【日本のエネルギー、150年の歴史⑥】 震災と原発事故をのりこえ、エネルギーの未来に向けて

2018年6月8日に撮影した、福島第一原発3・4号機の写真です。

2018年6月8日、福島第一原発3・4号機の様子(提供:東京電力ホールディングス株式会社)

今年2018年は、明治元年(1868年)から150年を数える節目の年。そこで、明治維新以降の歴史の中で、日本のエネルギー開発・エネルギー利用がどのような変遷をたどってきたのかを6回シリーズで振り返ります。

平成23年(2011年)に発生した東日本大震災。この震災により、災害時におけるエネルギー供給の脆弱性が露呈しました。また、地震にともなって東京電力株式会社・福島第一原子力発電所の事故が起こったことをきっかけに、日本はエネルギー政策をゼロベースで見直す必要に迫られました。第6回は、東日本大震災が日本のエネルギー政策にもたらした影響と、震災以降のエネルギー政策についてご紹介します。

福島での事故をふまえ、エネルギー政策は白紙からスタート

平成23年(2011年)3月11日、国内観測史上最大規模となる東日本大震災が起こりました。この地震と、地震が起こした大規模な津波により、東北地方を中心に未曾有の被害が発生しました。さらに、この地震にともなって、東京電力株式会社・福島第一原子力発電所で事故が発生。周辺地域に深刻な被害をもたらし、原子力の安全性についての信頼は大きく損なわれました。

政府は、いわゆる「安全神話」におちいって、このような悲惨な事態を防ぐことができなかったことへの深い反省に立ち、震災前に描いてきたエネルギー政策をゼロベースで見直すことにしました。

さまざまな議論や、パブリックコメントを通じて得られた国民の声などを踏まえて、平成26年(2014年)4月に閣議決定した「第四次エネルギー基本計画」では、「原子力発電への依存度を可能な限り低減すること」や「安全を最優先した上で再稼働すること」などを謳っています。

原子力発電に関し、安全性を高めるためのさまざまな制度の見直しもおこなわれました。平成24年(2012年)9月に原子力利用の推進と規制を分離。専門的な知見に基づいて、中立公正な立場から原子力安全規制に関する職務をになう機関として、「原子力規制委員会」が設置されました。

安全規制組織の見直し
福島第一原発事故後におこなわれた見直しによって、安全規制組織がどのように変わったかを示した図です。

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また、平成25年(2013年)からは、「原子力関係閣僚会議」および「最終処分関係閣僚会議」を開催。①原発依存度の低減 ②安全・災害対策 ③使用済み燃料対策 ④福島復興と廃炉・汚染水対策について、政府が一体となって解決していくという姿勢を明確にしています。

日本のすべての原子力発電所は、震災後にいったん停止しました。その後、安全性を高めるべくさらに厳しい基準となった「新規制基準」にもとづいて安全性を検証した結果、平成30年(2018年)6月26日現在、9基が再稼働を果たしています。また、まだ再稼動はしていないものの新規制基準に適合することを認められた原発は5基、原子力規制委員会により審査中の原発が12基になります。

現在のエネルギー政策では、原子力発電は今後も、安全神話との決別をはかり、何よりも安全を最優先することを目標に掲げています。そのためにも、産業界が自主的かつ不断の安全追求をおこなう事業体制の確立をめざすこと、また、原子力の安全を支える高いレベルの原子力技術・人材の維持・発展を図ること、地域防災計画や避難計画を充実化することなど、さまざまな取り組みが進められています。

災害時も石油を安定供給するために

東日本大震災では、被災によってさまざまなエネルギーの供給に問題が発生しました。石油については、東北地方唯一の製油所であるJX 日鉱日石エネルギー株式会社(当時)の仙台製油所をはじめとする6製油所が被災するとともに、東北太平洋岸の油槽所のほとんどが出荷不能に。このため、在庫はあったにもかかわらず、港湾や道路の損壊などと相まって、被災地へ十分な石油を迅速に届けることができませんでした。また、ガソリンなどを取り扱うサービスステーション(SS)も、津波の影響で設備が被害を受けたことなどにより、東北地方を中心に多くの地域で営業を停止せざるを得ない状況となりました。

こうした教訓を踏まえ、災害時においても石油の安定供給が確保できるよう、さまざまな対策が導入されました。

(1) 石油備蓄法の改正
国内で災害が発生した際にも対応できるよう、備蓄を放出する要件を見直すとともに、災害時に石油元売り各社が系列の枠を超えて連携する「災害時石油供給連携計画」の届出制度を導入しました。

(2) 製油所・油槽所の強じん化
石油コンビナートで、地盤の液状化や設備の耐震性能などの調査を実施。それに基づき①設備の耐震・液状化対策など、②設備の安全停止対策、③他地域の製油所とのバックアップ供給に必要な対策などを支援しています。

(3) 中核SSの整備
自家発電機を備え、災害発生時にはパトカー、救急車といった緊急車両に優先給油を行う「中核SS」を全国に約1600箇所整備しました。

このような被災時のエネルギー供給網の強じん化は、平成28年(2016年)に起こった熊本地震で活かされました。一方で、熊本市内など都市部の一部のSSでは、営業停止や渋滞による配送遅延が起こり、パニックによる過剰購入が発生しそうになりました。そこで、地域住民の燃料供給拠点となる「住民拠点SS」の整備を進めています。

原子力をカバーしている液化天然ガス(LNG)

