(IAEA)における原子力又は放射線緊急事態に関する安全基準の策 定に伴い、平成18年に、安全委員会において「原子力施設等の防災対策について」(以下「防災指針」という。)の見直し作業 が行われ、我が国における予防的措置範囲(PAZ)の導入等が検討されたが、安全委員会と保安院との調整の結果、防災指 針にPAZ の概念や範囲は直接には書き込まないこととなった。
 原子力災害と大規模自然災害とが同時期に発生する複合災害については保安院において検討が開始されたが、自然災害・ 原子力災害を所掌する中央防災会議での検討の申入れが行われたのは東日本大震災のわずか三日前であった。
 今回の事故以前の原子力防災対策を重点的に充実すべき地域の範囲は、原子力発電所から8~10km 圏内とすることを大 前提に、仮想事故を相当に上回る事故の発生時でも十分対応可能であるとみなして設定されていたが、今回の事故に鑑み、 どのような事故を想定して避難区域等を設定するのか再検討することが必要である。
 また、原子力災害の際の国の責任の重要性に鑑み、単に住民避難等の原子力施設敷地外の対応にとどまらず、事業者と 協議しつつ原子力災害の際に事業者への支援や協力として国が行うべきことの内容を検討すべきである。

(5)原子力安全規制機関等に関する分析【Ⅴ 6、Ⅵ 1(5)】

 保安院は、事故の未然防止のための取組や事故後の対応においてその所掌にふさわしい役割を十分に果たしてきたとは 言い難い。保安院のこのような問題点を踏まえ、当委員会は、中間報告において、原子力安全規制機関の在り方として、5 点の指摘を行った。最終報告においては、その後の調査・検証の結果を踏まえ、以下の2点の指摘を加えることとする。 なお、今回追加する2点は安全委員会についても共通する事柄である。
① 国際機関・外国規制当局との積極的交流
 現在の保安院等の定員状況では、IAEA やアメリカ合衆国原子力規制委員会への少数の人事交流にとどまり、また、国 内事務処理に優先的に当たらざるを得ないために国際会議等での十分なプレゼンスの発揮には限界があり、規制当局等の 組織の実力の向上や原子力安全に関する国際社会との協調に十分に資するには至っていない。
 国の行政機関の定員措置については行政機関全体の問題であることから保安院等のみに関する検討で済むものではない が、原子力安全の重要性に鑑み、新たに設置される原子力安全規制機関の定員措置については十分に考慮する必要がある。 また、新設の規制機関においては、前記定員措置のほか、国際貢献を果たすにふさわしい態勢整備に努めるとともに、国 際機関・外国規制当局との人的交流を担える人材の育成に努めるべきである。
② 規制当局の態勢の強化
 原子力発電の安全を確保するためには、単に発生した個別問題への対応にとどまらず、国内外の最新の知見はもとより、 国際的な安全規制や核セキュリティ等の動向にも留意しつつ、国内規制を最新・最善のものに改訂する努力を不断に継続 する必要がある。また、今回のような事故の未然防止が重要なことはいうまでもないが、原子力災害の社会への影響の大 きさに鑑みれば、災害発生時に迅速かつ有効な活動が展開できるよう、平常時から防災計画の策定や防災訓練等を実施し 緊急時の対応に万全を期すべきである。さらに、緊急事態において専門知識に基づく的確な助言・指導ができる専門的技 術能力や、組織が有するリソースを有効かつ効率的に機能させるマネジメント能力の涵養に努めなければならない。その ためには、それにふさわしい予算・人的スタッフの在り方の検討が必要である。

(6)東京電力に関する分析【Ⅵ 1(6)】

a 危機対応能力の脆弱性
 今回のシビアアクシデントに対する東京電力社員の対処・対応を検証していくと、自ら考えて事態に臨むという姿勢が 十分ではなく、危機対処に必要な柔軟かつ積極的な思考に欠ける点があったと言わざるを得ない。このことは、個々人の 問題というよりは、東京電力がそのような資質・能力の向上を図ることに主眼を置いた教育・訓練を行ってこなかったこ とに問題があったと言うべきであろう。更に問題を遡っていくと、東京電力を含む電力事業者も国も、我が国の原子力発 電所では深刻なシビアアクシデントは起こり得ないという安全神話にとらわれていたがゆえに、危機を身近で起こり得る 現実のものと捉えられなくなっていたことに根源的な問題があると思われる。
 東京電力には、原子力安全に関し一次的な責任を負う事業者として、これまでの教育・訓練の内容を真摯に見直し、原 子力に携わる者一人一人に対し、事故対処に当たって求められる資質・能力の向上を目指した実践的な教育・訓練を実施 するよう強く期待する。

