序章 エネルギーと国民生活・経済活動

1.エネルギーと国民生活・経済活動

エネルギーは、国民生活や経済活動になくてはならないものです。まず、私たちのくらしとエネルギーの関係や我が国のエネルギー政策の変遷などを概観してみましょう。

(1)私たちのくらしを支えるエネルギー

私たちのくらしとエネルギー

現在の私たちのくらしや社会は、エネルギーの消費によって成り立っています。日常生活に欠かすことのできない電気、ガス、水道はもちろん、現代社会の基礎となっている運輸、通信なども全てエネルギーを利用しています(第201-1-1)。また、私たちの目に見えないところでも、多くのエネルギーが消費されており、農作物、食品、洋服など、あらゆる製品はその生産過程においてエネルギーを利用しており、エネルギーが私たちのくらしを支えています(第201-1-2)。このうち、私たちのくらしや生産の現場で電気、ガス、ガソリン、灯油など直接的に消費されているエネルギー(直接エネルギー)だけでなく、私たちが購入する食料、洋服やさまざまな製品の製造工程に用いられる原材料生産や製造、加工、輸送などに間接的に消費されているエネルギー(間接エネルギー)もあります。

【第201-1-1】エネルギーの供給過程と利用形態

【第201-1-1】エネルギーの供給過程と利用形態

【第201-1-2】生活用品の製造にかかる間接エネルギー

品目 生産工程 投入エネルギー
(原油換算)
米栽培(玄米1kg) 栽培 → 収穫 → 出荷 → 0.35ℓ
洋服(紳士ジャケット)1着(600g) 素材 → 布地製造 → 縫製 →  7ℓ
自動車(1,800cc) 製鉄 → プレス(部品ごとの製造) → 加工・組立て → 1,442ℓ
住宅(戸建・床面積100m2 製材 → 加工・組立て → 8,774ℓ
カラーテレビ(21型) 材料(樹脂・電子部品)製造 → 組立て → 輸送 → 38ℓ
図書1冊(300グラム) 製紙 → 印刷 → 製本 → 0.55ℓ
(資料)
文部科学省資料より作成

エネルギー資源の分類

エネルギー資源は、大きく「化石燃料」と、「非化石エネルギー」に分けられます。「化石燃料」は、石炭、石油、天然ガス、LPガスなど、古代地質時代の動植物の死骸が化石化し、燃料となったものです。「非化石エネルギー」は、原子力エネルギーや、太陽光、風力等の再生可能エネルギーなどがあります。

原子力エネルギーは、ウランなどの核分裂によるエネルギーを利用したものです。「再生可能エネルギー」は、2009年に施行された「エネルギー供給事業者による非化石エネルギー源の利用及び化石エネルギー原料の有効な利用の促進に関する法律」(エネルギー供給構造高度化法)において、「再生可能エネルギー源」として、太陽光、風力、水力、地熱、大気中の熱、バイオマスなどが定義されています

2009年7月、「石油代替エネルギーの開発及び導入の促進に関する法律等の一部を改正する法律」(石油代替エネルギー法)及びエネルギー供給構造高度化法の成立に伴い、それまでの石油代替施策を見直し、開発・導入を促進する対象が石油代替エネルギーから原子力や再生可能エネルギー等の「非化石エネルギー」に変更するとともに、エネルギー供給事業者(電気事業者、熱供給事業者及び燃料製品供給事業者)による非化石エネルギーの利用及び化石燃料の有効利用の促進が図られることになりました。

海外に頼る日本のエネルギー

我が国はエネルギー資源に乏しく、そのほとんどを海外からの輸入に頼っています。用途の広い石油・LPガスは中東地域を中心に、天然ガスは東南アジア、オーストラリア、中東等から、石炭はオーストラリア等からほぼ全量を輸入しています。一方、日本国内で産出される「国産エネルギー」は、水力、地熱、風力や若干の天然ガス等(国際エネルギー機関(IEA)による)のみで、我が国が必要とするエネルギーの4%(2007年)にすぎません。原子力発電に必要なウランも海外から輸入されていますが、燃料のエネルギー密度が高く備蓄が容易であること、使用済燃料を再処理することで資源燃料として再利用できること等から、資源依存度が低い「準国産エネルギー」と位置づけられています。原子力エネルギーを含めても、エネルギー自給率(エネルギー供給に占める国産エネルギーの割合)は、18%(2007年)にすぎません。

