第5節 原子力損害賠償

1.原子力損害賠償紛争審査会の設置及び指針の背景

2011年3月11日の福島原子力発電所事故発生以降、多くの住民が避難生活や、生産及び営業を含めた事業活動の断念等を余儀なくされており、被害者の方々が一日でも早く安心で安全な生活を取り戻せるよう、迅速・公平かつ適正な救済が必要です。政府は今回の事故に関して、原子力損害の賠償を円滑に進められるよう、原子力損害の範囲など当事者による自主的な解決に資する一般的な指針の策定等の業務を行うため、原子力損害の賠償に関する法律に基づき2011年4月11日より「原子力損害賠償紛争審査会」を設置しました。
 同審査会においては、被害者の迅速な救済を図るため、原子力損害に該当する蓋然性の高いものから順次、指針として提示することとしました。
 紛争審査会は、同年4月28日には政府等による指示等に基づく損害の範囲を示す第一次指針を策定し、その後、第二次指針(同年5月31日)及び第二次指針追補(同年6月31日)の策定により、指針で示す原子力損害の範囲を拡大し、同年8月5日には、原子力損害の範囲の全体像を示す中間指針を策定しました。その間、各省庁に加え、地方公共団体、事業者団体等からヒアリングを行うとともに、17分野76名の専門委員による各分野の被害状況調査を行い、被害状況等の把握に努めました。
 その後、紛争審査会では、同年12月6日に自主的避難等に係る損害に関する中間指針第一次追補、2012年3月16日、政府による避難区域等の見直し等に係る損害についての中間指針第二次追補を策定しました。また、指針に類型化した損害として明記されていないものが、賠償の対象とならないというものではなく、個別具体的な事情に応じて事故との相当因果関係のある損害として賠償され得ることも、指針に明記されています。

(1)原子力損害の範囲の全体像を示す中間指針の概要

中間指針で示された項目は以下のとおりです。
  ・政府による避難等の指示等に係る損害
  ・ 政府による航行危険区域等及び飛行禁止区域の設定に係る損害
  ・ 政府等による農林水産物等の出荷制限指示等に係る損害
  ・その他の政府指示等に係る損害
  ・ いわゆる風評被害(一般的基準、農林漁業・食品産業、観光業、製造業・サービス業等、輸出)
  ・いわゆる間接損害
  ・放射線被曝による損害
  ・被害者への各種給付金と損害賠償金との調整
  ・地方公共団体等の財産的損害等

(2)自主的避難に係る損害についての中間指針第一次追補の概要

中間指針の策定の際、事故との相当因果関係を判断する客観的基準を見いだすことが難しいことから継続審議事項とされた、政府等の指示に基づかない「自主的避難」について、2011年12月6日に自主的避難等に係る損害に関する中間指針第一次追補を策定しました。
[基本的考え方]
・ 事故発生当初の十分な情報がない時期は、大量の放射性物質の放出による被ばくへの恐怖・不安を抱くことは、年齢等問わず一定の合理性が認められる。
・ 事故発生からしばらく経過後は、放射線量等に関する情報がある程度入手できるようになった状況下にあり、少なくとも子供・妊婦の場合は、放射線への感受性が高い可能性があることが一般に認識されていることから、被ばくへの恐怖・不安を抱くことは、一定の合理性が認められる。
・ 上記恐怖・不安による自主的避難のみならず、自主的避難を行わずに滞在し続けた者にも賠償すべき損害が認められる。
[自主的避難等対象区域]
・ 発電所からの距離、避難指示等対象区域との近接性、政府等から公表された放射線量に関する情報、自主的避難の状況等を総合的に勘案して対象区域(福島県内の避難指示対象区域を除く23市町村)を明示。

(3)政府による避難区域等の見直し等に係る損害についての中間指針第二次追補の概要

政府の原子力災害対策本部が、同年12月16日、原子炉は安定状態に達し事故そのものは収束に至ったことを確認し、同月26日に避難指示区域の見直しに関する基本的考え方及び今後の課題を示したこと等を踏まえ、紛争審査会は、本年3月16日、政府による避難区域等の見直し等に係る損害についての中間指針第二次追補を策定しました。中間指針第二次追補で示された項目は以下のとおりです。
 ・避難区域見直し後の避難費用及び精神的損害
 ・旧緊急時避難準備区域の避難費用及び精神的損害
 ・特定避難勧奨地点の避難費用及び精神的損害
 ・不動産の価値の喪失または減少等について
 ・営業損害・就労不能等に伴う損害
 ・自主的避難等に係る損害
 ・除染等に係る損害