b 専門職掌別の縦割り組織の問題点
 東京電力は、原子力災害に組織的・一体的に対処するため、緊急時対策本部等の組織化を図り、その中に発電班、復旧 班、技術班等の機能班を設けている。しかし、これらの機能班は、事態を見渡して総合的に捉え、その中に自らの班の役 割を位置付け、必要な支援業務を行うといった視点が不足していた。

c 過酷な事態を想定した教育・訓練の欠如
 緊急時対策本部内の機能班に所属する一人一人が、時宜にかなった判断をなし得ず、また、機能班として十分な機能が 果たし得なかったことの根底には、複数号機において全交流電源が喪失するといった過酷な事態を想定した十分な教育・ 訓練がなされていなかったことがあると考えられる。d 事故原因究明への熱意の不足
 東京電力は、事故から1年以上が経過した現時点においてもなお、事故原因について徹底的に解明して再発防止に役立 てようとする姿勢が十分とは言えない。当委員会としては、東京電力が今後も事故原因の解明を積極的に進めることを強 く求める。

e より高い安全文化の構築が必要
 東京電力は、原子力発電所の安全性に一義的な責任を負う事業者として、国民に対して重大な社会的責任を負っている が、津波を始め、自然災害によって炉心が重大な損傷を受ける事態に至る事故の対策が不十分であり、福島第一原発が設 計基準を超える津波に襲われるリスクについても、結果として十分な対応を講じていなかった。組織的に見ても、危機対 応能力に脆弱な面があったこと、事故対応に当たって縦割り組織の問題が見受けられたこと、過酷な事態を想定した教育・ 訓練が不十分であったこと、事故原因究明への熱意が十分感じられないことなどの多くの問題が認められた。東京電力は、 当委員会の指摘を真摯に受け止めて、これらの問題点を解消し、より高いレベルの安全文化を全社的に構築するよう、更 に努力すべきである。

(7)IAEA 基準などとの国際的調和に関する分析【Ⅴ 5、Ⅵ 1(7)】

 保安院などの規制当局等は、IAEA 安全基準を参照して国内基準の見直しや策定を行う必要性は認識していたものの、 ほとんど実施してこなかった。原子力発電の安全を確保するためには、国内外の原子力に関する知見の蓄積や技術進歩に 合わせて国内の規制水準を常に最新のものとしていくことが必要である。そのためには、IAEA 等の国際基準の動向も参 照して、国内基準を最新・最善のものとする不断の努力をすべきである。
 また、これまでも地震や津波に関する分野では、IAEA の基準策定活動に我が国も貢献してきたが、今回の事故への反 省を踏まえて、原子力安全に関する教訓を学び、それを我が国のみならず他国での同様の事故の発生防止に資するよう、 事故から得られた知見と教訓を国際社会に発信していく必要がある。また、国内基準の見直しを行う場合、それを国際基 準として一般化することが有効・有益なものについては、IAEA 等の基準に反映されるように努めるなどして国際貢献を 行うべきである。

2.重要な論点の総括

(1)抜本的かつ実効性ある事故防止策の構築【Ⅵ 2(1)】

 当委員会は、福島第一原発の損傷状況や事故対処の実態、国や東京電力等による原発事故防止に向けた事前の取組状況 等について調査・検証を行い、中間報告及び最終報告において、それぞれについて多くの問題点があったことを指摘した。 当委員会としては、国、電力事業者、原子力発電プラントメーカー、研究機関、原子力学会といった、およそ原子力発電 に関わる関係者が、指摘を真摯に受け止め、問題点を解消・改善するための具体的取組を進めることを強く要望する。技 術的、原子力工学的な問題点を解消・改善するためにどのような具体的取組が必要かは、原子力全般についての高度な専 門的知見を踏まえた検討が必要なものも少なくない。これについては、原子力発電に関わる関係者において、その専門的 知見を活用して具体化すべきであり、その検討に当たっては、当委員会が指摘した問題点を十分考慮するとともに、その 検討の経緯及び結果について社会への説明責任を果たす必要があると考える。