国内のエネルギーの流れ

次に、このようなエネルギーがどのように供給され、どのように消費されているかの大きな流れをみてみましょう。エネルギーは、生産されてから、実際に私たちエネルギー消費者に使用されるまでの間に様々な段階、経路を経ています。大まかにみると原油、石炭、天然ガスなどの各種エネルギーが供給され、電気や石油製品などに形をかえる発電・転換部門(発電所、石油精製工場など)を経て、私たちに最終的に消費されるという流れになっています。この際、発電・転換部門で生じるロスまでを含めた我が国が必要とする全てのエネルギーの量という意味で「一次エネルギー供給」の概念が用いられ、最終的に消費者に使用されるエネルギー量という意味で「最終エネルギー消費」の概念が用いられています。国内に供給されたエネルギーが最終消費者に供給されるまでには、発電ロス、輸送中のロス並びに自家消費が発生し、最終消費者に供給されるエネルギー量は、その分だけ減少することになります。量的には、日本の国内一次エネルギー供給を100とすれば、最終エネルギー消費は68程度(2008年度の総合エネルギー統計による)になっています。

具体的には、一次エネルギー供給は、石油、天然ガス、LPガス、石炭、原子力、太陽光、風力等といったエネルギーの元々の形態であるのに対し、最終エネルギー消費では、我々が最終的に使用する石油製品(ガソリン、灯油、重油等)、都市ガス、電力、熱といった形態のエネルギーになっています。一次エネルギーの種類別にその流れをみると、原子力、再生可能エネルギー等は、その多くが電力に転換され、消費されています。一方、天然ガスについては、電力への転換のみならず熱量を調整したうえで都市ガスへの転換も大きな割合を占めます。石油については、電力への転換の割合は全体的には小さく、そのほとんどが石油精製の過程を経て、ガソリン、軽油などの輸送用燃料、灯油や重油などの石油製品、石油化学原料用のナフサなどとして消費されています。石炭については、電力への転換及び製鉄に必要なコークス用原料炭への使用が大きな割合を占めています。LPガスについては、そのまま一般家庭等での消費が大きな割合を占めています(第201-1-3)。

【第201-1-3】我が国のエネルギーバランス・フロー概要(2008年度、単位1015J)

【第201-1-3】我が国のエネルギーバランス・フロー概要(2008年度、単位10の15乗J)

(資料)
資源エネルギー庁「総合エネルギー統計」

COLUMN

文明とエネルギー

私たちのくらしや社会に不可欠なエネルギーと人類や文明との関わりの変遷を、歴史を遡ってみてみましょう。

「火」の発見

人類が初めてエネルギーを利用するようになったのは約50万年前の「火」の発見からです。最初はまきを燃やし暖房や料理に使い、やがて土器などの新しい道具づくりに利用するようになりました。火の利用は、人類が文明を発展させる出発点となっています。

農業の始まりとエネルギー

今から約1万年前になると、人間は農耕や牧畜を始めるようになり、牛馬の力を耕作用動力源として利用するようになりました。さらに風力や水力など自然のエネルギーもさまざまな分野で活用する工夫が重ねられました。

産業革命を支えた石炭

16世紀に入ると、それまでの木炭に代わり石炭が熱エネルギー源として利用されるようになりました。その後、ワットが1765年に蒸気機関を発明し、工場での動力源のほか、蒸気機関車、蒸気船などさまざまな分野に応用されるようになりました。この発明により、従来の畜力や自然エネルギーに比べて生産力は大幅に向上し、石炭の消費量も飛躍的に増大することとなりました。また、石炭が豊富だった英国を中心に産業革命が起こり、文明も一気に発展することとなりました。

石油による流体革命(エネルギー革命)

1859年にアメリカで新しい石油採掘方式が開発され、石油の大量生産が可能になると、その利用方法も急速に発展しました。さらには1950年代に中東やアフリカに相次いで大油田が発見され、エネルギーの主役は石炭から石油へと移行しました。これを流体革命(エネルギー革命)と呼んでいます。大量に安く供給された石油は、さまざまな交通機関、暖房用、火力発電などの燃料として、また石油製品の原料として、その消費量は飛躍的に増えました。

石油に代わるエネルギーの出現

しかし、1970年代の二度のオイルショックは、世界各国でエネルギーが不足するのではないかと懸念されるほど深刻な事態を引き起こし、当時7割を超える石油依存度となっていた日本も石油という単一のエネルギーに頼りすぎることの危険性を思い知らされました。その経験から原子力や天然ガスなど石油代替エネルギーの導入が進みました(第201-1-4)。

