特集記事

『原子力』 第4回

日本における原子力の平和利用のこれまでとこれから

建設当初の東海発電所の写真です。

東海発電所建設当初(提供:日本原子力発電株式会社)

「世界の原発利用の歴史と今」でもご紹介したように、1951年に米国が世界初の原子力による発電を成功させて以来、世界ではエネルギー源としての原子力に注目が集まり、平和利用が進められてきました。今回は、日本において原子力の利用がどのように進められてきたのか、その歴史を振り返ってみましょう。

1.日本における原子力の平和利用の黎明期

日本での原子力利用のはじまり

国連総会で、アイゼンハワー米国大統領による『Atoms for Peace』と呼ばれる歴史的演説が行われたのは、1953年。1950年代から1960年代は、世界各国で「原子力の平和利用」が始められた期間といえます。

日本でも、1955年、原子力基本法が成立しました。これが、日本における原子力利用の始まりです。基本法では、原子力の研究や開発、利用は平和を目的としたものに限ること、また、「民主」「自主」「公開」の三原則にもとづくことが定められています。

原子力基本法の原案の大半は、後に首相となる中曽根康弘氏が委員長を勤めていた衆院両院合同委員会で決定されました。また、この法律で設置が定められた「原子力委員会」の初代委員長には、正力松太郎氏が就任しました。

日本で初めての商業用原発の誕生

とはいえ、当時の日本には、まだ原子力発電(原発)を建設するノウハウがありませんでした。そこで、米国や英国などに協力を仰ぎ、原発の開発が進められました。また、当時の先端技術であった原発を、民間企業のみで開設することは難しかったことから、国も協力して「日本原子力発電株式会社(日本原電)」という会社が設立されました。

そして1966年、日本で初めてとなる商業用原発として、日本原電の東海発電所が、茨城県那珂郡東海村に建設され、運転を開始しました。これは英国から導入された「黒鉛減速ガス冷却炉」と呼ばれる方式で、核分裂によって放出される中性子の速度を、黒鉛によって下げるしくみでした。

この運転開始により、原発に関する日本への技術移転が始まり、徐々に国産の原発が開発されていくこととなります。

現在につづく軽水炉の登場

その後、世界では、現在の主流である「軽水炉」の建設が盛んになります。「軽水炉」とは、中性子を、私たちがふだん目にする普通の水(専門用語で「軽水」と呼ばれる)によって減速する方式です。日本では1970年に、2基が運転を開始しました。

ひとつは、福井県にある日本原電の敦賀発電所に誕生した「敦賀発電所1号機」で、これが日本で初めての「沸騰水型軽水炉(BWR)」です。また、同じく福井県にある関西電力の美浜発電所では、「美浜発電所1号機」が「加圧水型軽水炉(PWR)」として運転を開始しました。

1970年は、大阪で日本万国博覧会が開催された年でもあり、高度成長期の真っ只中にあった日本では、未来を担うさまざまな先端技術への期待が高まっていました。こうした世の中の流れの中で、「原子力は発電に利用することのできるエネルギーである」という認識が、日本にも広まっていきました。

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2.エネルギー安定供給に向けた原発の積極導入

オイルショックが原発導入促進の契機に

そんな中、1973年には第一次オイルショックが、1978年には第二次オイルショックが起こり、世界各国は、石油資源に依存しすぎることのリスクを考え始めます(「石油がとまると何が起こるのか? ~歴史から学ぶ、日本のエネルギー供給のリスク?」参照)。日本でもオイルショックによる混乱は大きく、世界各国と同様に、「エネルギーの安定供給」が重要な課題として認識され、さまざまな政策が実施されました。

その解決策のひとつとして、原発に注目が集まるようになりました。ここから、日本における原発の導入が進み始めます。1973年、当時首相を務めていた田中角栄氏は、国会で、「原子力を重大な決意をもって促進をいたしたい」と述べました。1974年には、発電所の立地を促進するため、立地地域への交付金を定める法律が整備されました。

原発の導入が進んだ背景には、こうした政策の後押しによるものもありましたが、ここにいたるまでの間に原発に対する理解が日本社会の中で進んでいたこと、また電力需要が増大する中でのエネルギー供給の安定化という社会の強い要請もありました。

原発の相次ぐトラブル

世界的にも原発の導入が順調に進められ、本格的に利用されるようになっていたこの頃、いくつかの事故やトラブルが発生しました。世界では、1979年には米国のスリーマイル島で、1986年にはソビエト連邦(現・ウクライナ)のチェルノブイリで原発事故が起こります。