(2)複合災害という視点の欠如【Ⅵ 2(2)】

 東日本大震災は、地震・津波・原発事故からなる大規模かつ広域的な複合災害であり、国及び地方自治体は、地震や停 電等により通信手段等が途絶する中、オフサイトセンターの機能が十分に発揮できなくなったり、モニタリング機器等に 損傷が生ずるなど、様々な場面で混乱し、問題への対応に遅れや不備等が生じた。国や大半の地方自治体において原発事 故が複合災害という形で発生することを想定していなかったことは、原子力発電所それ自体の安全とそれを取り巻く地域 社会の安全の両面において、我が国の危機管理態勢の不十分さを示したものであった。今後、原子力発電所の安全対策を 見直す際には、大規模な複合災害の発生という点を十分に視野に入れた対応策の策定が必要である。

(3)求められるリスク認識の転換【Ⅵ 2(3)】

 近年、地震研究においては、プレートテクトニクス論をベースに、震源域の地域別特性や大津波を引き起こすいわゆる 津波地震の海底断層の特性、発生の頻度と発生確率の確率論的な評価などが注目されるようになってきた。そういう新た な知見を防災対策の重点地域の特定に利用することは、それなりに合理性があると言える。
 しかし、①地震・津波の確率論的評価は、記録が詳しく残っている限られた事例を根拠にしており、古文書等の記録が 不十分で地震・津波の規模や震源モデルを推定しにくい長い周期で起きているものについてはデータベースから外されて いること、②研究組織や関係行政機関によって、防災対策の根拠を明確にするために、地震・津波等の自然災害の発生確 率計算の精度の向上が図られた反面、自然現象には現在の学問の知見を超えるような事象が起こることがあり、そういう 極めてまれな事象への備えも必ず並行して考慮しなくてはならないという伝統的な防災対策の心得が考慮されなくなりが ちになっていたこと、③地震・津波の想定について、極めてまれなケースについては、「残余のリスク」「残る課題」等の表 現で検討課題に挙げられてはきたが、実際には継続して深く検討されずに放置されてきたこと等に見られるように、学問 の進歩の一方で、そこから防災対策の隙間が生まれるという問題が生じていた。このような落とし穴から抜け出すには、 安全対策・防災対策の前提となるリスクの捉え方を、次のように大きく転換させる必要があろう。
 ① 日本は古来、様々な自然災害に襲われてきた「災害大国」であることを肝に命じて、自然界の脅威、地殻変動の規模 と時間スケールの大きさに対し、謙虚に向き合うこと。
 ② リスクの捉え方を大きく転換すること。
 今回のような巨大津波災害や原子力発電所のシビアアクシデントのように広域にわたり甚大な被害をもたらす事故・災 害の場合には、発生確率にかかわらずしかるべき安全対策・防災対策を立てておくべきである、という新たな防災思想が、 行政においても企業においても確立される必要がある。
 ③ 安全対策・防災対策の範囲について一定の線引きをした場合、「残余のリスク」「残る課題」とされた問題を放置する ことなく、更なる掘り下げた検討を確実に継続させるための制度が必要である。

(4)「被害者の視点からの欠陥分析」の重要性【Ⅵ 2(4)】

 原子力発電に関わる領域を、「システム中枢領域」「システム支援領域」「地域安全領域」の三つに分けた上で、事業者側の 視点からシステムの安全性を見ると、まず懸命に取り組むのは「システム中枢領域」の安全確保であるが、その安全性の認 識が確信にまでなると、中枢領域以外の安全性の確保については緩みが生じがちになる。また、「システム中枢領域」にせ よ「システム支援領域」にせよ、安全性を確保してあると言っても、設計の前提条件の範囲内でのことであって、条件外の 事象が起きた場合には、安全性は担保されなくなる。すなわち、
 ① 事業者や規制機関が「システム中枢領域」の安全性を設計の前提条件の枠の中だけで過信すると、安全対策が破綻す る。
 ② 「システム支援領域」や「地域安全領域」における安全対策は、「システム中枢領域」の安全性のレベルにかかわりなく、 万一の場合に独立して機能するものでなければならない。その原則が忘れられると、地域の人々の命に関わる安全防護壁 に多くの「穴」(欠陥)ができてしまう危険性が高くなる。
 そのような欠陥を見付け、安全への防護壁を確実なものにするための方法として、立ち位置を被害を受ける側に置いた 「被害者の視点からの欠陥分析」と言うべき方法を提案したい。これは、規制関係機関や地方自治体の防災担当者が災害問 題の専門家の協力を得て、「もしそこに住んでいるのが自分や家族だったら」という思いを込めて、最悪の事態が生じた場 合、自分に何が降りかかってくるかを徹底的に分析する、という方法である。
 行政と事業者がなすべきことは、分析によって浮かび上がった対策の不備や欠陥について改善策を講じていくことであ るが、すぐに全ての欠陥の「穴」を塞ぐのは困難であろう。その場合、残された対策とその問題点を公表し、今後どう対処 していくべきかを規制関係機関と関係自治体が地域の住民と議論して、共働で次善の策を絞り出すという取組が重要とな るだろう。そのような地域の住民の視点に立った災害の捉え方と安全への取組が定着して初めて、この国に真の安全で安 心できる社会を創造することができると言えよう。
 事故が起きると広範囲の被害をもたらすおそれのある原子力発電所のようなシステムの設計、設置、運用に当たっては、 地域の避難計画を含めて、安全性を確実なものにするために、事業者や規制関係機関による、「被害者の視点」を見据えた リスク要因の点検・洗い出しが必要であり、そうした取組を定着させるべきである。
 なお、住民の避難計画とその訓練については、原発事故による放射性物質の飛散範囲が極めて広くなることを考慮して、 県と関係市町村が連合して、混乱を最小限にとどめる実効性のある態勢を構築すべきである。