地球温暖化問題への対応

人口が増加し、経済が発展するにつれ、人類はより多くのエネルギーを消費するようになりました。このエネルギーの大半は石油、天然ガス、石炭といった化石燃料を利用することから、これらの燃焼によりエネルギーを得る段階で非常に多くの二酸化炭素が大気中に放出されることになりました。大気中に含まれる二酸化炭素などの「温室効果ガス」の濃度が増加し、地球の大気圏から放射される熱の量が減少すると地球上に熱が留まります。この結果、気温が上昇することによって気候が変動し、生態系に大きな影響を及ぼすことが懸念されるようになりました。このような「地球温暖化」の問題に対応するために、人類はエネルギーの消費量をできるだけ減らすと同時に、化石燃料から原子力、再生可能エネルギーなど非化石エネルギーへの転換を図ることが求められています。

【第201-1-4】人類とエネルギーの関わり

【第201-1-4】人類とエネルギーの関わり

(資料)
NIRA「エネルギーを考える」に加筆
(注)
1. 棒グラフ[一人当たりエネルギー消費量](単位:1000キロカロリー)。
2. 曲線グラフ[世界のエネルギー消費量](単位:石油換算100万バレル/日)。
3. バレルとは原油の生産・販売の計量単位。1バレルは42ガロン(159リットル)。かつて原油が樽(バレル)で輸送されていたことに由来。
(出所)
㈶日本エネルギー経済研究所「エネルギー・経済統計要覧」、BP, Statistical Review of World Energy 2009等をもとに作成

(2)これからのエネルギー問題

増え続ける世界のエネルギー消費

今日の社会や人々の生活は、昔の人からは想像もつかないほど、変革を遂げています。同時に世界のエネルギー消費量は、産業革命以降、工業化に伴うエネルギーの大量消費に応じて急速に増加し続けています。また、18世紀頃までは非常に緩やかなカーブをたどっていた世界人口は、産業革命を契機に増加のテンポが速まりました。中でも20世紀に入ってからの増加は著しく、1830年には10億人だった世界の人口は、1930年に20億人、1980年に44億人、2007年には約66億人と急増しています。これまでの人口増加は確実にエネルギー消費の増加に結びついています。今後も人類全体としてのエネルギー消費量は、人口増加と、文明の進歩に伴う1人当たりのエネルギー消費量の増加との相乗効果によって増大することが見込まれます。特にアジアでの人口の急速な増加が予測されており、21世紀半ばには世界全体で90億人以上に達するといわれています(第201-1-5)。また、現在のところ、発展途上国における1人当たりのエネルギー消費量は先進国に比べ少ないものの、今後、中国を始めとしたアジア地域などは、その経済成長に伴い、1人当たりのエネルギー消費量が増加していくものと予測されます。

【第201-1-5】世界人口の地域別推移と見通し

【第201-1-5】世界人口の地域別推移と見通し

【第201-1-5】世界人口の地域別推移と見通し(xls形式:42KB)

(出所)
United Nations、World Population Prospects, The 2008 Revisionをもとに作成

私たちの直面しているエネルギー問題

これからのエネルギー問題を考える上で忘れてはならない点が3つあります。まず、現在、世界全体で使っているエネルギーのうち、約9割は石油や石炭、天然ガス、LPガスといった化石燃料ですが、埋蔵量には限りがあることなどから、常にその安定供給に留意する必要があります。次に、化石燃料の燃焼時には地球温暖化の原因となる二酸化炭素(CO2)やそのほかの酸化ガスが排出され、地球環境への影響が指摘されていることから、環境問題に配慮したエネルギーの利用が求められています。最後に、エネルギーは、私たちのくらしや社会に必要不可欠なものであることから、そのコストは、経済の活力や我が国の国際競争力とかかわりがあります。私たちは、このような利用を念頭において、貴重なエネルギー資源をできるだけ効率的に用いていくことが必要です。

2.我が国のエネルギー政策の変遷

我が国のエネルギー政策は、その時代の様々な要請に従い、変化をしてきました。以下、戦後の我が国のエネルギー政策の変遷を簡単に俯瞰します。

オイルショック以前のエネルギー政策

1973年にオイルショックが勃発する以前の戦後の我が国のエネルギー政策を概観すると、大きく2つの時期に区分されます。

(ア)戦後復興期

第一の時期が戦後復興期(1945年~1962年)です。まず、石炭の増産に必要な労働力、資金、資材等を最優先させて確保する「傾斜生産方式」(1946年)により、官民一体の石炭増産体制を確立し、終戦直後の荒廃から経済の復興を目指しました。次に、朝鮮動乱終結後の石炭不況に対応して石炭産業の合理化を進めながら、石炭を中心にエネルギー供給を行う「炭主油従政策」を維持しました。