2.原子力損害賠償紛争解決センターの設置

原子力損害賠償紛争審査会は、今回の東京電力福島第一、第二原子力発電所事故により被害を受けた方々の原子力事業者(東京電力)に対する損害賠償について、円滑、迅速、かつ公正に紛争を解決することを目的として、同審査会の下に「原子力損害賠償紛争解決センター」を設置し、2011年9月、東京都港区と福島県郡山市の2カ所において業務を開始しました。同センターにおいては、紛争の当事者(被害者または原子力事業者)の申立てにより、仲介委員が申立人と相手方の双方から事情を聴き取って損害の調査・検討を行い、双方の意見を調整しながら、和解案を提示する、和解の仲介業務を実施しています。
 同センターでは、2012年2月以降、多くの申立に共通すると思われる問題点に関して一定の基準を示す「総括基準」を順次策定・公開しているほか、センターで実施されている和解仲介の結果を広く周知し、今後の賠償を円滑に進めていく上での参考とするため、和解実例を順次公開しています。
 更に、同年7月には、和解仲介の申立に関して出来る限り被害者の方々の居所等の近くで話し合いを実施する等、きめ細やかな対応を実施するため、福島県内の各地域(県北・会津・いわき・相双)に同センター福島事務所の支所を設置しました。

3.原子力損害賠償補償契約に関する法律に基づく措置

政府は、原子力損害賠償補償契約に関する法律に基づき、原子力損害賠償補償契約を原子力事業者と締結しており、地震、噴火等により原子力損害が発生した場合には、この契約に基づく補償金を支払うこととなっています。
 今般の事故を受け、政府は、2011年11月、原子力損害賠償補償契約に基づき、東京電力福島第一原子力発電所分の1,200億円を東京電力へ支払いました。

4.原子力損害賠償支援機構の設立の背景

2011年3月11日の東日本大震災により、東京電力福島原子力発電所事故による大規模な原子力損害の発生を受け、2011年6月14日に「東京電力福島原子力発電所事故に係る原子力損害の賠償に関する政府の支援の枠組みについて」が閣議決定され、東京電力福島原子力発電所事故に係る原子力損害の賠償に関する政府の支援の枠組みについて政府として、これまで原子力政策を推進してきたことに伴う社会的な責任を負っていることに鑑み、
 ① 被害者への迅速かつ適切な損害賠償のための万全の措置
 ② 東京電力福島原子力発電所の状態の安定化・事故処理に関係する事業者等への悪影響の回避
 ③電力の安定供給
の三つを確保するため、「国民負担の極小化」を図ることを基本として、損害賠償に関する支援を行うための万全の措置を講ずることが確認されました。
 こうしたことを受け、2011年8月10日に原子力損害賠償支援機構法及び関連する政省令が公布・施行され、原子力事業に係る巨額の損害賠償が生じる可能性を踏まえ、原子力事業者による相互扶助の考えに基づき、将来にわたって原子力損害賠償の支払等に対応できる支援組織を中心とした仕組みを構築するため、同年9月12日に原子力損害賠償支援機構が設立されました。
 なお、原子力損害賠償支援機構法の附則において、原子力損害賠償の実施状況等を踏まえ、原子力損害の賠償に関する法律の改正等の抜本的な見直しをはじめとする必要な措置を講ずるものとされています。

5.原子力損害賠償支援機構の枠組み

原子力損害賠償支援機構(以下、機構)を中心とした原子力事業者による相互扶助の枠組みは以下のようになっています。

(1)原子力事業者からの負担金の収納

原子力損害が発生した場合の損害賠償の支払等に対応するため、損害賠償に備えるための積立てを行います。
 機構は、機構の業務に要する費用として、原子力事業者から負担金の収納を行います。
 機構に、第三者委員会的な組織として「運営委員会」を設置し、原子力事業者への資金援助に係る議決等、機構の業務運営に関する議決を行います。

(2)機構による通常の資金援助

原子力事業者が損害賠償を実施する上で機構の援助を必要とするときは、機構は、運営委員会の議決を経て、資金援助(資金の交付、株式の引受け、融資、社債の購入等)を行います。
 機構は、資金援助に必要な資金を調達するため、政府保証債の発行、金融機関からの借入れをすることができます。