(5)「想定外」問題と行政・東京電力の危機感の希薄さ【Ⅵ 2(5)】

 「想定外」という言葉には、大別すると二つの意味がある。一つは、最先端の学術的な知見をもってしても予測できなか った事象が起きた場合であり、もう一つは、予想されるあらゆる事態に対応できるようにするには財源等の制約から無理 があるため、現実的な判断により発生確率の低い事象については除外するという線引きをしていたところ、線引きした範 囲を大きく超える事象が起きたという場合である。今回の大津波の発生は、この10年余りの地震学の進展と防災行政の経 緯を調べてみると、後者であったことが分かる。福島県沖の津波地震への防災対策に関するこれまでの行政の意思決定過 程を、行政の論理の枠内で見ると、それなりの合理性があったことは否定できない。しかし、今回の事故による甚大な被 害を前にして、行政には何の誤りもなかった、「想定外」の大地震・大津波だったから仕方がないと言って済ますことはで きるだろうか。それでは、安全な社会づくりの教訓は何も得られないだろう。
 行政の論理や責任の有無とは関係なく、被害を少しでも小さくする方法あるいは選択肢はなかったのか、行政の意思決 定の枠組みを変革する道はなかったのかという視点から、要因分析を行うと、次のような問題点が浮かび上がってくる。
 ① 地震についての科学的知見はいまだ不十分なものであり、研究成果を逐次取り入れて防災対策に生かしていかなけ ればならない。換言すれば、ある時点までの知見で決められた方針を長期間にわたって引きずり続けることなく、地震・ 津波の学問研究の進展に敏感に対応し、新しい重要な知見が登場した場合には、適時必要な見直しや修正を行うことが必 要である。
 ② 発生確率が低いかあるいは不明という理由により、財源等の制約からある地域が防災対策の強化対象から外されて いた場合、万一、大地震・大津波が発生すると被害は非常に大きくなると考えられる。行政は、少数であっても地震研究 者が危険性を指摘する特定の領域や、例えば津波堆積物のような古い時代に大地震・大津波が発生した形跡がある領域に ついては、地震の実態解明を急ぐための研究プロジェクトを立ち上げるとか、関係地域に情報を開示して、行政、住民、 専門家が一体となって万一に備える新しい発想の防災計画を策定する等の取組をすべきであろう。
 ③ 中央防災会議が決める防災計画は、原発立地を特別視することなく進められてきたが、今後は原発立地の領域にお ける災害リスクを注視すべきである。原子力発電所の防災対策は保安院の担当とされてきたが、中央防災会議の方針は原 子力発電所の防災対策にも密接に関連することから、中央防災会議においても原子力発電所を念頭に置いた検討を行うべ きである。一方、東京電力の津波対策の経緯等を追ってみると、同社には原発プラントに致命的な打撃を与えるおそれの ある大津波に対する緊迫感と想像力が欠けていたと言わざるを得ない。そして、そのことが深刻な原発事故を生じさせ、 また、被害の拡大を防ぐ対策が不十分であったことの重要な背景要因の一つであったと言えるであろう。