東日本大震災以降は原子力発電所が停止したため、原子力をカバーする形で、火力発電所の稼働率が上昇しました。

これらの火力発電所では、液化天然ガス(LNG)の利用が進みました。そもそもLNGは、石油に比べて調達先の国の政情・経済が安定しており、供給に不安な要素が少ないこと、また化石燃料の中ではクリーンなエネルギーであることから、発電燃料用のエネルギーとして年々需要が高まっていました。日本は、年間8000万トン超を輸入する、世界最大のLNG輸入国です。ただ、震災直後のLNG輸入増は、当時の原油高の影響を受けたこと、需要が急に増えたことなどにより、欧米諸国に比べて高値のLNGを輸入せざるを得なくなるという結果をまねきました。

一方で、2000年代後半に米国で起きた「シェール革命」など、LNGをめぐる国際環境は近年大きく変化しています。平成28年(2016年)からは、米国によるシェールガス由来のLNGの輸出が開始され、日本も翌年から輸入を行っています。LNGは、地球温暖化対策への関心が高まる中で、比較的クリーンなエネルギーとしても需要増が続いており、今後も世界の需要は拡大する見込みです。

こうした環境の変化の中で、日本は平成28年(2016年)「LNG市場戦略」を策定し、柔軟で透明性の高い国際的なLNG取引市場の実現に向け、諸外国への働きかけなどの取り組みを進めています。

導入が進む再生可能エネルギーや新エネルギー

2000年代に入ると、再生可能エネルギー(再エネ)や、水素などの新エネルギーの技術開発はいよいよ進み、再エネの中には主要な電源のひとつになったものも現れつつあります。

再エネの導入を加速するきっかけとなったのは、平成24年(2012年)に創設された「固定価格買取制度(FIT制度)」です。これは、他の電源と比べて発電コストが高い再エネの弱点をおぎなおうと、電力会社に再エネ由来の電気を固定価格で買い取るよう義務づけた制度です。買取にかかる費用は、電気料金を通じて、国民から広く集められます。

再生可能エネルギー設備容量の推移
2003年度から2016年度までの再生可能エネルギー設備容量の推移を示したグラフです。

(出典)JPEA出荷統計、NEDOの風力発電設備実績統計、包蔵水力調査、地熱発電の現状と動向、PRS制度・固定価格買取制度認定実績等より資源エネルギー庁作成

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この制度開始以来、3年間で、電源(電気をつくる方法)構成割合に占める再エネは、水力をのぞくと、平成23年(2011年)の1.4%から平成26年(2014年)の3.2%と、約2倍増加することとなりました。ただ、一方で、電気料金を通じた国民負担は、2016年度には年間約2.3兆円に達するなど、増大しています。さらに、日本における太陽光や風力発電の発電コストは、主要国と比べ、高い水準にあるという課題もあります。

そこで、国民負担をできるだけ抑え、また発電コストを下げるための一層の努力をおこないながら、再エネ導入を進めていくことが模索されています。

一方、新エネルギーとして期待される水素については、平成21年(2009年)、世界にさきがけて「家庭用燃料電池(エネファーム)」が市場に投入されました。技術開発によるコスト低減や、導入支援策などによって、平成27年(2015年)3月には普及台数が11万台を超えるなど、順調に普及しています。

平成26年(2014年)には、「水素・燃料電池戦略ロードマップ」が策定され、さらに、平成29年(2017年)には、「水素基本戦略」が策定されました。水素を供給する側の国際的なサプライチェーン構築に向けた取り組みや、利用する側のFCV・FCバスや水素ステーションの普及、水素発電の商用化などの取り組みを掲げています。

水素基本戦略にもとづく最近の主な取り組み
「水素基本戦略」にもとづいて進められている、水素に関する主な取り組みの一覧表です。

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一般家庭での電力・ガスの完全自由化も実施

「【日本のエネルギー、150年の歴史⑤】「地球温暖化対策」と「電力・ガス自由化」が始まる」でご紹介したように、電力・ガスの小売自由化は平成12年(2000年)以降、段階的に実施が進み、電力は平成28年(2016年)4月から、ガスは平成29年(2017年)4月から、一般家庭を含むすべての利用者向けの小売事業を、さまざまな会社がおこなうことができるようになりました。

これにともない、経済産業大臣直属の組織である「電力・ガス取引監視等委員会」も設立。事業者の間で健全な競争が促されるよう、また利用者に不利益がないよう、市場の番人として目を光らせています。

また、電力・ガス事業に新規参入を促すためには、どの事業者も公平・平等に送配電ネットワークやガス導管ネットワークを利用できることが必須です。そこで、既存の電力会社やガス会社の設備だった送配電ネットワークやガス導管ネットワークの中立性を高める取り組みを、今後強化していく予定です。

おわりに

エネルギーの歴史を6回シリーズでお届けしました。

明治から現代までの150年という長いスパンでエネルギーの歴史を俯瞰してみると、国際的な情勢の変化、採掘量の変化、技術革新、コストとのバランス、環境への負荷、世論の高まりなどさまざまな影響を受けながら、時代に合わせてエネルギー政策・エネルギー利用が移り変わってきたことが、おわかりいただけたのではないでしょうか。

エネルギー政策に、終着点はありません。今後も常にその時代の要請に応え、その時点でベストといえる形を模索しながら、より安全で地球環境にもやさしいエネルギーの安定供給をめざしていきます。

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