(イ)高度成長期

第二の時期が高度成長期(1962年~1972年)で、低廉かつ安定的なエネルギーの供給をエネルギー政策の柱にして、エネルギー供給の中心を石炭から石油へ転換した時期です(「油主炭従政策」)。具体的には、構造的不況に陥った石炭産業の合理化を推進する一方、石油製品の安定供給を確保するとの観点から消費地精製1の原則に立ち、石油精製能力、石油生産計画等を政府の監督下に置くことにより石油産業の健全な発展を図りました。なお、1962年は我が国において、初めて石油が石炭を抜いてエネルギー供給の首位の座についた年でもあり、この前後、エネルギー供給の主体が石油に移る、いわゆる「エネルギー革命」が急速に進展しました。

第一次オイルショック後のエネルギー政策

(ア)第一次オイルショックと緊急時対策

第四次中東戦争を契機に1973年に発生した第一次オイルショック(原油価格の高騰と供給削減)は、当時石油依存度が7割を超えていた我が国にとって国民生活及び経済に対し大きな衝撃を与えるものでした。政府は危機発生に対処するため、国民生活安定緊急対策本部を設けるとともに「石油緊急対策要綱」を閣議決定し、消費節約運動の展開、石油・電力の使用節減等の行政指導を行い、事態の収拾に努めました。これと並行して石油の安定供給等に関する立法作業が進められ、同年12月には、「石油需給適正化法」と「国民生活安定緊急措置法」が制定されています。また、国際的には、1974年にアメリカの呼びかけにより我が国を含む主要石油消費国の間で「エネルギー調整グループ」が結成され、同年、同グループにより「国際エネルギー計画」(IEP)協定が採択され、「国際エネルギー機関」(IEA)がOECDの下部機関として設置されました。この国際協定であるIEPは、緊急時自給力確立のため、前年の平均純輸入量の90日分の石油備蓄義務と、消費削減措置付きの緊急時石油融通制度を規定しています。これを受けて我が国では、1975年に石油備蓄法を制定するとともに、90日備蓄増強計画を策定し、1981年度末には石油精製元売会社等の民間備蓄義務者は90日分の備蓄目標を達成しました2

(イ)エネルギーの安定供給確保を重視へ

第一次オイルショックによって石油供給不足の脅威を経験した我が国は、エネルギーの安定的な供給を確保することが国の将来を左右する最重要課題であると位置づけ、極めて脆弱な我が国のエネルギー供給構造を改善するため所要の施策を行いました。具体的には、①石油依存度の低減と石油以外のエネルギーによるエネルギー源の多様化、②石油の安定供給の確保、③省エネルギーの推進、④新エネルギーの研究開発、の4点を掲げ、そのうち、中長期的課題である新エネルギーの研究開発については、1974年に、2000年を目途として、数十年後における我が国のエネルギー需要の相当部分をまかなう新しいクリーンエネルギーを供給するための技術の開発を目指した「サンシャイン計画」が発足しました。

第二次オイルショック後のエネルギー政策

(ア)第二次オイルショックと石油代替エネルギーの導入対策

第一次オイルショック以降、エネルギー安定供給の確保や省エネルギーへの取組を進めていた我が国は、第二次オイルショックを経て、更にその取組を推進していきました。こうした状況のなか、一方で石油代替エネルギーの開発及び導入を促進することで石油依存度の低減を図り、エネルギー供給構造を改善する必要から、1980年に石油代替エネルギー法が制定されました。これに基づき政府は、同年「石油代替エネルギーの供給目標」を閣議決定しました。

また、大型の石油代替エネルギー技術開発を総合的に推進するために、同年に新エネルギー総合開発機構3を設立しました。

(イ)省エネルギーの推進

二度のオイルショックにより省エネルギーの重要性が認識されるとともに、法制度の整備、各種施策などの省エネルギー政策を推進することとなりました。法整備については、1979年に「エネルギーの使用の合理化に関する法律」(省エネ法)を制定・施行し、工場、建築物及び機械器具に関する省エネルギーを総合的に進めるために、各分野において事業者が取り組むべき内容等を定めました。なお、技術開発については、1978年に「ムーンライト計画」がスタートし、エネルギー転換効率の向上、未利用エネルギーの回収・利用技術の開発などが進められました。また、民間における省エネルギー技術の研究開発への助成等が推進され、我が国産業は世界でも最高水準のエネルギー使用効率を達成しました。