(6)政府の危機管理態勢の問題点【Ⅵ 2(6)】

 今回、原災マニュアルに規定のない官邸5階が一種の司令センターとなり、また、菅総理が前面に出た形で事故対応に 当たった背景には、現地対策本部が本来的な役割を果たせなかったこと、官邸による情報集約態勢や安全委員会による助 言機能が十分ではなかったことなどの事情があった。しかしながら、内閣総理大臣は、政府の各機関・部局に情報収集と その対応策を任せ、専門部署から上がる重要事項に関してのみ選択肢を出させた上で適切な最終決断を行うというのがそ の本来の役割である。自らが、当事者として現場介入することは現場を混乱させるとともに、重要判断の機会を失し、あ るいは判断を誤る結果を生むことにもつながりかねず、弊害の方が大きいと言うべきであろう。
 今回の事態を教訓に、原子力事故と地震・津波災害との複合災害の発生を想定した原災マニュアルの見直しを含め、原 子力災害発生時の危機管理態勢の再構築を早急に図る必要がある。その検討に当たっては、オフサイトセンターの強化と いう観点に加えて、そもそも現地対策本部に関係機関が参集して事故対処に当たるという枠組みでは対応できない事態が 発生した場合に、どのような態勢で対応に当たるべきかについても具体的に検討し、必要な態勢を構築しておく必要があ る。

(7)広報の問題点とリスクコミュニケーション【Ⅵ 2(7)】

 今回の事故において、事故発生後の政府の国民に対する情報の提供の仕方には、避難を余儀なくされた周辺住民や国民 の立場からは、真実を迅速・正確に伝えていないのではないか、との疑問や疑いを生じさせかねないものが多く見られた。 周辺住民の避難にとって重要な放射性物質の拡散状況とその予測についての情報提供方法、炉心の状態(特に炉心溶融)や 福島第一原発3号機の危機的な状態等に関する情報提供方法、また、放射線の人体への影響について、頻繁に「直ちに人体 に影響を及ぼすものではない。」といった分かりにくい説明が繰り返されたことなどである。
 国民と政府機関との信頼関係を構築し、社会に混乱や不信を引き起こさない適切な情報発信をしていくためには、関係 者間でリスクに関する情報や意見を相互に交換して信頼関係を構築しつつ合意形成を図るというリスクコミュニケーショ ンの視点を取り入れる必要がある。緊急時における、迅速かつ正確で、しかも分かりやすく、誤解を生まないような国民 への情報提供の在り方について、しかるべき組織を設置して政府として検討を行うことが必要である。加えて、広報の仕 方によっては、国民にいたずらに不安を与えかねないこともあることから、非常時・緊急時において広報担当の官房長官 に的確な助言をすることのできるクライシスコミニュケーションの専門家を配置するなどの検討が必要である。

(8)国民の命に関わる安全文化の重要性【Ⅵ 2(8)】

 事業者である東京電力及び規制当局である保安院のいずれについても、安全文化が十分に定着しているとは言い難い状 況にあった。一旦事故が起きると、重大な事態が生じる原子力発電事業においては、安全文化の確立は国民の命に関わる 問題である。今回の大災害の発生を踏まえ、事業者や規制当局、関係団体、審議会関係者などおよそあらゆる原発関係者 には、安全文化の再構築を図ることを強く求めたい。

(9)事故原因・被害の全容を解明する調査継続の必要性【Ⅵ 2(9)】

a 引き続き事故原因の解明が必要
 当委員会は、最終報告の提出をもって任務を終えることとなるが、前記1(1)b のとおり、福島第一原発の主要施設の損 傷が生じた箇所、その程度、時間的経緯を始めとする被害状況の詳細、放射性物質の漏出経緯、原子炉建屋爆発の原因等 について、いまだに解明できていない点も多々存在する。
 また、住民等の健康への影響、農畜水産物等や空気・土壌・水等の汚染などは、今後も継続的な調査・検証を要する問 題であるが、現時点までの調査・検証にとどめざるを得なかった。さらに、原子力損害賠償の在り方や除染等のように、 生じた損害の修復の問題であり、かつ、今後長期間の対応を要すると見込まれることから、当委員会の調査・検証の対象 とはしなかったものの、被害者や被災地にとって極めて重要で、社会的関心の高い問題もある。
 国、電力事業者、原子力発電プラントメーカー、研究機関、関連学会といったおよそ原子力発電に関わる関係者(関係組 織)は、今回の事故の検証及び事実解明を積極的に担うべき立場にあり、こうした未解明の諸事項について、それぞれの立 場で包括的かつ徹底した調査・検証を継続するべきである。特に国は、当委員会や国会に設置された東京電力福島原子力 発電所事故調査委員会の活動が終わったことをもって、福島原発災害に関する事故調査・検証を終えたとするのでなく、 引き続き事故原因の究明に主導的に取り組むべきである。とりわけ、放射線レベルが下がった段階での原子炉建屋内の詳 細な実地検証(地震動の影響の検証も含む)は必ず行うべき作業である。