(3)機構による特別資金援助

特別事業計画の認定

機構が原子力事業者に資金援助を行う際、政府の特別な支援が必要な場合、原子力事業者と共に「特別事業計画」を作成し、主務大臣の認定を求めます。
 特別事業計画には、原子力損害賠償額の見通し、賠償の迅速かつ適切な実施のための方策、資金援助の内容及び額、経営の合理化の方策、賠償履行に要する資金を確保するための関係者(ステークホルダー)の協力の要請、経営責任の明確化のための方策等について記載します。
 機構は、計画作成に当たり原子力事業者の資産の厳正かつ客観的な評価及び経営内容の徹底した見直しを行うとともに、原子力事業者による関係者に対する協力の要請が適切かつ十分なものであるかどうかを確認します。
 主務大臣は、関係行政機関の長への協議を経て、特別事業計画を認定します。

特別事業計画に基づく事業者への援助

主務大臣の認定を受け、機構は、特別事業計画に基づく資金援助(特別援助)を実施するため、政府は機構に国債を交付し、機構は国債の償還を求め(現金化)、原子力事業者に対し必要な資金を交付します。
 政府は、国債が交付されてもなお損害賠償に充てるための資金が不足するおそれがあると認めるときに限り、予算で定める額の範囲内において、機構に対し、必要な資金の交付を行うことができます。
 機構は、政府保証債の発行等により資金を調達し、事業者を支援します。

機構による国庫納付

機構から援助を受けた原子力事業者は、特別負担金を支払います。
 機構は、負担金等をもって国債の償還額に達するまで国庫納付を行います。
 ただし、政府は、負担金によって電気の安定供給等に支障を来し、または利用者に著しい負担を及ぼす過大な負担金を定めることとなり、国民生活・国民経済に重大な支障を生ずるおそれがある場合、機構に対して必要な資金の交付を行うことができます。

損害賠償の円滑化業務

機構は、損害賠償の円滑な実施を支援するため、(ア)被害者からの相談に応じ必要な情報の提供及び助言を行うとともに、(イ)原子力事業者が保有する資産の買取り及び、(ウ)賠償支払の代行(原子力事業者からの委託を受けて賠償の支払、国または都道府県知事の委託を受けて仮払金※の支払)を行うことができます。
※ 平成二十三年原子力事故による被害に係る緊急措置に関する法律案に基づく国による仮払金

6.特別事業計画策定の経緯と支援の経過

2011年11月4日に特別事業計画を認定(緊急特別事業計画の認定)

2012年2月13日に認定特別事業計画の変更認定

2012年5月9日に認定特別事業計画の変更認定(総合特別事業計画の認定)

機構は、東京電力による賠償金の速やかな支払を確保するため、2012年2月に緊急特別事業計画の変更を行いました。この中で、その時点での要賠償額の見通し1兆7,003億2,200万円から、原子力損害の賠償に関する法律第7条第1項に規定する賠償措置額として既に東京電力が受領している1,200億円を控除した金額を、損害賠償の履行に充てるための資金として2012年度までに交付することとしていました。しかしながら、その後、新たな賠償基準の策定等により、損害賠償の見通しが2兆5,462億7,100万円となったため、機構は東京電力に対し、当該要賠償額から上記1,200億円を控除した2兆4,262億7,100万円を損害賠償の履行に充てるための資金として交付することとしています。なお、交付の時期については、すでに機構が交付した1兆1,168億円(同年7月26日時点)を控除した金額を、2013年度までに交付する予定です。
 また、原子力損害賠償支援機構法第38条第1項の規定に基づき、機構の業務に要する費用に充てるため各電力会社が負担する負担金については、同年3月30日に、2011年度一般負担金年度総額を815億と決定しました。

7.賠償の実績及び業務の改善

(1)賠償に向けた体制の整備及び賠償の実績

東京電力は、2011年4月15日に国の「原子力発電所事故による経済被害対応本部」において、原子力災害対策特別措置法の規定に基づき、当面の必要な資金を「仮払補償金」として支払いするよう決定がなされたことを受け、同日、仮払補償金の開始を公表しました。また、同社は原子力損害賠償紛争審査会による中間指針(2011年8月5日)を踏まえ、同年8月30日に個人の本賠償、2011年9月21日に法人・個人事業者の本賠償の開始を公表するとともに、本賠償の対象、賠償額の算定基準等を提示しました(法人・個人事業者については、同年9月21日に発表)。個人・事業者ともに同年9月に請求書送付・受付(一次請求:同年3~8月分)を開始し、同年10月5日に本賠償の支払いを開始しました。2012年7月末までに、仮払補償金、本賠償合計で約1兆795億円の支払いが行われています(仮払:約1,469億円、本賠償:約9,326億円)。