ゆとりと豊かさのもとでのエネルギー需要の増大

1980年代後半から1990年代にかけて、国民のゆとりと豊かさの追求により、特に民生部門及び運輸部門においてエネルギー消費が大きく伸びました。民生部門においては、冷暖房需要の増加、大型家電機器の普及、社会活動の24時間化、OA化など情報化の一層の進展により、また運輸部門においては、自動車保有台数の増加、乗用車の大型化、物流需要の増加等によりエネルギー消費は増大しました。このようなエネルギー需要の増大は、エネルギーの安定供給確保と省エネルギーの重要性を再確認させるものです。

地球温暖化問題への対応

近年、エネルギー政策の新たな課題として、エネルギー起源の二酸化炭素の排出等に起因する地球温暖化問題への対応の必要性が生じてきました。国際的には、1997年に、先進国の温室効果ガスの排出削減を定めた京都議定書が採択され、2005年2月に発効しました。この中では、我が国については、温室効果ガスの排出量を2008年から2012年までの第一約束期間に基準年(1990年)の排出量と比べて6%削減することが定められています。我が国でも、京都議定書の採択を受けて、地球温暖化問題に対する具体策をまとめた地球温暖化対策推進大綱が1998年に策定されました。さらに、2005年4月には、京都議定書の発効を受けて、我が国の6%削減約束を確実に達成するために必要な措置を定める「京都議定書目標達成計画」が閣議決定され、2008年3月に全部改訂が行われました。しかし、エネルギー起源の二酸化炭素排出量は、2008年度には1990年度に比べて7.5%増加しており、目標達成のためには更なる努力が必要です。なお、2010年3月には、地球温暖化対策基本法案が閣議決定され、現在国会審議中です。

エネルギー基本計画に基づくエネルギー政策の推進

1973年は、第一次オイルショックの発生というエネルギー政策史において特筆すべき年とされてきましたが、2009年で35年以上が経過しました。この間、我が国は、幾多の困難に直面し難局を乗り越えてきました。エネルギーの安定供給に加えて、地球規模での環境問題への配慮、さらには自由化、効率の向上も求められています。

2002年6月には、このようなエネルギーをとりまく情勢を踏まえ、「安定供給の確保」、「環境への適合」、及びこれらを十分考慮した上での「市場原理の活用」の3つを基本方針とするエネルギー政策基本法が制定されるとともに、2003年10月には、同法に基づき、エネルギーの需給に関する施策の長期的、総合的かつ計画的な推進を図るため、エネルギーの需給に関する基本的な計画として「エネルギー基本計画」が閣議決定・国会報告されました4

エネルギー政策は、世界のエネルギー情勢、我が国の経済構造や国民のライフスタイルの変化等を踏まえながら遂行することが重要であり、更には環境政策、科学技術政策とも密接な関連性をもつものです。国の将来を見据える確固とした戦略を持つと同時に、様々な環境変化が起こった場合に適時適切かつ柔軟に検討を加え、必要があると認めるときには変更するしなやかさを兼ね備えたエネルギー・システムの構築が求められます。政府は、エネルギー基本計画に基づき、このような要請に応じるためのエネルギー政策を推進しています。

1
消費地精製とは、原油を産油国から原油のまま輸入し、消費地で精製することをいいます。石油製品は連産品であり、また、当時は国際的な石油製品の市場も未発達で、国内に精製能力を保有しないと特定の製品の不足に対応できない恐れがあったことから、このような方式をとっていました。
2
1978年には国家備蓄も法制化され、1998年に国家備蓄目標である5,000万kℓを達成しました。また、1981年度には石油備蓄法が改正され、LPガスについても輸入会社に年間輸入量の50 日分に相当する備蓄が義務付けられました。LPガスの民間備蓄は、1988年度末に目標の50日備蓄を達成し、国家備蓄についても150万トンを達成することを目標として、全国5 カ所で備蓄基地の整備が進められています。
3
現在の独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)
4
政府はこれらの基本方針に沿ってエネルギーの需給に関する施策の長期的、総合的かつ計画的な推進を図るため「エネルギー基本計画」を定めることとされており、2003年10月に初めて策定されました。同計画は、その後の情勢変化を踏まえ、2007年3月に改訂されました。改訂の内容は、原子力の積極的な推進と新エネルギーの着実な導入拡大、石油等の安定供給確保に向けた戦略的・総合的な取組みの強化、省エネルギーの強化と地球温暖化問題における実効ある国際枠組み作りの主導、等への取組みがその柱になっています。