b 被害の全容を明らかにするための調査が必要
 今回の原発事故は、実に様々な深刻な被害を広範囲にわたる地域にもたらした。未曽有の原子力災害を経験した我が国 としてなすべきことは、「人間の被害」の全容について、専門分野別の学術調査と膨大な数の関係者・被害者の証言記録の 収集による総合的な調査を行ってこれらを記録にまとめ、被害者の救済・支援復興事業が十分かどうかを検証するととも に、原発事故がもたらす被害がいかに深く広いものであるか、その詳細な事実を未来への教訓として後世に伝えることで あろう。福島原発災害に関わる総合的な調査の結果を踏まえて記された「人間の被害」の全容を教訓として後世に伝えるこ とは、国家的な責務であると当委員会は考える。「人間の被害」の調査には、様々な学問分野の研究者の参加と多くの費用 と時間が必要となるだろうが、国が率先して自治体、研究機関、民間団体等の協力を得て調査態勢を構築するとともに、 調査の実施についても必要な支援を行うことを求めたい。

3. 原子力災害の再発防止及び被害軽減のための提言

当委員会は、中間報告及び最終報告において、これまでの調査・検証によって判明した事実を基に原子力災害の再発防 止及び被害軽減のための提言を行った。当委員会は、国、関係自治体、事業者等の関係機関が、これらを今後の安全対策・ 防災対策に反映させ、実施していくことを強く要望する。政府においては、関係省庁・関係部局に提言の反映や実施に向 けた具体化を指示するとともに、関係省庁・関係部局の取組状況を把握し、その状況を取りまとめて公表するなど、確実 なフォローアップをすることを求めたい。また、関係自治体、東京電力、その他の関係機関においても、同様に提言を反 映・実施するとともに、取組状況をフォローアップすることを求めたい。
 ここでは、中間報告及び最終報告で行った提言を、七つの項目に分類して整理しておく。最終報告における提言は、「最 終報告(本文編)」の記載箇所及び本概要における該当頁を示した。中間報告における提言は、「中間報告(本文編)」の記載箇 所を示すとともに、提言自体を再録した。

(1)安全対策・防災対策の基本的視点に関するもの

 ○ 複合災害を視野に入れた対策に関する提言(最終報告Ⅵ 2(2)、概要22頁)
 ○ リスク認識の転換を求める提言(最終報告Ⅵ 2(3)、概要23頁)
 ○ 「被害者の視点からの欠陥分析」に関する提言(最終報告Ⅵ 2(4)、概要24頁)
 ○ 防災計画に新しい知見を取り入れることに関する提言(最終報告Ⅵ 2(5)、概要25頁)

(2)原子力発電の安全対策に関するもの

 ○ 事故防止策の構築に関する提言(最終報告Ⅵ 2(1)、概要22頁)
 ○ 総合的リスク評価の必要性に関する提言(最終報告Ⅵ 1(4)a(b)、概要17頁)
 ○ シビアアクシデント対策に関する提言(最終報告Ⅵ 1(4)a(c)、概要17頁)

(3)原子力災害に対応する態勢に関するもの

 ○ 原災時の危機管理態勢の再構築に関する提言(最終報告Ⅵ 2(6)、概要26頁)
 ○ 原子力災害対策本部の在り方に関する提言(最終報告Ⅵ 1(2)b(a)、概要4頁)
 ○ オフサイトセンターに関する提言(中間報告Ⅶ 3(1)a)
 政府は、オフサイトセンターが大規模災害にあっても機能を維持できる施設となるよう速やかに適切な整備を図る必要がある。
 ○ 原災対応における県の役割に関する提言(最終報告Ⅵ 1(2)c、概要6頁)