(2)賠償業務の改善

東京電力に対しては、2011年10月の本賠償開始後、被害者の方々に対して親身・親切な損害賠償が行われていない等の不満が多く寄せられておりました。東京電力は、機構とともに策定した緊急特別事業計画において、こうした状況を改善すべく、「5つのお約束」(迅速な賠償のお支払い、きめ細やかな賠償のお支払い、原子力損害賠償紛争解決センターの和解仲介案の尊重、親切な書類手続き、誠実な御要望への対応)を掲げ、賠償業務の行程管理の徹底や、請求書類の簡素化等、東京電力の賠償実施体制の建て直しを行ってきました。
 また、機構はこうした東京電力の取組を継続的にモニタリングするほか、自ら弁護士・行政書士等からなる「訪問相談チーム」を派遣する等、賠償の円滑化に向けた取組を行いました。
 こうした取組の結果、請求書類の確認や賠償金のお支払いについて、計画に定めた目標期間内での対応の実現、原子力損害賠償紛争解決センターの和解仲介案の尊重や、指針外への対応等、一定の改善も見られています。

<総合特別事業計画(2012年5月9日認定)のポイント>
(1) 東京電力の取組と関係者の協力
 ・
 国と東京電力の双方には、厳しい状況をともに連帯して乗り越えていく重い責務
 ・
 東京電力はあらゆる手段を総動員し、「賠償・廃止措置・安定供給」の責任を果たす
 ・
 国はエネルギー政策や原子力政策全体についての責務と相まって、責任を果たしていく
 ・
 国家的難題に直面しているという認識の下、関係者全ての持てる力を結集することが必要

(2) 東京電力の新経営体制
 ①原子力損害賠償支援機構が東京電力の総議決権の2分の1超を取得(「一時的公的管理」)するとともに、追加的に議決権を取得できる転換権付無議決権種類株式を引き受けることで、潜在的には総議決権の3分の2超の議決権を確保。
 ②会長以下役員の退任、顧問制度全廃、退職慰労金の受取辞退 等
(3) 合理化の深掘り
10年間で3.3兆円超のコスト削減を行う。
 ①人件費(10年間で12,758億円削減)
 ②資材・役務経費(10年間で6,641億円削減)
 ③買電・燃料調達に係る費用(10年間で1,986億円削減)
 ④その他経費(10年間で9,687億円削減)
 ⑤資産売却
不動産:電気事業資産以外は原則全て売却(2,472億円相当(時価ベース))
有価証券:2011年度から原則3年以内に3,301億円相当の有価証券を売却
子会社・関連会社:2011年度から原則3年以内に119社中45社1,301億円相当を売却
(4) 料金改定
【前提】燃料費等増を合理化の徹底により圧縮した上で、必要最小限の料金改定(3年原価とし、柏崎刈羽原発の2013年度4月以降の順次稼働を収支計画の前提として置く)
 ①規制部門で10.28%料金引上げ(原価算定期間の3年間)を収支計画の前提として置く(注:電気事業法に基づく経済産業大臣認可が必要であり、査定の結果8.46%になった)。
 ②自由化部門は16.39%料金引上げ(査定の結果、14.90%になった)「自由化料金については、総原価洗替えの結果を反映し4月からの差額を割り引く」旨明記。
(5) 賠償コスト・廃炉コスト
 ①帰還困難地域の財物全損賠償等の新基準を踏まえ、約8500億円を積み増し。(総額約2.5兆円)
 ②除染は、予算執行の進捗、国からの求償等合理的な見積もりが可能になるまで計上せず。
 ③廃炉コストは、「ロードマップ」に対応した積上げによる費用を今後見積もり。
(6) 事業改革(東京電力の方向性・改革の段取り)
 ①入札による競争や外部事業者等との連携を通じた最適需給の実現
 ②社内カンパニー(燃料・火力、送配電、小売)(「自前主義」から「外部連携」へ)LNG 発電コスト低減に焦点:調達集約化、インフラ共同運用、IPP 入札
 ③国際標準に準拠したスマートメーターのオープンな調達、企業連携による省エネサービス
(7) 金融機関・株主責任、財務基盤強化
 ①金融機関:自律的な資金調達力の回復まで与信を維持、主要取引機関は融資1兆円追加
 ②機構による株式の引受け:株主総会後、払込金額総額1兆円21
 ③既存株主:株式の希薄化、当面の間 無配
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出資額は東京電力A 種優先株式16億株(払込総額3,200億円)と東京電力B 種優先株式3.4億株(払込総額6,800億円)の合計