日本国内でも、原発に関連するトラブルが起こりました。1995年、研究用として運営されていた福井県の高速増殖炉「もんじゅ」で、ナトリウム漏洩事故が起こります。「もんじゅ」は冷却材として液体金属ナトリウムを使用しており、このナトリウムが漏洩して、火災につながったのです。「もんじゅ」はこの事故で2010年まで運転を休止することとなり、2016年には廃炉が正式決定されました。

また1999年には、茨城県の東海村にある株式会社JCOのウラン加工工場で、臨界事故が起こり、死亡者を含む被ばく者が出ました。

このほかにも、原発に関する点検データの不正が明らかになるなど、国民からの不信をまねく事態となります。

2003年に策定されたエネルギー基本計画においても、「事業者は安全という品質の保証体制の確立に努め、国は安全規制を確実に行い、国民の信頼回復に努めることが必要」としており、事業者としても自主的な安全性向上に資する社内組織を立ち上げるなど、安全性の向上・信頼回復に努めました。

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3.温暖化対策としての原発利用の促進とエネルギー政策の再構築

クリーンエネルギーとしての原発への期待

2000年前後には、1997年に「京都議定書(2005年発効)」が採択されるなど、世界全体で、地球温暖化に対する問題意識が広まり始めます。

温室効果ガスの排出源として大きな割合を占める発電分野についても、排出量を削減する機運が高まりました。温室効果ガスを排出しないクリーンなエネルギーとしての原発にも、注目が集まり、世界各国で、原発の新設計画が増加することとなりました。

日本でも、2010年に策定された「第三次エネルギー基本計画」において、「2030年に、原子力発電比率50%超を目指す」と記載されました。

日本の原子力利用状況の推移
日本における原子力の利用状況について、推移を示したグラフです。

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福島第一原発事故の反省とエネルギー政策の再構築

こうした中、2011年、東日本大震災にともなう東京電力・福島第一原発の事故が発生。深刻な被害をもたらすことになりました。

政府と原子力に関する事業者は、いわゆる「安全神話」におちいって、じゅうぶんな過酷事故への対応ができず、このような悲惨な事態を防ぐことができなかったことへの深い反省を一時たりとも放念してはなりません。このような反省に立って、エネルギー政策を再構築することが必要です。

このため、政府は、福島の復興・再生を全力で成し遂げ、震災前に描いてきたエネルギー戦略を白紙から見直すことを出発点とし、2014年には、「第四次エネルギー基本計画」を閣議決定しました。同計画の中で、「原発依存度については、省エネルギー・再生可能エネルギーの導入や火力発電の高効率化などにより、可能な限り低減させる」と明記されました。

あらゆる面で優れたエネルギー源はなく、資源の乏しい我が国にとって、電気料金のコスト、気候変動問題への対応、エネルギーの海外依存度を考え、現実的かつバランスの取れたエネルギーミックスを実現することが必要です。このような観点から、2030年度の総発電電力量のうち、原発が占める比率を22%~20%程度とした見通しが示されています。

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4.日本における原子力の利用のこれから

安全を最優先に原子力を利用する

現在、日本では、福島第一原発の事故からの反省をもとに、「原発依存度を可能な限り低減すること」「安全を最優先した上で再稼動する」という2つの方針を掲げた上で、原子力の利用にあたっています。

原発については、安全神話との決別をはかり、何よりも安全を最優先すること、その際、産業界が自主的かつ不断の安全追及を行う事業体制の確立を目指すこと、原子力の安全を支える高いレベルの原子力技術・人材の維持・発展をはかること、地域防災計画や避難計画を充実化することなど、さまざまな取り組みを行っています。たとえば、「原発の安全を高めるための取組 ~新規制基準のポイント」でご紹介した、原発に関する新規制基準はこうした取り組みのひとつです。

現在の原子力政策の主な方針
東日本大震災後の、原子力政策の主な方針を示した表です。

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こうした新たな方針の下、震災後に一度全ての原発が停止して以来、これまでに再稼働に至った原発は5基。また、新規制基準に適合することが認められたものが9基、さらに新規制基準への適合性の審査中となっているものが12基あります。

エネルギー資源に乏しい日本においては、原子力は重要なエネルギーのひとつとして活用されてきました。安全性を最優先に掲げながら、現在、政府の審議会である原子力小委員会では、いかにして原子力への信頼を獲得していくか、という観点からも、議論を進めています。今後も、時代の要請に応じた、原子力の利用の最適なかたちを目指していきます。

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原子力小委員会

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電力・ガス事業部 原子力政策課

スペシャルコンテンツについて

長官官房 総務課 調査広報室

2018/2/22に公開した際、『日本で初めての商業用原発の誕生』の項で、「黒鉛減速ガス冷却炉」を「ガスによって下げるしくみ」と説明しておりましたが、正しくは「黒鉛によって下げるしくみ」でした。お詫びして訂正いたします。(2018/8/2 17:00)