(4)被害の防止・軽減策に関するもの

 ○ 広報とリスクコミュニケーションに関する提言(最終報告Ⅵ 2(7)、概要27頁)
 ○ モニタリングの運用改善に関する提言(中間報告Ⅶ 5(2)d)
 ① モニタリングシステムが肝心なときに機能不全に陥らないよう、地震、津波等の様々な事象を想定してシステム設 計を行うとともに、複合災害の場合も想定して対策を講じておく必要がある。また、モニタリングカーについて、地震に よる道路の損傷等の事態が発生した場合の移動・巡回等の方法に関して必要な対策を講じるべきである。
 ② モニタリングシステムの機能・重要性について、関係機関及び職員の認識を深めるために、研修等の機会を充実さ せる必要がある。
 ○ SPEEDI システムに関する提言(中間報告Ⅶ 5(3)c)
 被害拡大を防止し、国民の納得できる有効な情報を迅速に提供できるよう、SPEEDI システムの運用上の改善措置を講 じる必要がある。また、地震等の様々な複合要因に対して、システムの機能が損なわれることのないよう、ハード面でも 強化策が講じられる必要がある。
 ○ 住民避難の在り方に関する提言(①~④は中間報告Ⅶ 5(4)c、更に最終報告Ⅵ 1(4)b、概要18頁)
 ① 重大な原発事故が発生した場合に、放射性物質がどのように放出・拡散し、地上にはどのように降ってくるのかに ついて、また、放射線被ばくによる健康被害について、住民が常日頃から基本的な知識を持っておけるよう、公的な啓発 活動が必要である。
 ② 地方自治体は、原発事故の特異さを考慮した避難態勢を準備し、実際に近い形での避難訓練を定期的に実施し、住 民も真剣に訓練に参加する取組が必要である。
 ③ 避難に関しては、数千人から十数万人規模の住民の移動が必要になる場合もあることを念頭に置いて、交通手段の 確保、交通整理、遠隔地における避難場所の確保、避難先での水・食糧の確保等について具体的な計画を立案するなど、 平常時から準備しておく必要がある。特に、医療機関、老人ホーム、福祉施設、自宅等における重症患者、重度障害者等、 社会的弱者の避難については、格別の対策を講じる必要がある。
 ④ 以上のような対策を地元の市町村任せにするのではなく、避難計画や防災計画の策定と運用について、原子力災害 が広域にわたることも考慮して、県や国も積極的に関与していく必要がある。
 ○ 安定ヨウ素剤の服用に関する提言(最終報告Ⅵ 1(3)e(c)、概要11頁)
 ○ 緊急被ばく医療機関に関する提言(最終報告Ⅵ 1(3)e(f)、概要13頁)
 ○ 放射線に関する国民の理解に関する提言(最終報告Ⅵ 1(3)e(g)、概要14頁)
 ○ 諸外国との情報共有や諸外国からの支援受入れに関する提言(最終報告Ⅵ 1(3)g(a)、(b)、概要16頁)

(5)国際的調和に関するもの

 ○ IAEA 基準などとの国際的調和に関する提言(最終報告Ⅵ 1(7)、概要21頁)

(6)関係機関の在り方に関するもの

 ○ 原子力安全規制機関の在り方に関する提言
 ① 独立性と透明性の確保(中間報告Ⅶ 8(2)a)
 独立性と透明性を確保することが必要であり、自律的に機能できるために必要な権限・財源と人員を付与すると同時に、 国民に対する原子力安全についての説明責任を持たせることが必要である。
 ② 緊急事態に迅速かつ適切に対応する組織力(中間報告Ⅶ 8(2)b)
 災害発生時に迅速な活動が展開できるよう、平常時から防災計画の策定や防災訓練等を実施しておくことのみならず、 緊急事態において対応に当たる責任者や関係機関に対して専門知識に基づく助言・指導ができる専門能力や、組織が有す るリソースを有効かつ効率的に機能させるマネジメント能力の涵養が必要である。
 また、責任を持って危機対処の任に当たることの自覚を強く持つとともに、大規模災害に対応できるだけの体制を事前 に整備し、関係省庁や関係地方自治体と連携して関係組織全体で対応できる体制の整備も図った上、その中での規制機関 の役割も明確にしておく必要がある。
 ③ 国内外への災害情報の提供機関としての役割の自覚(中間報告Ⅶ 8(2)c)
 情報提供の在り方の重要性を組織として深く自覚し、緊急時に適時適切な情報提供を行い得るよう、平素から組織的に 態勢を整備しておく必要がある。
 ④ 優秀な人材の確保と専門能力の向上(中間報告Ⅶ 8(2)d)
 優れた専門能力を有する優秀な人材を確保できるような処遇条件の改善、職員が長期的研修や実習を経験できる機会の 拡大、原子力・放射線関係を含む他の行政機関や研究機関との人事交流の実施など、職員の一貫性あるキャリア形成を可 能とするような人事運用・計画の検討が必要である。
 ⑤ 科学的知見蓄積と情報収集の努力(中間報告Ⅶ 8(2)e)
 関連学会や専門ジャーナル(海外も含む。)、海外の規制機関等の動向を絶えずフォローアップし、規制活動に資する知見 を継続的に獲得していく必要がある。また、その知見の意味するところを理解し、これを組織的に共有した上で十分に活 用するとともに、その成果を組織として継承・伝達していく必要がある。
 ⑥ 国際機関・外国規制当局との積極的交流(最終報告Ⅵ 1(5)、概要19頁)
 ⑦ 規制当局の態勢強化(最終報告Ⅵ 1(5)、概要19頁)
 ○ 東京電力の在り方に関する提言(最終報告Ⅵ 1(6)e、概要20頁)
 ○ 安全文化の再構築に関する提言(最終報告Ⅵ 2(8)、概要27頁)

(7)継続的な原因解明・被害調査に関するもの

 ○ 事故原因の解明継続に関する提言(最終報告Ⅵ 2(9)a、概要28頁)
 ○ 被害の全容を明らかにする調査の実施に関する提言(最終報告Ⅵ 2(9)b、概要28頁)


委員長所感・抜粋

(今回の事故で得られた知見について)


今回の事故で得られた知見を、他の分野にも適用することができ、100年後の評価にも耐えるようにするためには、こ れを単なる個別の分野における知見で終わらせず、より一般化・普遍化された知識にまで高めることが必要である。以下、 福島原発事故という未曽有の災害についての調査・検証を締めくくるに当たり、今回の事故からどのような知識が得られ るかについて整理し、その主なものを示しておくこととしたい。

(1)あり得ることは起こる。あり得ないと思うことも起こる。

今回の事故の直接的な原因は、「長時間の全電源喪失は起こらない」との前提の下に全てが構築・運営されていたことに 尽きる。「あり得ることは起こる」と考えるべきである。さらに、「あり得ないと思う」という認識にすら至らない現象もあ り得る、言い換えれば「思い付きもしない現象も起こり得る」ことも併せて認識しておく必要があろう。

(2)見たくないものは見えない。見たいものが見える。

人間はものを見たり考えたりするとき、自分が好ましいと思うものや、自分がやろうと思う方向だけを見がちで、見た くないもの、都合の悪いことは見えないものである。自分の利害だけでなく自分を取り巻く組織・社会・時代の様々な影 響によって自分の見方が偏っていることを常に自覚し、必ず見落としがあると意識していなければならない。

(3)可能な限りの想定と十分な準備をする。

過去のある時点での想定にとらわれず、常に可能な限り想定の見直しを行って事故や災害の未然防止策を講じるととも に、これまで思い付きもしない事態も起こり得るとの発想の下で十分な準備をすることが必要である。

(4)形を作っただけでは機能しない。仕組みは作れるが、目的は共有されない。

事業者も規制関係機関も地方自治体も、それぞれの組織が形式的には原発事故に対応する仕組みを作っていた。しかし、 いざ事故が起こるとその対応には不備が散見された。それは組織の構成員がその仕組みが何を目的とし、社会から何を預 託されているかについて十分自覚していなかったためと考えられる。構成員それぞれが、社会から何を預託され、自分が 全体の中でどこにいるのか、また自分の働きが全体にどのような影響を与えるかを常に考えているような状態を作らなけ ればならない。

(5)全ては変わるのであり、変化に柔軟に対応する。

与条件を固定して考えると、詳細にしかも形の上では立派な対応ができる。しかし、与条件は常に変化するものであり、 常に変化に応じた対応を模索し続けなければ実態に合わなくなる。全ての事柄が変化すると考え、細心の注意を払って観 察し、外部の声に謙虚に耳を傾け、適切な対応を続けることが必要である。

(6)危険の存在を認め、危険に正対して議論できる文化を作る。

どのような事態が生ずるかを完全に予見することは何人にもできないにもかかわらず、危険を完全に排除すべきと考え ることは、可能性の低い危険の存在をないことにする「安全神話」につながる危険がある。危険を危険として認め、危険に 正対して議論できる文化を作らなければ、安全というベールに覆われた大きな危険を放置することになる。

(7)自分の目で見て自分の頭で考え、判断・行動することが重要であることを認識し、そのような能力を 涵養することが重要である。想定外の事故・災害に対処するには、自ら考えて事態に臨む姿勢と柔軟 かつ能動的な思考が必要である。平時からこのような資質や能力を高める組織運営を行うとともに、 教育や訓練を行っておくことが重要である。


 この事故は自然が人間の考えに欠落があることを教えてくれたものと受け止め、この事故を永遠に忘れることなく、教 訓を学び続けなければならない。

東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会


委員長 畑村洋太郎